論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを生きる」(第209回)宗教家・鶴見俊輔(その1)

 6月26日(日)の6月例会で、「宗教家・鶴見俊輔」と題して、私が話させてもらった。
 ちょうどシリーズ「感話」が10回目を数えるので、シメにしたいとも思った。第二期の「感話」はいつか必ずや再開するけどね。
 鶴見さんは昨年7月20日に亡くなった。もうすぐ1年になる。93歳だったね。
 鶴見さんと言えば、ふつう現世的には思想家・哲学者である。もちろん、わかってる。
 私は縁あって、28年間、鶴見さんの隣人だった。私なりに鶴見さんに接し、得てきたことを、この1年間、反芻(はんすう)してきた。鶴見さんが使った印象的な言葉を使えば、unlearn(学びほぐす)してきたのだと思う。
 その結果、《宗教家》という言葉を想起したのである。
 私がいま伝えようとしている宗教家って、誰のことだろう。その宗教って、何だろう――。
 昨年11月の本田哲郎さん(――本ブログ2015年12月28日号「ひとの復活蘇生――本田哲郎さん、ありがとう、ありがとう(その1)」2015年12月30日号「ひとの復活蘇生――本田哲郎さん、ありがとう、ありがとう(その2)」――)の講座の語りを想起して。あの講座は論楽社の歩みでひとつのピークだった。「宗教の目的は、隣人を大切にすること」「その目的が達成されるならば、宗教はあってもなくてもいい」「あったとしても、何教でもいい」のである。本田さんの言葉をもういちど味わいたいねえ、と思いながら、書く。
 いまここにあるいのちを捉(とら)え直すのに、わざわざ「広大な物語」の力を借りてくるのである。その物語が宗教という手立てである。
 そう考えていけば、「広大な物語」を知るひとは、プロの宗教家でなくてもよいのである。そう思っていくと、私が求める宗教家は思いのほか、寺院教会の外にいる。
 中村哲さん、緒方正人さん、阿波根昌鴻さん、松下竜一さん、近藤宏一さん、森崎和江さん、石牟礼道子さん……を即座に私は想う。
 そう考えてくれば、「寺に宗教家があまりいない」のは、逆にあたりまえのことだったのだ。そもそも宗教家が世襲できるわけがないのである。政治家が世襲しえないのと同じように。
 それが、私のunlearn(学びほぐす)したこと――。
 鶴見さんの生について、話を進めよう。
 鶴見さん、なぜか、生まれながら、根こぎされてしまったのである。
 母の愛子さんは後藤新平の娘として生まれ、華族女学校へ通った。そして、華族の男ども、女どものひどさを身に沁みていた。もう、必ず、腐敗する、と思ったのである(実際、腐乱し、戦争に突入し、敗北していった)。
 授かった長男の俊輔。うれしくて、大切に、大切にする。一生分を愛しつくす。ただ、「名門の生まれ、長男坊は必ず腐敗する」という信念で接する。厳しく、異様に厳格に躾(しつ)ける。何かあると、叩く。体罰。0歳時のときからそうだった。
 愛しているのに、叩く。ダブル・バインド(二重拘束、愛情あふれるのに、虐待する母!)。
 《You are wrong》と言われつづける。極重悪人の意識が生まれつづく。不良少年へ。
 自殺未遂を何度もし、ついに少年院へまるで放りこまれるように、渡米させられてしまうのである。追放だ。まだ15歳。
 これが私の言う「根こぎ」。
 私が私であることを断念させられ、死者の寛大さの視点を植えつけていった「初期15年間」の体験。
 よく生きのびた。サバイバー。よく自死しなかった。よくぞ狂わなかった。
 渡米したら、愛子さんがもちろん非在。その重力からの解放。自分自身の、本来のいのちに再会。「亡命」するように渡米していた都留重人にも出会い、自らの天分が開花しはじめるのである(つづく)。
(6月30日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
宗教家・鶴見俊輔――6月例会へ、ようこそ、ようこそ

 豊田勇造さん(歌手)から手紙が届いた。
 そこに「道しるべ」という歌詞があった。
 昨年7月20日に亡くなった鶴見俊輔さんについての新作歌。「中川六平をおもいながら」って、サブタイトルがある。
詞、ちょっと書いてみる。
 「迷った時の道しるべ 一人はディラン 一人はあなた こんな時あならならどうするだろうかと 思い浮かべた顔」(真ん中あたり)。
