論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
落語風おしゃべり「さあ行こか! どこへ行く?」――4月例会へ、ようこそのお運びで
 ある問答だ。
 「友人3人に頼んだものの縁満ちず、休みにしようか、どうしようか、いや、しかたがねえ、オレが話する、と言っちゃったんだけど。何しゃべろうか?」
 えっ!? それはないでしょう?! 「よし行こう!」なんて元気よく誘っておいて、いざ出発という段になって、「あへへ、どこへ行こうか」って言うなんて、ひどいじゃないですか。
 「でもねえ、ほんとに、オレが……。うーん。」
 ブログ(ほっとニュース)をダラダラと書いてるじゃないの。アレコレをひっつけて話せばいいじゃないの?
 「ダメダメ。ブログを書いて出しちゃったら、ぜーんぶ忘れちゃうの。ほんとに。」
 大学や講演会でしゃべってるじゃないの。たまにしか声はかからんみだいやけど。
 「それもダメダメ。『こういう話をしてくれ』と言われて、やるだけ。」
 うるさいねえ。とにかく虫賀はん、「えー、毎度のお運びで」と話しはじめればいいの。きまじめな理想論を書き捨てているよりも、しゃべりのほうが虫賀はんはなんぼかまし。自らのアホ(凡夫)をよーく自覚している。実際のところ、あんた、アホよ。
 「アハハ。そうか、うん。じゃ、ま、行こか。」
 そうです。
 「ひとまず、行こう。」
 うん、そう。
 「とにかく、行こう。」
 そのとおり――。
   2014年4月例会
 2014年4月29日(火、祝)午後2時〜4時。
 論楽社(左京区岩倉中在地町148)。
 虫賀宗博(禿山光堂)の落語風おしゃべり「さあ、行こか! どこへ行く?――居場所をくる、論楽社の小さな実践について」。
 参加費500円。要申し込み(075-711-0334、準備のため、必ずね)。
 交流会4時半〜7時。カンパ制。
 塩田敏夫さん勝訴祝宴でもある。よかった。よかった。もちろん、塩田さんも出席。祝おう。
 落語風おしゃべりであって、落語じゃありませんからね。違いますからね。
 4月は岡部伊都子ちゃんが亡くなった月。お世話になった先生たちがオールキャストで登場するだけ。
 ま、新しい試み。
 念のために、もう一度。手打ち風うどんと手打ちうどんは違いますからね。
 じゃあ、4月29日の休日に。ようこそのお運びで――。
 5月5日の休日のアーサー・ビナードさんもよろしくね――。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 06:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
塩田敏夫クンの勝訴が確定――祝杯!
 塩田敏夫さんの裁判、4月15日に確定。
 原告が控訴を断念。
 これにて、大阪地裁の判決が確定。塩田さんの勝訴がそのまま法的に確定したんだ。
 つまり、終わったのである。
 奇怪な裁判が、やっとこさ終わったのだ。
 「原告がやったのは(知的障害者への)支援ではなく、支配」(斉村康広さんの鋭い言葉)。
 真相の究明やその他の追及、被害の拡大防止はこれからの課題であろう。
 それでも、いまは、今宵は祝おう!
 祝杯!
