論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを味わう」(第40回)ひとつの風とひとつの土

 今は昔。アバンティ・ブックセンターという書店が京都の八条口にあった。過去形なのは残念。とっても良い本屋だったから(現在は屋号がそのままで奇怪なゲームブック店になっている)。
 宗教の仏教書コーナー、テーラワーダ仏教書にまで気を使って仕入れてくれていた。そんは書店は他になかった。誰か書店員によほど見識があるに違いない。
 詩集のコーナーもしっかりして、なるべく古い詩集も返本せず、充実。新刊詩集もよく置いてくれていた。
 そのコーナーに『千の風になって』(講談社)という詩集写真集があった。
 ときは2003年11月。当時の私は再独立し、ひとりで論楽社を再建しようとしていた。
 当時『あけぼの』(女子パウロ会)という月刊誌を読んでいて(これも廃刊になった)、『千の風になって』の新井満さんのインタヴュー記事を味読したばかり。1冊求め、ついでにもう1冊求め、大阪の友人に送ったのを覚えている。後にCDも発売されTVにも登場し、有名になっていく以前の話である。
 17年たって、『千の風になって』の返歌(アンサーソング)が生まれている。「王様」(誰やそれ!?)という名のミュージシャンの作詞作曲の、「万の土になった――お墓参りに行こう」である。

 

ときどき 私のお墓にお参りしてください
私はお墓の中で静かに眠ってる
鳥や星や風になって あなたに会いました
今は翼を休めて 土に帰りました
万の土になった 万の土になった
私はおだやかに大地に抱かれて眠る

最近お花が枯れてきています
お墓参りにときどき来てください
それが日本の大切な習慣
             以下略す

 

 どうであろうか。
 「千の風」にあるような、宗教以前の、どこかアニミズム(昔の日本、アイヌ、琉球、ケルト、アイヌ、マオリ、アボリジニの、精霊を中心に置くもの)の、いのちの肯定感が薄くないか。
 「万の土」はいまの既成の仏教(日本仏教)の立場からの返歌なのではないか。おもしろいといえば、まあ、おもしろいんだけど。
 ひとそれぞれの死生観があるのだから、それはそれでいい。どんなパロディ歌をやってもいい。
 でも「それが日本の大切な習慣」と来ると、「うーん」となる。「日本伝統の風習」なんていう観念で考えると、事実とズレる。だって法然親鸞のころも室町戦国のころも、お墓なんてほとんどのひとには、なかった。江戸に入り、寺請制度が始まり、檀家をつくりあげ、○○家や土地にしばりつけるようになった。その葬式仏教が大きい。明治になり、廃仏が猛威をふるい、仏法そのものが消え始めた。国家神道がつくられ、これまた猛威をふるった。しかも、その天皇教は「宗教ではない」と言われつづけた。その結果、現在でも「私は無宗教だ」と言うひとがきわめて多い。なのに○○家の墓だけが生きのびている。
 「あの世」はあるのか。ないのか。それはわからない。わからないのに、「あの世はない」「死んだら消えるのみ」と言い切るひとがいまけっこういる。「金だけ、オレだけ、いまだけ」なんだ。
 六道輪廻流転や供養回向も、言葉として残っているだけで内実については話題にもならない。
 「この世」を消費させるだけの現在(いま)ではないのか。
 「あの世」の存在希薄感が天国と極楽を間違えさせたり、神道の「死後のご冥福をお祈りします」(死はそんなに冥いのか)と言ってみたりさせている。死者に生者が「見守っていてくれ」と声かけをすることだって、多いね。
 死の中の生。生の中の死。いま、死も生もともに希薄になっている。もっと死を考えるならば、もっと生が深まるのではないか。
 死って、ちょうどいいときに、魂が体という服を脱いで、旅立つこと。本来のところに帰ること。ひとつの風に、ひとつの土に帰ること。
 私はそう思っている。
(4月2日)

| 虫賀宗博 | - | 16:04 | comments(0) | - | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第39回)三題噺

