論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを生きる」(第222回)敗北力

 9月、日の光がしだいに澄んでくる。
 音のない音楽のようだ。手に掴むことはできないけど、あざやかに感覚される光。いのちの光。
 大切な一日いちにち。その日録――。

 

   9月2日
 福岡の才津原哲弘さん、来訪。明子と初対面。
 明子に向かって、急になぜか才津原さん自らの両親のことをエネルギッシュに話し始める。おもしろい。
 ますます風格がでた才津原さんと再会でき、うれしい。
 その日の午後に、前川恒雄さんの『移動図書館ひまわり号』の復刊を祝う会が草津(滋賀県)である。そのため才津原さん、夜行バスで駆け付けた。
 その前に、結婚のお祝いに来られたのであった。
 前川さんに出会いたかったなあ。しかし、午後ずうっとホームスクールが私はあって、ムリ。残念。
 『移動図書館ひまわり号』、半世紀前の東京都日野市での、前川さんたちの図書館づくりの実践記。いち台のトラック改造の移動図書館の記録。その「ひまわり号」が戦後の図書館の歴史の出発である(虫賀宗博「自殺したくなったら、図書館に行こう」『世界』2005年8月号を参照)。
 その記録が、夏葉社というひとり出版社から復刊されたのである。
 才津原さん、その日の夜にも、再び夜行バスで福岡へ帰るという。なんというエネルギーだ。
 よく来ていただいた。ありがとう。

 

   9月―日
 永田純子さん、今年の3月に47歳で死別。亡くなる2日前の雪の日に、見舞ったことが忘れられない。
 『「がん」と旅する飛び出し坊や』(能美舎、2016年8月)という追悼集が発売された。
 「飛び出し坊や」って、滋賀や京都限定の道路看板。「坊やが飛び出しますよ」という注意を促す標識だ。
 永田さん、がんになっても、その「坊や」をシャレでフィリピンや中国へ持ち出し、コミュニケーションを深めていった。言葉が通じなくても、そのゆかいな「坊や」の魅力で対話が生きていくのである。
 12、3年のつきあいだったが、年に2、3回は論楽社に来てくれていたな。ありがとうね。インドやブータンへの旅の話、論楽社で語ってもらった。ありがとう。
 ある信念があって家庭は持たなかった。
 それゆえにさっぱりと多くの人たちと交流した。分け隔てなく、とってもやさしかった。子どもたちにもとっても慕われた。
 そうして、永田さん、なんとホントに「じゅんこ地蔵」になって、「第二栗東なかよし作業所」などに、この9月から安置された。
 すごいことだ。
 「地蔵さん」になった友人は他にいない。

 