 ノーサイドである。
 「塩田さん、ご苦労さまでした。新しい出発ですね。」
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第94回)義理と人情――海を渡った2人の日本人について(その6、完結)
 縁の風が吹いたのである。
 佐々井秀嶺さん(以下、佐々井とする)はインドへ飛んだ。中村哲さん(以下、哲ちゃんとする)はアフガニスタン+パキスタンへ飛んだ。
 日本とは異なる地に立ったのである。ある意味では転地である。
 空気が違う。湿度が違う。風が違う。読めない文字の看板がある。知らない言葉でひとびとは率直に話し、街角でケンカしている。
 あらゆるものが違うのである。
 朝日。どの色にも染まってない始原の朝の光が差してくる。世界がここから再生されていくのである。そんな感覚に満ちたと思う。
 日本を出た、その異国の地で、自らの実存の再生に出会ったことが、大きい。それがすべての出発である。
 あとはどこまで歩いたか、が勝負。二本の足でどこまで歩いたのか。実存が歩いただけが自らの宝になるのである。そう思うのである。
 佐々井も哲ちゃんも、もともと世界への信頼や希望に満ちていた。格別に情が深い。
 日本において、その信頼をダイレクトに出されると、引いちゃうひとが多い。あれはなぜなんだ?! 「ダサイ」「コユイヨネ」「古くさい」「おひとよし」とか言われたり、あるいは陰口を言われたりする。日本のひとびとよ、もっとテレないで、人間をダイレクトに信じてほしいものだあ――。
 哲ちゃん、1984年にパキスタンのペシャワールでハンセン病の治療を始める。
 しばらくしてパミール高原のワハン回廊へ治療へ行く。バスで2日、歩いて5日の地。
 そこで哲ちゃん、帽子を置き忘れる。その帽子をある羊飼いが届けてくれることがあった(『医は国境を越えて』石風社P.41)。
 歩いて1週間かけ、黙って届け、またなんと1週間かけて帰っていったのである。
 哲ちゃん、このひとたちを裏切ることはできねえ――と思ったはず。
 実際裏切ること一切なく、治療活動に専念し、その延長線としての井戸掘り、水路掘りをいま始めていった(きょうは割愛するね)。
 哲ちゃんの地の塩のような義理人情反骨精神。こういう羊飼いのようなひとたちがいて、初めて居場所を生むのである。
 『天、共に在り』(NHK出版)では、哲ちゃんとともに居場所をつくっていったひとたちの氏名が数多く出てくる。そういったひとびとと、義理人情の原型のようなもの、善悪を越える神聖な何かに、哲ちゃんは触れたのである。
 裏切られても裏切り返すな。人間は生きよ――。
 そういう世界の響きが聞こえる気がしている。
 佐々井(いちど会ってみたい)、1968年にインドのナグプール(いちど行ってみたい)に降り立って、不可触民に立ち向かっていくんだけど、本人がいちばんびっくりしているはず。
 裸一貫。無所有の裸の僧衣で、非暴力不殺生で、カースト制に体当たりを繰り返している。
 たとえば、ブッダガヤーの大菩提寺の管理権奪還闘争を十数回やっている。ヒンドゥー教徒がブッダガヤー(ブッダ正覚の地)を管理している状況を変革しようと民衆運動している。仏教徒数千人を引き連れ、5000キロメートルを行進したりしている。これは社会運動としてもスゴイ(でも、きょうは、割愛だね)。
 佐々井の愛欲の苦しみが結局のところ脱皮するための苦痛だったのだ。女への愛情が大愛へと導いてくれたのだ。煩悩こそ生きる力なのである。そういう佐々井の気づきが不可触民たちの心の琴線に触れていったのである。
 人間は生きろ。必ず生きるんだ――。
 ココでも全く同じような世界の響きが聞こえている。
 人間として生まれてきた。こんな千載一遇のチャンスがあろうか。実社会が修行道場。民衆の苦しむ声こそが経典。逃げるな。自らの苦から逃げずに、修行を深めろ――。
 『破天』(光文社新書)の終わりにも佐々井とともに居場所をつくっていったひとたちの名前が数多く出てくる。佐々井の裸の魂の説法に感応呼吸してきたひとたちである。総体としてのサンガ(修行仲間)である。
 2人は海を渡った。2人を支えるのは義理人情反骨精神。時代おくれの浪花節精神こそが現実をつくり、現実をかえていくのである。それらの倫理は時代おくれなのか? 海の向こうで2人が起こした波が地球を回って、日本に戻り浸み込んできているのを感じる(完)。
(4月17日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