 落語に三題噺っていうのがある。
 与えられた、無関係な三つの単語(お題)を即興で組み立て、流れを生み出し、そうして即興で落として、決める。そんな趣向の芸のひとつである。
 ますます「生きるって、三題噺か」と思えるように最近なってきている。生きることの滑稽さ。いのちへの挨拶。何よりも即興であること。これら三題噺を生きているのである。
 生きることはいまでも不思議。謎。
 その不思議さに立ち会っていく。
 すべてに即興で立ち向かっていく。
 それが生きること。それは人生。
 大切な一日きょう、私たちはとにもかくにも生きている。
 しかし、やってくる一日あしたになったらきょうという一日が噺になっていく。物語に変わっていく。
 物語になって、新たに生きていくんだ。
 もっと世界全体が巨大で長大な物語なんだ。そう思っている——。
 いまから3月の、とある祝日の三題噺。
 鳥。本。酒。
 何でもない、小さな旅を明子とした話。
 ほんにそれだけのこと。
 短く綴る。
 その日、高島市新旭(しんあさひ)水鳥観察センターへまず行く。実はある友人が教えてくれ、この10年間行きたかったのである。
 1989年に設立。琵琶湖の湖畔にある、こげ茶色の変六角形の山小屋のような木造センター(入館料200円)。
 JR湖西線の近江今津駅から湖岸沿いに、てくてく歩いて、25分。バスはない。竹生島や伊吹山を眺めながらただ歩く。
 私は鳥が好き。1時間しかいなかったけど、マガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ(オス、メスともいっぱい)を、設置されているスコープでのぞむことができた。のんびりと、たっぷりと。いいひととき。
 そうして再び今津駅のほうに歩いて戻り、無計画にぶらりと歩いて、高島市立今津図書館へ初めて入ってみた。「2004年に改築された」と聞く。全体として「ほんとうの図書館」ではないことにはすぐ気づく。でも、何せ京都市の図書館の低迷さに比べれば、滋賀の各館には奥行きがあって、いい感じ。
 図書館のおもしろさは、「本と出会い直すこと」と思う。
 出会いそこねた本にもういちど出会い直すのである。
 そんな本を本棚からとって、光あふれる南向きのイス(ソファー)に座して、ページをめくるのである。これもいいひととき。
 その日のラストは今津図書館から歩いて5分の池本酒造。小さな酒蔵である。「琵琶の長寿」という名の旨酒を小規模で出している。
 先代の池本久彌さんと知り合って25年か(久彌さんは12年前に亡くなっている)。
 私の酒の好みは、「湧水と米の両者の甘みを酵母が引き出している」こと。そうして価格が良心的なこと(旨さは値段とは全く無関係)。そうして何よりもつくり手の人柄が良いこと(久彌さん、すこぶる善良なひと)。
 池本まゆみさんから「きき酒」をさせていただきながら、おしゃべりした。まるで旧友のように。
 帰りの車中で、呑み鉄した。雪のない3月の比良山系を眺めながら、純米(生)の「琵琶の長寿」(四合、1300円)の封を開け、登山用マグカップに入れ、いただく。とってもいいひととき。
 お酒は飲まないほうがよい。でも、私は好き。月に半分(半分は無酒日)はいただいている。
 鳥。本。酒。
 無関係のようで、私の中で有機的に組み立てられ、生かしてくれている。
 生きてあることの三題噺。
(3月26日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 09:27 | comments(0) | - | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第38回)ぶ厚い民度を

