論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを生きる」(第201回)春のほほえみ(その3、完結編)
 春のほほえみ(その3)。その続きの続き。完結編。
 新しい年の緑葉が広がる。ウルウルと盛り上がっている。フジの淡い紫、サツキの赤朱が加わり、春の彩りを深めている。その「生きるんだよ」という春の声――それは私が感じる声であり、呼びとめられる声でもある――を書き留めていく。
  4月―日
 電動自動車でやってきたMさん(4月28日付の前回に登場するMさん)がひとつの訃音(ふいん)を告げる。
 大森昌也さん(1942〜2016)が亡くなったのである。
 兵庫県の和田山町の奥の、床尾山(843メートル)のすその山村で「あーす農場」を営んでいたひと。もちろん「あーす農場」は6人の子どもたち――といっても大きく育ってみんな大人だ――が継いでいくだろう。
 桜のころ、「4月の初めに大阪の中津の病院で亡くなった」「ガンだった」(Mさん)。
 『病みすてられた人々』(論楽社ブックレット)の注文をしていただいたのが交流のきっかけ。
 「あーす農場」の木酢液や炭を注文し、「論楽社書店」で当時販売していた本と物々交換――という双方に恵みある関係が成立していた。
 あの物々交換はおもしろい。大森さんは知恵者なんだ。
 その知恵の中心に被差別体験があった。
 被差別部落の出身だった。大森さんの『六人の子どもと山村に生きる』(春秋社、1997年)の中心に部落がある。
 でも、改めて言うまでもなく、何の理由も根拠もなく(あっても困るけど)、「ヤツは部落だ」と言われ、就職も結婚も差別されるのが、部落差別。
 どの社会にも差別はある。でも、日本の場合、空気のような日常の暮らしの根っこに、意味のない(ゆえにキツイ)差別が空気のように在るんだ。部落差別は日本文化そのもの。京都も芸術的にキツイ。
 大森さんとはいちども会っていない。縁がなかった。
 ひとりの年長者の死はひとつの図書館がこの世から消えること。
 被差別体験の知恵が消えてしまうこと。
 私たちには「差別」という乗り越えるべき課題が残された。
  4月―日
 パン・ド・ラディ(左京区高野にある天然酵母パン屋、創業30余年)へ自転車で行く。晴れた日だ。青空だ。
 カンパーニュ(フランス語の「いなか」)を買う。
 このいなかパンを30年来、私は食べている。
 店主の藤井聡さんを信頼しているのである。
 その信頼感が生み出したのか。
 おもしろいことがあった。
 「辺野古は負けない」と藤井さんが墨書して、店頭に張り出した。
 不思議なことに、(あとで聞くと)同時期に、私も「辺野古は負けない」となんと墨書し、張ったのである。
 なんておもしろいことか。
 「辺野古は勝つ」とかではなく、「負けない」にしたのも、同じなんだ。
 ふしぎや。いなかパンを30年間食べると(?)、こんなことがあるんだ。アハハ。
  4月―日
 妙に小寒い。風が冷たい。冬に戻ったよう。空はねずみ色。
 この日、友人のもうひとりのMさんに薦められ、『愛国と信仰の構造』(中島岳志と島薗進の対談、集英社新書)を読了。他流試合のつもりで、読んでみた。
 本書の中で、親鸞主義というのがキーワードだった。
 「自力を捨てろ、絶対他力だ」と確かに親鸞は言った。阿弥陀の本願力との関係においては、そうだ。
 でも、それ以外の人生の場面で「自力を捨てろ」と考えたとしたら、どうなのか。何かに服従支配されていってしまうのが見えてこないか。実際、親鸞主義は天皇全体主義につながった。
 それでは、原理主義。親鸞原理主義だ。ドレイ精神が生まれる。
 臨済流に、もう一回言おう。「親鸞に会ったら、親鸞を殺せ」なんだ。盲従してはいけない。読み込んだ後に、破らないといけない。
 宗教は魔物。宗教を求めすぎると、つまり宗教主義に陥ると、宗教で迷うんだ。宗教に狂ってしまうんだ。
 宗教は手立てだ。道具だ。手立て、道具が大切なのではない。
 生きるということが大切なんだ。生々と生きることこそが重要。それが人生の目的。
 「ボランティア活動は自力だから、やめろ」というようなひとが浄土真宗にはいまもいる。親鸞主義に迷ってはいけない。親鸞が泣く。
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 08:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
おにごっこ――ホームスクール編
 「どんなスクールなの?」「何をどう教えるの?」「進学できるんですか?」と聞かれる。よく質問される。
 これから少しずつ答えてゆきたい。
 これから論楽社のホームスクールの小風景をときどき書く。
 ただし、プライヴァシーがあるので、書けないことは書かない。といっても、フィクションを書くわけにはいかない。私の心に落として、私の思いを伝えてゆきたいと思う。

