論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
暮らしのわざ――中塚智彦さんの10月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 テーマは香り、匂いによる被害。つまり、香害のことである。
 これは、新しい形の公害だ。
 柔軟剤、芳香消臭剤、抗菌除菌剤……と数年前から売り出され、広がっていった。
 もともと「なかったもの」を「あるもの」として広告していった結果だ。
 「暑さによる不快感の緩和」とか「リラクゼーション効果」とまで、メーカーは言い出している。リラックスって、もっと内発的なものではないのか。
 特にこの1、2年がひどい気がする。薬局の前を通るだけでも、フワフワ、フニャフニャした匂いが漂っている。店内に入っても、頭がクラクラしてしまうのは私だけだろうか。
 花王、ライオン、P&Gなどのメーカーには現法上品質(内容成分)表示の義務がない。だから、一切公開していない。不透明なまま。
 調べ上げるひとがいて(古庄弘枝『マイクロカプセル香害』ジャパンマシニスト社)、イソシアネートというとてつもない猛毒が使われていることがわかった。かつ、その毒がナノ(10億分の1の小ささ! 1センチの10億分の1ってわかる?)のサイズにされ、私たちの血液に直接入ってくるという恐ろしさがわかってきた。
 毒が見えない小さい粒になって、見知らぬ間に鼻からどんどん侵入し、ダイレクトに血液中に侵攻しているって、スゴイ。
 そうして、これは、コワイ。
 放射能もコワイけど、「小っちゃくされたイソシアネート」もコワイ。
 10月13日(日)に話してくれる中塚智彦さん、香害によって体調不全が発症しているんだけども、電磁波や化学物質による発症であろうが、それはすべて身体の総負荷量が超えたからだ。
 もうガンバリきれないところまで来たんだ。
 他の誰かが発症してもおかしくない。
 私が発症してもおかしくはないんだ。
 「無香料のせっけん洗剤」をみんなが使えばいい。
 昔ながらの「せっけん洗剤」がいい。
 そうして、昔ながらの免疫力を高めていく暮らしを、やっていくことだ。ひとりでも多くのひとともに。
 歌をうたうのもいい。歌は時代を乗り越えていく愛情だ。
 中塚さんの歌を聞こう――。
 おいしい食をいただくのもいい。食は時代を生きる愛情だ。
 中塚さんが三品をつくるそう。縁のあるひと、集って、いただこう――。
 まだ8人の参加。もう少し、だ。
 ようこそ、ようこそ。

   2019年10月例会
10月13日(日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
中塚智彦さん(食堂「わたつね」店主)の「暮らしのわざ――歌と話と食と」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので、必ず)。
交流会5時〜7時半(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
いまここを味わう(第15回)その絵は歌

 そのひとは大学生になってもなおホームスクール(家庭学校)に来てくれている。
 週に1回のペースで4年間、本を読み、対話してきた。
 もう10月になり、そろそろ総決算の本をともに選ばなければならない。高校時代から7年間のホームスクール生活のシメの本を決めなきゃ。
 なお、そのひと、ホームスクール卒業にあたって「卒論のようなエッセイを、書くのがあまり好きでないのでパス」「その代わりに歌をうたう」と言っている。
 それ、とってもおもしろい。
 歌はいい。
 さて、どんな本がいいか。けっこう真剣に、かつ、リラックスして、パッパと直観で7〜8冊の候補を選んで示し、その中から、本人に決めてもらった。
 結局、中村哲さんの『天、共に在り』(NHK出版、2013年)が選ばれた。
 「精神が自分自身の方法で大地に根ざしている」「精神が活発発地でおもしろく動いており、生きてある厳しい状況に立ち向かっている」という私の選択の思いは、哲ちゃんの「天、共に在り」そのものだ。
 年内、対話を深めていこうと思っている――。
 何冊かを選ぶとき、ある画文集が心に止まる。
 そうして、読み直し(画文集だからすぐに読了できる)、シルクスクリーン・エッチングのチャーミングな絵をそのひとに見せていた。
 何という本か。小田まゆみさんの『ガイアの園』(現代思潮社、2004年、以下本書とする)である。
 ティク・ナット・ハンの『ビーイング・ピース』と『般若心経』が壮神社(この出版社、名前をもう聞かないな)から1990年代は出ていて(書店で注文しても絶版になっていたな)、それを図書館で借りて、読んでいた。当時、ティク・ナット・ハンが手に入りにくかった。
 それらのさし絵を、小田さんが描いていたのである。
 そのさし絵がとってもよかった。
 私が小田さんについて知っているのは、それだけ。
 それだけで十分。
 ティク・ナット・ハン、鈴木大拙、鈴木俊隆が広めた「アメリカ仏教」。
 アンベードカル、佐々井秀嶺の「インド仏教」。
 テーラワーダ(上座部)、大乗仏教以外の「アメリカ仏教」と「インド仏教」(新仏教と「新」を付けるひとがいるけど、それは差別だ)を忘れてはいけない。飛び火していることを。
 仏教仏法は神秘、奇跡、御伽噺(おとぎばなし)とは縁遠い、苦を解く技法。「Buddhism is not any special teaching, It is our human way. 仏教は何か特別な教えではありません、我々人間の道です」(鈴木俊隆、本書P.50)。
 小田さんは米国に渡り、二人の子どもを抱え、離婚。縁あって出会った、鈴木俊隆の「アメリカ仏教」を生活の中心に置いて、安心(あんじん)していた。ただそれだけ。その日々のいまここで見つけた小さい野菜、小動物のいのちの輝き。それを喜びをもって、絵にしていった。
 その絵は歌。私の中にもあなたの中にも畑のキャベツの中にもひとしくある仏の歌。
 日本国内の仏教(仏法)はカビのはえたような用語の重なりでどこか息をしていない。「アメリカ仏教」の風に吹かれて、生えたカビを遠くへ飛ばそう。
 小田さんの仏の歌の絵は、私の中にもあったカビを吹き飛ばしてくれた。チャーミングな絵をもって。
(10月10日)