 Wさん、手紙、ありがとうございます。
 Wさんもよくご存知のKさんと同日に手紙が届きました。
 おもしろい。
 持病はいかがですか。Wさんが言っていたとおりに一病息災ですね(一病という持病の存在によって体の営みにいろいろと気づいていく)。
 コロナウイルスそのものについてはKさんにも書いたとおり、何の感慨もありません。
 ただその病いそのものの被害よりも「病気感染が広がっている」という情報自体がひとびとの煩悩執着を強めています。よくわからない病いなんですから、不安なのは自然です。
 でも、心の中心部に「ひとは病いでは死なへん、(与えられている)寿命が尽きて死ぬんや」と思い定めているならば、もう少しは落ち着くことができるのではないかと思います。
 メディア情報産業の仕事は大切です。「感染と発病は違う」という基本情報を“伝染”させないといかんし、「発病したひとを“準・犯罪者”扱いしないようにする」ことも基本中の基本です。
 危機のときこそ、ふんばって、人権を守っていかないと、ディフェンスが大切です。
 そうして、Wさん、私はこう思います。
 「この社会の民度がぶ厚いものならば」と思うのです。権力が病気の力によって相対化されるときに、社会の民度が発揮されなきゃと思っています。
 民度、民衆の総合的なちからの度合いのことです。
 このちからがあるのか。ないのか。
 あの「しかたがない」の大合唱。
 学校一斉休校について、TVニュースで、なんと小学校の低学年の生徒までが「しかたがない」と言っていました。もう、びっくりぎょうてん。
 「しかたがない」なんて、腕や足に負傷し、矢が尽き、馬もヘロヘロ、背水の陣のときにこそ、「武運つたなく、仕方がなく」と言うべき。
 なんも為していないのに。いきなり「しかたがない」では、何たること。
 「しかたがない」は日本社会固有に“伝染”している特殊な言葉。権力強者に食われる栄養素でしかない言葉。社会のちからを劣化させていく用語です。
 いまここで劣化してしまっていると思います。
 病いの発生自体の原因究明はいずれ為されるでしょう。
 その二次被害を最小限に抑えていくのが、民力の知恵、努力です。民度の高さ、ぶ厚さ、深まりが必要です。ぶ厚い民度民力で持ちこたえていかん、と思っています。
 これから東京首都直下地震、南海トラフ地震が間違いなく起きます。「いつ」だけがわからないだけです。
 あえて政府政権の対応のこと、いまは書きません。現政府がどう向かうか、想像してみるだけで十分です——。
 社会の底が割れはじめています。崩れています。
 なぜなんでしょうか。
 私自身がなんとなく実感している、この50年間の経済だって、奇怪に生産しすぎています。ムダなもの、ゴミをつくだけのもの、いらないものをひとびとを犠牲にし、自然を破壊しています。実際にすぐに壊れる機械をつくり、食品だって大量に廃棄しています。
 労働自体も、生きること自体も、むなしい。無意味な、生の実感の喪失のため息を生んでいるだけです。
 それでも数字、数字……を追い求め、経済成長を追求しています。オリンピック、万博、カジノ、リニヤ……と狂ったように走ります。
 どうして止めないんでしょうか。すべて「しかたがない」のでしょうか。
 ストップをかけ、もう少し民度を上げる政策を為していく道があると思います。インフラの再整備、老人ホームや図書館をもっともっとつくり、農業自給率アップをかねた小農づくり……といっぱいあります。
 Wさん、そのための病いだったら、意義がありますね。
(3月19日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 06:13 | comments(0) | - | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第37回)理念なき政治は社会的罪

