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連載コラム「いまここを生きる」(第329回)3億年を生きのびたすぎなのように

 画家の甲斐(かい)信枝(のぶえ)さんがいまとっても気になっている。会いたいひとだ。
 甲斐さん、30冊を超える絵本を公刊しているベテランの絵かき。
 たとえ小さな図書館でも『雑草のくらし――あき地の5年間』(福音館書店)とか1冊は甲斐さんの絵本があるかもしれないので、あるいは甲斐さんの植物や小動物のリアルな写生記録絵本を手にしたことがあるかもしれない。ないかもしれないけど。
 いま私が手にし、味わった甲斐さんの絵本はまだ12冊しかない。もう少し読みたいな。
 ところが、この間、甲斐さんの初めてのエッセイ集『小さな生きものたちの不思議なくらし』(福音館書店、以下本書とする)を本屋で見つけた。すぐに購入し読了。いままでの2つの疑問が解けていった。
 まずは、小さい疑問。『きゃべつばたけのいちにち』(福音館の「かがくのとも」1976年5月号、後に絵本)を読んで以来、「甲斐さんは岩倉に住んでいるのか」とずっと思ってきたこと。
 『キャベツ……』の山あいの村の風景が「岩倉だあ」と直観したのであった。理由は「比叡山の存在、その形」。岩倉から比叡山が真横になる。キャベツ畑から望む山は、きっと比叡山で、それも真横から、なんだ。それが私の仮説。
 「洛北、木野の小さな山すそにあるきゃべつ畑」(本書P.76)とズバリある。西岩倉の木野なんだ。
 本書には「比叡山の麓の畑」と繰り返し、登場。『あしながばち』『こがねぐも』(ともに福音館)という名作が生まれていったのも、岩倉盆地のどこかの畑が舞台。私の散歩道ではないけど、私の現住所のすぐ近くで「甲斐いのち絵本」が生まれていったのは、妙にうれしいと思った(現在は、甲斐さん、右京区嵯峨野に在住だ)。全くの、個人的な喜びだ。
 次は、大きな疑問。「甲斐いのち絵本」の中心に位置する問いかけ。
「甲斐さんは植物の小さいいのち、小動物の小さいいのちによって救われ、助けられ、育てられているのではないか」という思いだ。仮説だ。
 さっきの『きゃべつばだけのいちにち』でも朝昼夕以外に夜中も夜明けまで、キャベツ畑を懐中電燈の光を頼りに観察デッサンをしている。とてつもなく、熱心。あるいは変人。深ーい愛情に執着を越える志欲だ。私にはわかるけど。
 『ちょうちょ はやくこないかな』(福音館)では、オオイヌノフグリについて、こんな大発見を、甲斐さん、やっている。
 「昼間は一本のめしべを真ん中に左右に離れて立っている二本のおしべが日暮れと共にそろりそろりとめしべに寄っていき、しまいに自分のおしべをめしべの先にくっつけてしまうのです」(本書P.100)。
 オオイヌノフグリのような小さい花には虫がなかなか来ない。一日中待っても虫が訪れないとき、自らが動いて受粉するのだ。びっくり。
 植物は動く。植物は種(しゅ)を残すことに全エネルギーを費やす。猛烈な執着。動かない植物が動くのだ。
 甲斐さんはたんぽぽ、竹、彼岸花、稲にスミレ、なずな、おおばこ、ほとけのざ……といったごく身近な植物に接近し、自他不二の思いで見つけている。
 「すぎなは(略)土手や野原の、石ころだらけの荒々しい土の中を這い回りながら生きる、力強い生命力と、あっさり自分の身を切って繁殖に繋いでしまう。しぶとい生命力はさすが三億年を生きぬただけのことはあると思ったことです」(本書P.39)。
 甲斐さん、どんな人生だったのか。私は知らない。筆者紹介の「1930年、広島県生まれ」と絵本の数々を知っているのみ。
 甲斐さんはただただ地面の小さな植物を観察するのみ。誰もが為しうることによって、「生きよ、生きろ、生きつづけるんだ、へたばるな」というメッセージを甲斐さんだけが格別に受けたことは間違いない。甲斐さんはどこかシャーマン。小さいいのちを見つめることによって、自らの内部に水――そう、いのち水のような何かあったかいもの――を少しずつ保ち、深めていったんだ。きっとね。助けられた。そう思わざるを得ない本書だ。

