論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
青い空を――ホームコンサートへ、ようこそ、ようこそ(その2)
 7月25日(土)、ホームコンサート「見失わないで 青い空を」。
 もうすぐだ。
 ようこそ、ようこそ。
 来てね。
 戸張あかりさんの「青い空」。聞いてほしいな、と願うからだ。

 「この道」というオリジナル曲も、いい。
 知恵の悲しみを知る曲だね。

  なくしたものだけ 見てはいれないけど
  なにを得て なにを失ったか 知りたいと思う
  寄せてかえす 波のように
  記憶と希望が 浮かんでは消える

  正しさ求める この道ゆけば
  だれかを傷つけない にくみはしないか
  豊かさを求める この道ゆけば
  だれかの明日を うばいはしないか
                ――この道

 「雪がとけたら何になるのか」。
 「水」と答えるのもいい。
 体のどこにあるかわからなくとも、あるとちゃんとわかっている魂ならば、「春」と答えるかもしれない。
 「水」を超えて、「春」を求めてゆきたいと願っている。
 雪がとけたら、春になるのである。
 「あの空は今でも本当の空だ」(青い空)。
 その空も、春と全く同じリアリティー。
 生きていこう。
     2015年7月例会
 7月25日(土曜日)の午後2時〜3時30分。
 論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
 アカリトバリ(戸張あかりさん+戸張岳陽さん)のホームコンサート「見失わないで 青い空を」。
 (第一部)ちょっと、おしゃべり(30分)
 (第二部)ホームコンサート(1時間)――オリジナル曲「青い空」「山の唄」「この道」「生きている」、カバー曲「あおいとり行進曲」(注)など、民謡「相馬盆唄」も。
 参加費1000円(要申し込み、私宅なので必ず、原発避難者は無料)。
 交流会(自由参加)は4時〜5時。野草(論楽)茶と駄菓子で参加費500円。
 (注)近藤宏一さん(1926〜2009)について(2009年10月のいくつかのコラムを参照)。
 ハンセン病になって、かつ、盲人になった近藤さん。地面の底の底がぬけおちる思い。それでもなお、「生きることに飢えがわいていた」(近藤さん)。舌読でイエスの言葉を学ぶ。
 「神の生きざまが、この人によってはっきり現されるため」(ヨハネ・9章)と知る近藤さん。誰かが悪いわけではない。「神の生きざま」が近藤さんの体を通じて示現されたという思い。啓示。
 近藤さん、盲人のハンセン病回復者のハーモニカ・バンドの「青い鳥楽団」を結成。20年間活動。
 その生々とした姿に触れた神谷美恵子さんは『生きがいについて』(みすず書房)をまとめる。
 そのバンドのテーマソング。「探し求めた青い鳥/今此処にみるこの集い/いざ友よ悩みをのり越えて/歌えば楽しく愛生の空に/いのちの翼が羽搏たくのだ」(あおいとり行進曲、1955)。
 この歌も、「青い空」と同じように、知られてほしい。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第160回)花が咲く(前編)
 梅雨明けの夕刻。茜色の夕映え。
 「もう散ったか」と思っていた合歓木(ねむのき)。
 再び、いま、紅色の花を咲かせている。
 花の奇跡。ただここに在るだけ。何も誇ることもなく、何も損なうこともなく、ただ咲いている。
 本質のままに、花が咲く。あるがままに、開いている。みごとに生きてあることの奇跡。
 まずは、この奇跡を味わおう。
 すべてのことは、味わってからだ――。
 さあ、このことだ――・
 このこと、書かねばならない。
 書きつづけなければならない。
 「集団的自衛権」の発動。その名のもと、米国の戦争に、日本軍が加担することになる。
 日本国憲法9条の2項だけでなく、1項も殺されるんだ。
