論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを味わう」(第3回)痛みあるひとを世の光に

 友人からいただいた2冊の新書について、書く。
 6年前に神奈川の友人から『見えない汚染 「電磁波」から身を守る』(講談社プラスアルファ新書、2010年、以下本書をAとする)がその1冊。
 もう1冊は3か月前に京都市内の友人から『マイクロカプセル香害 柔軟剤・消臭剤による痛みと哀しみ』(ジャパンマシニスト社、2019年、以下同じくBとする)。
 なぜか2冊とも同じ書き手で古庄弘枝さん。後で気づいた。おもしろいね。
 まず、A。電磁波のこと。
 長野に古い友人がいる。その友人が「たいへんな山奥の家へ引越す」と言って、五右衛門風呂のある家へ移っていった。12、3年前のことだ。
 なぜか。
 その友人の実家のすぐ近くに携帯電話の基地局が建てられたんだ。すさまじい高周波が出されつづけ、全身に異変が発生。頭痛、吐き気。食欲は不振。視覚も睡眠も運動も困難に。
 声をまず出し、署名運動し、基地局の撤回を求めた。でも、埒(らち)が明かない。何よりも体が動かない。
 そのとき、初めて電磁波汚染のことを知った。
 30年前の第一次湾岸戦争のとき、米兵たちが広辞苑サイズの携帯電話を持って互いに連絡をとっているのを私はTVで見ていた。よくよく覚えている。ああ、軍需産業の民間転用。悪利用。
 30年たって、いまやひとりに2台のケータイの時代。
 ところが、こういう厳しい障害が発生しているのである。
 その後、名古屋や大阪の友人の体に同じ症状が現れている。大阪の友人はなんと1年以上の入院生活を余儀なくされた。
 電磁波によって人生がまるごと否定され、変革が迫られるわけだ。
 Aによると、電子レンジもIH(電磁誘導加熱)調理器もハンドミキサーも炊飯器も掃除機も、多かれ少なかれ、電磁波が出ている。
 目に見えないだけのこと。社会の全員が浴びている。
 障害が発生するか。しないか。それはひとそれぞれ。発生するひとは「トータルボディロード(総身体負荷量)を超えて溢れ出したからだ」(AのP.177)。いまはしていなくても、明日発症するかもしれない。
 発症した友人たちは「道先案内人」(AのP.172)ということ。「日本社会のこれからをどうすればよいのか」を示現している。
 たとえ発生しても内面化しないで、自分自身を責めないで、とにかく毒出し(デトックス)に努める。それ以外にない。
 まだ発生していないひともケータイはイヤホンで使い、電車では電源を切り、1メートル以上離れて使う。必要以上には決して使用しない。
 なるべくケータイ電話がなかった時代(わずか15年、20年前の時代だ)の暮らしに従い、少しでも免疫力の高いからだをつくっていく。生きることの基本をどう取り戻すか、コレにかかっているのではないか。
 Bも全く同じ。「爽やかな香りももてなし」「リラクゼーション効果」と称して、消臭剤や柔軟剤がどんどん販売されているけど、その中にイソシアネートが入っているんだ(BのP.122以降)。びっくり。
 1984年にインドのボパールの化学工場で起きた大事故。(おそらく)史上最大の暴発事故。2週間のうちに8000名が死亡。その後の死者も8000名以上。原因は毒ガスが事故によって周辺に滞留したことによる。その毒ガスの原材料がなんとイソシアネート。記憶力のあんまりよくない私だって忘れられない毒物名。
 そのボパール事件のこと、当時刊行されていた『技術と人間』で偶然読んでいたので、知っていた。いい雑誌だった。
 その毒物を、マイクロカプセルに入れたんだ。香料にでっちあげていたんだ。ナノサイズの技術(ナノは10億分の1のサイズ)。超微細のイソシアネート化合物質が直接肺へじゃんじゃん入る。どんどん溜まる。すさまじい身体反応が出てしまうのである。
 Bを「読んでくれ」と言って手渡してくれた友人は食堂を営んでいる。鼻や口を覆う大きめの黒マスク(要するに毒マスク)を付け、調理している。配膳してくれるバイトの女の子その他からの、体に漂う柔軟剤・消臭剤に耐えがたい痛みが発生するからだ。
 人工合成洗剤だって、毒の塊。軍需産業の、これも転用。悪利用。純石鹸に食用酢で十分なので、すさまじいシャンプーにリンスをみんな使う。おまけに消臭剤に柔軟剤。体臭、汗の臭いをなんで消さなきゃならないの?
 フクシマ、ミナマタを生む構造と同じものが蠢(うごめ)いている。
(7月18日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
静けさ――ホームスクールへ、ようこそ、ようこそ(第14回)