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第238回)憎むことのできないひとを殺さなくてもいいように

 年賀状を今年もいただいている。
 私がいちまいも出していないにもかかわらず、だ。
 ふだん手紙を少しずつせいいっぱい出しているので、とても賀状まで出せないでいる。
 そのうちのいちまいを引用させていただく。
 心に残るものであった。
 沖縄のノグチゲラの右に「空の鳥、野の花を見なさい」と印刷され、そして手書きで「メビウスの輪、クラインの壺のように人生と世界はつながっているようです」とある。
 岐阜県のIさんからのものだ。
 相互依存的連係生起(dependent co-arising)。
 生の中に死があり、死の中に生がある。善の中に悪があり、悪の中に善がある。
 ひとの一生は行路と思っていたら、実は帰路だったりするのである。
 I さんと全く同感。「I さんと話したいなあ」と思う。
 2017年、せめても世界があたたかく感じられますように――。
 深い直感をもって、いちにち一日を大切に生きてゆけますように――。
 改めて、もういちど、「新しい年の、新しいひとときの恵みを喜びとします」と声に出してみる。
 「小さくされてある」ひと、ものを私の中に認め、そこに花があることを知り、励ましを受け、ほほえんで生きてゆきたいと思う。
さて、2017年はどんな年を刻むのだろうか。
 現首相は昨秋TPP(とんでもないパートナーシップ協定、米国が「やらない」と言ってもなお承認してしまうって、一体何!?)、年金制度、カジノ(賭博)を強行採決した。絶対多数派を与党は持っているのに、なお不思議なことに強行採決するのである。余裕のポーズ(これが政治家には必要だったのに)すらない。
 経済成長戦略としての原発再稼働・輸出。同じく成長戦略としての兵器武器輸出。そうして、きっと同じく経済成長としての戦争だ。局地的に、継続的に戦争を起こし――起こすのは米国で、日本は駆けつけ警護へ行く――、経済成長させていくつもりなのだろう。
 これらはすべて財界、米国の指示命令に基いて動いていること、間違いない。きっと「民主主義なんてお払い箱にしろ」と言われているんだろう。
 TVも新聞の報道も、批判することなく、まるでひとごとのように(たとえば、NHK――日本ひとごと放送協会――の夜9時の男と女のキャスターを見よ)、処理している。
 ほんとにコレでいいんだろうか。
 宮沢賢治の「烏(からす)の北斗七星」の星への祈りの言葉を思い起こすだけで十分だ。
 「どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように。そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません。」
 いま、「ヤツは敵だ、敵は潰せ、殺せ」という連中が次々と跋扈(ばっこ)している。こういう連中は「憎むことのできない敵」を「憎む」ことに長(た)けている。喜怒哀楽のさまざまな感情のうち、憎だけに特化し処理する能力に長けているんだ。きっとね。
 不安だけど、不安の気持ちに振り回されていはいけない。きっと、人生、メビウスの輪のように、クラインの壺のように、めくるめくし、めぐりあうのである。きっと、一寸先は光なのだ。私自身が試されているのである。
(1月12日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 21:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
善知識を探せ――12月例会ホームコンサート報告

 2017年の新しい年が始まる。ことしもどうぞよろしくお願いします。
 楢木祐司さんの尽力によって、ことしも発信します。読んでください。

 

 2015年11月の本田哲郎さん以来、「講座」を開いていない。ひとつのピークを迎えてしまったからだ。
 けれども、再び開きたいと思っている。ひとつのピークにたしかに登っても、もっと高いピークが見えてきたからだ。登っていこう――。

 

