論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
感話――それぞれの話がいのちへと流れてゆく(その2)感話――それぞれの話がいのちへと流れてゆく(その2)
 毎月毎月、講座や例会を開くことができている。
 ありがたい。
 それは、改めて言うまでもなく、話し手があって、聞き手(参加者)があって、成立している。
 そして、そういう論楽社を遠くで見守ってくれているひと―見守り手―たちも加勢され、成立している。
 次のようなハガキが届く。うれしい。
 「『言葉のパス』の試みということで、ご期待申し上げます。これは言葉を豊かにしていく挑戦でありましょう。(略)豊かな言葉が交わされ、関係性が回復し、社会の破れ目がつづられる、その確実な第一歩に、この度の会はなるのだと思います。」
 手書きの、読みにくい私のチラシのFAXに、「社会の破れ目が…」に反応。涙が出る。ありがたいひと。まるで安江良介さんのように、人間の精神への信頼が厚いひと。ありがとう。
 こういうひとたちのおかげで、成立しているのである。
 話し手も聞き手も見守り手も、諸仏のひとりずつなのである。そう思っている。
 互いに「人間に生まれてきてよかったなあ」ということを示しあっていこう。
 みんな、それぞれ「自己」を生きねばならない。屁ひとつだって、貸し借りができない。
 その「自己」を開いていこう。生きのびて、開いてつながっていけば、「ああ、生まれてよかった」と思えるのではないか。
 そう思う10月例会だった。
 ありがたかった。
 ありがとう。

 さてさて、11月は遠くメキシコからオルギンさんが来る。森林農法の「講座」。
 12月は大石順教さんについての話。両手がない仏者の「講座」。
 新しく出会っていこう。ワシらがいまここで立っている場所(トポス)を浄土にしてゆこう。

 そう、そう。10月例会のあと、掃除していて玄関のカンパ箱を見たら、3000円が入っていた。10月例会のどなたかからだ。どなたかわからねども、ありがとうね――。
 じゃあ、またね。お大切に――。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第122回)地雷――生きとし生けるものが幸せでありますように、苦しみから解放されますように
 「あーあ、まだまだ未熟もんなんや」と思う。
 詳しくは書けない。デッサンだけ、少し、描く。
 あるひとが、突然に、強烈なネガティヴ・エナジーを発し始める。そんなことがあった。
 そのひとの内部で長い年月かけ、独特のアディクション(addiction、中毒のような傾倒)が醸し出される。
 その執着。むさぼり。怒り。そして、その表出。
 最初、「おいおい」と驚く。「アホか」とも思う。しまいには「いいかげんにしいや」「何をやってるのや」と立腹してしまったのや、と思っている。
 つまり、内面化してしまったんだ。
 失敗した。
 人生は不如意。皆苦。生きるということは私の思い通りには行かないということ。
 私は自分の人生で、身に沁みている。
 なのに、そのひとが自らの息苦しさを暴発させようとするとき、私は知恵を働かせなかった。慈悲を発動させなかった。私とそのひととの距離を埋めることができなかったんだ――。
 悪かったな、と思う。
 そう、いま、思っている。
 そのことが、ときどき、ふと気になる。
 チラリと、チクリと刺さっているトゲのように感じる。
 トゲは抜きたい。内面化してしまったトゲを抜きたい。
 わが身の愚かさ、頼りなさを見つめて、納得していこう。
 それができれば、目に見えない大きな力にゆだねる心も、もっともっと湧こう。
 こんなことを知った(偶然手にした東本願寺の『同朋新聞』2014年9月、10月号)。東ティモールのひとたちのことだ。
 映画『カンタ! ティモール』(広田奈津子監督)、私はまだ見ていない。見たいと思っている。
 その映画の中で、こんな歌がうたわれるとか……。

  ねえみんな
  ねえ友人たち
  僕らのあやまちを大地は見ているよ
  小さな者たちを言葉が惑(まど)わす
  大きな者を追って踏み外しちゃいけない
  足は大地についている
  もう指導者はいらない

 東ティモール。武力併合しようとしたインドネシア軍によって、人口の3分の1が殺されたのである。
 それでもなお、「彼らのあやまち」「やつらのあやまち」と言わない。「僕らのあやまち」と言う。
 あなたのあやまちは、私のあやまちなんだ。
 なんという品性の高さ!