 「平和を愛する人だったから 本当はとってもくやしかっただろう こんな国になってしまったことが だから九つの鐘鳴らし続けよう」(ラスト)。
 聞いてみたいと思っている。
 論楽社で「豊田勇造コンサートを開きたい」と思って、返事を書いた。
 この「道しるべ」に刺激されたわけでもないけど、いま鶴見さんのことをしきりに思っている私に気づいている。 
 《鶴見さん、哀しみの深いひとだった。その深さゆえにすべてを受容していたようなひとだった》と思ってるのである。
 あるとき、鶴見さんに近所の路上で出会った。20年前のこと。「虫賀さん、『光田健輔さんだけが悪い』という方に行かないほうがいいよ」って、鶴見さんから言われたことを、ふと、いま、思い出したりしているのである。
 光田健輔って、「らい予防法」の終生強制隔離政策を推し進めていった医者。初代長島愛生園の園長。
 その医者をポコンと浮かび上がらせるほどに、生の悲哀の水位の深いひとが鶴見さんだったと改めて思い直しているのである。
 「鶴見さんって、どこかたしかに宗教家の感じがあった」と気づき始めている。
 私にとっても、「道しるべ」だったのである。
 「いまごろ、気づいて、どうする?!」とも思うけど、《宗教家・鶴見俊輔》に光を当てて、語ってみたい。
 6月例会、私が話させていただく。シリーズでやってきた「感話」が10回目。一応のシメとして、私が話してみる。
 相変わらず、ワシらの現実、悲苦に満ち満ちている。たとえば、「平和をつくっていこう」と発言するたけでも、どれだけ反発攻撃を受けることか。
 それだけ戦争をワシらは求めているのか。あるいは、そうでないのか。
 「それをどう考えていくのか」の知恵が《宗教家・鶴見俊輔》にはあると思っている。

      2016年6月例会
 6月26日(日)の午後2時〜4時。
 論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
 「感話(10回目)――いまここで何を感じているか」のシメとして、私が「宗教家・鶴見俊輔について」と題して話す。
 参加費500円。要・申し込み。
 交流会4時〜6時すぎ。参加自由、自由カンパ制(梅雨お見舞いいたします、ブラリとお越しください、私も明子と結婚し、2年がたちました)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 15:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
澄んだ目――5月例会レポート

 遅れてしまったけど、5月29日(日)の5月例会の模様を書く。感話(9回目)、レポートする。
 まず、平井紀子さんの話からだ。
 「無かったことにされている死」(つまり、「いまも無かったことにされている生」)に平井さん、かなり惹(ひ)かれつづけている。
 京都は原爆投下予定地だった(京都人でも知らないひとがいまだに多い)。そのこともあって、広島、小倉、新潟などと同じく大規模な空爆はなかった。ところが、小規模な飛行機の攻撃はあった。チョコチョコあったのである。京都の長岡京市の女学生が殺されたりしているのである。「無かったことにされている死」がここにもあるのである。
 鶴見俊輔さんが亡くなって、もうすぐ1年。
 その直後、平井さんの投書が朝日新聞(2016年7月25日付の大阪本社版)にのった。
 その投書に、鶴見さんの声が書かれている。
 戦艦武蔵に乗っていた知人の話だ。この知人、渡辺清さんに間違いなし。
 「武蔵には17、18歳の兵士も乗っていた。撃沈され、彼らは『お母さーん』と叫びながら海に沈んでいった。奇跡的に助かった知人はその叫び声が忘れられないという。その若者たちの叫び声が、今の国会に届いているだろうか? 全く届いていない。今こそ、その叫び声を国会に届けなければならない」。
 ここでも、「無かったことにされている死」を鶴見さんが話し、平井さんが書きとめている。ありがとう。
 忘れてはいけない。
 忘れかけたころに、必ず、再び戦(いくさ)によって、「無かったことにされている死」がひょんと生まれるのである。
 平井さん、いい話、ありがとう。ありがとー。
 次に、三室勇さんの話からだ。
 三室さん、21歳のこと、『新日本文学』の編集をしていた。