 昨年末12月25日(日)の鈴木君代さん(僧侶+歌手)のホームコンサート「私は私でよかったんだ」を開いた。
 そのレポートを少し、書くことにする。
 鈴木さん、深くなっていると思った。
 生きることの悩みも深くなっているからこそ、話のひとこと、ひとことが深いのかもしれない。
 君代さんの「善知識」(仏教において、導き手の先生のこと、親鸞にとっての法然のような存在)の和田稠(しげし)さんの言葉を借りながらも、状況に切り込んでいった。君代さん、ジャーナリストのところもあり、だ。
 たとえば、死刑。
 オウム真理教事件を起こしたひとりに面接し、交流を重ねていることを告白。
 「そのひとりのひとが犯した罪は、たとえそのひとを絞首刑(死刑)にしたところで償いようがない」と君代さんは言う。
そのとおりだ。
 ひとりのいのちを傷つけ、あやめることが何たるかを体の芯で気づくときまで――たとえ何年かかったとしても――、ワシらは待たねばならないと思う。
 加害者の犯人を死刑にしたところで、被害者のヨコに加害者の死体をころがすだけ。殺人を重ねるだけ。報復にもならない。復讐にもならない。そう思い込みたいだけで、実体実相は報復でも復讐でもない。単なる殺人。刑法の殺人罪が適用されない殺しが行なわれるだけの話。
 死刑は戦争と全く同じ。
 たださえ業縁の深いワシらが合法的な殺人を犯し、返り血をあびたとしても、ますます苦悩を深めるだけのこと。何の解決にもならない。
 オウム事件の全貌はいまだに不明。主犯格の教祖が神経錯乱に陥っている(らしい)。一体全体どうするんだろうか。
 オウム事件で、ひとつだけ明示されていることがある。
 宗教における〈奇跡〉――私は〈奇跡〉なんかないと思っているけども――のような励ましにプラスもあれば、マイナスもあるということである。「病気がなおった」という突出したプラスもあれば、暗黒悪徳への道がぽっかり開く――というとんでもないマイナスが宗教にはあるということだ。邪教であろうがなかろうが、関係ない。宗教一般にはプラスもあれば、マイナスもあるという冷徹な事実のことだ。このこと、決して忘れてはいけない。
 入口が宗教としても、出口はひとびとが互いに大切にされること。生々と生きられること。
 だからこそ、ひとはひとに出会わなければならない。「善知識」に出会わなければならない。探さなければならない。「このひとだ」と体が直観するにちがいない。
 君代さんが言っていたように、オウム事件のひとは「出会うべきひとを間違えたのだ」。出会ってはいけないひとに出会っているのだ――。
 ま、死刑については、以上。
 あと、「ひとが死んだ日を亡日とは言わない、命日と言う、いのちの大切な日」とか、「戦争は人間が人間でなくなるから、ダメ」とか、「『視線を感じる』と思って、振り返ると、鶴見俊輔さんの目があった(論楽社に松本剛一さんが撮ってくれた「講座」のときの鶴見さんの写真がある)」とか、おもしろいことをいっぱい話してくれたね。
 ありがとう。ありがとー。感謝だ。ホントに感謝、感謝、感謝。
 その日の君代さんの10枚の写真を最後に。
 「歌姫十態」だ(斉村康広さん、ありがとうございます)――。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第237回)この世に在ること

 2017年の新しい年の、新しい1日が始まったね。
 まずは、家の2階で、新しい光に手を合わせる。
 そうして、岩倉川の奥の奥、源流の小さな湧き水の所へ向かってゆっくりと歩き出す。
 往復2時間。静原の手前。
 その水を明子と飲む。
 うまい。
 森が生み出してくれる恵みの水は、ちょっと甘く、うまい。
 「今年もうまいな、ありがたい」と心から思う。
 2年前につづった言葉(の後半)を思い起こす。
 いまも全く、同じ思いだ。

体にくぐらせ、体に保ち、体で感じてゆこう
真実というものは思いのほか平凡で静かで小さい
それを感じながら、ゆったりとした時をゆったりと生きぬこう
これ以上の晴朗さはない
            ――水

