論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを味わう」(第11回)山吹と虹

 川の流れを眺めていると、いまも飽きない。川底にあるものが川面(かわも)から見えている。流れや光の具合によって、チラチラと屈折し、ゆらぎながら、見えている。
 川底はどこかの私の意識のよう。川面の明るさはどこか他者の励ましの言葉のよう。川面を見ているようで川底を見つめ、川底を見ているようで川面に見とれている。
 その2019年の夏の終わりの10日間の日録を綴る――。

 

  9月1日(日)
 山吹が庭にひとつだけ咲く。「なんで、いま?」と思いながらも、いま山吹色の花、いちりん。

 

  9月3日(火)
 コラム、書く。『主戦場』について。
 けれども、もっともっと(国家財政)緊縮のことを書きたいと思う。「財政が破綻」「金がない」ばかり、新聞、TV、役人が言いつづけているから、みんな緊縮を内面化してしまっている。
 おまけにデフレも放置されたまま、来月から増税が為され、緊縮がますます内面化され、心が物質化され、渇き、その結果、弱者いじめがもっと盛んになる。うーん。

 

  9月5日(木)
 宮沢賢治の言う心象スケッチを思う。心象とは無限の時間、無尽の宇宙につながっているので、ひとの心象を描くとは私個人を超え、普通につながっていくことのスケッチだ。
 実は、朝方に、この心象スケッチの夢を見た。

 

  9月6日(金)
 ラグビーをTVで見る。南アフリカ共和国の圧勝。南ア、徹底的にハイパントのキック攻撃。中途半端なパス攻撃を封印。
日本は大丈夫か。きっと同じように、アイルランドとスコットランドの、シンプルに徹底した強靭さにやられるのではないのか。

 

  9月7日(土)
 2018年4月に55歳で亡くなった榎本てる子さんの追悼集『愛の余韻』(いのちのことば社)の出版記念会。榎本さんが開いたバザールカフェ(同志社の西門前、保護観察所ヨコ)で行われた。
 『愛の余韻』、前半(第I部)がおもしろい。父と母との関係が率直に綴られている。両親から「愛されている」のに、「愛されていない」と思うてる子さんの素直さがいい。
 こういうねじれはいずれほぐれる。多くのひとびとが同じ問題を抱えており、うなずくはず。普遍的な『愛の余韻』。
 ねじれをほぐすために、出会いがある。
 ちなみにてる子さんの父は、「ちいろば牧師」の榎本保郎さん。アシュラムという祈りの運動をすすめたひと。

 

  9月8日(日)
 法然院へ行く。山下良道さん(一法庵)の話と瞑想に参加。3回目。
 念仏(南無阿弥陀仏)の意味が、やっとこさ、腑に落ちる。
 ありがたい。
 ヨーガもあって、1時間、体をほぐしていたら、疲れがドドドと出てきた。「この夏、無理してるな」と体が示現してくれる。

 