 「いまここを生きる」時代から続くシリーズ。「ホームスクールへ、ようこそ、ようこそ」の第14回目である。
 きょうはひとりの新人のことを書く。
 その子、まだ小学校の3年生。両親の国籍が日本とインドネシア。ダブルの文化を持つ女の子だ。
 柔らかい言葉、静けさのあるひとだ。
 ホームスクールへ最初に来たとき、何気なく、絵本『森はだれがつくったのだろう?』(童話屋)を彼女が手にした。
 そうして静かに「神さま」と言う。
 「そうだね。そうとしか言いようがないよねえ」と私は答える。
 「何を言うか」も大切だけど、「どう言うのか」がもっと大切。
 彼女の伝えかたがいい。
 作文を引用してみる。私が言いたいこと、伝わるかな? 私はおもしろいと思う作文。
 「学校の門を出てすぐちかくで道にしみこんでいるきれいな水たまりを見つけました。
 これはなんだろうと考えていました。わたしはこれを空にうかんでいるにじが水たまりにうつっているんじゃないかと思いました。でも空を見あげても空にはにじがかかっていませんでした。
 考えてもなににも見えてこなかったからママをおむかえに行きました。
 まだわたしは水たまりのことを考えています。」
 もうひとつ。原文のままだ。
 「(略)学校でべんきょうがわからないとき、頭がくらくらするとき、こんな声が聞こえます。
 『だいじょうぶだよ。まずは体をうごかそう』と言う声が聞こえます。
 その声はいつも聞こえると言うわけじゃなく、こまったときにたすけてくれます。
 そのむねから聞こえる声をわたしはかみさまだと思ってます。
 いつのまにかわたしとかみさまがあそんでいると友だちになっていました。」
 私の心が整えられていくのを感じる。彼女の魂の、明るい静けさに。

| 虫賀宗博 | ホームスクール | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
あるがままに――しん平ワールドへ、ようこそ、ようこそ(その1)

 8月3日(土)、しん平さんに、会える。
 きっと暑い土曜(土用?)。
 クーラーがないので、タオル、水をご持参で、ようこそ、ようこそ。
 鳥井新平さん(以下しん平さんとする)、1年半前に小学校教師を定年退職し、現在同志社大学神学部へ。おっちゃん学生、2年目へ。
 牧師を目指している。
 他の誰でもきっとそうなんだろうけど、しん平さんの小学校教師生活35年、山あり谷あり。つぶされないで、よくふんばったんだな。そう思う。
 つらいこと、しんどいことを体験するたび、心を開いていく。風を入れていく。祈っていく。それを繰り返していったんだと思う。
 その結果、いまのしん平ワールドが生まれていき、たとえば赤い帽子に黒い丸メガネ姿に変化(げ)し、柔らかい闘士になっていったのかな。
 とても教師には見えない感じが醸される。
 悲苦の地を耕し、喜楽の花を咲かせる。
 苦と楽がほどけあって、とけあって、縫い込まれてゆく。
 そんな精神の広場づくりに、なんとか辿り着いていったのではないのか。心の登攀があったのではないか。
 そんなしん平さん、8月3日(土)はあるがままに歌い、あるがままに詩をよみ、絵本の朗読をし、参加者といっしょに味わっていきたい。
 アーサー・ビナード(「朝美納豆」と自らの名を漢字表記、アーサーは納豆好きだ)の『ちっちゃいこえ』(紙芝居、童心社)を楽しもう。
 世界への信頼が破壊された後でさえ、いのちの声がある。そのいのちの声を聞きとっていこう。
 ヒロシマの日の3日前に、ようこそ、ようこそ。会おう。