 一次生産者としての植物が太陽のエネルギーを過剰なまでに固定する。
 それを惜しみなく、虫や鳥、獣たちに与え、水と土と風を清め豊かにしてきているからこそ、いまのワシらが在る。
 利己的なのは人間だけで、いのちは本質的に利他的なのだ。与えて与え、与えきるのである。
 その利他性を絶えず他のいのちへ手渡すことで、すべてのいのちは互いに共存している。
 もしも植物が利己的に振る舞い、自分自身の生存に必要最低限の光合成しか行わなかったら(それはそれで植物にとっては何の問題もなかったのかもしれない)、いまのようないのちの多様性は全く生まれ得なかった。
 ワシらは存在すらしなかったかもしれない。
 この世に在ることは、とっても切ないこと。
 いまここに生かされてあることは、きわめて切ないこと。
 右であれ、左であれ、戦争や闘争を求めるひとたちは何よりも1日1日の穏やかさを恐れ、平凡きわまりない1日1日を潰そうとする。ことしも、その傾向がますます強まっていくだろう。
 だからこそ、単純で、自然で、ごくふつうの私という人間の日常を大切にして生きていきたい。
 そう願う2017年の正月だ。
 このコラムを綴りながら、心は耕し深めつづけてゆきたいと願っているけど、13年半前の当時にあったような混沌とした、私自身以上の何かを希求するような野心のようなものはほぼ消えたと思っている。「論楽社をより太くしてゆきたい」「分裂や破壊から回復再建してゆきたい」という私の希求がどこか執着のようになっていた――これはこれで自然な事業欲なんで努力工夫し、志欲に昇華していきたいのだけれど――のかもしれないとも思う。それによくよく気づいて、論楽社に立ち向かっていきたいと思う。
 モンテーニュを正月休みにもういちど再読。大切なことだ。繰り返し、引用する。
 「『彼は人生を無為にすごした』とか『今日は何もしなかった』などというではないか。とんでもないいいぐさだ。あなたは生きていたではないか。それこそが、あなたの仕事の基本であるばかりか、もっとも輝かしい仕事なのに」(エセー「経験について」)。
 生きてゆきたい。
 「私は何を知っているか」「それが人間とどうかかわるのか」という問いかけに耳を傾けつつ、歩いて、ゆっくりと生きてゆきたい。
 2017年もよろしくお願いするね。
(1月5日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 22:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第236回)アミーダ

