論楽社ほっとニュース

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いのちの風が吹きぬける――石原潔さんの例会レポート

 11月23日の石原潔さん(岐阜の共同体「ゴーバル」の代表)の「不思議さの中を生きる」。
 参加者12人(顔だけ出し、他用のため帰った2人も加える)。
 とってもおもしろい話だった。
 「どうおもしろかったか」を思いつくままに、綴ってみる。リポートする。
 その1。
 石原さん、比較的無口という印象を持っていた。
 違っていた。
 休憩なしで2時間半、ずっと話しつづけた。
 その理由って、何だろうか? 石原さんだけでなく、参加者だけでなく、企画者だけでもなく、場所の力が働くんだ。きっとね。
 それぞれの自我感情の「私」を超えた、何かの働きが与えられるとき、「ココ(論楽社)って、こういう話し込む場になる」と思う。
 そういうときって、天には青空があり、河原の草原の上で論楽社をやっているかのような感じなのではないか。
 「人生すべてが関係だ」と中村哲さんは言っていたね。
 その関係を思う。
 藤田省三さんの『私たちはどう生きるか?』(論楽社ブックレット)を刊行したとき、藤田さんの友人・松沢弘陽さんが注文してきた。そうして「『ゴーバル』に送ってくれ」と言われて、送った。それがゴーバルとの始まり。
 石原さんは「その前に『いま、人間として』(径書房)で虫賀さんの名、知っていた」と言っていた。その『いま、人間として』の編集者だったのが楢木祐司さん(本ブログの制作者)。
 実におもしろい。
 そういう相互依存的連係生起(縁起のこと)の重なりに、石原さんの野生力(11月23日もティーシャツ姿だ)が加わり、話が広がり、深まっていった。いのちの風が吹いていた。その風に乗った石原さんの語りであった。
 その2。
 『ビッグイシュー』という雑誌がある。家のない暮らしをせざるを得ないひとたちが街頭に立って販売している雑誌。1冊売れれば半分がそのひとの収入になるという雑誌。
 その『ビッグイシュー』で「帚木(ははきぎ)逢生(ほうせい)さんの『ネガティブ・ケイパビリティ』(朝日選書)を知った」と石原さん、言っていた。
 自分がからっぽになる。
 そうして表層の意味を拒否していく。
 答えが出ない状況にひたすら辛抱していく――。
 「ほんもののハムづくり」という一点だけを追求するのに、「何でこんなことが起きるか?」ということが起きるんだろう。
 病いを抱えたひとが訪ねてきたら、いろんなことが学びなんだろう。
 ひとつひとつが祈りなんだろう。
 その日常がnegative capability(待つ力)に集約されていったんだ。ネガティブ・ケイパビリティとしか言いようのない力がついていったんだ。
 石原さん、1995年に胃ガンになって、手術。
 そのとき、「ポッと2か月間空く」と思う(こう思うところもスゴイ)。
 そうしてボンヘッファー『獄中書簡集』(新教出版社)を読む。
 そのとき「失敗の中にこそ神の仕事が実現する」(不正確なメモ書き。私の心で聞いた言葉なので。そして私はこの本、すみませんが未読だ)に出会う。
 2014年に妻の真木子さん、亡くなる。
 2018年、自らが血液のガンになる。これも寛解。
 このときも石原さん、『ゲド戦記』(ル=グィン、岩波書店、全6巻、これもまたすみませんけど、未読)を読む。
 主人公ゲド自らの影の部分が大きくなり、しかも、その影は自ら呼び寄せてしまい、それに向かって戦いぬく――という第1巻。 「これもすごいおもしろそう」だ。
 私はドキッとした。夫婦でも親子でも兄弟でも、きっと対立ケンカ抗争は、結局自らの影との戦いだもんね。おもしろい。
 そうして共同体「ゴーバル」全体が豚コレラの嵐に突入。
 「病みすてられるような恐怖だった」と石原さん。
 ココで「病みすて」という長島愛生園の島田等さんの言葉が出てくるのにはびっくり。
 岐阜・愛知の豚の数は全国の5パーセント。
 「わずか5パーセントを病みすてして、全体を守ろう」という冷たい判断が見えてくるね。「5パーセントは潰れてもらってもいい」ということだったんだ。
 しかし、ゴーバルは潰れない。
 廃業はせず、友人知人から豚肉を分けてもらい、ハム・ソーセージづくりを続ける。深い縁の重なり。
 その全体がnegative capabilityの深まりなんだ。
 その3。
 給与が「ゴーバル」では40年間働いているひとも、3年働いているひとも基本的に対等なんだ(手当とか違うそうだ)。
 コレって、やっぱ、スゴイ。
 ゴーバルって、ほんとうに共同体で、ほんまもんのハム・ソーセージをつくることに専念しているひとびとの集まりなんだ。
 「だって、もともとゼロから始めたんだから」と笑う石原さん。とってもいい微笑。
 この微笑がすべてを語っている。
 いのちの風が吹いている11月23日だった。
 論楽社の歩みも、またひとつのピークを迎えた(と思う)11月例会だった。
 石原さん、ありがとう。ありがとうございました。