 新日本文学会では日本文学学校を開校していた。その校務などもやっていたのが詩人の菅原克己さん(1911〜88)。そこで出会う。
 三室さん、声がいい。低くて、張りがある声。その声の朗読。とってもいい。
 音読してくれた菅原さんの詩を書き留めたい。

その時、私は貧乏になっても
詩人というものになるのだ、と
いばって言いたかったのだけれど
お前には詩人の意味が分からぬらしかった
――詩人とはどういう人のことでしょう
(略)
そうして、今はうらぶれて
嘘やかけひきの中に身をおきながら
お前のことを聞くたびに
あの春の日のげんげの花の誓いを
何時もはかなく見い出すばかりなのさ
       ――げんげの花について

むかし、ぼくは持っていた
汚れたレインコートと、夢を
ぼくの好きな娘は死んだ
ぼくは首になった
首になって公園のベンチで弁当を食べた
ぼくは留置場に入った
入ったら金網の前で
いやというほど殴られた
ある日、ぼくは河っぷちで
自分で自分を元気づけた
〈マクシム、どうだ、
青空を見ようじゃねえか〉
(略)
言ってごらん
もしも、若い君が苦労したら
何か落目で
自分がかわいそうになったら
その時にはちょっと胸をはって
むかしのぼくのように言ってごらん
〈マクシム、どうだ、
青空を見ようじゃねえか〉
       ――マクシム

 菅原さんを私は知らなかった。
 素のままに、いい声の朗読に耳をかたむけていた。なかなか、至福のひととき。
 知らないままに、書くけど、菅原さん、とっても澄んだ眼をもっていたひとだ。
 澄んだ眼を持ったひとは、よく生きぬくことができる。
 じっと静かに在ることができるからだ。
 あるがままに見ることができるからだ。
 人生を受容できるからだ。
 三室さん、語りたいひとを語っていただいて、うれしいかぎり。ありがとう。ありがとー。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 15:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第208回)はじまりの日(その2、完結編)

 矢部宏治さん(編集者)の『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったか』(集英社インターナショナル、以下本書とするね)について。その続き。その2。完結編――。
 本書は私たちが深い、きわめて深い問題に直面していることを示している。とてつもない難問が多層危機の姿になって、いまここで示現されている。
 その難問、「必ず乗り越えられる」と言い切ることだ。「絶対に治る、絶対に乗り切れる」と一気に言い切ることである。「正しい対処をしていけば、必ず治るんだ」と断言することだ。
 恐怖してはいけない。
 それが「はじまりの日」。そう決める。いままでのことを終わりにして、いまから「はじめる」のである。
 期待の次元と現実の次元を峻別しながら、現実を少しずつ少しずつ期待希望の次元へ近づけていくのである。はじめる――。
 まずは朝鮮戦争。本書にあるように、米軍が日本列島全体に覆いかぶさってきたのは、朝鮮戦争のときからである。これを機に米国が指揮権・基地権を得ていったのである。
 朝鮮戦争は熱戦だった。冷戦なんかでなかった。それが休戦協定のまま60年も経過している。それを終戦にする。講和条約に持っていく交渉をまずは日本から始めるのである。日本が言い出すのである。
 北朝鮮と日本は国交のない。いまだにない。そんな国、他にない。第二次世界大戦、朝鮮戦争と交戦の状態が依然として継続しているのである。それは、やっぱ、異常なこと。朝鮮戦争からでも60年たったんだ。「撃ち方止め!」と日本の方から、声を出したらいいと思う。
 休戦協定では不安定すぎる。まず停戦講和を正式に交わす。このこと、文句はどこからも出ないはず。やってみる価値がある。
 内政干渉はしない。停戦の枠組みの合意に基づいて、貿易交易を一気に推進させる。すれば、朝・韓・日・中の4か国の各国間での対話交流に加速度がつく。
 もともと、同じ朝鮮民族どうしだ。もともと同じ国だった。ドイツだって、ベトナムだって、統一された。朝鮮だって。朝・韓の連邦共和国も、夢ではない。生成確率ゼロではないはず。日本が手助けできれば、何よりではないか。