 縁あって日本には6世紀に仏教が入ってきた。その仏教は大乗仏教だった。テーラワーダ仏教(タイ、ビルマ、スリランカの仏教)ではなかった。
 大乗仏教を考えぬいたひとたち(ナーガルジュナ、龍樹―と日本では呼ばれている―が代表格)は「私自身がとうていブッダにはなりえない」と絶望したんだと思う。
 ブッダ(目覚めたひと)になりたいけど、なれない。
 ブッダが生前言った通りの技法作法を守っても、目覚めない。
 在家(出家しないひと)たちの膨大な数の全体をどう、小さくされたひとたちを救うことができるのか。
 それらのことに絶望したのかな、ブッダそのものとは違う方法を模索したのかな、と思っている。
 私個人はブッダの苦を解いていく技法はいまでも有効であると思っているので、「ブッダへの道」「ブッダの瞑想法」を大乗派によって一方的に閉ざされたことは、「もったいない」と思っている。
 そうして、ナーガルジュナたちは「ブッダが見捨てたと思われるひとをも救うブッダ」と考察せざるを得なかったのである。
 それが、アミーダ。測量計量することができない存在。いのち。すなわち、無量寿、無辺光。
 こういう「もうひとりのブッダ」を設定し、祈らざるを得なかった。
 どんな「もうひとりのブッダ」の物語か。
 《法蔵菩薩がいる。すべてのいのち、生きとし生けるもののいのちからの一切の苦の除去消滅を願い、その願いが現実とならないうちは悟りを得ないと誓う。宇宙が生まれ、滅びるかのような遠大な時間を何回も何回も繰り返すような日々、法蔵は修行救済を行いつづけている。そうして、ついにアミーダ仏になる》。
 こんなとてつもない物語をつくったのである。その物語を無量寿経(『浄土三部経』(上)岩波文庫、以下本書とする)というお経にしたてたのである。
 おもしろいのは、この物語の時制が現在(いま)形。いまここの話。過去のいつか、という話では決してないんだ。
 しかも、法蔵の願いはアミーダ仏となって実現化しているというではないか。ということはすべてのいのちの苦はいまここで取り除かれている――ということではないか。そうすれば「私のいまここの苦しみもアミーダからの励ましとして受けとり、必ずや滅することができる」という思いが訪れるのである。そういう物語を大乗派は提示したのである。
 もう少し具体的に法蔵の願いの18番目を検討してみよう。
 漢文書き下し文で記す(本書P.157)。
 「たとい、われ仏となるをえんとき、十方の衆生、至心に信楽(しんぎょう)して、わが国に生れんと欲して、乃至(ないし)十念せん。もし、生れずんば、正覚を取らじ。ただし、五逆(ごぎゃく)と正法を誹謗するものを除かん。」(「わが国」は浄土、「十念」は念仏すること、「正覚」は悟り)
 親鸞は「五逆誹謗正法」を除く――という表現にこだわった。『教行信証』(岩波文庫)は「五逆極悪人こそ、『もうひとりのブッダ』によって救済される」ということを立証するために書かれたと思う。
 五逆とは、仝琉佞防磴鮖Δ后↓∧譴鮖Δ后↓聖者を殺す、なの身体を損傷させる、ゥ汽鵐を破壊すること。
 この 銑イ蓮◆峪篌身がこの世に来て、出会い、育くみを無条件に与えてくれたひとを故意に壊す」ことを意味している。師匠先生を殺す、悪言をつくこととか、自らの身体いのちを殺す(自死)ことも入ると思わざるを得ない。私はそう思った。
 そう思ったとき、親鸞の問いかけが少しわかった気がする。
 親鸞は『涅槃経』をも読みとき、五逆のひとにも救済がある、と言う。執念の『教行信証』。
 その救済の可能性とは何か。五逆のひとが深く、深く悔悟する。そう導いてくれる、優れた「善知識」(仏教では具体的な先生に付いて教えをいただく、その先生のこと)を見つけ出すことなんだ、と親鸞は言う。慚愧(ざんき)の念仏がうまれるのだ。
 この親鸞の地平に立てば、決して許すことができないことを許すという可能性が見えてくる。不可能であることが可能になりうるのである。
 アミーダ仏は、名前の声の中のみに在る。口称する声の中にいる。どこっかに外在するのではない。いまここに内在する。称名すれば、働く。声がなければ、無無無。
 しかし、その働きは五逆を犯したひとびとをも許しうるのである。親鸞は以上のように大乗仏教を深化させた。ただし、その後「親鸞ぼこり」が生まれていったのであった。
 私はいまも無教会派の仏教徒である。その思いがますます深まる。
(12月29日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 17:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
私は私でよかったんだ――鈴木君代さんのホームコンサートへ、ようこそ、ようこそ(その2)

 1か月、たった。
 その1で書いてから、アッという間に1か月がたってしまった。ごめんね。
 その間、他のことを考えながらも、親鸞(1173〜1262)のことをつねに考えていたのではないかと思っている。
 『教行信証』(岩波文庫)がなぜ書かれたのか――ということなんだな。
 《父殺しをしたひとにも救いはあるのか。許しはもたらされるのか。》
 この問いに、親鸞は『教行信証』において集中している。
 阿闍世(アジャセ)という王子の話だ。父王を殺し、その父王を助けようとした母にも迫害を加えた。そういう阿闍世に救いはあるのか。ないのか。
 結論から言うと、「救いはある」と親鸞は言う。深く、深く自ら悔悟すること。「善知識」(「先生」と呼べるひとのことを仏教では、こう言う)を見つけ出し、祈りつづけることだ、と言うのだ。
 阿弥陀仏。アミーダ(アは否定の接頭辞、ミーダはメートルと同じ語源の「測る」、つまり「測ることのできない」)と声を出さざるをえないときの声の中にある仏。ブッダ(目覚めたひと)も見捨てざるをえないひとをも見捨てないブッダ。現実のブッダを包み込む、もうひとりのブッダ。そんな架空のブッダすら想定せざるをえない人間の罪業――。
 そんなことを考えながら、鈴木君代さんを迎える。
 2016年のしめ。「どんな年だっただろうか」、そして、「2017年はどうしていきたいのか」を思いながら、ホームコンサートを聞く。
 さあ、ようこそ、ようこそ。2016年もありがとう。ありがとう。ありがとー。