 相手に仕返しをしたら、それは自分にやることと同じなんだ。
 復讐せずに立ち向かい、捕らえたインドネシア兵を生きたまま帰している。「やめろ!」と説得し、ついに撤退させる。
 スゴイ。
 水を送りつづけてくれる山。食べものを恵んでくれる大地。それらは神。それらを人生の中心に置いて、先祖の眠る大地をただ守るために、武力攻撃に体を張っていたのである。
 ああ、なんという魂の深さだ――。
 また、こんなことも知った(これまた偶然手にした『サンガ ジャパン』18号、2014年9月)。
 カンボジアのマハ・ゴサナンダ(Maha Ghosananda 1929〜2007)。不覚にも、私はこのひとを知らなかった。ふと手にした冊子で、ふと目にしたコトバ。気品のある顔写真。

  カンボジアの苦しみは深い
  その苦しみから大きな慈悲が生まれるのです
                 ――マハ・ゴサナンダ

 ポル・ポト政権の自国民へのジェノサイド。人口の5分の1、4分の1を殺す。とんでもない。ムチャクチャな破局。
 僧侶マハ・ゴサナンダさんも姪の2人を除くすべての親族が死に絶えてしまった。
 それでもしっかりと慈悲と許しをマハ・ゴサナンダさんは説く。
 「この地雷をよく見なさい。これがここにあるのは、私たちの心の中に地雷があるからです。心の中に地雷があるから、心の外にも地雷があるのです。(略)心の中に地雷を持たずに歩き続けなさい。心の地雷は、(1)憎しみ、(2)むさぼり、(3)妄想です。(略)寛大な心を大きく育てていくことです。そして慈しみによって、憎しみの地雷を取り除きます。そうして、寛大さ、慈しみ、哀れみでわたしたちの心の中を満たすと、その安らかさは外にもあらわれて広がっていくのです。」
 うーん。身に沁みる。
 スゴイ。
 憎しみは憎しみによって消えることは全くないんだ。
 もう、明快に、自らが寺となって、対応していこう。
 そのひとの吐く、真っ黒なネガティヴな煙を私も吸おう。
 吸って、私のほうから、黄金の煙にして、そのひとへ差し出そう。
 そんな瞑想を毎日やってみよう。
 そのひとの苦しみが解かれますように。そのひとが幸せになりますように。
 私も内面化してしまった苦しみから解放されますように。私が幸せになりますように。
(10月30日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 20:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
感話――それぞれの話がいのちへと流れてゆく(その1)
 10月例会は10月19日(日)。おだやかな秋晴れ。テーマは「感話」。
 「いまここで何を感じているのか?」。
 「それを話してもらおう」と思った。
 話すことは放つこと。パスを放ること。受けとめて、生かす能力が私たちにはあるだろう。やってみよう――。
 そう思った。
 縁あって、電話が通じた次の5人のひとに頼んでみた。
 斉村康広さん、田中武さん、寺元健二さん、永田純子さん、浜地弘子さん(アイウエオ順)。
 ありがたいな。ありがたいです。
 いただいた「感話」を順々にレポートしてみよう。
 発表順はくじ引きで決めた。
 それぞれ、感話のエッセンスを記してみよう(文責は私)。
 なお、写真は斉村康広さん。ご本人の感話のときの写真がないのが、残念。
 斉村さん、ありがとう。いつも、ありがとう。
 1番目は、田中武さん(写真1、2)。
 「私は1歳のときに東京大空襲を体験。引っ越した兵庫の尼崎でも再び空襲を体験。両親とも苦労しました。戦争はイヤです。」
 「6年前に論楽社で、『9つの鐘』を発案しました。『5月3日や8月15日の正午とかに、寺院や教会の鐘を9回鳴らそう』という思いです。9条のことを思って、です。」
 町中に村中に9つの鐘が鳴り響いてほしい。憲法の誕生日、敗戦の出発日には不戦・非戦の祈りの鐘が鳴ってほしいな。うるさいくらいに(笑)。
 2番目が。寺元健二(ポコ)さん(写真3、4)。