| 虫賀宗博 | - | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第14回)ようこそ、ようこそ

 慈悲の瞑想がある。
 まず最初に「私」から始める。自分自身が頼っているいのちに対して、非暴力で。「私が幸せでありますように」。
 次には私が好きなひとだ。好意を持っているのだから、やりやすい。心から「○○さんが幸せでありますように。
 3つ目に、たとえば、「今朝駅前ですれ違った、名も知らぬ、赤の他人のあのひと」へ。体に微細なエネルギーが満ちて、自我感情のおしゃべりが止む。「このひとが幸せでありますように」。
 4つ目が難しい。嫌いなひと、私を傷つけ、悩ますひとに対し、「○○さんが幸せでありますように」。
 私自身の自我感情のみに基づいて、私を苦しめる「○○さんが幸せでありますように」とはとうてい言えない。そんな全身が了解していない、矛盾の祈りをするから、宗教家にはウソっぽいひとが多いのだ。
 でも、最もイヤなひとが「幸せでありますように」ともしも素直に瞑想できるならば、その主体はもはや私ではない。私情(何が得だとか、これは勝てるぞ、こっちのほうが偉く見えるぞ――という俗情)ではない。
 じゃあ、何か。もうひとつの、別の、青空のような私、私を支える何かなんだ。
 3つ目の赤の他人にすら「苦しみから解放されますように」と大切に思えるのだから、私を攻撃してきた○○さんだって、大切に思えるはず。好きになることは全くできないとしても。
 その青空のような、本来の自己のような主体のことを、古来からアミーダ(阿弥陀仏)と言ったり、カンゼオン(観世音)と呼んできたんだ。
 このアミーダも、カンゼオンも、どのひとにも等しく在る。私にもある。
 4つ目の、この瞑想が腑に落ちて成功したとき、「在る」と実感できる。
 その実感がうれしいではないか。安心(あんじん)である。
 でなければ、5つ目の「生きとし生けるものが幸せでありますように」「生きとし生けるものがすべての苦しみから解放されますように」という言葉すら成り立ち得ない。偽善の極みでしかない。
 妄想だらけ、顛(てん)倒だらけのいまの私なんだけど、もともとの私は空っぽの赤ちゃんとして、手放されてきた存在だ。不汚染(ふぜんな)の青い空の存在だったのである。
 ウソっぽい、ダメな凡夫の私自身が極小していく。無限極小化されていく。
 そのときに出会う極大化の、とてつもない世界。無限大化の、ぬくい世界。
 何もかも容認され、そのままが肯定されていく世界。
 その出会いの言葉が「ようこそ、ようこそ」である。「ようこそ、ようこそ、なむあみだぶ、なまんだぶ」だ。
 因幡(鳥取)の源左(1842〜1930)という妙好人が生涯繰り返した言葉だ。
 私は源左を父親のように思っている。ゲンザ父さんだ。
 源左は兄弟や息子が精神病になって死んでいった。火事にもあった。そのすべてに「ようこそ、ようこそ」と包んでいった。
 源左は文字を読めなかった。書けなかった。デン(牛)に頼って生きた農民だ。
 人生、いのちの中心にアミーダを感じていたんだ。
 つねに体を動かし、働き、餅を好んで食べ、生きていった。
 その源左の「ようこそ、ようこそ」を40年前からいただいている。パクっている。
 少しでも、ちょっとでも近づいて、生かされていくために。
(10月3日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 14:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第13回)架空の話――本土決戦と『邪宗門』