  9月10日(火)
 午後、雷。強い雨。スコールだ。10年前のタイの森林寺の雨の香りを思い出している。
 夕方、虹が空に架かる。
(9月12日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
暮らしのわざ――中塚智彦さんの10月例会へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 10月例会が10月13日(日)。
 中塚智彦さん(中京の食堂「わたつね」店主)。
 「暮らしのわざ」と題し、歌と話と食の3つの組み合わせを味わっていただけたら、うれしい。まずは中塚さん自身が、そうして参加者たちが、それぞれがそれぞれに楽しんでもらったら、きわめてうれしい。
 そんな秋日和の、日曜日の午後にしたいねえ。
 ようこそ、ようこそ。
 「わたつね」は町の定食屋レストラン。刺身、天ぷらやフライ、焼魚の定食に、石臼挽きの手打ちそば。純米酒もある。
 町衆たち(洛中のおっちゃんおばちゃん)、学生たちの居場所。
 場所は京都YMCA(三条柳馬場)を北へ何軒か行ったところにある。すぐわかる。
 中塚さん、その三代目のオーナーシェフ。
 その中塚さん、縁あって、京丹後の米軍レーダー基地へ通う。毎月一回は、行っている。ここ5年連続で正月元日には基地前に立って、歌いつづけている。
 10月13日(日)にも歌ってくれる「あなたのところへ」「こいのぼり」「境界線」。自ら詩を書き、曲をつくり、ギターをひき、歌う。
 その歌って、何なのか。
 もちろん「米軍基地なんて、いりません」とまっすぐ訴える歌なんだけども、効果がすぐに現れるわけではない。
 「暮らしのわざ」としての歌と考えたい。
 「どうやって料理の出しをとるか」「調味料は何がよくて、どのタイミングでどれだけ入れるのか」。「洗たくものはどうやって干すのがいちばん乾くのか」「どうやってぞうきんがけするといいか」「屋根瓦や網戸はどやって修理するのか」。
 そういう生活、暮らしのわざなんだ。喜びを生み出す技法だ。他にも考えてみればいっぱいある。
 そのわざのひとつとしての歌なんだ。
 「子どもを育てる」「祭りをする」「手紙を書いたり、詩を書いたり、歌をうたったり、楽器を奏でたりする」「介護したり、看病したりする」「米や麦、そば、野菜を育てる」。
 つまり百の生きることを為すのである。百は「たくさん」を表す。
 その手作業を為すひとのこと、昔、百姓(百生)と呼んだのだ。農民ではあまりにも細すぎる。
 生きるための仕事だから、ゼニとは無関係。労働職業ではないんだ。
 以上の意味での仕事が中塚さんにとっての歌。
 祈りの世界が生成する歌である。
 歌いながら、話す。
 話は、香害。柔軟剤や消臭剤による、凄まじい香害について、だ。
 中塚さん、「わたつね」の調理場に立つときでも毒マスクを付けていることがある。
 毒ガスと同じ成分の、イソシアネートがナノサイズの。めちゃんこ小さなサイズの姿に、
 直接鼻や体の各部位に入ることによって生まれる、さまざまな激痛。
 外部から米軍基地、内部から香害、内外からの暴力。
 抵抗は、生々と生きること(生活という言葉も、本来は生き活(い)きと生きること)。労働職業の範囲を突き破って、生きていくための仕事を生き活きと為していくものなんじゃないのか。
 中塚さんの生のわざとしての料理も少し持ってきてもらおうと思っている。
 歌と話と食である。
 10月13日(日)、ようこそ、ようこそ。
 2か月ぶりに(9月は土日が他用で珍しく詰まっていて、無理だ、ゴメン)、論楽社へ、ようこそ、ようこそ。

    2019年10月例会
10月13日(日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
中塚智彦さん(食堂「わたつね」店主)の「暮らしのわざ――歌と話と食と」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので、必ず)。
交流会5時〜7時半(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第10回)線を引く――もともとどこにもなかったのに