 「3・11直後から斎藤(洋さん)と岩手へ行ってます。もう、17、8回通ったかな……。心配しています。地元のひとたちが『そんなもん、いらん!』と反対しているのに、無視して、巨大防波堤や高速道路がどんどんつくられているからです。行政への、みんなの声が全く届かないのです。」
 「福島だって、まず最初に『新幹線は止めない』という結論があったのです。『放射線管理区域』以上の線量を計測していても、『安全だ』と言っています。政治も新聞TVも、おかしいです。なんでなんやろう。おかしいのです。」
 何百万人、何千万人というひとびとが、何かの魔力の前に、目や耳、口が潰され、隷従している姿を想像してしまうな。
 隷従してボケーッとしている間に福井・若狭に地震が炸裂しないことを祈りたい。
 3番目は。斉村康広さん(写真なし)。
 「(学生のときから通っている私の原点である)水俣旅行をしてきました。塩田敏夫さんたちといっしょです。チッソは『ねこ実験』をして原因が有機水銀だと明らかにわかってからも何年も何年も廃液を出しつづけていました。被害が広がっていきました。その間、患者さんたちは『奇病』とか言われ、差別され、苦しみました。
 福島だって、20年、30年にしてやっと『放射能が原因』と公認されるかもしれません。
 それまでは、どれだけ、苦しまなければならないか――と思います。」
 9条。岩手と福島。そして、水俣。パスしながら、自然に深まる「感話」。それぞれがそれぞれの人生を掘って、耕して、深めていく。すると、いのちの地下水に至る。個別的ないのちが普遍的ないのちにつながっていくのだろう。おもしろいなあ。
 4番目は、永田純子さん(写真5、6)。4時半、だんだん時間がなくなっていく。
 「今年の4月にガンを宣告されました。『余命半年』と告げられました……。なので、行ってみたかったブータンへ旅してきました。スマホとかも普及し、現代文明の荒波がやってきています。ブータンには老人ホームがありません。老人はお寺へ行って、来世の安寧を祈るという大切な仕事があります。また、『土地がない』とか生活上の不安や相談を、直接国王に訴えることができます。国王が何キロも歩いて、その相談者のところまで行って、話を聞いて、打開策をさぐります。そういう統治がブータンには在るのです。それが土台としてちゃんと存在していることが大きい。」
 永田さん、4か月ぶりに会ったけど、「目が澄んでいる」と思った。免疫力が高まり、数値もぐんぐん良くなっているとか。うれしいな。
 最後の5番目は浜地弘子さん(写真7、8)。もう5時、ますます残り時間が少なくなる。
 「右手を骨折する――という体験をしました。右の手が動かない。指も動かない。感じない。まるで『死んだ』ようです。それで、逆に『生きている』『動いている』というスゴサを感じ入りました。」
 「いま実母の介護をしていて、キリスト者で厳格な母の『弱さ』を知りました。『あっ!』と思いました。」
 「感話」のラストはいのちへ帰っていった。深まっていった。
 実におもしろい。私はそう思った。
 生かされるいのち。強さを支える弱さ。弱さを支える強さ。そのふしぎさ。
 それぞれの「感話」がつながりあっている。バラバラなのに、ひとつへ、いのちへの流れている。

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| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 17:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第121回)ノーサイド――映画『60万回のトライ』の魅力
 ある友人から、「見てみたら。京都シネマでいまやっているよ」と言われても、結局、見ることができなかった。
 その半年後に、別の友人から、もう一度、「見てみたら。立誠シネマでいまやってるよ」と言われた。そのシネマは、元・立誠小学校の教室を利用した、たいへん小さな映画館。ラグビーシャツ着用で1000円だとのこと。
 おもろいではないか。
 2回も電話で誘われる。縁があるのだ。
 よし、行ってみることにした。