 Kさん、手紙をいただきました。
 うれしく、ありがたくいただきました。
 手紙は良い。心が暖まる。ありがとうございます。
 心配をおかけしています新型コロナウイルスのこと、いまだに私には実体も実相もわかりませんので、何ともウイルスそのものについて表現することはできません。感慨もありません。
 同じ感染症のハンセン病政策の歴史や昔読んだA・カミュの『ペスト』(新潮文庫)のことをしきりに想起しています。
 そうして高い確率で「思考停止と無責任の横行」がいっそう蔓延するとも思っています。
 私の見立てです。
 いつも病いが発生するとき、病いそのものよりも病い政策の政治の悲惨そのものが露呈してきます。私たち社会の固有な「ゆがみ」が露出します。
 全国の小中高校の一斉休校を現首相が1週間前に唐突に言い出しました。「どういう根拠において、どういう効果があるか」も表現していません。「集団になることが危険」と言うならば、満員電車を一律にストップさせればいいのに。
 困ったときこそ開く。各地方市町村に任せればいいのに(教育委員会のメンバーの公選化はいまでも必要)。全校生徒が10人という小さな小学校まで、なんで一律に休校にしなきゃいかんのやろう。島根県の各校、京都府北部の伊根町とか休校にしなかったのは見識。
 現首相の言葉に、愛とか情熱とか自然世界の歩みに根ざす姿を見ることは一切ありません。単に「権力の技術者」の姿でしかありません。
 M・ガンジーが「社会的罪」と言ったことがありました。理念なき政治、労働なき富、良心なき快楽、人格なき学識、道徳なき商業、人間性なき科学、献身なき信仰の7つです。
 それぞれの罪を乗り越えなければ、私たちの社会に明日はやってこないのですね。私たちの課題です。目標です。
 この「理念なき政治」はまさしく、いまの日本。理念なき政治とはつまり「支配のための支配」です。理念なし支配を繰り返し、自発的隷従をひとびとの心につくります。
 現首相の祖父は戦時期の商工大臣。
 東京裁判において7人の軍人・政治家が絞首刑になった日(平成天皇の誕生日だ!)に。出獄。米国CIAにすでに通じ、かつ金も貰い、日米合作の安保体制(3000もの密約によって、実質のところ米国の植民地)をつくっていった祖父。
 「CIAから岸信介、佐藤栄作らが金を貰っていた」って、特別の情報じゃない。たとえば春名幹男『秘密のファイル CIAの対日工作』(新潮文庫)とかに普通にのっていることです。誰でも手にすることができます。
 こういう買弁(ばいべん、清朝末期において植民宗主国にペコペコした中国人たち)政治屋の三代目、しかも礼節をもって言うならば、本質において「売国」の祖父を尊敬しているのが、現首相なんですから。
 最低最悪のことも起きうるかとも思います。
 私個人としては「経済活動の停止休止をし、地球温暖化高温化対策に貢献」と、あえてとらえながら、対応してゆけばよいなと思っています。もちろん私個人の思いは違って、「ゆがみ」が傷みとなって、各方面に露呈すると思います。共同体としての底がもう抜けてしまっているんですから。
 短い返事です。では、また。Kさん、どうかお大切にね。
(3月12日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 11:09 | comments(0) | - | - | -
正直な服――行司千絵さん2月例会レポート

 2月24日の行司千絵さん(新聞記者)の話を聞いていて、思った。参加者は12人だった。
 きわめてあたりまえのことなんだけど、行司さんのいのちの大きさが新聞記者という仕事の大きさよりもでかいということである。
 いのちの器量が新聞記者を包み込んでいる——という感じ。
 行司さん、「私はAもダメ、Bもダメ」とか言いながらも、物語り、結局のところ自分自身のいのちの「お店を開いている」感じなのかもしれないね。
 正直に、誠実に自らのいのちを見つめていることが、「お店開き」を可能にしていっているんだと思う。
 ファッションって、どこかのデザイナー(メーカー)がどこか上から押しつけてくるところがある。そういう力にズレを敏感に感じて動く。そのセンサーは気持ち良さ、気楽さだ。
 そういう力が行司さんには確実にあって、2月例会の集いを実におもしろいものにしていってくれた。
 うれしいひとひときであった。
 とってもおもしろいものであった。
 同じ思いをいだいてくれたのは、大津の染織のHさん。
 要するに、「単にセンスがいいとかじゃなくて、わくわくする服やなァと思う行司さんの服。めざしたい」と。
 Hさんも言っていたけど、「肩紐(ひも)を赤色にするだけでどれほど気分が高まるか」っていうこと、あるんだ。
 色彩が苦を吸いとってくれることは自然にある。
 気持ち良さというセンサーをもっと、もっと太くして、生きぬいてゆきたいね。
 そのセンサーがギリギリの生命線になる。このファッショ(「ン」を取ると)の時代にはいのちの生命線である。
 行司さん、2月24日、感謝感謝。
 岩波書店のWeb連載中の「服のはなし」も同じように「行司さんのお店開いています」っていう感じ、よかった。この調子で、ぐんぐん続けていってね。
 人間、正直なのがいちばんだ——。

 