 東北アジアに100年ぶりに平和がやっと来るのである。平和の果実の味をいちど思うぞんぶんに味わってみたいものだ。
 米軍はその平和の進展にともなって、冷静に撤退撤収していただこう。米国との密約密文書も公開していったらいい。もう、離れよう。もともと同盟なんて、おかしい。幻想だ。日英同盟があったから、ロシアと交戦した。日独伊三国同盟があったから、枢軸国とも言われながら、第二次大戦に突入した。日米同盟なんて言って、うかれていたら、三度目の戦(いくさ)が始まる。もう、離れよう。
 もちろん、辺野古新基地計画は流れる。そして、海兵隊も帰る。「思いやり予算」もゼロにしていく。フィリピンで成功したように、すべての米兵米軍にグアムやハワイのラインに戻っていただこう。異国軍がかくも長期に渡り日本を「占領」していること(こんな国は他にない)、そういう異常事態にピリオドがやっと打つことができるのである。
 米軍の全軍撤収が最終目的。そこへ至る「はじまりの日」が、朝鮮戦争の正式終結への呼びかけの日本のスピーチ。そのスピーチから始まる――。
 20年かかるか。30年かかるか。それはわからない。
 妨害のすさまじさは言うまでもない。現システムによって利益を生んでいる現体制があるのである。米国は、中国、ロシア、韓国、北朝鮮と日本とが互いにケンカしていたほうが得だろう。現体制をつづけたほうがばく大な利益が生成されるんだ。
 対米従属(ドレイ化)を自己目的化してしまっている買弁(ばいべん)の連中が日本には政官財学マスコミに山ほどいる。すさまじい反発攻撃が来るであろう。
 いくら中傷されても、隣国に友国ひとつ生まれる喜び・恵みゆえに、耐えられるであろう。
 150年前に幕府を倒したように、もういちど、若いひとたちが交渉外交を担っていってほしい。冷静さを持った熱いひとたちに、立ち上がってほしい(山本太郎さん、三宅洋平さん、シールズのひとたち、やってほしい。あくまでもどこまでもいつまでも応援する)。
 あきらめない。屈しない。さあ、はじまる。
(6月23日)

| 虫賀宗博 | - | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第207回)はじまりの日(その1)
 矢部宏治さん(編集者)の新著『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(集英社インターナショナル、2016年5月、以下本書とする)を一気に読んだ。
 1年半前に広海緑郎さん(京都市議選にチャレンジしたね)から、「東京で矢部さんに会ってきたんだ」と聞いたのが最初。私にとって初耳のひと。「誰?!」と問い直し、教えてもらった。さっそく矢部さんの前著の『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(同じく集英社インターナショナル、2014年10月)を読んでみたのだった。
 それが出会い。出会いを紡いでくれた広海さん、ありがとう。
 矢部さんが編集した前泊博盛さんの『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社、2013年3月)ほかも、もちろん読んでみた。とってもよかった(たとえば、2015年2月12日の連載コラム「いまここを生きる」(第137回)人形と人形使い(その1)、2014年2月6日の連載コラム「いまここを生きる」(第84回)地位協定――対等の日米関係へ(その1)などを見てみてね)。
 ただ、矢部さんの『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館、2015年7月)は感心しなかった。琉歌をもつくる現天皇の不戦の思いは本気だろう。先代(昭和天皇)への自らの反発贖罪もあるだろう。ワイフも心のきれいなひとであろう。ただし、事は天皇制国家の支配システムの問題だ。そんな「パチパチ、ご立派ね」で話は終わらない。ひとつの貴種を尊ぶことがいかにぼうだいな差別侮蔑虐待を生成しているかである。ひとは弱い。いったん貴種を認めると、たくさんのドレイ根性を生成してしまうのである。「天皇? 上等じゃねえか」と思う気概が自らの暮らしをどれだけ豊かにするか。私はそう思っている。
 ここで本書に戻って、本書のことを述べ始める。
 本書は黄の蛍光色の表紙。こんな装丁、珍しいのでは?目立つのでは?