塩田敏夫クンの全面勝訴、よかったよかった――3月例会レポート
 少し遅れた3月例会のレポートだ。
 テーマは「逆境を生かす」。まずは塩田敏夫さんの勝訴について語ってもらう。その勝訴のことを話のマクラにし、過疎を逆手にとって、逆境を生かしていく――と私は思っていた。
 けれど、勝訴の話にどうしても終始。中元悦子さん、聞き役に回ってもらった。もっと中元さんに話してほしかったな。中元さん、ゴメンネ。
 塩田クン、そうせざるをえなかったんだ。
 まるで追いつめられていたかのように3月30日には語りつづけていた。
 「これでよかったんだ」と思う。
 いくらふだん快活な塩田さんでも内面において、「いかに苦悩していたのか」とも思う。
 全面勝訴でよかったと思う。ホントーによかった――。
 「被告塩田は(略)本件各記事の掲載にあたって必要な取材は尽くしたと認められる。」(判決文P.25)
 「被告らには故意又は過失(責任)がなく、不法行為は成立しない。」(同P.26)
 もういちど言おう。雲ひとつない、まっ青に晴れ輝く全面勝訴である。パチパチパチである。
 付け加え。原告の新興宗教についてだ。
 宗教を恐怖しすぎないことである。恐慌しないことだ。しっかり免疫力をつけていくことだ。無知はよくない。文化としての宗教を知っておいたほうがよい。
 霊媒、霊能のカルトの話をされたら、ただアハハハと笑えばいい。肯定もせず否定もせず、笑っちゃえばいいんだ。
 宗教の本質はカルトでない。そんなぶ厚い雲を抜け、対流圏を抜け、成層圏の夏の朝の青空のような世界に宗教の本質はあると思っている。
 案外に重要なことなので、私の思いを少し書いた。
 最後に5枚の写真を見て。語りあう塩田さんと中元さん。カメラは、今回も斉村康広さん。
 みんな、ありがとう。
 6枚目は、3月30日の岩倉川沿いの夜桜だ。もう散ったけど、そのときの咲き始めの桜。一期一会の桜。アップしておくので、ときどき花見してね――。
 4月例会は、4月29日(火、祝)に、私。3人のひとにお願いしても、縁が満ちないようで。
 困りはて、私が不定形な話をします。参加者が1人でも話します。参加者がゼロでもやります(笑)。ゼロだったら、何を話そうかな。
 午後2時〜4時半。500円。
 1週間後の5月5日(月、祝)はアーサー・ビナードさん(詩人)。
 すでに14人の申し込み者が。ありがとう。
 午後1時〜5時。2000円。
 たっぷり、しっかり楽しんでくださいね。
 詳しくは、またね。
 少し腰痛や肩痛が出ちゃって、ちょっと遅れてしまったレポート。ごめんね。

写真1
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写真2
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写真3
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写真4
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写真5
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写真6
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| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 19:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第93回)義理と人情――海を渡った2人の日本人について(その5)
 中村哲さん(以下哲ちゃんとする)、1968年の日本の学生運動を支持した。自らも参加した。
 ところが、学生活動家たちはなぜか「大衆の支持を得た」「革命前夜だ」と錯覚。
 現実感覚の欠如が日本の学生運動の特色。
 ひとびとの平和の願いと離れていった政治性というものを、哲ちゃんには受け入れがたかった。
 私もいまだに全共闘のひとたちの動きに疑問を持っている。反発や反動も大きく、いまでもどこか引きずっているところがあるのではないか。
 全共闘運動は政治運動としては敗北だったけども、広範囲な文化運動だったと思っている。7、8歳年下の私は当時中学生ながらもその文化運動の影響を受けたし、支持もした。いまでも高橋和巳は好きだ。