    2019年8月例会
8月3日(土曜日)午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
とりいしん平さん(ミュージシャン)の「あるがままに—絵本・詩・歌そして対話」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なのでね)。
交流会5時〜7時。自由カンパ制。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
自分にしか書けないことを書く――塩田敏夫さんの6月例会レポート

 10日もたってしまった。
 レポート、遅れた。ごめん。
 塩田敏夫さんの話、よかった。刺激を受ける。
 ところが、反応が生まれてくるのに10日間もかかったんだな。
 おもしろい。
 「その間(ま)がいい」と思うようにしている。
 無理にしない。急がない、間を待つ。
 でも、遅れて、ゴメン。
 準備はていねいに1か月かけた。61通の手紙、書いた。塩田さんの昔の新聞記事を含め、「来てほしい」と手紙にした、手紙が論楽社の原点。
 16人が参加してくれた。ありがとう。感謝感謝。
 内容だ。塩田さんの話に、久しぶりに、幕末に生きた漢(おとこ)たちの姿を想起していた。処士横議、浪士横行——なんて言葉を連想した(ちなみに民衆がヨコにつながりあっていくことを160年前も当時の政府もキライであった)。
 米国人米兵は特権を与えられている。たとえ交通事故を起こしても日本の法律で裁かれることはない。
 「どんな事故だったか」をしっかりと市民に伝えていくという基地建設当初の約束だった。その約束が昨年2月から1年5か月以上も守られていない。
 市民たちが抗議するけど、米軍は無視。市民を守る京丹後市役所も、特権者に気をつかって、フラフラ。
 「なんでなんだ」と塩田さんは問う。
 言ってみれば、そういう6月例会だったんだけど、塩田さんの気迫がいっそう増していた。深まっていた。心に沁みた。
 毎日新聞社が不振(新聞を読まない)。人員削減が続いている。厳しい。
 そういう状況の中でも「書くんだ」という意志が伝わっていた。
 「自分にしか書けないことを書くんだ」という記者魂を感じていた。
 その塩田さんしか書けないのが、山口洋子さんのこと。
 米軍基地のある宇川は過疎地。唯一のスーパーマーケットが閉鎖してしまった。買いものができなくなってしまった。
 山口さんは宇川の特産品づくりに勤(いそ)しんでいる。「孫子(まごこ)に生々とした故郷を残していきたい」という願いゆえ。
 タクシー会社も宇川から撤退したとき、山口さんは「支え合い交通」の運転手をかって出て、高齢者たちが買いものするのを乗せてきた。だから、そのスーパーが消えるということが「どれだけ大変か」を肌で知る。
 その山口さん、ある移動販売の会社の社長に「宇川に来てくれ」と直(じか)談判。
 問題は冬場の運転。日本海沿いの宇川だ。冬が厳しい。風が強い。道も凍る。男の運転者だって、躊躇(ちゅうちょ)。
 そこに、「私が運転します」と山口さん。62歳の気迫の女性だ。
 涙が出る。
 その山口さんも、もちろんのこと、米軍基地に立ち向かう。
 だって、「孫子に生々とした故郷を残していきたい」ゆえだから——。
 沖縄のひとだって、宇川のひとだって、みんながみんな、故郷の風景を残してゆきたい。あたりまえの生活に、米軍基地なんていう、いわば特権者(つまり人権破壊者)が相容れるわけがないんだ。
 塩田さんはそういうおばあ、おじいたちと交流し、塩田さんにしか書けないものをこれからも書いてゆく、ポジティヴ・ニュースのポジティヴさがいっそう深まっていく——。
 以下番外編。
 交流会で、なんかの拍子に永井葵さんが中島みゆきの「ヘッドライト」を歌い出した。すると、「もっともっと聞きたい」となり、ビギンの「島人(んちゅう)ぬ宝」「風(かじ)よ」「涙(なだ)そうそう」を次々と歌う。無伴奏のアカペラで。こんなおもしろい夜は、初めて。
 塩田さんも歌う。なんとユーミン(松任谷由実)の「卒業アルバム」。
 ちなみに今月6月は明子との生活、まるまる5年。「6年目へ」の月だね。みんな、ありがと、ありがとう——。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載「いまここを味わう」(第2回)離脱者