   9月26日
 キンモクセイの香りがしはじめる。青空に鰯雲が流れる。
 横浜の友田秀子さんからのリクエストで、6月例会で私がしゃべった鶴見俊輔さんの話(「宗教家・鶴見俊輔」)を京都のあるそば屋でする。仏教のことを結果的に話をすることになる。友田さんは奈良から、この日に京都へ寄って、横浜へ帰る。
 とっても元気そうで、うれしい。
 おもしろいことに、この日、鶴見俊輔さんから『敗北力―Later Works』(Sure、2016年10月)が届く。「著者代(理)」として、横山貞子さんが送ってくださったんだろう。
 ――1904年の日露戦争まで、先人たちは勝てなくても必死に負けない日本をつくってきた。ところが、日露戦争を「勝った」と多くの日本人たちは思い込んでしまった。現実は引き分けだったのに。敗けてはいなかったけど、勝ってはいなかった。その認知障害がずうっと続いている。劣等感の裏返しで、「日本は大国、大国は勝つ」と思い誤っている。第二次大戦ですら、「米国に負けて憲法を押しつけられたけど、アジア諸国には負けていない」という幻覚、思い込みがいまだにあり、原発事故すらまるでなかったかのようにしている現在(いま)がある(以上、私のまとめ)。
 日露戦争からもう100年。米国の軍事支配(植民地)から70年。
 いつ気づくのか。いつ目覚めるのか。
(9月29日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 18:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
社会苦――9月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 「開話」において、社会苦を見つめなおす。捉えなおす。
 そんな提案を試みたいと思っている。
 苦を解くことは、はるかかなたの先のこと。解決には時間がずいぶんかかること。これ、間違いない。
 ただし、解決するのである。思い切ってこう言い切る。哲学思想は方向性。方向性を指し示すことが大切なのだ。
 苦がある。それには原因がある。それを取り除くという方法がある。そう言い切ったのは、2500年前のブッダだった。
 そのブッダの四聖諦(ししょうたい)の現代現実への翻案がある。
 スリランカのサルボダヤ(sarvodaya、すべての覚醒)という社会運動である。それをモデルとして少し借りてこよう。仏法を人生の中心に置いて、自らの心を耕し、と同時に社会のひとびとの心をも耕し、開発(かつほつ)していこうと志す運動。村々に僧たちが入っていき、対話をやりぬき、社会苦の滅苦を目指す。
 サルボダヤは、ひとつのエンゲージド・ブディズム(社会参加する仏教)。個人苦の苦悩に、戦争苦・貧困苦・戦争経済苦……といった社会(集団)苦が加わり、多重苦として、ひとりひとり襲う。
 ここにサルボダヤの運動家たちが製作した表がある。「村の目覚めへの道」となる表。
 そのうちの苦諦(くたい)と集諦(じったい)を書いてみよう。英語だ(日本語にも置き換えてみる)。
 まず「decadent village」(ここにさびれた村がある)と明示し、苦の存在を示す。
 7つの考え方が苦として示される。それぞれが矢印「→」で関連づけられる。「→」は縁起である。
 egoism(利己主義)→possession(所有)→competition(競争)→hatred(憎しみ)→harsh speech(苛酷な話〉→destructive activity(破壊的な行動)→inequality(不平等)となる。そして、最初の方へ、「→」がegoismに戻る。すべてが輪としてつながるのである。
 egoismがダメとか、possesionがダメとか、competitionがダメとか、そういう単純な話でない。egoismにしても、本来「ない」ものを「ある」と捉えるから、苦が発生する。そういうひとつひとつを対話していくのである。
 それらはすべて縁起(相互依存的連係生起)でつながっている。
 ただ、この表を「ここにさびれた日本がある」とか「ここにさびれた◯◯町がある」とかと置き換えて、その苦の存在があることを見つめるてみよう。
 その7つの苦には、それぞれの原因理由がある。「There is a case」(原因がある)として、同じように7つの原因を明示する。同じように書き出してみる。
 ignorance(無知、egoismについて、本来「ない」自我を「ある」としてしまう無知について)→poverty(貧乏、possessionについて)→destructive engagement(破壊的な契約、competitionについて)→disease(不健全、hatredについて)→oppression(抑圧、harsh speechについて)→disunity(不統一、destructive activityについて)→stagnation(停滞、inequalityについて)となっているそして、ignoranceに戻る。すべてが輪となり、多層的に危機を生んでいく。
 そして、滅諦へ。道諦へ。それぞれつながっていっているのである(それらは、また、いつか必ず書くね)。
 私は大切な話だと思う。基本の基礎のことだと思っている。
 これだけでは何のことかまだわからないと思うが、「開話」を始めるにあたって、ちょっと触れておきたかったのである。いちど書いてみたかったのである。いきなり仏法、しかも英語で、ゴメン。
 まずは、25日(日)に、ようこそ、ようこそ、だ。

  2016年9月例会
9月25日(日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
塩田敏夫さん(毎日新聞記者)、田中武さん(版画家)を囲んでの「開話――いまをどう考え、どう変えていきたいか」。
参加費1000円。
要申し込み(個人宅なので、必ずTELを)。
交流会5時〜7時(自由参加、自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 10:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第221回)森

 論楽社ホームスクール(家庭学校)での対話を書く。
 何かの拍子に、ある大学生がこんなことを口にしていた。
 「(日本の)いまの大都市がこのまま将来も続くとは思わない」。
 その子の、静かな危機感に私は驚いた。いまも驚いている。
 大都市の大量生産、大量消費、大量廃棄(たとえば、コンビニ弁当だって、その何割かはゴミになって、毎日毎日捨てられている)。このシステムは「続かない」と言うのである。多くのひとたちもそう思い、私も40年前からそう思っている。
 そのひとは高校生のときから、ホームスクールに参加してくれている。心持ちに安定感があり、穏やかなひとだ。そういうひとにも、深い危機感があるんだなと思い、その発言、心に沁みた。
 そのひととは週に1回、コツコツと数学を「ああでない、こうでない」とやってきた。しだいに水木しげるのマンガやパンダが好きなのが伝わってきた。精霊や妖精、妖怪という「小さな神々」を大切に思っていることが自然に納得できた。大学生になっても引き続き、週に1回来てくれ、「精霊のことやアメリカの先住民のことをいっしょに調べてみようか」ということになった。共同学習だ。その学び、最終的には「日本の水俣の石牟礼道子さんへ至ろう」と考えている。
 私の直観だ。「小さな神々」は、私たちの文化の前提、根底にあったものだ。その姿は、いま、見えてこない。アイヌ、沖縄の文化にはあるけども、私は詳しくない。アメリカ先住民だって、わずか7〜8冊読んだだけ。全く詳しくない。ゆえに、共同学習(初期・共同研究)。
 いまから始める。これからである。
 では、何のための学習か。改めて、自らに問うてみよう。
 《生きものとしての人間を再発見したい》という願いがあるのである。
 コレだと思う。