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 18:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第23回)バトンを地に置く

 悲しむことは、失っていない存在を強く感じることである。
 ことしの5月16日に亡くなった加藤典洋さんから、2冊の本が届けられた。
 もちろん「加藤典洋(代)」と表記されているけど。
 その2冊とは『大きな字で書くこと』(岩波書店、2019年11月、以下Aとする)と『僕の1000と1つの夜』(私家版、2019年11月、以下Bとする)。
 Bは詩集。「満点の星」「走る猫」「星座のかたち」と万物の生物の生死の変化を無尽に繰り返している自然の働きに心を寄せている。
 いのちの風が加藤さんの根底を吹き抜けている。
 とっても静かな受容の世界。心がすい寄せられる。
 「ねえ/たんぽぽ/私たちはみな/死んでいた/生きているのが間違いだったよ/私たちは/みな/あの人の/夢」(「たんぽぽ」BのP.43)
 Aはエッセイ集。タイトルの『大きな字で書くこと』は岩波のPR誌『図書』連載のエッセイ。中野好夫さん、鶴見俊輔さんと綴ってきたエッセイのコーナーを新たに加藤さんが担当したね。
 おもしろかったな。
 Aにも穏やかな詩が載ってる。「僕の本質は/いま/表と裏を見せながら夜に落ちる/一枚の朴の葉」
 「僕はいま/風の中/誰か遠く人の声を聞く/どこかわからない/でもここが僕の場所/風が吹いても/動かない/かすかな窪地」(「僕の本質」、Aの冒頭に載る)。
 加藤さんは誠実に振り返っている。「だんだん、鍋の材料が煮詰まってくるように、意味が濃くなってきたのである。/それが字が小さいことと、関係があった気がする。/簡単に一つのことだけ書く文章とはどういうものだったのか。(略)大きな字で書いてみると、何が書けるか」(AのP.8)。
 Aにもいのちの風が加藤さんの根底を吹き抜けている。
 こういう「バトンを地面に置くような仕事」はいい。拾えるひとがわがこととして拾い上げることができるから。
 加藤さんに会ったころ、私は岡村昭彦展をやっていた(1989年2月23日〜28日、京都高島屋ホール)。
 タイトルは「俺のバトンを君よ受け取れ――生と死の織物(テクスト)・ヴェトナム戦争からホスピスまで」としていた。
 加藤さんは「誰かにバトンを手渡す仕事」ではダメだと言っていた。「縮小再生産にしかならないから」だ。その批判はあたっている。
 いまはよくわかる。自我感情の表出では叫んでいるだけ。
 私も「バトンを地面に置くような仕事」を小さくしたいと思っている。
 加藤さん、深くて軽い――軽さを表出できたらスゴイ――仕事をやり始めて、「これから」というところで71歳で亡くなった。
 加藤さんの置かれたバトンを見つめ、拾っていきたい。
(12月5日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第22回)ある失敗