 憲法改正するのでは一切なく、条文に指一本ふれぬまま、ひとつの内閣の、解釈によって殺されるのである。
 なんて、こったぁ――。
 声が出ない。
 たしかに9条を1952年の独立以後、日本政府はいちども守ったことがない。
 すぐに警察予備隊、保安隊をつくり、現在の自衛隊はもう日本軍であり、世界第7位の巨大な軍事予算をもっている。その軍事費が削減されるという話はいちどもない。危機を煽って、増強されつづけている。
 日本国内に米軍がいまだにいる。占領軍はふつう独立後(占領終了時)撤退するもの。ドイツでもイタリアでもそう。ところが、米軍が不思議なことにずっと居て、日本の基地からベトナム、アフガニスタン、イラクへと、日本政府の許可もなく、確認もなく、出撃しているのである。
 占領の継続条約を、安保条約と呼ばれ、「米軍は日本を守るために駐屯している」と、信じられている。信じきられている。
 米軍は米国の権益を守るために、日本占領を継続しているのである。米国は戦争国家。第二次大戦後でも、実に20か国と戦争している。「人権」「自由」なんていう米国得意のプロパガンダ(宣伝)にまんまとやられてはいけない。戦争を平和と言いかえ、自由も屈従、無知を力と言いくるめ、上手にPRしてくるのである。
 そういう米国に、何の制約も受けずに、自由な軍事行動ができる権利を日本は与えている。これが日米安保条約。その運営規程が日米地位協定。9条の上に乗っかって、9条を無化し、空文化してきた。その米国・米軍の命令(指示)と許可(支持)に基づいて、現政府は存立している。
 米国は他国に先制攻撃を行う国家。その攻撃に日本も参加する――という宣言が「集団的自衛権の発動」。声が出ない。
 この宣言によって、日本はますます孤立。仮想敵国の中国や北朝鮮をはじめ、韓国やロシア、台湾からもますます警戒されること、間違いない。友国はゼロ。米国の属国(植民地)へ落ちて行く。孤立無援。TPP締結後は、100パーセント植民地が完成するだろう。
 いつになったら、気づくのだろうか。
 こんな国のかたちを誰が望んでいるのだろうか。
 沖縄やニューギニア、サイパンで死んでいったひとたちが求めている日本なんだろうか。
 いま、また、私は同じことを書かねばならない。
 10年間、同じことを言っている。
 「中国、韓国・朝鮮とはしっかり和解し、ゆたかでゆかいな東アジアをつくっていくこと」。「米国からは独立し、『戦後』を迎え、70年前の戦争を終結させること、軍事条約ではなく、友好条約を結ぶこと」「米国であろうが、どこであろうが、『外国軍の駐留は認めない』という一文を日本国憲法に付加することが必要」。
 同じことを言いつづけたい。
 10年かけても、100年かけても、200年かけても、300年かけても、実現していこう。
 そう、信じきることだと思っている。(つづく)
(7月23日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第159回)ネギを植える
 きょう(7月15日)、歴史が変わる。
 「安保法案 きょう採決」と新聞は書く(注)。
 法案はむろん廃棄すべきだと思う――。
 これからどう軋(きし)んでいくのか――。
 ところが、きょう、全く違うことを取り上げる。ふだん、話題にしないこと、ちょっと書いてみようと思う。
 なにか。「占い」について、である。
 なぜか。30年の付き合いのあるひとから、こんな相談を受けたので。
 そのひとは占いが好きなひと。「方角がどうの、こうの」とよく言っているひとだ。
 占いの本を3冊示して、「この本は『6月がAと書いてある』のに、こっちやあっちの本は『6月はAではない』とある。いろんなこと、よく知っている虫賀さん(そのひとは、こんな言い方をするんだ)、どう思う? どう考えたらいいの? どっち、信じたらええの?」。
 表情が真剣。私は「体に異変があったのか」とも思った。
 私にはわからない。
 素直に、「わかりませんねぇ」と言った。「ほんとに、わかりません」と二度言った。