 朴思柔(パク・サユ)監督の『60万回のトライ』(コアプレス、2013年)だ。大阪・東大阪にある朝鮮高校ラグビー部の3年間のドキュメンタリー映画である。
 大阪朝鮮高級学校。略して、大阪朝高(ちょうこう、以下は朝高とするね)。そのラグビー部の物語だ。
 朝高、ラグビー界では有名。「勇気溢れるタックル」で昔から知られている。
 1952年に創立された朝高を、60年たっても日本の文部科学省はいまだに高校として認めていない。
 したがって、ラグビーの公式戦へも、長年出場すらできなかった。「出場できない(差別されている)という悔しさ」を練習試合に朝高のラガーマンはぶつけていた。練習試合が彼らにとって公式戦だったんだ。
 ラグビーは防具を付けない(高校ラグビーはヘッドキャップ、マウスピースが必要やけど)。グラウンドに立つと、正直言って「恐い」という感覚に襲われると思う。
 つくづくと「オレの身体だけを頼りに立ち向かうのだ」ということを痛感するのである。
 突進してくる相手選手の膝下に瞬間的に入り、両手で締め付け、倒す。上手なタックルを決めると、ストンと倒すことができ、思いのほか「タックルする側」も「される側」も痛くはない。ところが、そんな容易に膝下には入れない。恐怖心を消すことができないからだ。失敗すれば、救急車が呼ばれることにさえなる。それがタックル。ラグビーの華。
 ゆえに、「勇気あるタックル」を繰り返すチームや選手へは、文句なしの拍手が送られる。敵味方は関係なし。たとえチームが敗北したとしても、心の底から「よくやったぞ」と称賛される。敬意を持たれる。
 朝高は、そういうチーム。気力のチーム。
 1991年、朝高は公式戦に参加することになったのである。「例外的に」と文科省はなんと認可。多くのラグビー関係者の尽力があった。
 全国大会に2003年に初出場。
 ベスト4を二度、ベスト8を一度経験。全国制覇だって、もはや夢じゃない。強豪校であることは、間違いなし。
 その朝高のラグビー部の活躍を監督の朴さんは偶然に知る。ソウルから来て、韓国の放送局の海外レポーターとして働いていたときだ。
 そのとき、これまた偶然にも朴さんに乳ガンが発見される。
 朴さん、京都の宇治のウトロ地区(戦時期飛行場建設工事のために連行された朝鮮人たちの集落)に滞在。オモニたちの温かいご飯を食べながら、ガンの手術、抗ガン剤治療を受けることに――。
 そういう旨のナレーションが根岸季衣さんの声で入り、映画が始まるんだ。
 見始めて、すぐ気づく。この映画は「私(わたし)ドキュメンタリー映画」なのである。客観に徹するドキュメンタリー映画ではない。
 飛んできたボールに当たって、カメラがふらつく。チームのエースのCTB(センターバックス)の権裕人(コン・ユイン)にやさしくラグビー・コートをかけられ涙ぐんだりして再びカメラがゆれる。
 そんな朴さん自身の「私」をそのまま撮っている。おもしろい。
 その「私」はソウル出身で、日本の「在日」のことを知らない。日本人の多くも、「在日」のことを知らない(知ろうともしない)。
 朴さんの「私」の目線を通して、ラグビー部の選手たちの礼儀正しさやしっかりと「私」を見据えるまなざしを知っていくことになる。
 結局、あの選手、この選手のファンになっていくんだな。
 「堂々とした生きる姿」をしだいに知るからである。
 砂ぼこり舞う土のグラウンド。水道水で体を洗う姿。夏合宿での部員同士のケンカ。
 これらの風景を撮りながら、ラグビーが選手たちに示していく。そのことに気づいていく。「逃げ場のないフィールドで、生身の凡夫の人間たちがひたすらボールを追う。工夫しながら必死に、ひとりひとり勇気をもって、責任を果たす。それ以外に、チームは勝利を得られない」ということを――。
 おそらく朝高ラグビー部は日本人の2倍練習しているであろう。ラグビーを真剣にやりながらも、「無償化」を求める署名活動をしたりして、まっすぐまっすぐ、非暴力的に日本社会へ訴える。
 選手たちは生きてあるのである。
 歴史上ある帝国では、その内部にある共同体が服従し、納税すれば、自治的な諸権利をイヤイヤながらも保護してきた。