 連載「いまここを味わう」を始めるにあたり、アレコレと書き残すことが溢れているのかもしれない。
 正月を迎えたかの気分かもしれない。
 気合は入れすぎないようにしないといかん。
 心を整え、書くね。
 もうひとつだけ、加える。前回(逆説の救済が人間にはあるんだ)のことに、以下のことを付け加えてみる。
 何か。
 私がローファー(loafer)であることだ。その流れのひとりであることを痛感しているということである。
 のらくら者、浮浪人と英和辞典にある。
 どうしようもなく制度や支配を否定してしまい、離脱していくひとのことだ。アナーキストと言ってもよいかもしれない。H・ソロー、J・エックハルトが思い出される。
 みんなにはなれない。ずっとひとりの離脱者のことだ。
 奇人変人遊び人と他者からは思われ、いくら本人(私自身)が努力しても結局のところ奇人変人遊び人と思われるんだな。
ま、私のことは、どうでもいいんだけど、
 ローファーとは内的な欲求に従い、漂白してさまようひとのことなんだ。
 有島武郎がホイットマンについて語っているのを縁あって読んで、身に沁みたのである。
 この1年、本田哲郎さんの講義を聞いていて、イエスをすこぶる身近に思っている。イエスのこと、語りたい。有島はイエスのことも語っている(1920年に新人会で行った講演「ホヰットマンに就いて」である)。
 言うまでもなく、生前のイエスはキリスト(メシア、救世主)ではなかった。
 イエスはひとりのローファーであった。「なるほど」と思う。ただひとはひとを「大切にしていこう」と語って、実践していた。
 ところが、イエスが生きていた当時から弟子の中でも民衆たちの中でも(きっといまでも)「救世主」を待望していた。
 その救世主の「右に誰が座るか」とか「誰がいちばん偉い?」とかが弟子たちの中で起きたと福音書にある。もうすでにキリスト教が生成していく萌芽があるんだ。
 ローファーのイエスは殺されていったんだ。イエスをメシアにしていくなんて。とんでもない皮肉。
 有島の言葉を引用してみよう。「今仮りに基督がこの世に生まれ出て来たとし、現存の基督教会の人達が彼の許に来て、この世界に多数の信徒を有するわが基督教会は、実にあなたの言行に基いて建てられたものであります故、その教会の元首となって下さいと頼んだと想像してみたら如何でせう。若し私に自由な想像が許されるなら、基督は必ずその教会に属することなく、或いは教会に対して非難の声を挙げるやうなことが起るのではないかと思ふのです。」(『有島武郎全集』第6巻、新潮社)。
 有島はイエスとキリストをいっしょにしているけど。ローファーのイエスがキリスト教会には属することなく、批判していくなんて、おもしろい。
 同じことは、親鸞でも道元でも起きると思う。
 ローファーは、当然なのだが周辺的存在。全くのアマチュア。きっと亡命者のよう。流謫(るたく)されたかのようなもの。誰かに対してもそうでなくても、ほんとうのことを語ろう、書こうとしてしまう業(ごう)のひと。
 何者なのかではなく、何者でないかという存在——。
 以上のこと、ただ呟いて、書いてみたかったので、綴った。
 もちろんローファーでないところ、私にある。ところが、気づくと、ローファーへ引っぱられるんだ。
 そう気づく。
 次回から「いまここを紡ぐ」「いまここを生きる」と同じように、各論を書く。
(7月11日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 10:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第1回)逆説の救済