 前著が10万部も出たんだそう。本書も売れてほしい。本書や前著のすべてがいいと思っていない。でもそれ以上に多くのひとびとが読んで、気づいていってほしい。
 「ここまでも日本は属国(植民地)であるということ、とても惨めであるということ、しかし、これ以上の闇も謎も存在していないということ、あとは光しか存在しないということ」に気づいていってほしい。
 この事実、日本人のみならず中国、韓国、ロシアのひとたちにもそして欧米のひとたちにも知ってもらいたい。翻訳してほしい。日本の100パーセントの、純正な阿呆さ間抜けぶりと、米国のきわめて狡猾な、新種で安上がりの「植民地」の獲得利用法のすべてがもっともっと知られたほうがよいのである。
 すべてが、現在(いま)も密約なんである。すべてが闇の中。
 現首相に質問したって、「知らない」「わからない」「そんな文書はない」と表明するに決まっている。
 なぜ、そこまで秘密にしなきゃならないのか。
 もしも日本の老若男女に知られたら、さすがにふつうに「おかしいんじゃないのか!」と言い始めるからだ。
 どの商品だって、お客さんが怒り始めたら、おしまい。その会社が潰れる。それと同じようにきわめておとなしい、ひかえめな日本人が怒り出したら、きっと内閣がいくつあっても潰れてしまうからだ。そういう力が矢部さんの前著にも本書にもあるんだ。
 まとめよう。つまるところ、米国という大国は日本という国のどこでも、いつでも、いつまでも基地にする権利を持っているのである。米軍にとって、日本の国境なんて、ない。米兵がいつ入国したのか、何人出国したのか。自由行動。何も日本政府にはわからない。知らない。パスポートだって不要。だって、植民地だから。米兵の家賃、光熱費まで、すべてを日本が賄っているのである。おんぶにだっこにアイスクリーム。こんな国は他にない。
 いったん戦争になったら、朝鮮戦争時にもともと米軍を守るためにつくられた自衛隊(日本軍)が米軍の指揮下に入る。だって、植民地だから。米軍に日本の防衛義務は一切ない。米軍がそんな甘いこと、やる義務は全くない。明記されている。必要だと米軍が判断したら、日本軍は世界中どこでも米軍の指揮命令下に入って、傭兵のように戦わなきゃならない。ただし、費用は日本持ちの傭兵。昨年の安保法によって、そうなったのである――。
 以上のことを、米国の公文書によって、明解明示させたのが本書。読んでほしい。
 あとはどう動くか。どうしていくのか。問題はこれからである。
(6月16日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第206回)まきかえせ(その2)
 「まかれたら、まきかえせ」。2回目、書く。
 「やれられたら、やりかえせ」という意味か――と聞かれた。
 違う。「まく」のだ。「種を蒔く」のである。
 私の内的イメージを書く。《食べたら下痢嘔吐するような毒麦の種が各地にどんどん蒔かれている。刈りとろう。そうではない種を蒔きたい。古来からあるうどん、パン、お好み焼きにできるふつうの麦の種をじゃんじゃん蒔いていこう》。
 そんなイメージをいまここで持つ。
 そういえば、このコラム、「まかれたら、まきかえせ」という声を出しつづけてきた。楢木祐司さんの協力を得て11年間、毎週毎週「まきかえせ」と呟(つぶや)いてきた。そう思っている。
 小さな声だけど、いまいちど同じ声を伝えたい。「まかれたら、まきかえせ」と――。ともに毒麦の苗を抜こう。それぞれの場所で、食することができる麦の種を蒔こう――。

  5月―日
 伊波敏男さんの句集『蒼い海の捜しもの』(自立刊行、2016年うりずん)が届く。
 「あとがき」ではなく、「ぐ・っ・ど・ば・い」となっている。うーん。「おそらく、私の最後の著書となるであろう」とも記されている。ううーん。
 きっと、伊波さん、重い病いを得ているんだ。手紙を出す。
 伊波さんの人生には「ハンセン病」と「沖縄」の2つの問題が刻まれている。