 日本は帝国ですらない。大国ではない。在日の朝鮮人に対して、日本は納税だけはさせておいて、選挙権も何も全く与えていない。朝鮮語を学ぶ権利も保証していない。ヘイトスピーチして「殺せ!」と言う連中すらを守っている。
 これでいいのか。
 『60万回のトライ』は、在日60万人の朝鮮人たちのトライという意味。「こんな日本でよいのか」と無言で日本人社会へチャレンジのボールをパスしている。
 ただパスされたそのボールを受けとろうではないか。
 日本が主体的に変わっていかねばならない。
 ノーサイドを求めよう。日本が求めよう。
(10月23日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第120回)課題――「最後のひとり」までという誓願
 「ちょっと会えないか?」という電話が10月10日(金)の朝、突然にあった。
 甘蔗(かんしゃ)珠恵子(たえこ)さんからだ。
 福岡の龍国寺のひと。いや、『まだ、まにあうのなら――私の書いた いちばん長い手紙』(地湧社)のひと、と言ったほうがよいかも。
 待ち合わせ場所が、「トスカ」。京大の農・理学部の門の東ヨコ(左京区北白川追分町)。オペラの「トスカ」のファンなんだ、と思って聞いてみたら、違った。姉妹の名前から付けたんだそうだ。「ともか」と「あすか」から。おもしろい。
 「トスカ」は3年前の秋にオープン。オーガニック野菜と自然調味料のレストラン。
 福島からの原発避難者が経営――とは聞いていたけど、その日、そのあたりのことが少しわかってきた。
 その両親とは、橋本宙八(ちゅうや)さん、ちあきさん。
 甘蔗さんの親しい友で、よき相談相手のよう。
 ちあきさんは他用で席を立ったので、宙八さんと話すことができた。その内容を書き留めておきたい。ほんの少しだけどね。
 心に染みたんだあ――。
 「福島県いわき市の山の中の原野を買って、家を建て、そこで暮らしてきました。原発から24キロメートルのところです。〈半断食による身心改善法〉を考案し、セミナーを開いてきました(www.macrobian.netを見てみて)。」
 「40年セミナーを開いてきて、そのまま終わるつもりでした。ところが、原発事故があって、京都へ避難してきました。」
 「京都へ来たのは、『仏像を見よ』という意味があるのではないか? そう思っています。いま、『食』は卒業し、仏教を学びたいと思っています。」
 「原発も、ガンも感染症も(これらの難題はすべて)、(仏から与えられた)課題なんですよ。すべての課題が、甘蔗さんの本のタイトルのように、『まだ、まにあうのなら』なんですね。乗りこえ、乗りこえていって、(仏の恵みが)70億人の最後のひとりまで満ちていったときこそが、その『まにあう』ときなんじゃないでしょうか?」
 宙八さん、さらっとスゴイことを言う。
 私は「いますでに聞く」という言葉を思っていた。
 「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く」(三帰依文)である。「ああ、いまここで、聞いた」と思った。
 課題――なんだ。最後のひとりまで――なんだ。
 そう思った瞬間、私の中に「無量寿経」がパアッと浮かんだ。
 「無量寿経」という経典をよんだことがあるだろうか。
 そこに、世にも美しい誓いの言葉が48番連らなっている。
 その18番目の誓いが法然を変え、19番目と20番目の誓いが親鸞を変えていったのである(いまは、具体的な説明を略する)。中世末の乱世を生きた彼らはその経典を命をかけて読んでいた。
 試しに、1番目を読んでみようか。
 「設我得仏、国有地獄餓鬼畜生者、不取正覚」(『浄土三部経(上)』(岩波文庫、P.155)である。「わたくしの仏国土に、地獄や畜生、餓鬼のひとたちがいるようでしたら、悟りはいりません」(私訳)だ。
 現地球上は、わが祖国上は、地獄を生きるひと、阿修羅を生きるひとたちの山脈。そのひとりひとりの苦しみが解(ほど)けていく。最後のひとりまでが、解き放たれていく。「それまでは悟りを得ない」と仏(ブッダ)が明言するのである。けれども、現実の仏(ブッダ)は正覚を得た。「悟りを得ない」と言っているひとが、「得た」のである。ということは仏国土からいずれ必ずやひとりひとりの畜生(動物界)のひとたちが解放されていくのである。――そういう弁証法を持つ。