 4月だ。新学期。
 新大学1年生Aさんと新小学6年生Bさんが文机(ふみづくえ〉を並べてともに学んでいる。
 Bさんは「おにごっこ」が好き。
 初対面のとき、私は「何が好き?」と必ず聞くようにしている。Bさんはゲームでもテレビでもなく、ニコニコと笑って「おにごっこ」と答えた。そして、目を輝かし、ルールとかを説明するのである。
 実にいい。
 直観が働く。そのBさん、日本語をやることにした。
 国語じゃなくて、日本語だ。
 母語の日本語の豊かさを学ぼう。
 「ことばは体の中から湧いてくる」というのを実践しようとするわけ。「心の奥深く隠れていることば」と遊ぶのである。「まず最初に学ぶ楽しさ、沁み込んでいけ」という思いだ。

 きっときってかってきて

 きっときってかってはってきて

 くついくつつくる くついいつつくる

 ヨコのAさんも加わりたそうにしている。
 高校の3年間通ってくれ、ほんとうに新大学1年生になってもまだ来てくれるAさん。
 信じられない。
 いま、ある言語学者のエッセイを読んでもらっている。
 そのAさんも入って、Bさんといっしょに「うんとびっくしたときの あ」「何かを見つけたときの あ」「あくびの あ」「がっかりしたときの あ」とかやりはじめる。おもしろい。言葉は体の内奥から湧いてくるのである。
 7つの年の差を越えて、学びあう。これからも、ときどき書くね(つづく)。
| 虫賀宗博 | ホームスクール | 23:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第200回)春のほほえみ(その2)
 春のほほえみ(その2)だ。その続きである。
 新芽が次々と出て、新葉を続々と開いている。その勢いがスゴイ。
 庭の草木ではウメ(梅)がいちばんスゴイ。空を覆うかのように緑葉を出し、小さい実をすでに付けている。
 造化の妙。そのほほえみ。その笑い。「生きよ、生きよ、生きるんだ」とほほえみかけられている。
   4月―日
 アオバズク(フクロウの小さい種〉が初鳴き。
 いつもの隣家(大家さん)の300年のケヤキの森のほうからではない。逆向きの小倉山(室町時代に山城があった)のスギの林のほうから聞こえる。
 行ってみる。
 「ホー、ホー」と2回鳴き、しばらく間を置いて、また「ホー、ホー」。それを繰り返している。
 鳥類は古い記憶を秘める。そのためか、信じられない長距離を移動する。渡る。
 このアオバズクもきっとタイ、ビルマ、インドネシアとかの、遠い熱帯雨林から渡ってきているんだ(下鴨神社のフクロウがマレーシアの森から渡ってきているという、調査あり)。
 アオバズクの春がことしもやってきたんだ。
 初鳴きの日。私にとっては元日のよう。新春だ。うれしい。
   4月―日
 友人が泊まりに来てくれる。雨だ。土間が少し冷え込む。石油スーブをまだ点ける。
 4月なのに、燗酒。ぬる燗にて、いただく。
 その友人、ふだんは車。「泊まる」と思えば、飲めるんだ。この安心感がいいねえ。うれしい。
 その夜の対話。「そのひとの全体を知って、まるごとの愛していかないと……」と話になる。
 「『そのひとの右足、左手、右耳、前髪しか好きではない』って、やっぱり、ありえない」。
 好きであるということは、「好きでない左足、右手、左耳、後髪も好きになってしまう」ということ。それが「ひとを愛することなんだ」。
 部分でのつきあいのひととは、結局のところ、別離しかない。
 いまはつらいけど、別れるべくして、別れるのだ。
 「別れ、乗り越え、生きていって、よかった」。
 そう、必ず、思えるときが来る。ちゃんと来る。
   4月―日
 若夏(ウリズン)のような日。ある用事でMさん、電気自動車でやって来る。