 ミキ・デザキ監督のドキュメンタリー映画の『主戦場』(2018年、米国)を8月末に見た。
 藤岡信勝、桜井よしこ、ケント・ギルバート、加瀬英明という御歴々の生の言説を初めて見て、聞いた。とっても参考になった。
 日系米国人のユーチューバー(監督・撮影・ナレーションのすべてをひとりでやっている)が遠く米国からやってきて、基本的な質問を「慰安婦問題」について次々と行うので、「何だ、知らないんだったら、いちから説明しようか」とばかりに心を開いてしまっているのではないのか。
 いきなり感が画面に表出されていて、おもしろかった。
 杉田水脈(すぎたみお)議員もそのひとり。監督と気が合ったのか、たびたび登場。
 語りかたのフラットさがしっかりと流れてくる。
 表情のあまりない感じなんかがどんよりと伝わってくる。
 おもしろいのは、日本と韓国(朝鮮)・中国との間に(杉田議員にとっては全くの当然自然という感じで)見えない線がいっぽん引かれているのである。もともとどこにも存在していない線をつくりあげ、あるかのようにして引く。
 この線は何か。
 それは『新潮45』2018年8月号に「『LGBT』支援の度が過ぎる」「「LGBT」のカップルは子供を作らない、つまり『生産性』がないので」と全く同じ線だ。LGBTのカップルとそうでないカップルとの間に、見えない線がいっぽん引かれるのである。
 実は杉田議員は『新潮45』2016年11月号にも同趣旨のことを言っているんだ。
 「少子化政策や子育て支援に予算をつけるのは、『生産性』を重視しているからです。生産物のあるものと無いものを同列に扱うのは無理があります。これも差別ではなく区別です」。
 政策的判断もひとがする。そのひとの判断によって、あるひとびとだけを選別し排除することが差別。区別なんかで決してない。これは何なのか。
 他の解決策があり得る可能性すら想像できずに、コストの計算をしてのっぺりと差別してしまうことへの違和感はどうしようもない。
 話を『主戦場』へ戻す。
 杉田議員はなんの根拠を示したこともなく、思い込みで中国・韓国(朝鮮)を劣ったひとたちのように『主戦場』で言う。
 それは戦前の日本の共通認識であり、戦後の日本会議のメンバーやサポーターにおいては、「ごくあたりまえ」のことなんだ。まるで雨の降る日は天気が悪いと言うかのように、線を引く。
 もともと侮蔑感が日本にあったわけではない。勝手に妄想した。日本が侵略するにあたって、シラフではひとを殺すことができないので、侮蔑感を自らの思い込みでつくりあげておいて、軍事行動したのである。
 そういってつくりあげた侮蔑差別感を根拠に――根拠の理由をひとつも示さずに、思い込みのままに――、さまざまな事由で人身売買されてきた女性を、自由職業としての売春婦――その自由すら、ひとつの根拠を示すことなく、つまりここでも思い込みのままに――と規定していた。「そんな女が権利主張なんて!」という流れになっていったんだろう。何重もの思い込みの自我感情の露出(これが語りの平板さの理由だ)に、暗澹(たん)たる思いで映画館を出た。
 現在、緊縮緊縮の、「お金がないんだ」「財政赤字だ」「社会保障費の逼迫(ひっぱく)」のかけ声がスローガンになっている。
 おまけに10月から消費税が10パーセントになる。いっそう緊縮の声に拍車がかかる。
 責任や原因を問うことなく、ただ緊縮を言いつづけることは、「お金がないんだ」「国家財政のこと、考えろよ」と、他者、弱者、少数者、反対意見者の頭をポカポカと殴ることになっていった。
 緊縮に文句批判した「れいわ新選組」だって、ポピュリズムというレッテル張りされ、叩かれた。ポピュリズムって何だ。何の悪口だ。
 その緊縮が生み出すコスト(ゼニ)の意識と排外主義が自我感情の何重もの上塗りを経たのっぺりした表情になって、杉田議員はほほえんでいた。『主戦場』の中で。
 『主戦場』を見て、よかった。
(9月5日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 12:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第9回)包摂