 

 「今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。」
  (タオス・プエブロのインディアンの語り『今日は死ぬのにもってこいの日』めるくまーる、1995年)

 

 この「生きているものすべてが呼吸を合わせている」という境地が心を打つ。この本、読んでもらった。
 一木一草一石一虫一山一川のすべてに等しくいのちが宿る。
 人間はそれらを支配する者では決してない。すべてにつながる生命系の輪の一部でしかない。
 私は頭で理解できる。でも、体で実感できていない。ときどき、ほんの短く、「つながってる!」と思えているだけかもしれない。それだけでも十分だ。
 自然保護なんてありえない。倒錯した考え方だ。自然につながり、自然によって保護される以外にないワシらである。
 ところが、ずっと森林(原生林)を切ってきた。ヨーロッパでは早くもローマ帝国時代に切られた。アメリカも原生林の95パーセントは切り倒した(インディアンも殺した)。インドも西暦800年に、中国では1000年までに伐採された。
 ブッダも老子も森林が培った思想であるかとも思う。あくまでも深い森があったころの、透徹した霊位の深い思想であると思っている。
 どうすれば、いいんだろうか。まずは、まだ殺されていない、生きている私たちは、殺されたインディアン、殺されたベトナム人、殺された沖縄人、殺された広島人……を想い浮かべることだ。そうして、自然地球の意志を信じ切ることだ。
 それが共同学習の目標か。大都市が少しずつ森に帰っても、コンクリートの基地が波ではがされても、それが地球の意志。そう心底思えるのが共同学習なんだろうね。
(9月22日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
社会苦――9月例会へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 何か、小さいことをいまから具体的に始めていこう。
 そう思っている。
 ほんに小さいことを、いまここの私から、始めていこう。
 そう考えている。
 まず9月25日(日)の論楽社9月例会から始めてみようか――。
 塩田敏夫さんに田中武さん。ゲストスピーカーをお願いした2人だ。
 塩田さんは志願して地域のいち記者に戻り、過疎地の厳しい状況に立ち向かっているひとたちに光を当てるニュースを10年間書いている。ポジティブ・ニュースだ。米軍レーダー基地ができてからも、よりいっそうポジティブなニュースを追い求めている。
 田中さんは版画家。2か月前に田中さんの版画を能登川図書館で初めて見た。どれもよかった。子ども(童子)も仏も鳥も、みんながすこやかで、あったかい。田中さん、8年前から「九つの鐘」を憲法9条を想い、きまった日に(たとえば、5月3日や6月23日、8月15日)、きまった時刻に(たとえば、朝9時、正午、夜9時とか)、9回ゆっくりと鳴らすことを提案している。
 論楽社は運動体ではない。縁あって集い、ともに考え、ともに語り、ともに悩むだけだ。「どうしていくか」には、面々のおはからい。各個人の判断である。
 つまり、「みんなで考え、ひとりで動く」のである。
 ひとりひとりが蔵しているちからは、大きい。膨大なものである。かけがえがない。――私はそう信じているので、論楽社ホームスクールに集中専念しているところがある。
 ひとりひとりの闇も深い。しかも、そのひとりひとりに社会の闇が、社会苦(集合苦)が伸(の)し掛かってきている。個人苦を越えた巨大な力が巨大な苦を生まんとしている。住んでいる。存在の根っこを切り崩されてしまっている。
 そういうときこそ、「よく広く『みんなで考え』、よく深く『ひとりで動く』」ことが大切になってきていると思う。
 9月25日に集うのは10人かもしれない。5人かもしれない。
 しかし、10人も集まるんだ。5人も集まるんだ。
 それぞれのちからに気づいて、語りあっていきたい。論楽社を始めた思いにいまいちど帰って、始めたいと思う。
 9月25日へ、ようこそ、ようこそ。

    2016年9月例会
9月25日(日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
塩田敏夫さん(毎日新聞記者)、田中武さん(版画家)を囲んでの「開話――いまをどう考え、どう変えていきたいか」。
参加費1000円。
要申し込み(個人宅なので、必ずTELを)。
交流会5時〜7時(自由参加、自由カンパ制)。

 