 「解体!」を叫んだ大学に留まることを潔しとせず、中退していったひとたちを知っている。医学部闘争をやって医者になることを潔しとせず、他の職業に就いたひとも知っている。そういう特権を捨てていった少数派の中にたしかな「全共闘」はいたと思うし、ひとつの希望をいまでも私は持っている。特権を少しでも捨て、人権を少しでも育てることは、いまの課題でもある。
 哲ちゃんは『天、共に在り』(NHK出版、以下本書とする)でこう書いている。
 「『体制打破』を叫んだ学生たちが器用に変身して、卒業後ちゃっかりと医局や大会社に入っていくのを見れば、戦争と平和の相克に十年以上を費やして悩み、自決した伯父・火野葦平のことが思い返され、内心おだやかになれなかったのである。」(本書P.44)
 「転向」の問題だ。「転向」のことはいまでも現実の問題である。
 1973年哲ちゃんは父との約束どおり医者になる。精神神経科の療養所に入った。
 そのとき、ある患者から尋ねられる。
 「生きることの意味感がない。先生はなぜ生きているのですか」と(この話は、「講座・言葉を紡ぐ」でも哲ちゃんが語り、すでに書いた)。
 「なぜ生きるのか」という問いかけは、つねに哲ちゃんの体の中で生成していたものだったであろう。
 それでも、面と向かって聞かれると、思いのほかに答えられないもの。
 私も返答できないのではないか。
 哲ちゃん、答えられず――。
 「医師」という仮面をかぶっていても、言葉を紡ぐことができないのである。無力感もあったであろう。
 「わからない。でも、きょうのところは私の顔を立てて、自殺はやめてくれよ」というのが、哲ちゃんから出た言葉だ(「講座・言葉を紡ぐ」で、そう語っていたね)。
 哲ちゃんは悟る。気づく。
 「私」「自分」「個人」というものがいかにあやふやなものであるのか。「ある」と思っていても、「ない」のである。私は他者でもあるんだ。他者は私でもあるんだ。他者たちの関係性の中において、私というものがやっと成立し、機能しているのである――。
 つまり、人間というものは関係なんだ――。
 相互依存的連係生起(dependent co-arising)の織物の中の私なのである――。
 哲ちゃんは「私」を放った。
 「私」を捨てた。
 新しい出発であった。
 その直後、縁あって、パキスタン+アフガニスタンへ出た。
 日本を出ることができたのである。
 喜びだったのではないか。
 佐々井秀嶺もそうだが、哲ちゃんも深く生きようとするひとだ。ひとびとよりも生の重心が低いのである。情がきわめて厚いのである。
 日本にいると、どうしても「考えすぎだ」「根が暗い」と言われてしまうのかもしれない。「アホになれ」「考えすぎるな」という同調圧力が加わるのである。多くのひとびとは2、3年でホントにアホになってしまうのである(笑)。
 風が吹いた。
 縁の風が吹いて、哲ちゃん、パキスタン+アフガニスタンへ飛んだのである。
 そこに居場所があった。(つづく、次回完結)。
(4月10日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 21:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第92回)義理と人情――海を渡った2人の日本人について(その4)
 中村哲さん(以下、哲ちゃんとする)の『天、共に在り――アフガニスタン三十年の闘い』(NHK出版、2013年10月、以下本書とする)。
 哲ちゃんの他の本と同じように、強烈な光を感じる。政治経済社会のありようのツボを押さえながらも、本書は本格的な宗教書であると思った。
 宗教の根のありかをしずかに指し示しているように感じるのである。
 ひとは宗教で欺くことができる。騙すことができる。殺すことができる。
 どれだけでも実例を出すことができる。宗教史は汚点だらけだと言っていい。
 それでもなお、ひとは祈るのである。手を合わせるのである。
 祈りの形にもなりえなくとも、祈りにならなくても、祈ってしまうものなのである。
 哲ちゃんは自らの祈りの元型、宗教の根っこを本書で省察している。
 やはり「玉井組」から始まる。
 玉井組、石炭の沖仲仕(おきなかし)組合である。石炭全盛の時代。産業エネルギーの主役の石炭。その石炭積出港の北九州市の荷役夫たちの、体を張った男たちの相互扶助組合だ。
 ヤクザでは決してない。組合だったんだ。
 玉井マン(祖母)が繰り返し言っていたことは、哲ちゃんの骨格を形成。
 弱者は率先してかばうべきこと。
 職業に貴賎がないこと。
 どんな小さな生きものの命も尊ぶべきこと。