 Mさんは年はひと回り上。論楽社の講座、月例会へは、いちども参加ははない。30年のつきあいなのに。
 でも、ふしぎなことに(ふしぎでもないか)、気が合う。野人なんだ。ひとの全体を見てしまうひとだ。右目や左肩というような部分しか見ないようなヤワなひとではないからだ。
 Mさん、学生革命運動を体験している。ずっと運動のことを体に保っている。
 仲間のSさんが末期ガン。北白川のバプテスト病院のホスピスに入っている――。
 D事件にSさんは連座している。私の中学生のときだ。「武力闘争なんか、やるんだ」と思って、地図帳でDを探したことを覚えている。
 Sさんに私は鍼灸師のセンセとして出会っている。紹介してくれたのが、Mさん。私はひとり暮らしを始めるまで腰痛で悩んでいた(13年前にひとり暮らしを始め、ピタッと腰痛が消えた、おもしろい)。
 4000円の基本料金で、ふつうは50分だが、1時間半や1時間40分も2時間も、ていねいにやさしく治療してくれるのである。たびたび通った。
 後になってMさんからD事件のことを聞いた。
 びっくりした。「過激派武力闘争」の闘士が「こんなにもやさしいひと」とは。現実と報道のすさまじいギャップ。いかに劣悪な報道に接してきたことか。
 きっとやさしすぎて、「イヤだ」と言えないようなタイプだったかもと思うほどに、心やさしいSさん。
 もう、13年間、Sさんには会っていない。
 「面会は謝絶」とMさん。代わりに、お別れのハガキ、書く。
(4月28日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ひとりひとりから――4月例会へ、ようこそようこそ
 4月例会は29日(金、祝日)。第8回目の「感話」。
 「感話」は「いまここで感じていることを言葉にしてみる」という試み(感話について、もうすでに何度も書いたので、これ以上は繰り返さないね。今度は別の視点から説明してみたいな)。
 「感話」の例会は私自身も話の流れ、ストーリーが読めない。やってみないとわからない。その話者の人柄の香りを私は知っているので、推測は立つけれども、具体的には全く予想がつかない。
 予定が立たない話を企画し、参加を呼びかけていることから、たいした度胸とも言える。そんな集いへ行くとまどいもあるだろう。「そんなヒマじゃないよ」となるかもしれない。論楽社の35年の歩みを全体として見ていただいて、新しい、全く読めない時をともに味わってもいいと思われるひと、「こんなひとがいるんだ」と味わいたいひと、ぜひぜひ参加してほしい。
 もともと論楽社の講座や例会において、政治主義や宗教主義の匂いを除去している。政治や宗教の問題に立ち向かうときでも、参加者を束(たば)ねて、まとめたりすることをしたことはない。そんなこと、とんでもない。縁あって集ったとしても、それはみんなで考えるためで、その集いが終われば、解散するのがいい。ひとりひとりがひとりひとりで判断し、行動すればよいのである。「むすんでひらく、ひらいてむすぶ」である。
 現内閣は「ひとにやさしく」というポーズすらもとらない。民衆の物質的、精神的な富も平気で売り飛ばす。9条という富だって、踏み砕こうとしている。いわば、戦後最大の危機であると思う。
 そういういまですら、政治主義をとらない。こういういまだからこそ、「みんなで考え、ひとりで行動する」という原則を維持する。宗教主義もとらない。
 すべてが「面々(めんめん)の御(おん)はからひなり」(歎異抄2条)。
 そういう論楽社でありたい。ひとりひとりの力は無尽蔵なんだ――。
 行く春や、新しい時、見ませんか、だ――。
 その時は、透明に輝いている――。
 4月29日(金)、来てほしい。