 付加する感じで、効果を考えないで、こんなことも言ってみた。
 「六曜(ろくよう)って、ありますよね。先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口(しゃっく)っていうの。もともと博打(ばくち)から来た。『勝った、負けた』から来た。それが日々の吉凶を示すかのように使われた。なぜか、現在(いま)も根拠なく信じられている。『友引には葬式がない』なんて言われます。でも、365日の大切な一日一日に吉凶なんて、ほんとにあるんでしょうか」。
 そのひとが考え方を変えるなんて、ない。
 でも、対話しているときは、その表情はおだやかであった。伝えるべきこと、話せて、よかった。
 そのひとは、現世のシステムのみに関心があって、ひととひととの序列に関心が集中している。まじめな現世利益追求の、権威好きのひとである。天皇好きだ。
 現世しかないのである。ゆえに死への恐怖は強いであろう。冥福なんて用語が葬儀でしばしば使われているのは、それだけ不安が強いのだ(私は「御冥福」という言葉を聞くたびに、「(死者は)そんなに冥(くら)くて、ひどい所へ行ったのか」と思ってしまう)。
 そういう現世のみのひとからすると、私なんかは「宗教へ走った」「宗教へ逃げた」タイプなんかもしれない。前世現世来世の三世を貫く、太い棒のような物語のことを私は想っているからだ。そんな大きな物語があるか、どうか、わからない。「ある」と言いきったほうが、おもしろい。いのちの物語として得心しているからだ。いのちを生かしきって生きることができるからだ。
 占いは呪術である。宗教である。なのに、どの週刊誌にもあるし、ほとんどの新聞にものっている。TVにも占い師は登場している。「占いがひとつの宗教だ」という見解をみんな持していないからである。
 占いなんていうものに心をうばわれて、依存してしまうと、大切な判断ができなくなってしまうのではないか。
 大切なことを見失ってはならない。
 何がいちばん大切か。私は「アヒンサー(殺すな)」だと思う。それ以外は、小事と言ってもよいのでは。
 『ネギをうえた人』(岩波少年文庫、金素雲編)という朝鮮民話を思い出してみよう。
 ――むかし、ひとはひとを食べていた。ひとと牛との見分けもつかなくなって、親兄弟も食べていた。あるひと、このあさましい姿にいや気がさし、旅に出た。そうして、ついに、ひとがひとを食べない国へたどり着いた。その国の長老が、「うちでも昔はそうだった」「ネギを食べるようになってから、ひとと牛との見分けがつくようになった」と。その旅人はネギの種をもらって、畑の片すみに、蒔いた。そうして旧友に会いに行くと、牛にまちがえられて、食われてしまった。しばらくすると、畑に見たことのない青い草が生えてきてた。それを食べたひとには、ひとがひとに見えた。それから、もう、ひとを食べることがなくなった――。
 この民話がほんとうか、どうか。そんな話は意味がない。ネギは象徴でしかない。
 このネギを伝えようとした真心が重要。
 何を信じてもいい。「面々の御はからい」(『歎異抄』2章)だ。
 しかし、その信じたことが、そのひとを生かしめて、育て上げなければ、意味がない。
 これ以上ひとはひとを食ってはいけないのだ。もうこれ以上殺してはいけない。
 (注)15日強行採決される。ネギの種を蒔こう。リンゴの木を植えよう。
(7月16日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第158回)発酵抵抗力
 6月の日録。6月も凡夫の歩み。判断ミスを重ねながらも、歩む。行き行きて、帰り着くまで歩もう。まだまだ――。
  6月4日
 明子と結婚して、まる1年がたつ。この日を記憶してくれ、この日に到着するように、絵ハガキや本や手紙を送ってくれる友がいる。びっくり。ありがとう。
 豆、芋、根菜のおそうざいを日替わりで明子がつくってくれている。ありがたい。