    2016年12月例会
12月25日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
鈴木君代さん(浄土真宗僧侶+歌手)のホームコンサート「私は私でよかったんだ」。
参加費1000円。要・申し込み(私宅なので)。
望年交流会5時〜7時(自由カンパ制、自由参加)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 20:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第235回)「あいつら、いずれ滅びる」

 「本が向うからやってきた」と思う。
 ふしぎな感じ。
 その感じをそのまま言葉にすると、どこか違う。ちょっと違うんだけど、まあ、そのままにして、話を進める。
 本の描き手は秋野亥左牟さん。名は「いさむ」と読む。もう、この世にいない(1935〜2011、5年前に76歳で亡くなった)。
 肩書は、画家、旅人、漁師。
 大地に身を置いて生き、自然を描いたひとである。
 インド、シベリア、カナダ、ペルー。フィンランドからモロッコまではヒッチハイクしたこともあった。車まかせ、風まかせの旅をしていた。
 そうして、沖縄で縁あって漁師を16年間やっていて、私が偶然手にした本を描いて、死んでいったのであった。
 ある本屋の、3年前のこと。その本、『神々の母に捧げる詩(うた)――続アメリカ・インディアンの詩』(福音館書店)があった。
 ほんとうに、その本が光って、見えたのだ。
 たとえば、その「鷲は歌う」だ。

何本もの日光が
おれの翼のうえに横たわり
そのいちばん先端まで
ずっと身をのばしている

 青空だ。なんとも言えぬような、天上の(ヘブンリー)、ブルー。「今日が死ぬにはもってこい」のブルー。墨色の羽の鷲がその青空に飛ぶ。そこに日光が光って、横切る。何本も、何本もの金色の細い光がまっすぐ透けて通っていくのである。こんな絵だ。
 まるでタックルが完璧にきまったときの音が響いてくるような、いっぷくの、カンペキな絵――。
 そう、思った。
 「秋野だけど、あの秋野不矩(ふく)さんの息子か」とも思って、不矩さんの年表を調べると、「次男」ということがわかる。
 不矩さんについては本コラムで何度も書いた。人物も絵も好き。あたたかく、深く包み込むひとであり、その絵も好きだ。あまりにも好きで、不矩さんが描いたインドへも行きたいと思う。
 『ムースのおおだいこ――カナダ・インディアンのおはなし』(架空社)を見つけ出し、品切れ本を探し回っていると――私はいまでも本屋、古本屋を回るという古風な発見法を実践――、「こういうのがありますよ」とある本屋の店員が持ってきてくれたのが、『イサム・オン・ザ・ロード』(梨の木舎、以下本書とする)。
 本書の2〜3割は私の意見とは違う。違うからと言って、ダメなのでは決してない。何を向いているか。どこを登ろうとしているか。哲学は方向。
 私はそう思っている。
 本書は目指すべき星座がはっきり見えている。たとえはるかかなたであろうが、方向が間違いないことが大切だ。
 「インダス河の文明というのは、最後にはインダス河を砂漠化してしまいます。あるいはナイル河畔は、もともとはあのような砂漠ではなく、おそらく巨大なジャングルだったと思うのですが、それを切り開いてエジプト文明ができて、最後にはナイル河が砂漠化してしまいます。/というように、文明というのは、世界の大河を一つひとつ、食いつぶしていったと思うのです。それは、今や瀕死のガンジス河と同じことです。」(本書P.121)
 「タオス・インディアンの老人が、『白人たちがアメリカ大陸に入植して来て500年、色々いじくり回して、この大陸を目茶苦茶にしてきたけれども、あいつら、いずれ滅びるしかないんだ(略)』ということを、自信にあふれて言っていました。」(本書P.123〜124)
 自然を支配し、収奪する文明は、もう限界だ。原発すら善――とするような「信心」は、ほんとに、もう全く限界。信じてはいけないことを信じて妄想しては自滅だ。
 アイヌ。沖縄。インディアン。その文化に学びながら、深める道が残されてあるのである。そのことを「自信にあふれて言うことの意味」をイサムさんは私たちに伝えようとしたのである。
(12月22日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 19:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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