 松本へ行って、びっくりしたことがあった(松本への旅については「掬いとられる欲念」連載コラム「いまここを味わう」8月1日付を見て)。
 そのことについて、少し書く。
 何か。信号機のない、ふつうの横断歩道を渡ろうとしたら、車がなんと止まってくれるのである。5回か、6回か、そういうことがあった。
 歩行者がいると思うと、車が遠くから減速しはじめ、手前でピタッと止まってくれるのである。
 そのたびに、「おお」とびっくりした。
 私と明子が会釈し、渡ろうとすると、車の運転手も会釈し返してくれた。気持ちがとってもいい。
 京都において、ほぼ、ない。あっても例外、赤ちゃんや小さい子を乗っけている女性とかに限る。まあ、ない。
 その思いを裏付けるデータが新聞に出ていた(朝日新聞2019年8月11日付、日本自動車連盟の全国1万1千台についての、信号機のない歩道94か所における調査、一時停止した車の割合の都道府県別)。
 長野59パーセント。静岡39パーセント。石川27パーセント。島根27パーセント(四捨五入)
 これらが上位。
 松本の3日間での気持ちいい感じが確かめられるのだけれども、全体には低すぎないか。
 全国平均として一時停止したのはなんと9パーセント。
 9割以上が全く止まらなかったのである。
 下位は栃木0.9パーセント、広島1.0パーセント、三重と和歌山ともに1.4パーセント。
 ちなみに京都は3.8パーセント。
 もっと低い気がするけどねえ。
 それに散歩中に車と遭遇し、道を譲っても、手を挙げるとかしたりしてあいさつを交わすこともない。全くの素通りである。無視される。
 なんでコミュニケーションをとらないんだろうか。
 互いに「敵ではない」という最低限のあいさつを交わすのがいのちの基本だと思うけど。
 車がふつうに暴力として生活道路に入ってきて、もうすでに半世紀。
 子どもが路地で遊ぶことができなくなってもう半世紀だ。
 喪失したものはいっぱい。
 もういちど思い巡ってほしいんだ。
 車を購入し、運転するために支払う費用は、車を利用して得られる便益よりはるかに小さいことである(宇沢弘文、『自動車の社会的費用』岩波新書、1974年)。
 このことだ。
 車に乗っているときの密室私的空間。それが移動し、家から目的地まで、直行できる。まるで昔の王族のような特権を得てるんだ。
 その小さな特権のために、もともとは人間が使っていた公的な道路を(最初は)無断で無料で使用し、高速道路の修理費もすべて税金によって支払われているんだ。忘れたんだろうか。
 特権には責任が伴う。
 その責任のひとつとして、歩行者と遭遇したとき、「あなたは敵ではありませんよ」というミニマムのあいさつを互いにしてゆきたいと思わないか。
 それは、私が包摂、社会的包摂の示現を願っているからだ。車をその包摂を切断させる道具のひとつと思うからだろう。
 あいさつは包摂があって初めて生まれる姿。マナーとか礼儀とかの話ではないんだ。
(8月29日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第8回)こんな日常のこと

 日常のことを書く。
 月例会や講座のこと、それを囲む、準備や後片付けなどのことを記す。
 たとえば、とりいしん平さんの8月例会をめぐったこと、書いてみる。
 内容はすでに書いた(「生きていくことが抵抗」ほっとニュース8月21日号)。
 それ以外のことを書く。
 まず6月にしん平さんに手紙を書く。8月に来ていただけることになる。
 しん平さん、日曜日が教会であるため、いつも土曜日となる。何気なく、電話で8月3日に決定。
 「8月3日が体温より気温が高い日」とは6月の時点ではわからなかったね。
 そもそも「何のために」開くのか。
 その現場の風を味わうことを怠ると、ミスが起きるからだ。判断ミスが私にも起きた(旧カンボジア難民救援会事件、同会は名を変え、いまも生きのびている)。新聞をよく読んでいて、起きたのである。新聞は考えるための材料を提供しているだけなのに。
 新聞やTV、インターネットだけを頼りにしていては、判断を誤る率が高くなる。
 巧妙なペテン、プロパガンダ、捏造改ざんが多いから、現場のひと(現場に近づこうとしているひと)の声を聞いて、臭いを味わったり、色あいを見たりしないと、判断のしようがないではないか。
 自らの生き方を聖なるものに引かれて判断するとき、右の道へ行くか、左の道へ行くかで、自らのいのちさえ左右する。宗教の世界でもやっぱり捏造改ざんが歴史的にあるので、体の感覚を研ぎ澄ましていかんと、騙されてしまうのではないか。
 以上が月例会や講座を開く基本的な理由である。
 しだいに互いに自らを生きて問うこと、いまここを味わうことに、重心を移しているけどね。33年かけて。ゆっくりと。
 しん平さん、自らの言葉を握っていて、しかも存在が立っているひとなので、あるがままにいて、あるがままに歌ってもらい、語ってもらいたい――とお願いしているけどね。
 そう思って、1か月かけ、71通の手紙を書く。
 ともに立ちあい、ともに味わい、ともに感じてほしいと思うので、友人たちに手紙をていねいに届ける。
 いつも「25通くらい出そうか」と机に向かう。ところが、手書きのカードを繰っていって、芋蔓(いもずる)のように次々と増えていく。
 「参加者がたとえばゼロだったら、どうするか」と思う。「ゼロでもやる」と思うと同時に「もう、やめよう、潮時を感じ、論楽社を閉じていく」とも思う。「(参加者)数ではない」と思うと同時に、「どれくらいのニーズがあるテーマなのか」が示現されているとも思う。人生は両者のバランスの中にある。
 しん平さんのとき、幸いなことに参加者15人。
 ところが、問題になったのは、暑さだ。40度の暑さ。クーラーはない。
 手紙以外にFAXがある。そうじがある。いろんな準備をしなきゃいけない。
 暑さが老いを迎えている私の体力を少しずつ奪っていく。
 前日(8月2日)、左京区高野のパン・ド・ラディに田舎(カンパーニュ)パンを買いに自転車で行き、体温より高い気温と日光によって、軽いヤケドのようになって、往復1時間半で帰ってきた。
 妙に疲れた。
 そうしていろんな疲れが出てきて、夜9時に寝てしまった。
 当日(8月3日)になっても、だるい。禁酒節酒しているのに、だるい。
 座敷でヨコになったりしていて、午後2時になり、本番突入していったんだけど、交流会では結局、酔っぱらってしまった。夜9時まで2人残っていたけど、私はついに寝てしまった。
 玄関のカギをかけるまでは責任者としてちゃんと起きていなきゃ。
 こんなこと、今後あったら、たいへん。
 交流会は7時半には閉じよう。
 体の中の疲れ具合をセンサーにし、休むことにしよう。
 体を第一に考えていこう。
 お侘びするとともに、いまここを見つめ、自らの老いも認め、かろうじて、立っている。人生、想定外のこと、いっぱい起きる。いっそう知恵を出し、対応していきたい。
 いちど、こんな日常のこと、書きたかった。
(8月22日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 09:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
生きていくことが抵抗――とりいしん平さん8月例会レポート