 産土(うぶすな)は沖縄。14歳でハンセン病を得て、強制収容・終生隔離。当時唯一ハンセン病者が学べる高校があった長島愛生園へ行くため、沖縄からなんと密出国。それだけ勉学の志が断ちがたかったのである。
 愛生園で島田等さん(1926〜95)に伊波さん(当時高校生)、出会う。
 島田さんは「伊波クン、『らいは美しいんだ』」と語っていたという。
 国家や社会、世間がハンセン病者に一方的に刻んだ「劣生」「非国民」というレッテル。ハンセン病者たち自らにも広がる内面化。「そうじゃないんだ。心まで『障害者』になっちゃあいけない。『らい』は美しいんだ」という島田さん。
 伊波さんは完治し、最も早い時期の社会復帰者になっていった。すさまじい差別の壁を突破していった。

  6月2日
 現首相、消費税の増税再延期を表明。参院選において、「この再延期とアベノミクスの是非の2つを、民に信を問う」。
 また、この手である。徹底した争点かくし争点ぼかしの手だ。
 ふだんの戦争経済のフル展開で多くの民衆は疲れ弱っている。みんなが求めるのは、慰め。3〜4時間(一日平均)もTVを見て、ひたすらボーッとする。
 慰めながらも、結局は受身の消費者にさせられ、戦争経済を支えてしまっている。
 ふだんは政治決定の「かやの外」に置かれ、選挙のたびに、「争点は経済だ」と言い切られ、白紙委任を求められる。棄権者が多く出るのも想定済み。「選挙なんて単なる儀式。ブツブツ言わずに、白紙委任状にサインしろ」。
 参院選が終わったら、さっそく南スーダンへ派兵し、9条つぶしを始める。現首相の人生は、9条をまるでストーカーのように狙い、つきまとい、つぶしにかかっている。「やめろ」という声に耳をかさない。本人でも、もう「ストーカー行為」を止められないんだろう。きっと。
 止めさせてあげたらいいんだ。
 退任引退させてあげたらいいんだ。
 「一人区」でも自公以外の候補者をまずはこの参院選だけでも当選させたらいいんだ――。
 南アフリカ共和国のスティーヴ・ビーコがアパルトヘイト下で言っていたような「意識運動」。何よりも必要なのは「意識運動」。国家や社会の規範を内面化してしまっている。黒人が自らを卑下してしまっている。そんなら、勝負はやるまえからきまってしまっている。
 「黒人は美しい」「黒はきれい」と言ってみることから始めるのだ。島田等さんと同じだ。
 「ワシらは自らの生を充足させて、国家なんかにジャマされず、生きる。自分たちのことは自分たちでやっていけるし、やるんだ。臣民上等。ドレイ上等。できる。やれる。ド根性。」そう、声に出して、みる。

  6月5日
 丹後半島のレーダー基地へ、やっと、行った。
 海が青く輝いている。ほんに美しい。雲が真っ白。美しい。
 こんな美しい場所が米軍にとられるとは。
 ボケーッとしていたら、レーダーだけじゃなく、ミサイル基地が増設されてしまうぞ――。
 対中国のレーダー基地なんだ。米国は日本と韓国を盾として利用しようとしている。
 対立をあおっている。危機をつくって、居座りつづけようとしている。
 多層的危機をかかえている。日本は米国の属国にさせられ、その支配下において奇妙な「臣民ナショナリズム」によって、しめつけられようとしている。おまけに周辺隣国に友国はひとつもない。多層的危機だ。
 危機をぬけだすには、まず「思いやり予算」を自らの意思でゼロにすることだ。そんな財政の余裕はない。切ることだ。自分たちのことは、自分たちでやると、決心すること。なんで20万円、30万円という家賃を米兵のために払わなきゃならないんだ。なぜ光熱費その他まで米兵のためなんかに払う必要があるんだ。すさまじい財政赤字を理由に、民衆の支持を得て、思い切ってゼロにする。決意し、意識すること。米国なんぞに支配されてなるものか。
(6月9日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第205回)まきかえせ
 「まかれたら、まきかえせ」。