 宮沢賢治(1896〜1933)の作品に『ツェねずみ』がある。
 地味すぎる小作品なのか。あまり批評論評されていない。
 でも、妙にリアリティのある作品だ。
 「まどってください(弁償してください)」。
 「ツェ」という名のねずみが何かあると、必ず口にする言葉である。
 小心者で、エゴイストのねずみ。何かあると親切にしてくれた相手に向かって「わたしのような弱いものをだますなんて」と言って、責める。そうして挙げ句のはて、「まどってくれ」という決めゼリフを繰り返す。
 ラストはねずみとりに向かって、「まどってくれ」と叫んで、ねずみとりの入口が閉じてしまう――。
 ツェの奇妙で歪(いびつ)な自我感情。心が耕されたことはなく、原始脳だけが存在し、「オレだけ、いまだけ」が空虚に浮遊。他者に文句を言うことによってしか存在できないツェである。
 論楽社のホームスクール(家庭学校)では、たびたび宮沢賢治を読んでいる。いまでも読み合っている。
 35年前のときもやはり読んでいた。創業の思いに満ち満ちていたころの話である。
 当時通ってきてくれていた子どもたちに、あるとき『ツェねずみ』を読んでいた。
 すると、子どもたちに凄く受けるんだ。
 「ツェはひどい、アホや」と思いながら、自らを振り返ると、「私も『もうひとりのツェだ」と思ってしまうところがある。ツェも私も極めつけの凡夫なんだ。
 学校は当時もいまも「目に見えない格闘技場」。競争競技原理を意識して、戦わせつづかせる。イスの数を十二分に確保すればいいのに、イスの数を限定させ、子どもを競わせ、戦わせる。イスに座れない子どもを傷つけるんだ。
 傷ついた子たちが当時集まっていた。
 「遊んでみないか」と私から提案してみた。「ひとつのゲームをやって、(学校のシステムを)遊んじゃわないか」と。
 まず『ツェねずみ』を劇にする(いま、そのシナリオが出てきて読んでいるけど、さまざまなセリフを足し、柱が出てくるところでは自らに「柱」と書いて登場させるなど、おもしろい工夫があって、おもしろい)。
 公演主体を「ねずみ株式会社」とする。8人の小学生が400円ずつ出して、脚本演出からチケット売りまでやる。「資本金」を何倍かに増やし、どこかに寄付する。「そんな遊びをやっちゃおう」。「会社づくりごっこ」をするんだ。
 子たちは提案に乗った。いや、乗りに乗った。
 みんながみんな、「こんなにも、ちからがあるんだ」という発見に次ぐ発見。子どもはスゴイ。
 成功裏(り)に終わり、ある団体に収益金すべてを送って、「ねずみ株式会社」を解散。
 ところが、8人の子たちが1か月して、8人のうち6人が辞めていくのである。理由はわからない。私の知らないところで、何かが起きていたのだろう。ひとりの親は「もうすぐ中学生なので、(ワンランク上の)別の塾に行かせる」と言っていた。
 そうして、その収益金を送った団体(カンボジア難民救援会)がポル・ポト派に繋がっていることが判明。
 現場のこと、わかっていないし、また知らされてもいないことが明瞭になり、「講座・言葉を紡ぐ」「月例会」の活動を始めることになる。いまでも騙されつづけているんだけど、たとえばGM(遺伝子組み換え)食品ひとつわからないんだけども、少しでも現場の匂いをかいでいないといけないと思いつづけている。
 失敗がいまをつくっている。
(11月28日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 10:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第21回)母が残した料理ノート