     2016年4月例会
 4月29日(金、祝日)午後2時〜4時半。
 論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
 感話(8回目)――いまここで何を感じているのか?
  荒井康裕さん(いつも「憲法実現」「戦争アカン」と手書き文字のボードを持って、ひとりで現場に立っているので、さあて……〉
  小笠原信夫さん(ひとりで脱原発デモを始める、辺野古の座り込みに行ってきたので、さて……)
  杉本泉さん(鍼灸師になる、このたび水俣と祝島を旅してきたので、さて……)
 深谷純一さん(高校教師を経て、現況への危機感溢れる『カキナーレ通信』を10号までひとりで出したので、さて……)
               アイウエオ順
 参加費1000円。
 要・申し込み(論楽社といえども私宅でもありますので、必ず事前に連絡ください)
 交流会5時〜7時(参加自由、自由カンパ制)。


 5月例会は5月29日(日)。9回目の「感話」。三室勇さん、ほか。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 19:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第199回)春のほほえみ
 造化(ぞうげ)の妙だ。春のほほえみである。小さい花、小さな新芽・新緑が次々と開いている。まるで奇跡のように、手品のように、小さなありふれた光景が広がり深まっていく。
 きっとこういう光景にこそ、取りかえようのない人生の本質があるんだな。たとえその光景がいまここの地震によって消されてしまったとしても、そのほほえみのあたたかさは残っていく。
 4月の前半(たとえば)、小さな奇跡が刻印されていく。春の小さなほほえみの日々――。
  4月―日
 円城順子展へ行く。
 自動車の廃品(部品、針金など)を使った、ひとつのオブジェ展だ。
 捨てられたモノに、ほほえむ作品だ。
 車の部品、いまはプラスティック素材が使われているんだそうだ。以前は鉄、鋼だった(と円城さんに聞く)。
 それが朽ちてゆく。錆、さび、サビ。赤茶色の濃淡のおもしろさ。まるで秋の落葉のいちまいいちまいの違いを楽しむかのような、錆のおもしろさ。
 ゴミしか「生産」できない現代経済(藤田省三)。
 ワシらは鉄を地球から分離精製するだけ(これを鉄鋼の「生産」と言いはっている)。鉄は分離したとたん、酸化が始まる。劣化が始まる。すべてがゴミへ。
 酸化した鉄を地球へ戻す技術(これがあれば、ホントにリサイクル)をワシらは持っていない。ゆえに、ゴミしか「生産」できない。
 円城さんがやろうとしていることは、鉄錆にほほえむことなんだ。
 ワシらにできることは、きっと、これしかないだろう。
 おもしろい。ありがとう。
  4月―日
 島根の奥出雲牧場の成瀬さん、突然、「こんにちは」。びっくりうれしの来訪。
 酵母の話に終始。
 天然酵母パンに、甘酒、日本酒、ビール。ヨーグルト、ブドウ酒、納豆。そして、アトピーにアレルギー。
 成瀬さん、実に詳しい。
 ある意味で、どうもワシらの体、胃内細菌、腸内細菌が主人公。
 それらのすこやかな働きに従いながら生きてゆくことが大切。
 成瀬さんからいくつかのアイディアをいただき、実践していくことに。
 牛飼いの成瀬さん、すばらしく日焼けした表情と大きな手がいいな。
 ありがたい再会だった。
  4月―日
 望月逸子さんの詩集『分かれ道』(コールサック社、2016年4月)が届く。