 遅くなったけども、8月3日(土)のとりいしん平さんの8月例会をレポートする。
 その日は、アーサー・ビナードさん(以下、アーサーとし、敬称を略する)の特集になったね。
 アーサーの新作の紙芝居の『ちっちゃい こえ』(童心社、2019年5月)を8月3日には上演してほしい――としん平さんには前もってお願いしていたけど。
 紙芝居は日本の文化の流れの中でオリジナルに生まれた。紙をいちまい一枚抜いて、物語を目の前にいる聞き手の反応共感とともに作り上げていく。心をともに開いていく。演じ手の力量が必要な、小さな芝居、ミニ演劇。
 丸木位里さん+俊さんの「原爆の図」の絵がまずあって、それらを再構成し、新しい放射能汚染物語をアーサーは再構築していく。再創造していく。
 紙芝居に登場する猫も鳩も犬もじいちゃんもねえさんもあかんぼうも、そうしてちっちゃいサイボウも、そのすべてが「原爆の図」のどこかにすでにある。それらを借景にし、ワシらのすべてがそこから避難逃亡することができない放射能汚染物語にしていくのである。
 引用してみる。地域の図書館にリクエストして、上演していってほしい。

「ハトは爆弾をおとさない。ネコも爆弾をおとさない。いきものはみんなおとさない。
ニンゲンだけだな、爆弾をつくっておとすのは。
どうしてだろう?
ニンゲンのからだだって、ネコやハトとみんなおんなじ、みんなサイボウでできているんのに……。」
「原子爆弾は あたらしい ころしかた。
じりじり じりじり
あとから あとから ころされる。
サイボウをこわすものが そらからふって、つちにもぐって、からだのなかまでもぐりこむ。
たすかっても、つぎの日 つぎの日。
じりじり じりじり じりじり ……。」