 ゆっくりゆっくり、ひとつひとつ、具体的に自己肯定できてゆく気がする。ひょっとして、以前は「自己肯定しているんだ」と思い込んでいただけだったかもしれない。観念的な肯定だったにちがいない。
  6月―日
 和歌山の九度山町の大石順教尼記念館(2014年12月28日付ニュースなど参照)が火事になった。知らせが入った。
 萱野(かやの)正巳館長が「また無から始めよ、という順教尼の指導かもしれません」。
 あの香り高い記念館が焼けたのか。なんということか。
 手紙を書こう。
  6月14日
 清水寺。河井寛次郎記念館。松尾大社の庭園(重森三玲作)。
 それぞれに明子と訪ねる。
 それぞれがそれぞれの手立てで、それぞれの青空をかかえ、魂の形をした雲を遊ばせていた。気持ちのよい空間だ。風が吹いていた。出会った。
  6月―日
 高史明(コ・サミョン)さんの『少年の闇』『青春無明』『悲の海へ』(径書房、1983〜85年刊)を読む。「歎異抄との出会い」というサブタイトルがある三部作。
 実質的に初めて読む。30年間、書庫で寝かしていた(笑)。
 取り出してきた3冊750ページを一気に読む。
 会うべきひとに、いまここで、ちゃんと出会う。そう思った。
 つくづく思う。「わがいのちはわが所有物にあらず」なのである。そのことに、ワシらはそれぞれの無明を生きているので、気づかない。死は、その無明の闇を破るために、ある。その死に近づくかのようにして、次から次へと試練が訪れる。ちょっとした知恵、やさしさなんて、その試練がたたきつぶす。すりつぶす。つぶされたときに悟るのが、悪人性。その自覚。それでもなお、次の試練がもっとたたきつぶす。切羽詰まったそのときに、しだいに、はっきりと、いのちそのものが示現されてくるのである。
 生きているのではない。生かされてあるのである。
 高さんの苛酷な体験。全く違うけど、読み手の私も自らの凡夫、悪人性を見つめることに。
  6月28日
 中村尚司さんの話を聞きに、西本願寺の聞法会館へ行く。テーマは「スリランカの仏教と文化」。久しぶりに会う。
 もう22年前のこと。「地域自立の経済学」というタイトルで、論楽社の「講座・言葉を紡ぐ」に来ていただいている。忘れられない。
 青、黄、朱、白の4色の旗(スリランカの仏教の旗)を中村さんからいただく。あったかい。
 そして、近江八幡の金田教会(ヴォリーズ建築)へ。アーサー・ビナードさんと渡辺格(いたる)さんの対談を聞きに行く。企画は中野桂さん。教えてくれたのは、斉村康広さん。それぞれ、ありがとう。
 渡辺さん、パン屋「タルマーリー」の店主。こんど鳥取の智頭(ちず)の奥へ、移転。古民家に棲みつく天然の菌を発酵させて、つくるパン屋(『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』講談社、2013年)。こんなパン屋は他にない。おもしろい。
 A・ビナードさんもおもしろい。「文化という日本語は、なんかカタイし、どこかヘン。cultureの訳語としてはセマイ。イヤな言葉なんだけど、あるとき、『文は言葉、その言葉が化(ば)けていくんだ』と思った。菌なんだ。『日本語菌』が文化なんだ」。
 動物でもなく、植物でもない、菌類。その菌類がひょっとして地球の主人公。菌類がパンを、酒を、みそを、しょうゆを、発酵させる。日本文化そのものを発酵させているといってよい。八百万(やおよろず)の神々が菌類なんだ――。
 この2人、どこか似てる。生きる力としての、ユーモアと優しさ。菌類のような、抵抗力。抗菌させない発酵抵抗力。似てる、似てるな。いま、ワシらに必要な繊細で負けない発酵抵抗力。
(7月9日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
青い空を――ホームコンサートへ、ようこそ、ようこそ(その1)
 戸張あかりさん、戸張岳陽さんのホームコンサートを7月25日(土)に開く。