  風を食べ
  太陽を吸い込むために
  新しいホモ・サピエンスとして生まれ変わるために
           ――祈り

 餌を撒かれて種を裏切るのは
 おそらくヒトだけだ
 箱舟が出て行く
 その最後の音のために それまでの全くの音があったと解る
 響きをのせて
           ――音の葉
 ウソを真実であるかのようにワシらは話すことができる。イツワリを真実であるかのように聞くこともできる。
 もうすでに、そういう能力はあることは証明できたではないか。
 もう、いい。
 いま、必要なことは、その気になれば、ワシたは真実を話すことができるんだということ。
 真実を聞くことができるということ。
 そういう能力があるんだと思うこと。
 『分かれ道』は「そういう力があるんだ」と言っている。濁流と劫火に挟まれた細い白道(びゃくどう)の上に立って。
(4月21日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 07:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第198回)夢
 春眠である。
 こんな夢を見た。夢の前半はこうだ。
 「ある日の午後、北朝鮮の日本(東)海の町から小さくて細いロケットがスルスルッと打ち上げられた。それぞれが長さ2メートルの竹槍のようだ。ドローンのように低空を飛んでくる。ヒラヒラと飛んできて、福井の若狭の原発へ、次々と着弾しているんだ。高浜、大飯、美浜、敦賀の原発にうまいこと命中している。それぞれの建屋がふっ飛び、福島第一の3号炉のように次から次へと爆発している。」
 夢の後半は、悲惨。琵琶湖がダメになり、しだいに名古屋から神戸にかけての地域が壊滅していった――。
 「最小の経費、最短の距離で、最大の効果、見事な攻撃」と東京のTV局がコメントを出しているのを見て、私が怒っているところで目が覚めたんだ――。
 うーん。
 ちょっとショックな夢だった。
 ショックで、しばし茫然。ただし1分間だけだけど。
 夢は私の中ですべて生成される。私の中の「北朝鮮」が竹槍のようなロケットを打ち上げる。私の中の「高浜原発」が爆発している。そして、私の中の「TV局」がコメントをしている。すべてが私の中において生成された、私の一部分なのである。
 私の中の「原発」、「竹槍ロケット」などの怒りの存在にもびっくり。
 「ドローン」までが私の中に生存していたのである。
 おもしろい。何て言えばいいのか。何を伝えればよいか。
 まとめなきゃ。次の3点だあ。
 その1。原発、軍事基地こそ、狙われるということ。政府が川内原発への想定訓練をしていないことはわかった(山本太郎『みんなが聞きたい 安倍総理への質問』集英社インターナショナルP.33を見てね)。まずは原発を廃炉にし、棺のような原発神社にしていってほしい。軍事基地もまずは米軍基地を捨てていってほしいな。
 その2。日本には友国が近隣にひとつもないこと。ワシらは難民にもなれないということ。朝鮮半島の韓国と北朝鮮(この国とは国交もまだ回復していないんだ)、中国と台湾、そしてロシア。それぞれが友国ではない。「日本だったら、助けたい」決してと思わない。そういう外交努力を日本はひとつもして来なかったのである。
 もしも大地震が再び勃発して福井の原発が爆発して東海・近畿・北陸地方がダメになったとしても、難民として海を渡って近隣国へは行く選択肢は、ないのである。
 オフショア・バランシング(offshore balancing)って、知ってる?
 沖合(オフショア)の海の向うにAという強国があるとする。その同じ海の向うのBというもうひとつの強国もある。自らの海のこちら側の大国Cにとって、AにもBにも互いに支援を与え、互いの緊張を高めていったほうがより安全を確保できるという考え方。
 Cが米国。Bが日本。Aが中国・台湾だと「尖閣」、韓国だと「竹島」、ロシアだと「北方四島」があり、それぞれ米国が奇妙な動きを沖合のこちら側でしてクサビを打ち込んでいる。「尖閣」だと魚釣島のヨコの久場島と大正島を米軍が射撃訓練場として使用しているのに、米国は「中立」として逃げた。「竹島」だと、韓国がサンフランシスコ講和条約会議への参加を米国の戦略によって拒否されたことが大きかった。「北方四島」だったら、歯舞に色丹の返還で日本が手を打とうとしていたのに、「南千島」を米国がくっつけさせ、日露両政府が絶対に飲めないように「北方四島」としてしまっている。
 AとBがケンカすること、対立することがCの安定を生むのである。そういう米国の戦略のワナにかかっている。ウソに振り回されている。
 もともとは日本の植民地処理の問題だ。日本が主体的にちゃんと責任をとっていけば、何歩も前へ展開していける問題だ。日本の責任は大きい。熱戦と冷戦を経て、いまだに東北アジアは冷戦の枠組みを保ったままだ。「北朝鮮」の問題も、この枠の中で生まれている。朝鮮民族の統一に日本人が手を貸そうという話もまずない。東アジアは対立だらけ。結果的に米国の思うツボにはまっている。
 その3。ワシらは多くのウソを真実のように話している。けれども、その気になれば、真実を語ることができる。真実を語ることができるんだ。そう気づこう。真実を語らない社会や国家はいつか滅びるのだから、もう、夢からさめて真実をこれから語っていこう。