 これらのシンプルなことで哲ちゃんは骨格を太くしたんだ。大切なことは、いつもシンプルであったかーい。
 佐々井秀嶺の義理と人情、反骨精神と全く同じ。
 強きをくじき、弱きを助ける。不当な弾圧差別があれば、やられる側に立つ。率先してかばう。
 哲ちゃん、全くのところ、それとピッタシカンカン(古いかな)。
 それに「曲がったことは許せん」という父の勉の言行に、『論語』と聖書とが加わる。
 哲ちゃんは、いま、本書で聖書の本質を一行で集約。
 何か。
 「天、共に在り(ヘブライ語で「インマヌエル」)。
 恵みはすでに備えられてあるのだ。いま以上の暖衣飽食を求めない。ただただ道を求めて、歩け。天はつねに共に在るのである――。
 天を信じきって、歩けばいいのさ――。
 それを支えにして生きていく。神ではなく、天。哲ちゃんらしい。これは哲ちゃんにとって、X(ブッダが得た何か)。
 それに至るまでの峠がいくつかある。振り返ってみよう――。
 哲ちゃんは6歳のときに大病で意識を失った。
 何週間も意識を失っていた。目覚めたとき、祖父は死んでいた。
 古老の姿が夢にある。見る夢の、なぜか右上のすみに古老が現れるのである。それ以来、その古老と共に生きていき、中学生のころまで続く。まるで死別した祖父母かのような古老である。美しいものを見れば古老はほほえむ。悪いことをすれば、諭す。善いことをすれば褒めてくれる。
 このある不思議な体験が、行為や人為を越えたところにある何かを哲ちゃんに指し示した。天が確かに在るんだ――。
 死は死として終わらない。
 死によって何かが確実に始まり。生まれ始めるのである。死は贈与である。
 哲ちゃんにとって、祖父母の死は「天、共に在り」の始まりだったのである。天に忠実に生きようとして、60年生きてきたのである。
 そして、哲ちゃん自身の人生が幕開いていく。
 1968年、米国政府が「防衛上の立場から日本人の核アレルギーをとる」と明言し、原子力空母をわざわざ長崎の佐世保へ入港させた。
 猛反対が起きる。
 哲ちゃんも実力行動する(つづく)。
(4月3日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 22:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第40回)罠(トラップ)
 戦後教育運動において「点数主義」「偏差値主義」「学歴主義」について、批判がなされた。その成果も部分的ながら、あったと思っている。
 私が編集委員で参加していた月刊教育誌『ひと』(太郎次郎社)も、その批判勢力のひとつだった。
 日教組もそうだが、一気に批判勢力がことごとく潰されていった。
 理由は、権力の側はもちろん、民衆の側にも根深く学歴に対する信心があるからである。
 ふだん学歴主義批判をしていても、各新聞社は新聞社系週刊誌で「東大合格者数(高校ランク)」を発表しているのである。その新聞社は言葉の力、批判力ということを最終的に信じておらず、その他を信じていることが明らかなのである。
 罠(トラップ)なんだ。
 「東大人間は優秀なんだと東大生が言っている」という罠なんだ。
 この東大を京大、医学部とかに任意に言いかえてみてね。
 「クレタ島人はウソつきとクレタ島人が言う」というのと同じ罠。
 この罠で《誰が得をするのか》をいちど考えてみて。この信仰によって誰が得をしているのか、をね。
 言うまでもなく、坂本竜馬も田中正造も松下竜一も鶴見俊輔も、東大とは全く無関係。優秀で、世の人々のことを想う能力は学歴なんかと全然無関係。
 学歴主義は差別を生む。人間をバカにする。ひとを侮蔑する。
 ひとは自分の利益を優先する。あたりまえのこと。でも同時にひとびとの利益にもつなげる能力のあるひとがいる。
 森の春。ブナやサワグルミ、トチの大木は葉を最初に出さない。下草、中樹木が葉を十二分に出しきった後に、しずかに葉を出す。どれも透明に近い緑の葉である。すべての植物に光が届くようにするためだ。
 リーダーとはそういう配慮をするひとのことだ。
 そういうひとがリーダーになっていない集団は、たいへん不幸。その集団は滅亡するよ。
(4月2日)
| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 06:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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