 14年前に始めた連載「いまここを紡ぐ」を終え、7年前に「いまここを生きる」を始めた。いま再び、「いまここを生きる」を終え、新しく「いまここを味わう」を始める。
 ラベルを変えても内容中身が変わるわけでない。「遊び事として改名しているんだ」とひとは思うかもしれない。
 以下説明を試みる。
 私はいまも内発的にボールペンを取っている。
 では、なんで書くのか。
 原稿料が出るわけでない。外的な評価があるわけでもない。全くのところ、内的な心もようが書かせていると思う。
 その心もようを改めて、「いまここを味わう」を始めるにあたって、綴ってみる。
 ほんの少しだけど。
 ひとことで言えば、自己受容と他者信頼——。
 この2つをめぐって14年間考え、感じ、書いてきたのではないか。
 そう思う。
 もちろんそれぞれひとりひとりに自己・他者がある。
 いかに受容し、どのようにして信頼するか。
 それぞれがそれぞれ悩み苦しむ問題である。
 私もそのひとりとして生き、書こうとしている。
 私はある直観で、共同体というものを求めていた。
 生まれ育った時、村というものはすでに実質消滅していた。村落共同体の実態は消え、残り香のような意識だけが残っていた。
 長い、長い村落の歩みが消えていくけども、意識はまだまだ生きている。
 そう思いながら、町の中の村づくりのような行為——仮に論楽社と呼んでみた——を試みたのだと思っている。
 水田耕作が村の中心にあった。水田なしの村づくりは無謀なのか。実践し始めて、その共同体意識はいままで何回か破壊されかかった。
 それでもそのたびに具体的なひとが具体的に助けてくれ、いまここに至っている。
 別の言いかたをすれば、それぞれが抱えている業(ごう)の軌道がずれて、衝突した。本来それぞれ他者の課題に踏み込まない、踏み込んではいけないのに。
 衝突の結果の死である。仲間共同体感覚の死である。ほんとは死んでいないのに。まるで死んだかのように感受したのである。
 立ち直れないかのような思いの果て、死の感覚が底を打つ、いっさいの救いはない、救済はありえない——という体の感覚を経て初めて、救済がほんとうに思え始めてくる。実感が湧くんだ。
 政治や宗教による救済は、これからも必須であると思っている。でも、同時に政治や宗教による救済なんかあり得ない。あるもんか。そう思う地平でしか湧かない救済の声を聴くこと。無音の肯定是認の声を聞くこと。これこそが、救済であるといまは思っている。
 なんとも言いようがない逆説の救済である。
 こういうことがあるんだ。
 わが身に起こるんだ。
 そう思っている。
 以上の気づきを保ちながら、いまここの風に吹かれながら、身辺雑記を綴ってゆきたいと思う。
 「これ以上書けず、書かぬ」と思ったら、そのとき止める。
 その日までお付きあいのほどを。
 もっともっと勇気をもって、私の(それは、私たちの)課題に取り組んでいきたい。その課題は悲願である。
 過去を変えることができない。しかし、未来は変えることができる。将来は変えることができる。
 そう信頼し、歩き出す。
(7月4日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 09:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第366回、最終回)死者子孫大地、そうして「いまここを味わう」へ