 そう、思った。
(4月14日)
| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 18:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
奪われてしまっている言葉を取り戻す――ゆみっぺさんの3月例会レポート
 3月20日(日、春分の日)、Kさん(ゆみっぺさん)の3月例会。
 Kさん、仕事の都合上、氏名公開しない。それもいい。
 主題は「京都にも沖縄にも基地なんていらない」。
 京都の奥丹後半島の経ヶ岬の過疎地。そこに米軍のレーダー基地がいきなり生まれることになる。2013年のこと。近畿地方で初めての米軍基地である。
 日本は米国・米軍から指示要求のあった土地は提供しなかればならない。米軍は自由な条件で自由な期間だけ、日本の土地を使用することができる。そういう密約がちゃんとあり、米軍の命令で京丹後市丹後町宇川の土地が提供させられたのである。
 こういう「日本が植民地である」という厳しい現実が政治家・役人たちの努力によって、すっかり覆い隠されてしまっている。
 北朝鮮は北朝鮮の国家意思によってときどきロケットを打ち上げている。そのロケットを「ミサイルだ」と日本は言って、「だからレーダー基地が必要なんです」という意見形成をつくっていっている。
 実際のところ日米両政府にとって、「北朝鮮さまさま」なんだ。この20年、北朝鮮のおかげで、どれだけどれほど日米は軍拡したことか。
 3月20日、ゆみっぺさんは「奪われている空間、身体、言葉」と言っていた(写真1、いつものように斉村康広さん、感謝です。ありがとう。ありがとー)。
 これは切実だ。きわめて重要だ。
 とにかく「人が集まること、言葉をかわすこと、音を奏でること、『いやなことはいや』と言うことから始めること」。
 「政治を取り戻すこと」なんだ。
 どうするか。
 「不安なきもち、こわいきもち、おいしいものを食べてうれしいきもち、すてきなひとたちに出会ってうれしいきもち……なんかを、素直にみんなで出し合うこと」。
 「声を出してみることの豊かさ」を自覚すること、なんだ――。
 とってもいい言葉だ。落ちつくね。声を肉体を日本語を、取り返そう。
 空が空であること。
 海が海であること。
 川が川であること。
 畑が畑であること。
 それぞれが切実ではないか。
 たとえば、東京、神奈川、埼玉、群馬の空は米軍にいまは捕えられてしまっている。米軍横田基地の管制権が設定され、日本の旅客機が入ることができない。日本の首都近辺なのに、米軍の支配下に置かれているのである。そんな独立国、他にあるのか。
 撃ち落とされないように、伊豆半島や房総半島を経由して、羽田や成田へ、いまでも向かわねばならないのである。
 たとえば、奥丹後半島の宇川では米軍(米軍属)が交通事故をおこしても、日米地位協定があって、米兵が守られる。日本の警察も「知らない」と逃げてしまうのである(写真2、3、4)。
 これらのことに、まず「奪われてしまっている言葉」を取り戻し、「しかたながない」とあきらめていることを放ち捨てて、取り組んでいくことをなんだと改めて思った。
 私も心の中で「しかたないやんか」と思っていたのかもしれない。ゆみっぺさんと話していて、もう二度と「しかたがないと思わんとこ」と決意した。ありがとう。
 宇川に通って、田んぼづくりをして、交流をし、現場に变化(へんげ)させているゆみっぺさんである(写真5、6)。ありがとう。出会えて、よかった。
 辺野古も負けないし、宇川も負けないんだ。
 生々とした言葉を内部に取り戻し、「いやなものはイヤ」と言っていこう。まず「イヤだ」と声に出してみよう。
 ゆみっぺさん、力強い光と知恵をありがとう。とてもありがたかったです。
 4月は、4月29日(金、祝)。感話(かんわ)である。では、また――。

1
写真1

2
写真2

3
写真3

4
写真4

5
写真5

6
写真6
 
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< May 2016 >>

このページの先頭へ