 きっかけは、ポコ(寺元健二)さん。ある日、電話があった。「(戸張)あかりさん、虫賀さんと知り合いだったんや」。
 私は答える。「はい。FI(フレンズインターナショナル……という長い名前のワークキャンプ・ボランティア団体、奈良にハンセン病者の宿泊所・交流の家を半世紀前に建立)のひと。長島愛生園の夏祭りでチンドン屋を毎年やって入園者のひとたちと交流している。近藤宏一さん(1926〜2009)とも交流があった。愛生園での近藤さんの葬儀へ、いっしょに行ったよ(2009年11月24日付のニュースなどを参照)」。
 「オリジナル曲、歌ってるんよ。それがいい。YouTubeで、アカリトバリ(戸張あかりさん、岳陽さんのユニット名)で検索してみて」。
 時間のあるひと、YouTubeを見て――。
 オリジナル曲「青い空」にはこんな詞が紡がれている。

  あの山の上に毎日出てる青い空
  ここには本当の空があると だれかがそう呟く
  あなたの見た青い空は 今でも変わりませんか
  たくさんの喜びも そして悲しみも包む青い空

  雲は流れて時も流れて
  たとえ不安の雨を降らせたとしても

  あの空は今でも本当の空だ
  私たちの生き様を鏡のように映した
  だから決して見失わないで
  あの山の青い空を

  あかりさんから手紙をもらった。
 「原発事故で私の心の中の福島の景色は一変しました。色とりどりだった景色は不気味に色を失ったように感じました。なかなか福島の現状を拒否する事も受けとめる事もできない日が続いていましたが、この曲が出来あがるのと同時進行で、私はやっと福島を肯定する気持ちになれました。『あの空は今でも本当の空なんだ。あの空こそがそうなんだ。』そう思えた時、不思議な気分になりました。地面にやっと足がついたような感じでした。」
 あかりさん、〈やっと肯定する気持ちになれました〉とは。切ないね。つらいね。
 あかりさんの故郷は、福島の会津だ。
 つくづくと思う。
 原発事故って、ある種の全体主義戦争。根こぎの破壊。
 なのに、武器が放射能だから、目に見えない破壊。永遠に近い連続無窮破壊。血が流れない無差別破壊。
 加えて「放射能は安全」というプロパガンダ(宣伝)の総攻撃。意識産業(TV、新聞、インターネット)を使った猛攻撃。
 頭も心も体も、ズタズタにされる。切り刻まれる。
 そんな総攻撃を受けて、誰も自らを守ることは不可能。
 そんなひとはいない。どうすれば、いいんだ――。
 2011年3月、福島から遠く京都に住む私の上にも放射能の雨が降り、ヒヨドリが全くいなくなってしまった春を迎えていた。
 何気のない川面(かわも)の輝き。暖かい月明かりの道。ツユクサの露の光。そういうささやかな光景のなかに、取り換えようのない人生の本質がひそんでいた。いかに、いままで守られていたのか。切断されて、気づくのである。
 それでもなお、いのちは伸びる。DNAを傷つけられたとしても、いのちはいっそう深まる。祈りの歌だと思う。
 7月25日(土)、聞いてほしい。
     2015年7月例会
 7月25日(土曜日)の午後2時〜3時30分。
 論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
 アカリトバリ(戸張あかりさん+戸張岳陽さん)のホームコンサート「見失わないで 青い空を」。
 (第一部)ちょっと、おしゃべり(30分)
 (第二部)ホームコンサート(1時間)――オリジナル曲「青い空」「山の唄」「この道」「生きている」、カバー曲「あおいとり行進曲」(注)など、民謡「相馬盆唄」も。
 参加費1000円(要申し込み、私宅なので必ず、原発避難者は無料)。
 交流会(自由参加)は4時〜5時。野草(論楽)茶と駄菓子で参加費500円。
 (注)近藤宏一さん(1926〜2009)について(2009年10月のいくつかのコラムを参照)。
 ハンセン病になって、かつ、盲人になった近藤さん。地面の底の底がぬけおちる思い。それでもなお、「生きることに飢えがわいていた」(近藤さん)。舌読でイエスの言葉を学ぶ。