 膨大な時空、はるかかなたの時の流れの中で得る弁証法。「間に合うか、合わないか」を超えて成り立つのである。
 私はそう思っている。
 以上のことが、宙八さんの話に、パアッと反応した。
 私たちの課題。地震にも火山にも耐えて、核廃棄物を何年も何十万年も守りつづけていく課題。書き残し、伝えつづける課題。成功成就しかない課題。「いのちを大切に」「いのちを守れ」という誓願。最後のひとりまで救うという誓願。
 あたたかい、忘れ得ぬ仏法話に全身が呼応している。
(10月16日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 05:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第119回)アフガン戦争――ひとりの力を信じきるか
 何度も言う。大切なことは繰り返して言わねばならない。
 ひとりの力は大きい、ということ――。
 ひとりのいのちが「これは大変!」と思うことを直接100人のいのちに伝える、とする。
 その100人が友人の100人にそれぞれに伝える。間接的に10000人(1万人)に伝わるではないか。
 その100人が再び友人の100人にそれぞれに伝える。間々接的に1000000人(100万人)に伝わるではないか。
 もう1回、同じことをすれば、間々々接的になんと1億人ものひとたちへ伝播していくのである。
 スゴイことではないか。
 もちろん、現実は違う。ひとりが伝えるべきひとがひとりもいなかったり、あるいは、逆にひとりが何人ものひとを傷つけて、「マイナス力」の伝播なんて、あるだろう。
 それでも、ひとりの力は深いんだ、と言いきっていきたい。
 日本の野のチョウの羽の一振りが縁深まりインド洋の大海の大いなる風になっていくのである、と言いきりたい――。
 何を言いたいのか。
 きょう10月7日は、何の日か。アフガニスタンに米・英国が空爆を開始した日なのである。
 すでに13年の歳月が過ぎたね。
 2001年9月11日の米国中枢へのテロリズム。
 その復讐。殺された3200人の、何十倍の復讐。実際に13年かけて百倍返しの復讐を米国はやっているのである。
 それが「やっていた」に変わる。
 年内をメドにして、米国軍・EU軍はアフガニスタンから退却するのである。
 米国も日本もEUも自らは言わないけど、この退却はどう考えても、敗戦。
 米国はイラクについで、アフガニスタンでも敗北していくのである。
 アフガニスタンは19世紀にイングランドを、20世紀に旧ソ連を、そして21世紀に米国を退却させている。それぞれの最強軍を敗退させている。スゴイと思う。
 スゴイけれども、アフガニスタンとして、したくもない、しなくてもよい戦争をさせられてきただけ。毎日毎日、無人機を飛ばされ、無辜(むこ)のひとびとが数百人ずつ殺されつづけたのである。
 たしかにワシら日本人にとって遠いし、中村哲さんと縁が生まれていなければ、私だってピンと来ないと思うけども、それでも「え!? まだ戦争やってんの?」という反応はあんまり。ニュースに出ないからといって、忘れてはいけない。
 日本は後方支援してきたのだし、米軍の命令で、米軍のパシリとして戦費を出しているのである。
 そういえば、東ティモールのときも、イラク戦争のときも、やはり日本がゼニをほとんど出しているのである。
 ワシらのゼニで、アフガニスタンのひとびとは殺されているのである。
 劣化ウラン弾だって、ポンポンと撃っているのである。きっとね。
 参戦していることを忘れてはいかんと思う。そりゃ、あんまりのこと――。
 世界中にとてつもない「マイナス力」を伝播させてきたのである。
 ワシらの思考や思想も「マイナス力」によって錆(さ)びてしまったのではないか。
 自省(力)のない暴力、ゼニへの信心は恐ろしい。
 米国は13年間何をやってきたのか。日本は膨大なゼニを使って何をやっているのか。