 気がついたら、先月(5月)はよく呟(つぶや)いた。
 呟くと、「否定的感情」の毒出しに効果がある。「蒔(巻)かれたら、蒔(巻)きかえせ」と声に出してみるんだ。そう思って、実践していた。
 そんな呟きの日録をメモしてみる――。
  5月―日
 熊本大地震。1か月以上も余震が続いている。
 つくづく思う。
 自衛隊を災害援助隊に改編できないものか――。
 半分でも4分の1でも援助隊へ改組できないものか――。
 参議院選挙後に南スーダンへ「派兵」されると聞く。
 ひとつの就職先として自衛隊を選んだ隊員がほとんどだろう。就職してみたら、戦争安保法がゴリ押しで強行可決され、米軍の命令のもとに「派兵」されるなんて、つらいものだ。
 もともとやるべき任務がなかった自衛隊。具体的に多発している地震や台風豪雨の災害の救援の仕事に専念できれば、現実的で生々した動きが生まれるはず。もともと違憲の自衛隊も生きるはず。
 いのちを殺害するのではなく、いのちを救助し生かしてほしい。
  5月―日
 またまた米兵(軍属)の性犯罪。しかもなんと殺人死体遺棄。
 日米地位協定に基づいて、その男をコソコソと米国へ送還させないようにしてほしい。日本が植民地ではないことを現首相自らに示現してほしい。
 「戦争ができる国」への転換を是認。米国の属国であることを肯首。この2点を「しかたない」と思っている内閣の支持者たち。
 「ひとの足だったら、どんなに踏まれても痛くない」なんて言わないで。軍隊の本質を見つめてほしい。ひとをモノとして見ないで。ワシらは活発発地(陸に上げられた魚がはねるようす)のいのちなんだ。
  5月―日
 「禅――心をかたちに」展を京都国立博物館で見る。
 臨済(?〜867)の肖像画があって、おもしろい。気迫がすごい。
 「まかれたら、まきかえせ」とどなっている気がする。そんな声がした。
 「赤肉団上に一無位の真人なり。常に汝ら諸人の面門より出入す。未た証拠せざる者は、看(み)よ、看よ」(これの原漢文が説明文にあったけど、わからないですよ、それだけでは、ちょっと不親切)。
 「赤い肉の塊りの肉体にこそ、〈いのち〉が宿っている。ほら、その〈いのち〉が顔の中から出たり入ったりしているじゃないか。真理を自分の外に求めてはいけない。そんなことにも気づかないヤツはかっと見開いて、見てみろ、このドアホ」(以上、自由訳)。
  5月27日
 オバマ米国大統領が広島へ行く。
 わずか10分間の原爆資料館の見学だ。
 ふつうに考えて、たった10分で何の学習効果があったのだろうか。
 原爆投下は、明白に生体実験。その結果、世界支配の道具とした。ふしぎなことに、やられた日本は、その道具の支配下に入った。
 そこには、ひとをモノ以下に見立てた思想があった。投下以降の祈りの言葉をユングが言っていたように「父と子と精霊と悪魔によって」……と変容したほうが実態的だ。
 オバマになりかわって、ワシらでこんなスピーチをしていこうじゃないか。「まかれたら、まきかえすんだ」。
 「当時の日本は制空権も制海権も喪失していました。敗北は決定的。なのにそこに2つの原爆投下したのです。もしも『戦争終結のトドメをさす』と言うならば、広島だけでよかったではないか。その効果を、反応を調べることなく、わずか3日後に長崎へ投下したのはなぜなのか。まるで無抵抗の市民をもて遊ぶがごとく、なぜ殺害したのでしょうか。」
 「原爆投下の報に拍手喝采したアジアのひとたちがいたことを知っている。つらいものである。日本の戦争責任は重大です。もう、再び『国権の発動たる戦争』のない国づくりをしてゆきたい。平和が国是です。平和に生きるという願いを立て、その願いが実現するために汗水を流してゆきたい。ともに東アジアに平和をつくりましょう。」
(6月2日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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