「開話」を今後もシリーズにしていく。「感話」と同じように。「ああ、『開話』(かいわ)はいい」と言われるまでにね(オヤジギャグ、アハハ)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 16:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第220回)山

 9月10日(土)に比良山系の釈迦(しゃか)岳へ登った。名前だけはブッダの山だ。
 高さ1063メートル。高からず、低からず。
 久しぶりの山行なので、小刻みな足の働きで、ゆっくりと3時間半かけて登った。山頂で明子の手づくり天然酵母パンを食し、ゆったりと2時間半かけて下った。午後の2時半には早くも温泉「比良とぴあ」へ浸ったのであった。
 気持ちの良い山行であった。
 その気持ちの良さを書いてみたい。ずうっと感じていたこと。改めて、その気づきを書き残していこうと思う。
 特別なことではない。メディテーションということだ。私の内にすでにあったものが、そのメディテーションによって主体となって動きはじめるということなんだ。
 登山の喜びは、その内省力にある。
 琵琶湖がどどーんと生成されたときの断層の山脈が比良山系。道も谷も急峻。ゆえに滝が多い。
 9月10日も登りで楊梅滝の雄滝40メートル、下りで神璽(しんじ)滝30メートルを見た。楊梅のほうのサラサラ広く落ちるのも、神璽のほうのカーブしながらストンと落ちるのもおもしろい。ただそのようにあるのである。
 ずっと、ずうっとメディテーションしていた。
 おもしろいのは、私の中にあるからである。
 水の動き。自由自在な動きも知っているからである。きっと、すでに知っているから。
 上りの涼峠を越えてからのカシ(ウラジロカシ)の樹林の木もれ日。釈迦岳からの下山直後のモミの樹林の鳥の多いこと(エナガ、ヤマガラ、シジュウカラ、クロツグミになんとコゲラ)。それぞれがあるがままに、そのようにあるのである。
 ずっとメディテーションしつづけている。
 いのちの多様性とひと言で言うけども、その多様性がいかに深く心を喜ばせることか。あるいは、多様性がなければ、どれだけかつまらんということだ。
 繰り返すけど、それは特別なことではない。どのひとも、ちょっと前までは(?)、森にいたのだから。ほんの少し前まで、私たちはサル(?)だったのだから。
 ちょうど30年前に、月刊誌『山と渓谷』1986年8月号に「比良山系、光と影」というエッセイを書かせてもらった(林弘文さん、ありがとう)。
 若書きの文章だ。「スポーツ感覚」「水感覚」「ブナ林感覚」と表記し、比良山系の魅力を訴えている。その「感覚」のことをいま改めて思っている。
 その「感覚」のことをあるときは「山へ帰る」と言い、いまは「私の内にすでにあったものがメディテーションによって動きはじめる」と言う。
 畢竟(ひっきょう)、同じことや。
 16歳のときから山登りを始め、いろんなことを考え感じてきたようで、畢竟は同じことに辿り着くのである。
 初秋の山頂の上は広がる青空。白い絹雲のすじが流れている。

 

     山
         虫賀宗博
 いのちの滝に向かい
 水のにおいをいま嗅いでいる
 いのちの森にたたずみ
 土のかおりをいま味わっている
  思い出よりも深く
  記憶よりも深く
  ひとを結んでいるものがある
 遠いあすが遥かなきのうになる日にも
 私はここにいる
 きっとここにいる
 山にいる
(9月15日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 20:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -

 8月28日(日)の論楽社8月例会について、すでにコラムで書いた(9月1日付「いまここを生きる」218回の「屈折率」)。
 字数の都合にて、湯浅進さん(「交流(むすび)の家」理事長)のことが、書けていない。いま短く書き残す。

 

 鶴見俊輔さんにとって、ハンセン病者のこと、「内なる、遠い声」なんだ。
 湯浅さんによると、米国時代に北条民雄の英訳を試みていた、という。そして、神谷美恵子にも米国時代に出会っている、という。
 後藤新平には弟子が2人いた。鶴見祐輔と前田多聞だ。2人はライバルで親友。その前田の娘が神谷美恵子(当時は前田美恵子)。前田多聞がニューヨークに新設される日本文化会館の館長に就任。父に連れられ、美恵子も来たのだ。
 前々から知りあっている。
 2人はひそかにハンセン病のこと、話したろう。
 きっと仲がよかったんだなあ。
 国家制度によって、切り捨てられていくひとびとの声。その声は魂の内奥から来る「内なる、遠い声」としか言いようのない。それを聞いたんだと思う。
 その声は、後に『イシ』の中に流れる声でもあったろう。
 鶴見さん、「知の巨人」「戦後を代表する知識人」とか言うけど、違う。こんなにも魂、心を大切にするひとはいなかった。
 私は詩人宗教家と思っている。
 湯浅さんは、そういう姿を伝えてくれた。ありがとう。