 日本はひたすら世界最強の軍事国家を支持し、常にポチの役割を果たしてきた。勝ち馬に乗ることだけを考え、「主流」「強い側」の言い分に追随してきた。だから、日本が「名誉ある地位」を得られないし、友国がひとつもないのは、自然の理ではないか。
 ワシらひとりひとりは「世を汚してやろう」「皆殺しにしてやるぞ」と思っているわけではない。小さな、現世の幸せを求めている。
 それはそれでいいんだけど。
 でも、そのことが、すでに始まっている破局を生んでいるのではないか。
 つまり、自省力のない暴力の行使やゼニへのあくない信心を自ら疑うことなく、依然としてちょっとした幸せを求めているからではないか。
 2001年10月7日、空爆が始まったアフガニスタンで中村哲さんは誓う。「(米・英・日軍によって)何の罪もないひとたちが殺されている。復讐したい。ただし、暴力じゃない。干ばつで苦しむ大地を、緑の村を取り戻すという方法によって、復讐したい」と。水路を通し、緑の村を実際取り戻している。
 ひとりの力はかくも大きい。
 その哲さんを支えたのは、「三度のメシを家族といっしょに故郷で食いたい」という農民たちの執念である。その執念が結果として米・英・日軍を退却させたのである。
 戦争を止める方法は何か? みんながみんな、反対すれば、やめさせられるのである。
 生きる現場で「イヤだ」と言うのである。
 ひとりで、まず、声を出す。
 ひとりひとりが、暴力やゼニに頼りきらない暮らしを送る以外にないのではないか。
 ひとりの力を信じきるのである。凡夫であることを自覚しながらも、生かされてある自らのいのちに信を置くのである。
(10月9日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 05:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
あきらめないで――圧倒的な強者に勝ちぬく方法だ(その2)
 9月21日(日)のスピーチのとき、新居万太さんがある詩を紹介した。
 宮尾節子さんの詩「明日戦争がはじまる」だ。
 この詩も宮尾さんも、知らなかった。

 「まいにち/電車に乗って/人を人とも/思わなくなった/インターネットの/掲示板のカキコミで/心を心とも/思わなくなった/虐待死や自殺のひんぱつに/命を命と/思わなくなった/じゅんび/は/ばっちりだ/戦争を戦争と/思わなくなるために/いよいよ/明日戦争がはじまる」

 私はこう思う。
 夜明けに気づく。目が覚める。そのとき、「光が満ちる」と「闇は去った」とは、同時に認識されるんだと思う。
 つらくて、寝れぬ夜に死を考える。死を強く考えるということは、同時にそれだけ「生きたい!」と願っていることでもあるのだと思う。
 つまり、「思わなくなった」という表現は「思っていた」という表現を同時に包み込んでいるのである。
 忘れてはならない。
 ずうっといのちは「思っていた」のである。
 きっと、自殺や他殺にうんざりしている記者の報道の文体が伝播し、もう、どこかうんざりしているのである。裸の生の現実を忘れたままに、確実にすでにうんざりしてしまっているのである。
 欲望の網の目に囚(とら)われているんだ。
 そう納得して、出発すればいいのではないか。
 あきらめてはいけない。
 いま、出発すれば、いいではないか。
 そう私は思う。
 9月21日(日)の朝の風景を見て。岩倉のいまここの姿。
 論楽社のザクロ(岡部伊都子さんの庭のザクロの2代目、写真1)。ヒガンバナにチョウ(写真2)。古木にヒガンバナ(写真3)。そして、比叡山と秋雲(写真4)。この4枚を見て。――斉村康広さんの写真だ。ありがたい。ありがとう。
 世界はかくも美しい。
 裸の生の美しさに満ちる。
 私はそう思う。

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| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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