 本土決戦のことである。
 40年も50年も前から、なんとなくだけれども、「本土決戦がもしもあったら、どうなっていただろうか」と、たびたび思ってしまうのである。
 本屋で何気なく、ある薄い文庫を手にし、パラパラと見ていた。
 「本土決戦の全貌を解く」なんて、あるので、買ってみた。
 「全貌を解く」ことはできなかった。
 内容はページ数と同じように薄い。これでは説明解説でしかない。
 オススメはできないね。
 何という本か。
 『少年ゲリラ兵の告白――陸軍中野学校が作った沖縄秘密部隊』(新潮文庫、2019年8月、以下本書とする)である。
 筆者はNHKスペシャル取材班。
 本文中に何回も「辺野古への『移設』」と書いている。軍港がプラスされた、凄まじい巨大軍事基地が新しくつくられようとされている事実を、なんでNHKは隠し、伝えないんだろうか。
 軍事の問題をめぐって報道するときに、事実をきちんと伝えずして、何を伝えたいのであろうか。
 戦(いくさ)において、そのひと(ひとびと)の本質が露(あらわ)になる。
 軍はひとをすべて道具として使う。どの国家でもすべてそうだ。
 しかし、こと日本軍において、どうしてひとのいのちをかくも粗末に処するのであろうか。なぜ人間存在をここまでも侮辱できるんだろうか。
 「一死必砕ノ特攻ニ依ル肉迫攻撃ヲ主体トス」(本書P.180、図書館で見てね)――。
 よくもこんなこと、書けるね。
 米軍が実際に計画していた作戦によると、南九州(オリンピック作戦)、関東(コロネット作戦)の2か所から上陸。その作戦名が「ダウンフォール(滅亡)作戦」。作戦名、妙に軽いけどねえ。
 日本人のすべてを「敵」とする、凄まじい焦土絶滅の戦(いくさ)が行われたであろう。
 片や、日本は特攻肉弾戦のみ。子どもも女性も老人たちもすべての日本人による「特攻の全体化」。
 きっと特攻に失敗することは許されず、ケガをしたりしたら、日本軍によって背後から撃ち殺されていく。すべて命令下に使い捨てられていく。
 米軍による焦土作戦。日本軍による玉砕(自爆滅亡)作戦。
 その両者によって、きっと凄まじい死者が生まれていく。2人に1人が殺されるかもしれない。
 おそらく、きっと、私も、あなたも、この世に来ることもなかったかもしれないほどの死者の山が築き上げられたことであろう。
 そこまで痛めつけられたとき、ひとは何に気づくか。
 虚構は虚構である。虚仮(こけ)は虚仮である。天皇制も軍国主義も、実体が何であるのか、内実がなんであるのか、そのことに気づくのか。あるいは、何も気づかないのか。
 私は思い出す。45年前に下宿で読んでいた高橋和巳の『邪宗門』(新潮文庫)だ。おもしろいフィクション。
 戦前に不敬罪を口実に弾圧を受けた、ある架空の宗教団体が戦後の民主改革をより深く実現させるために占領(米)軍と政府に向かい、捨身の蜂起をしていくのである――。
 私はこういうフィクションをSFでもいいので、もっともっと書いてほしいし、語っていきたい。
 「ありうべき戦後」である。理念の対話をいまからでも小さく深めたい。遅くはない。もっと、もっと、「来たるべき戦後」を話そう。70年遅れた、80年遅れた再出発だ。もうひとつの「青空のような戦後」を語ろう。
 「日本会議」に負けるわけにはいかんのではないか。
(9月26日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 13:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第12回)青空――ウラヤマ(その8)