 

 鶴見さんは、あったかーいひとだった。
 2009年12月に鶴見さんから、あるサイン本をもらった。
 つらかったその年の暮れに、私はロウバイを持っていった。
 帰りにサインを見たら、「元気でいてください」と書いてあった。

 

 9月例会は、9月25日(日)。塩田敏夫さん+田中武さん。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第219回)仲間意識

 暑い夏がやっと終わろうとしている。
 厳しい8月だった。京都盆地は三方が山に囲まれ、暑さが籠る。日中気温が35度を超えるのが23日間も連続したと聞く。
 30年前には「35度を超える」こと自体がニュースだった。
 それがいまや37度、38度とずっと連続していくんだから、体が応(こた)える。
 私は8月生まれで、おかげで汗腺が活発。そのせいか夏はまあまあ強いと思う。古民家に網戸を入れ、庭の木々に囲まれ、パンツ姿で机に向かい、なんとか過ごすことができたと思う。
 9月に入って、疲れが少し出てきている。
 みなさん、どうだろうか――。
 地球の高温化だ。温暖化なんて、正確でない。
 その高温化によって、北極海の氷が溶け、シベリアの永久凍土が消えはじめている。中村哲さんのアフガニスタンをはじめとして、中央アジアの大かんばつが続く。
 どうすれば、いいんだろうか。
 もちろん、やれることをそれぞれがやっていかねばならない。
 私がやれることは何か。まずは5点書き出してみよう。
 A.生ゴミを出さない(30年間埋めつづけている)。
 B.国産の、できれば地域の、食物を、手料理する。
 C.殺虫剤や農薬を使わない。
 D.移動は自転車や徒歩で。
 E.消費電力のさらに10パーセント削減を。
 「ああ、こんなことしか、私はできない」と思う。
 けれども、「これしか、私にはできない」と自覚を深める以外にないのかもしれない。
 こういう生活、暮らしぶりのことを書くのは、必ず反発が来ることを私は知っている。
 「ほっといてくれ」とか「傲慢やな」とか言われるのである。
 だって、Aの生ゴミひとつだって、庭の空き地がなければ、困難だ。Dの車のことだって、仕事で使わなきゃいけないってことはある。よくわかっているつもりだ。
 いまは言わねばならない。AならばAで、どんな広い土地を所有していたって、ゴミのことに何の興味も示さないひとだって、多い。歩いていけばよいのに、車に乗ってアクセル吹かせて、コンビニへタバコを買いに行ってるひとだって、いっぱいいるのだ。土地や車がどうのこうのという話ではなくて、気持ちのことを言いたいんだ。
 いまは、こういう言い争い以上の議論をしたいと願う。
 もう、地球が限界なんだ。
 危機なんだ。
 もちろん他者の課題に介入しないことが人生の鉄則だ。
 と同時に、私たちの中に最も必要なのに、全くない存在がへの意識が大切になってくるのではないかと思う。それは、「私たちが仲間だ」という意識である。その意識が自発的に内発的に湧くか、湧かないか。それが重要。決して強制されるものではない。
 その仲間意識が、最大の環境破壊の戦争を防御させることは間違いない。
 こんな例を出して考えてみよう。小説『罪と罰』だ。思いつめた青年ラスコーリニコフが主人公だ。
 19世紀のラスコーリニコフは自らの思想でひとりの老婆を殺害した。そのとき、加害者と被害者は明白に分離されていた。
 20世紀の「ラスコーリニコフ」において、もはや加害者と被害者の境界線も明白ではない。車に乗る大多数のひとたちは歩行者を轢き殺すかもしれないし、排気ガスによって遠くの誰かの肺機能を壊すかもしれない。何億分の一は加害者であり、何億分の一は被害者であるのだ。
 21世紀の「ラスコーリニコフ」は各国が競って正当な経済活動や経済発展を推進し、その結果、現在の高温化が生じている。ますます、ほぼ全員が加害者でかつ被害者なのである。
 国境を越え、血を越えて、仲間としての意識を持てるか。持てないか。
 地球規模の経済活動停止の日(アース・ゼネスト)なんかを近々実現させ、意識化させることが大切だ。たとえ「もうダメだ、絶望だ」と思っても、口には出さないで、花の種を大地に蒔こう。リンゴの木を植えよう。いまここを生きて、ほほえもう。
(9月8日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 23:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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