 私たちの体はおもしろい。「存在していない何か」を感じているか、いないかによって、結果がまるで違ってくること、知られている。
 たとえば斧で木片を割るにしても、ただ力任せに割るのと、「地球の中へ静かにストーン」と心で深くイメージして割るのとは、違ってくる。
 後者のほうがたしかに楽だし、割る音も違うし、安全でもある。
 後者のほうが、腕の筋力以外の体の各部分が少し動き、バランスが整っている実感があるんだ。
 なぜなんだろうか。
 その斧なら斧がきっと何か(依代のような何か)になって、大地青空の自然に存在している気(エネルギー)が体じゅうに流れてくるんだ。きっと。
 自然にコトンと流れが入っていくということがポイントだ。
 何を言いたいのか。次のことだ。
 崩れてしまった主権国家をどうやって再建再生するか。この問いも、その斧のように考えていけばよいのではないか。
 次の2つのことを意識し、解決を目指すことではないのかと思う。
 ひとつは死者たち。もうひとつは国土風土。この2つだ。
 戦死者たちも含めて、ぼう大な死者たちが私たちのクニで生まれ育っていった。ワシらの先祖先輩だ。そうして、未来将来の子孫たち。
 その両者は「見えない」のだけども、正規の私たちの社会のメンバーであること。確認したい。
 死者たちは何を願って死んでいったのか。そのことに想いを至らせたい。
 次にこれから続く子孫たち。5世代あと、10世代あとに続く子たちに何を残していくのか。いまいちど瞑想してゆきたい。まさか米軍基地と核の廃棄物ではないはず。
 そうして死者と子孫を包み込んで育んで育ててくれる風土山河である。正規のメンバーだ。土台だ。
 恵みの大地土壌樹林、山河海川はもちろん、日本語もあいさつなどの習慣文化も梅干味噌米など食文化も、宗教もすべて含んでの風土国土だ。大切な、大切な基盤。
 2011年の原発事故でいとしの故郷を去らざるを得なかったひとたちの心情はいかばかりか。セシウムは30年たって半分。100年たっても10分の1。100年200年……ひとが住むことができない土地にしてしまったことになぜもっと痛切なひとの態度が生まれていかないのか。
 いくらウソをついて、ウソを頭は信じたとしても、体はどこかでウソを気づいているはず。不自然なウソを信じる気持ち悪さがあるのではないか。
 いまのままでは核産業の餌食(えじき)になって、フクシマに「核のゴミ」を集められるのではないか。
 植民地属国でありつづけると、どうしても自分たちの国土と自分たちの夢の実現に自己資金を使えないことが多くなる。宗主国へ「思いやり予算」を上納しなければならないし、武器を買わされつづけ、牛肉もオレンジも押し売られても、文句も言えない。卑屈にウソをつきつづけなければ、「買弁」地位が守れない。
 これだって不自然な隷従がつづき、しまいに頽廃が生まれる。病気が生じていく。
 いのちが細く弱くなっていく。
 信じられるのは「いまだけ、金だけ、私だけ」。
 それでいいんだろうか。
 ほんとうにいいのだろうか。
 もう、やめようよ。
 できたらこの「いま、金、私」の中に「はっきりとは存在していない死者子孫と大地風土」を自然に入れて、味わって、感じてほしい。
 「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」(日本国憲法の前文)なんていう言葉が心に沁みるのは、この2つを依代にして体を保ったときだと思う。
 私の代ではムリ。しかし、ムリだけれど、いま私にやれる小さいこと(ケヤキの芽を植える、空カンやタバコの吸殻を拾うこととか)を先ずやっていこうと思うのである。
 どんな闇夜でも星を探したい。どの方角に歩くのか。それを示現する星である。
(6月27日)

 

 14年前の7月初めに本コラムが生まれ、毎週毎週欠かさずに木曜日にアップされつづけた。
 すべて楢木祐司さんのおかげである。制作者であり、毎回適切なメッセージを送ってくれる編集者である。
 「いまここを紡ぐ」で7年。「いまここを生きる」で7年。なぜか7年。7年で少し疲れの節目を感じている。
 もう潮時かもしれない。
 でも、ほんの少しだけ「伝えたい」「ともに味わいたい」という思いが湧く。願いが湧く。
 楢木さんにもういちどお願いし、互いの負担を少し減らし、4枚(800字)の再開へ。
 連載タイトルも少し変え「いまここを味わう」へ。
 1年で終わるかもしれないし、3年で終わるかもしれない。いまここの風に吹かれて、新しい時を見てゆきたい。味わいたい。甘いのか、辛いのか——。

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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