 私は山好きなんだけども、私の登山は「ヒマラヤ逍遥じゃくて、ウラヤマ徘徊」と気づいたときから書き始めるシリーズの8回目(前回までは「いまここを生きる」の流れだったけど)。
 9月15日に比良山系の峠道の縦走へ行った。
 朝7時発の湖西線に乗る。トンネルを抜け、京都から大津へ出る。琵琶湖が見えてくる。海のような湖を眺めると、考えてみれば、「比良山系歩き」がすでに始まる気がする。
 琵琶湖の風景の中に立つ屏風絵のように比良山系は立っている。
 その日、全く雲がない。珍しく、100パーセントの青空。
 比良山系の荒川峠って言っても、きっと誰も知らない。よく比良へ行っている私も山地図を見て意識するまで、「そんな峠、ヒラなんだな」。
 40年もの昔、長い縦走したとき、通過したけど、記憶にない。奥ノ深谷側(琵琶湖とは逆の西側の渓谷)の森がよかった思いがあるだけ。
 そんな地味な峠へ上がって、ただ歩く。
 ゆっくり歩く。
 ピーク(山頂)はもう目指さない。
 さあ、出発。青空へ向かって、登っていこう――。
 地味すぎて、道標がない。登り始めの糸口がつかめない。
 湖西道路(志賀バイパス)ができた。奇妙な側道をつくったりし、旧道の山道が余計にわからなくなっている。
 荒川の村(集落)のひとに聞いて、やっと、山道がつかめはじめる。
 かなりの急登。
 けっこうな急坂をクネクネと登っていく。
 2時間かけて、大岩石の分岐から、休み休みしながら、やっと、峠へ上がる。
 でも、体に負荷がかかるときに、なんで、こうも、自我感情が湧き上がるんだろうか。
 空はこんなにも青いのにね。
 そういう感情に気づく。「あるな」「湧いているな」と気づく。気づいて、放念していく。捨てていく。
 私、ずっとそう思い、実践してきた。
 その捨てる主体の私が自我感情がたっぷり盛った、いまの私ならば、ほんとうに捨てることができるんだろうか。
 「捨てた」と思い込んでいるだけなのではないか。
 瞑想すればするほどに「瞑想太り」するだけなのではないか。
 どこか、確実に、ゴマ化してきているんだ。
 そうではないんだ。きっとね。
 衆生無辺誓願度(生きとし生けるものが幸せでありますように)と願う、自我意識ではない(自我は私だけを守るのだから、衆生無辺……と祈ることはありえない)、別の、もうひとりの青空のような私がはっきりと在ることを感じていくこと。その実感がいいんだ。
 そんなこと、感じながら――感じていると、なぜか赤トンボがいっぱい群れてやってくるんだ――、標高900メートルの稜線歩きを楽しむ。
 シャクナゲの花崗岩の山道を歩く。風が奥ノ深谷から吹き上げてくる。気持ちがいい。
 南比良峠を過ぎ、金糞峠まで歩く。「北比良峠までは行こう」と思ってはいたけど、無理しない。まだ1時半だけど、下山開始。
 9月とはいえ、夏山。汗をてんこ盛りかいた。湯(比良とぴあ)に浸かろう。
(9月19日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第11回)山吹と虹

 川の流れを眺めていると、いまも飽きない。川底にあるものが川面(かわも)から見えている。流れや光の具合によって、チラチラと屈折し、ゆらぎながら、見えている。
 川底はどこかの私の意識のよう。川面の明るさはどこか他者の励ましの言葉のよう。川面を見ているようで川底を見つめ、川底を見ているようで川面に見とれている。
 その2019年の夏の終わりの10日間の日録を綴る――。

 

  9月1日(日)
 山吹が庭にひとつだけ咲く。「なんで、いま?」と思いながらも、いま山吹色の花、いちりん。

 

  9月3日(火)
 コラム、書く。『主戦場』について。
 けれども、もっともっと(国家財政)緊縮のことを書きたいと思う。「財政が破綻」「金がない」ばかり、新聞、TV、役人が言いつづけているから、みんな緊縮を内面化してしまっている。
 おまけにデフレも放置されたまま、来月から増税が為され、緊縮がますます内面化され、心が物質化され、渇き、その結果、弱者いじめがもっと盛んになる。うーん。

 

  9月5日(木)
 宮沢賢治の言う心象スケッチを思う。心象とは無限の時間、無尽の宇宙につながっているので、ひとの心象を描くとは私個人を超え、普通につながっていくことのスケッチだ。
 実は、朝方に、この心象スケッチの夢を見た。

 

  9月6日(金)
 ラグビーをTVで見る。南アフリカ共和国の圧勝。南ア、徹底的にハイパントのキック攻撃。中途半端なパス攻撃を封印。
日本は大丈夫か。きっと同じように、アイルランドとスコットランドの、シンプルに徹底した強靭さにやられるのではないのか。

 

  9月7日(土)
 2018年4月に55歳で亡くなった榎本てる子さんの追悼集『愛の余韻』(いのちのことば社)の出版記念会。榎本さんが開いたバザールカフェ(同志社の西門前、保護観察所ヨコ)で行われた。
 『愛の余韻』、前半(第I部)がおもしろい。父と母との関係が率直に綴られている。両親から「愛されている」のに、「愛されていない」と思うてる子さんの素直さがいい。
 こういうねじれはいずれほぐれる。多くのひとびとが同じ問題を抱えており、うなずくはず。普遍的な『愛の余韻』。
 ねじれをほぐすために、出会いがある。
 ちなみにてる子さんの父は、「ちいろば牧師」の榎本保郎さん。アシュラムという祈りの運動をすすめたひと。