 「神の生きざまが、この人によってはっきり現されるため」(ヨハネ・9章)と知る近藤さん。誰かが悪いわけではない。「神の生きざま」が近藤さんの体を通じて示現されたという思い。啓示。
 近藤さん、盲人のハンセン病回復者のハーモニカ・バンドの「青い鳥楽団」を結成。20年間活動。
 その生々とした姿に触れた神谷美恵子さんは『生きがいについて』(みすず書房)をまとめる。
 そのバンドのテーマソング。「探し求めた青い鳥/今此処にみるこの集い/いざ友よ悩みをのり越えて/歌えば楽しく愛生の空に/いのちの翼が羽搏たくのだ」(あおいとり行進曲、1955)。
 この歌も、「青い空」と同じように、知られてほしい。
 もういちど書く。7月25日(土)、来てほしい。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
子どもが遊ばなくなった――小吹(おぶき)修三さんの「感話」レポート
 6月例会の小吹(おぶき)修三さんの「感話」。
 重要な所を突いた「感話」。おもしろい「感話」。
 それは「子どもが遊ばなくなった」ということ。
 その影響力は思いのほか甚大なのかもしれない。現代日本人のひとりひとりの判断力が消えているのである。自分で決められないのだ。判断できないのである。その原因のひとつが「子ども時代の遊びの欠如」!
 小さな判断力のひとつひとつが子ども時代の無時間のようなときの中で生まれている。たとえば「どうやって山の斜面に立つか」「どうやって樹木に登るか」「ヤブをどうやって抜け出るか」ということを、遊びつづける過程の膨大な時の重なりでしだいに身に付けていくのである。五感が耕され、「第六感」も耕され、最終的には人間としての判断力が育っていくのだということ。
 そのとおりだと思う。木があって、セミが鳴き、川が流れている――という自然環境や、さまざまな大人や子どもが出入りする人間環境があって、育つんだと思う。
 それが、数字で裏付けられる。自然的空間が、1955年から2005年までの50年間で、480分の1に激減(横浜市の調査によると)。
 雑木林や草地・原っぱが消えたのである。
 道路だって、自動車が侵入。かくれんぼも三角ベースも消えたのだ。
 ある調査だと、屋外で遊ぶ時間が1日になんと14分(2008年、小学5年男子)。30年前には3時間20分もあったのに。
 その分、屋内でひとりでTVやパソコン、テレビ・ゲームへ。
 小中学生の4分の1が平日6時間以上テレビ・ゲームやTVに接しているのである(2008年の調査による、現在はもっとスゴイのだろう)。世界一だ。それだけ洗脳されているのである。中毒にされているのである。
 以上が小吹さんの「感話」の骨子。私の表現がずいぶん入っているけど。
 数字(データ)を上げていたところが、よかった。小吹さん、ありがとうございます。「たまご(他人の孫)」と遊ぶプランとか、おもしろそう。いっしょに、何か、やりましょう。
 体制を支えている気分のひとつが、明示された気がする。
 生の不安の中で、どう判断してよいのか、わからないのだ。白紙委任してしまっている現在(いま)なのだ――。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 20:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第157回)悪人――11年目のキック・オフに
 法然、親鸞が生きていたころの当時の日本人、決まって、次のような問いかけをしている。それがいま心にしみている。
 「私のような悪人がほんとうに救済されますか」。
 自分が悪人であるという認識。切実なものが確かにあったのである。
 生活でせいいっぱい。生きることで、いっぱいいっぱい。魚をとる。獣を殺す。鳥をつかまえる。生きるためにやらざるをえない。行(ぎょう)なんて全くできない。寄進も全くのところ無理。