 ところで、以下は私からのお知らせ。
 行司さんの月例会をやっていて、改めて確認したほうがええと思ったしだい。行司さんの話や内容とは全く無関係のことだけど。
以下の2つだ。
 A.参加するとき、連絡ください。事前に、必ず。
 私は毎回毎回ゼロからキックオフし、手紙を出し、「ようこそ、ようこそ」と呼びかけていく。私宅自宅を開くのである(「米国ではありえない」と米国在住の友人は言い、「韓国でも、まあ、ない」と韓国の友人が言う)。緊張して、当時を私はいつも迎えている。だから、「今度行くよ」という電話連絡がいちばんの励ましになるのである(連載コラム「いまここを味わう」の第35回「冬の湯」参照)。
 B.発言は司会運営者を通してお願いします。小難しいことを言いたいのでなく、私のほうを見て、目で連絡してもらえればいいんです。
 論楽社の初志は何か。ひとりひとりの物語を聞きあうこと。それだけ。それがあって、初めて「ともに生きていく」が生まれ始める——。その生(なま)の実感はTVやインターネットには負けないもの。
 私は司会をしていて、いろんな参加者に目線を送って、発言を促す。ところが、多くのひとは「沈黙していたい」と目線で返す。それって、どこか「沈黙の布施」のような気がする。沈黙を大切にし、沈黙を聞く。そういう沈黙の布施の場所において、一方的に次々と発言してよいのかなと思いますので。司会者の方を見つめ、確かめ、発言していってほしいなあ。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:22 | comments(0) | - | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第36回)殺すな

 驚異の作品である。
 稀有の記録である。
 小さくは決してない、とてつもなく太い作品である。
 『歌集 小さな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵』(岩波現代文庫、2011年)――。
 書き手は、渡部(わたべ)良三さん。
 1922年山形県生まれ。中央大学在学中、学徒出陣。戦場へ。
 1944年春、中国・河北省の駐屯部隊に配属される。
 そうして、なんと中国共産党の第八路軍の捕虜を虐殺することをいきなり命令される。
 当時の軍人勅諭は「上官の命令は天皇の命令(と心得よ)」と兵隊に命じていた。
 さて、22歳のキリスト者の新兵はどうするか。
 その日の朝食時に上官が「度胸をつけさせる」という目的で、命じたのである。
 実際に銃剣を手渡されようとするまでの7時間、渡部さん、考えぬく。悩む。
 後ろ手に杭に縛られている捕虜めがけ、刺突させられる直前、自らのいのちをかけ、殺戮(さつりく)を拒む。
 〈血と人膏(あぶら)混じり合いたる臭いする刺突銃はいま我が手に渡る〉
 〈鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ『虐殺こばめ生命を賭けよ』〉
 「大いなる者の声」の、「殺すな!」という声が聞こえたのである。
 けれども、抗命の渡部さん、徹底的に凄惨な拷問リンチを日本兵から受けることになる。
 よく生きのびた。
 生気(しょうき)を保つために、必死にハエの頭ほどの小さい字で五七五とトイレの中で綴って、生きのびたのである。
 〈三八銃両手(もろて)にかかげ営庭を這いずり廻るリンチに馴れ来〉
 「リンチに馴れ来」たとまで自己省察している。
 ゲートル・リンチ(ゲートル2つを1つにまとめ、両頬を無音で殴打、口の中がズタズタで血だらけ、飯も食えない)にも耐えきる。
 心の中に「召しのあるまで」という思いも溢れてあったのだろう。「召し」とは天なる神のお召し、つまり死を神に託していた。
 結果として二等兵のままに転々として生きのび、敗戦。700首の歌を衣服に縫い込めて、持ち帰った。
 非戦の父(逮捕されていて、父もよく生きのびた)と母と涙の再会し、戦後は公務員として生きのびていく。
 「殺すな」の教えを上官戦友にも説かなかったこと。日本軍の三光(略奪、強姦、殺人虐殺、放火)を制止しなかったこと。これらを悔いて苦しみつづけ、自らの倫理において何十年も沈黙を守ってきた。
 孫のひと言、「おじいちゃん、戦争って、何?!」と聞かれたことによって、「せめてこの孫にだけは実相を伝えたい」と綴ったのであった。私家版としてまず刊行され、岩波現代文庫にいまは収められた。
 いまだに日本軍の「やった」ことを「なかった」ことにしようとしているひとたちがいる。その軍隊の中で「小さな抵抗」があったんだ。「殺しません」と言いきった22歳がいたんだ。