 底なしに惨(むご)いピカドンに、ゲンパツ。
 その惨さを、アーサーは「じりじり」というオノマトペ(声喩、擬音語)で表出。
 いまここでも「じりじり」。
 しん平さんは、歌うように、かつ淡々と静かに演じた。
 「じりじり」の日常を演じた。
 「よかった」と思う。
 いつか米国各地でも「じりじり」と上演されていってほしい。
 だって、いまだに多くの米国人は「ピカドンが戦争を終わらせた」という米国政府の言説を信じているからだ。ソ連参戦によって、終戦に至ったことは天皇の御前会議で明白に記録されている。
 ピカドンによっても「ダメだ」と考えなかったのである(これはこれで、もうひとつの惨さがある)。
 ピカドンによって地球を支配しようと思っているグループのひとたちにとって、米国人や米兵、日本人なんかどうでもいい存在。
 その日本人画家のピカドンの絵を使って、ひとりの米国人詩人が「じりじり」とクロスカウンターの言葉を発語し、「じりじり」とヤツらを追いつめていくこと。これがひとつの希望である。
 しん平さん、峠三吉の「序」を歌ったね。「にんげんをかえせ」である。
 生きもののすべてを崩壊させ、日本語すら「ヒバクさせた」(峠三吉『原爆詩集』岩波文庫の「解説」から引用、このアーサーの「解説」、目が開かれる)。
 生きたもののすべてを生きながらにして「生きた 墓標」(峠三吉)にしていく原子力マフィアのヤツら。いったん得た利権と凄まじい権力をを1000年も続かせようとしているヤツら。
 ヤツらに心を、魂を、私自身を売ってはいかん。
 押しつぶされるように、陽気に暮らしていかなきゃならん。
 しん平さんが8月3日に歌ったように、ちょっと切なく、静かに歌いながら、生きていかねばならん。
 生きていくこと自体がヤツらへの抵抗であり、自らの未来の再創造なんだ。
 しん平さん、ありがとう。あなたは、根っこを暖めるひとだね。ありがとう、しん平さん。

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ

 人間の世のあるかぎり、崩れぬ平和をつくっていこう。そう思う8月例会。
 クーラーのない論楽社、暑かった。とりいしん平さん、遠くから来てくれた参加者、助けてくれる明子、みんな、ありがとうございました。一期一会に、感謝。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第7回)道が平和

 心に湧き水をいったん呼び込んだ本は忘れられない。
 たとえどんな小さな本だとしても。
 渡辺一夫(1901〜75)の『ヒューマニズム考――人間であること』(講談社現代新書、以下本書とする)だ。
 ふといま見ると、定価が250円とある。値段で歴史を感じるね。
 10代の終わり、つまり45年も前に、岐阜の書店で買い求め、いままでに4回読み返している。
 64歳になって、ふと思い、5回目の読み直しをしてみた。
 考えてみれば、何かが自分自身の人生で起きたとき、本書の中の問いかけがいつも心に浮かんで支えてくれていた。
 その問いかけは、「それがイエスと何の関係があるのか」である。後に、「それが人間であることと何の関係があるのか」と変容していったテーマだ。
 本書の渡辺一夫さんにとっても、その問いかけが、本質に触れたものだった。
 答えはない。ただ、その問いかけが戦前戦中を生きのびさせる実感を伴っていた。敗戦後をも生きのびさせていった。
 ささやかな私の人生においても同じだった。
 「それはブッダと何の関係があるのか」にも变化(げ)し、「法然+親鸞に何の関係があるのか」にもなっていった。
 ひとが3人いれば、2つの派閥が生まれ、対立。2人の派閥が勝利したとしても、こんどは2人で再び対立が生まれていく。
 これが人間というものである。ひとの世の業(ごう)だ。
 その対立が宗教戦争までになり、イエスの名のもとに殺し合いが生じていったのである。
 両者とも正義。両者とも正しい平和のために誠実に戦うのである。
 つまり、「平和への道はない」ということがわかる。「この道を歩いてゆけば、平和へつながっていく。そんな道はない」のである。
 あるのは「平和が道」であるということだけ。
 イエスを思う。ブッダを思う。いまここを感じる。念仏する。そうして、本書の問いかけを思い起こしていく。
 それが道。平和が道――。
 道ならば、湧き水も生まれくるのである。
 いまの日韓の対立にしても「日韓基本条約ですら、個人の賠償請求権を否定していない」という一点を日本側が表現してゆかなければ、実相が見えてこない。
 個人と国家は別ものであることから、出発しなければならない。それが原点。根っこ。道なんだ。
 そういうひとの原点に立たせてくれるのが、本書の問いかけ。「それが人間であるということとどう関係しているのか?」――。
 10代のある時間、私はしきりに大江健三郎を読んでいた。その大江の仏文学の先生ということで、渡辺一夫を何気なく手にしたのだ。
 渡辺によって、掘られた小さな穴。その小さな穴から、水がこんこんと湧く。
(8月15日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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