 

  9月8日(日)
 法然院へ行く。山下良道さん(一法庵)の話と瞑想に参加。3回目。
 念仏(南無阿弥陀仏)の意味が、やっとこさ、腑に落ちる。
 ありがたい。
 ヨーガもあって、1時間、体をほぐしていたら、疲れがドドドと出てきた。「この夏、無理してるな」と体が示現してくれる。

 

  9月10日(火)
 午後、雷。強い雨。スコールだ。10年前のタイの森林寺の雨の香りを思い出している。
 夕方、虹が空に架かる。
(9月12日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
暮らしのわざ――中塚智彦さんの10月例会へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 10月例会が10月13日(日)。
 中塚智彦さん(中京の食堂「わたつね」店主)。
 「暮らしのわざ」と題し、歌と話と食の3つの組み合わせを味わっていただけたら、うれしい。まずは中塚さん自身が、そうして参加者たちが、それぞれがそれぞれに楽しんでもらったら、きわめてうれしい。
 そんな秋日和の、日曜日の午後にしたいねえ。
 ようこそ、ようこそ。
 「わたつね」は町の定食屋レストラン。刺身、天ぷらやフライ、焼魚の定食に、石臼挽きの手打ちそば。純米酒もある。
 町衆たち(洛中のおっちゃんおばちゃん)、学生たちの居場所。
 場所は京都YMCA(三条柳馬場)を北へ何軒か行ったところにある。すぐわかる。
 中塚さん、その三代目のオーナーシェフ。
 その中塚さん、縁あって、京丹後の米軍レーダー基地へ通う。毎月一回は、行っている。ここ5年連続で正月元日には基地前に立って、歌いつづけている。
 10月13日(日)にも歌ってくれる「あなたのところへ」「こいのぼり」「境界線」。自ら詩を書き、曲をつくり、ギターをひき、歌う。
 その歌って、何なのか。
 もちろん「米軍基地なんて、いりません」とまっすぐ訴える歌なんだけども、効果がすぐに現れるわけではない。
 「暮らしのわざ」としての歌と考えたい。
 「どうやって料理の出しをとるか」「調味料は何がよくて、どのタイミングでどれだけ入れるのか」。「洗たくものはどうやって干すのがいちばん乾くのか」「どうやってぞうきんがけするといいか」「屋根瓦や網戸はどやって修理するのか」。
 そういう生活、暮らしのわざなんだ。喜びを生み出す技法だ。他にも考えてみればいっぱいある。
 そのわざのひとつとしての歌なんだ。
 「子どもを育てる」「祭りをする」「手紙を書いたり、詩を書いたり、歌をうたったり、楽器を奏でたりする」「介護したり、看病したりする」「米や麦、そば、野菜を育てる」。
 つまり百の生きることを為すのである。百は「たくさん」を表す。
 その手作業を為すひとのこと、昔、百姓(百生)と呼んだのだ。農民ではあまりにも細すぎる。
 生きるための仕事だから、ゼニとは無関係。労働職業ではないんだ。
 以上の意味での仕事が中塚さんにとっての歌。
 祈りの世界が生成する歌である。
 歌いながら、話す。
 話は、香害。柔軟剤や消臭剤による、凄まじい香害について、だ。
 中塚さん、「わたつね」の調理場に立つときでも毒マスクを付けていることがある。
 毒ガスと同じ成分の、イソシアネートがナノサイズの。めちゃんこ小さなサイズの姿に、
 直接鼻や体の各部位に入ることによって生まれる、さまざまな激痛。
 外部から米軍基地、内部から香害、内外からの暴力。
 抵抗は、生々と生きること(生活という言葉も、本来は生き活(い)きと生きること)。労働職業の範囲を突き破って、生きていくための仕事を生き活きと為していくものなんじゃないのか。
 中塚さんの生のわざとしての料理も少し持ってきてもらおうと思っている。
 歌と話と食である。
 10月13日(日)、ようこそ、ようこそ。
 2か月ぶりに(9月は土日が他用で珍しく詰まっていて、無理だ、ゴメン)、論楽社へ、ようこそ、ようこそ。

    2019年10月例会
10月13日(日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
中塚智彦さん(食堂「わたつね」店主)の「暮らしのわざ――歌と話と食と」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので、必ず)。
交流会5時〜7時半(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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