 

 付記。
 本書は昨年11月に石原潔さん(ゴーバル)から聞いた。感謝したい。
 渡部良三さんは2014年に自然死を迎えた(戦死でなく)。92歳。
 その父は弥一郎さん。鈴木弼美さんともども山形の小国町叶水において信仰を守りつづける。
 鈴木さんはキリスト教独立学園高校の初代校長。
(3月5日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 12:59 | comments(0) | - | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第35回)冬の湯

 むすんで、ひらく。
 「ようこそ、ようこそ」と結ぶ。「では、またね」と開く。
 あたたかい共同体の中にいる感覚実感は持ちたいけど、執着しない。手放す。組織にしない。すぐに解散する。ゼロに戻す。
 次の月例会、講座に向け、またゼロから始め、「ようこそ、ようこそ」とゼロ地点から手紙を書く。
 論楽社づくりにおいて、それを繰り返す。
 生きてある実感がほんの少しずつ、数ミリずつ蓄積していく。
 その実感の積み重ねのようなものをほんの少し味わうことが「私の生きる意味か」と思っている。
 その「むすんで、ひらく」とき、私はどこかの山へ行く(山へ帰る)。
 どこかに小さな旅をし、湧き水を飲む。
 そうして、どこかの湯に浸かりに行く。
 冬の湯はいい。体が開き、執着と疲れが手放されていく。
 湯快だと思う。
 京都の場合、天然温泉は少ない。あっても、鞍馬、大原、嵐山の温泉は料理とセットになっていて、割高。私には京料理は不要。
 温泉法によって25度以上の泉でないと、温泉とは言えない。京都の温泉はすべてぎりぎり25度なので沸かし湯。天然の80度の温泉の掛け流しなんて、京都ではありえない、夢の話。
 したがって、京都盆地では銭湯になる。
 冬の京都盆地は湿気があって、冷える。ずいぶん減ったとはいえ、まだ府内には110軒の銭湯があると聞く。入浴料450円にて浸かることができる銭湯はいい。
 たとえば、次の三湯を紹介したい。石けんとタオルだけを持参し、ぶらりと訪ねてほしい。何かが体から手放されてゆく。気持ちがいい。
 A.船岡温泉。マジョリカタイル、軒唐破風(のきからはふ)の建物は、2003年に国の登録有形文化財。
 欧米とアジアのひとびとがけっこう来ていて、番台のおばちゃんにナントカカントカ聞いて、「キャッシュ、オンリー」と言われている。写真をとろうとするひとに「ノー フォト」とこれまたピシャリと言っている。けっこう気が強い。
 弱い打たせ湯もあり、露天風呂もあり、各種風呂がいくつかあって、サウナもある(サウナのTV、やめてほしい)。
 少し小寒い脱衣所もふくめて、全体として半世紀前の西陣の空気臭いがそのまま残ってる感じ、とてもいいと思う。
 B.サウナの梅湯。29歳の経営者が「体を洗ってから浴槽に入る」「互いのマイルールを押しつけない」なんていう手書き注意書き(英語中国語もあり)をし、マナーをつくろうとしている。銭湯に入ったことのない若いひとや外国のひとびとに声かけをしている。「浜松駅前での山本太郎の演説聞いて、彼のやる気がビンビン伝わってきた」なんていう、同じ手書き新聞を張っている。おもしろい。サウナも広くて、TVがないのが最高。モダンジャズがかかっている。だけど、それもなくてもいい。全体として、若いやる気が流れている。
 C.天然名水 白山湯。西洞院高辻の洛中の街中になる。110度のサウナがいい(TVのスウィッチを切ってほしい)。「互いに干渉しない」客層の全体力がいい。みんな裸なんだから、殺しあいもせずに、「凡夫どうしボチボチ生きていきましょう」と言えばいいか。そういえば、大昔に石川三四郎さんが「各国首脳、裸になって、銭湯に入りながら、平和を語れ」と想定していたのを、白山湯で想起したな。
(2月27日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 14:59 | comments(0) | - | - | -
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