 そういうひとたちを、悪人と当時言っていたのである。仏になりたくてもなりえない存在を悪人と呼んでいたのである。
 「その悪人が往生(おうじょう)できるのか」という問い――。
 その問いに、当時仏教を担っていたひとたちがすべて首を横に振っていたのである。
 それは「生も地獄。死後も地獄」と言われているようなもの。
 救済はなかった。
 その縛り(マインドコントロール)を解いたのが、法然。まるでイエスのような眼(まな)差しをあらゆる階層のひとたちに注ぎ、縛りを解き放った。
 太陽の光がどんな人間をも照らすように、すべてのひとに恵みが及ぶと明言したのである。
 もちろん、壮大な物語がバックにある恵み。びっくりするような遠大な物語。あらゆるひとの苦とるために、気の遠くなる年月の間修行しつづけたひとりの菩薩。そして、仏になった。成就した。ということは、私の苦もなくなるのである。――そういう物語。宇宙が生成し、消滅する時間を数回繰り返すような年月を、その菩薩(ボディサターヤ)は修行するのである。まあ、めったにない巨大な物語。
 いま、考えてみても、すさまじく革命的なこと。
 世界史上も類がないこと。
 どの宗教にもあるエリート主義がない。条件がない。全くオープン。
 理由は、死の平等性に法然が注目していることにつきる。
 どのひとも、必ず死の大地の恵みにキャッチされるという徹底平等性である。どの雪片も、どの葉も、生まれたら、はやかれおそかれ、必ず大地に落ちていくのである。
 示されたのは方向性。「この道を行けば、青空が見える」と方向性が示現されれば、安心。迷い道から抜け出ることができる。来世があるか、ないか。わからない。しかし、方向性がちゃんとわかれば、安心して、今生を生き、生ききることができるのである。それが往生。
 800年前、900年前の日本人にとって、死はとっても身近。きわめて切実なものだった。伝染病死も、餓死も、早死(はやじに)も、ゴロゴロころがっていたのである。祈っても拝んでも、死が目の前にあるのである。
 それでもなお、食うために悪人として生きざるをえない切実さがあるのである。衆生(しゅじょう)が悪人であることを自覚すればするほどに、救済に目覚め、希求するのである。
 対峙する法然、親鸞の言説にも切実なものがあるのも自然なことである。
 いまここで私は思う。現代を生きる私。現(近)代は便利さを生む。その知恵は同時に、ジェノサイドと放射能をも生んでいる。
 いま、私を自らを悪人と思っているであろうか。
 しだいに薄っぺらな人間観に侵されているのではないだろうか。
 刑法を犯していないから、私は善人なのか。ほんとうか。
 平和を願って、平和を求めて、動いている(と思っている)私は善人なのか。ほんとうか。
 いつの間にか、そんなチャチな善悪観に晒されてしまっているのではないか。
 そうじゃない。
 私は悪人である。
 私は「正しい」「役に立つ」ことをやろうと思うたびに、私の周りに穴を掘ってしまい、そのたびに自ら掘った穴に落ちてしまう阿呆である。自らが落っこちているのに、「他者のAさん、Bさんのせいで被害を受けた」と思い込んでいるアホだ。友人には「内面化するな」と言っておいて、自分では内面化してしまい、私は「自分で自分をコントロールできる」と思っている馬鹿なのだ。凡夫なのである。
 つくづく悪人なのだと、改めて思う。切実にそう思う。
 原発と戦争の腐海のただなかにいるとしても、「しなきゃいかんことをやっているだけ」という立脚地を築いて、生きて、動いて、書いていきたいと思う。
 それを、それだけを、したい。
 11年目のキック・オフにそう思っている(6月27日の6月例会の「感話」でしゃべったことを中心にして記す)。
(7月2日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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