 韓国映画『お料理帖——息子に遺す記憶のレシピ』(キム・ホンソ監督、2018年)。を見た。
 ひとりの母エランは女手ひとつで、30年も続く小さな総菜店を営んで、2人の子どもを育て上げてきた。
 その総菜店がいいんだ。おいしそうなんだ。毎日のおかず、各種キムチに韓国の伝統的な薬膳料理をエランはつくって、提供している。
 がん患者、アトピー患者もわざわざ買いに出てくるほどだ。
 いままでなかったことが起きる。エランは調味料の分量を忘れたり、野菜の仕入れ業者と支払いについて揉めたりするようになる。
 どうも記憶がしだいに薄れてゆくのだ。
 これは怖い。認知症が始まる。
 息子のギュヒョンは万年大学非常勤講師。収入はあまりない。
 この息子にエランは「チュンチョン(春川)へ行きたい」と急に言い出す。
 どうもエランには息子にも他の誰にも言っていない秘密がある。
 何十年もの前に息子の兄をチュンチョンの池で水死させてしまったのである。
 昔の記憶が蘇ってくるのに、いまの「しょうゆ甕がどこにあるのか」の記憶が消えていく。
 もう店の運営ができないほどになり、畳むことに——。
 片付けをしていると、息子が一冊のノートを見つけ出す。
 そのノートが実にいい。
 エランの人生そのものなんだ。
 たとえば、「ギュヒョン(息子)が飛び起きる粥」。サンシュユの実をひとつかみ入れ、粥をつくり、最後に砂糖を入れる。
 サンシュユの酸っぱさも苦みも米の甘みに包まれ、うまいだろう。きっと——。
 たとえば、「ソユル(孫)のおにぎり」。煮干し、ツナをしょうゆで炒める(ソユルは魚がキライ)。飯に痛めたツナなどや野菜をのせ、丸める。海苔を巻く。
 胡麻、胡麻油、きざみにんにくで味をつけた海苔の香ばしさ。うまいだろう。きっと——。
 たとえば、「憎い夫のサバのキムチ煮」。きれいに洗ったサバに、キムチや玉ねぎ、長ネギ。赤唐辛子をたっぷり入れる。煮干しスープとキムチの汁を加え、ぐつぐつ煮る。
 相当に、メチャ辛いと思うけど、うまいだろう。きっと——。
 他に「ヘウォン(娘)が笑う餅」「二日酔いに効く冷製トンチミ(水キムチ)ククス(冷麺)」「ご飯を作るのが面倒くさい時のチャンチグクス(冷麺)」「皮が固くないきゅうりを使ったキュウリキムチ」。
 以上、もちろんフィクションなんだけど、実際に食べることもできないんだけど、私自身のことを思い起こしていったりして、だんだん実話(ノンフィクション)に思えてくるんだ。「虚と実の間の膜は在る」と感じさせるところが、この映画の良さだ。
 私は「岐阜の実家の味噌煮込みうどん」をしきりに思い出していた。自家製の味噌仕立てに、庭を歩いている鶏をつぶし、手打ちうどん、庭の畑の青い太いネギを入れる——というシンプルなもの。父母祖母もまだ若く、家族総出で合作してつくるソウルフードだ。
 話を映画に戻すと、エランの認知症は進むんだけど、グループホームに入り、ふつうの生活を営みながら、認知症を生きていく。ギュヒョンがエランのレシピノートを出版していく——で、終わっていく。
 「古老がひとり死ぬということはひとつの図書館が地上から消えるということだ」と誰かが言っていた。
 エランが綴っていく、家族への愛情が溶け込んだノート。
 大地の恵み、天の乳に、ひとの愛情が加わって、食は初めて生まれる。記憶の集積の結果、「うまい」の声が生まれる。
 いい映画を見た。
(11月21日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 11:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
不思議さの中を生きる――石原潔さんの11月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 豚コレラは野生のイノシシが感染したことによって、農場の豚たちへ伝染してくる。
 ゴーバルも避けることができなかった。
 ゴーバルのハム・ソーセージの原料豚を飼っていた石原弦さん(潔さんの息子)は『ゴーバルだより』101号で、こう書いている。
 「千七頭の豚の埋められた地面には草が生え、白い消石灰の匂いも消えた。フェンスに絡まるつる草に秋の実がぶら下がり、静かだ。」
 「豚よ、すまなかったという気持ちは、ずっとついて回るんだろうけど、新しいスタートを感謝の気持ちで踏み出せるなんて幸せだと思っています。」
 こうして、ゴーバルは新しいスタートを切っている。乗り越えようとしている。
 石原潔さんも書いている。
 「目が覚めて朝の光を浴びると、『感謝して、生きよ。』との声が聞こえます。」(同号)。
 そうか。ゴーバルのひとたちの心に真柱(しんばしら)が入っている。
 きっと、大丈夫だ。
 11月23日(土、祝)は運転手として桝本(ますもと)尚子さんもまた来てくれる。ありがたい。
 石原潔さん、桝本尚子さんを場の中心にして、感じ合い、語り合おう。
 ようこそ、ようこそ。

   2019年11月例会
11月23日(土曜日、勤労感謝の日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
石原潔さん(岐阜のハム工房「ゴーバル」代表)の「不思議さの中で生きる」。
参加費1000円(要申し込み、私宅なので、人数確認のため)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを味わう」(第20回)造化(ぞうげ)

 昔ながらの便箋に7枚、綴られている手紙をいただきながら、2週間も返礼ができていません。
 時間をかけて綴っていく手紙は、書き手と読み手の双方の生きていく記憶がより深まっていきます。
 手紙の中心のテーマのネガティヴ・ケイパビリティ(negative capability)も、要するに言わんとし、伝えていきたいポイントは、放っていくことです。
 何重もの病いにおかされ、25歳の若さで亡くなっていくイギリスの詩人ジョン・キーツが綴った手紙の中に残した言葉です。
 「もうオレは死ぬんだ」という自覚が湧いていたころに思わず綴ったのだと思います。
 結核、梅毒におかされる生をキーツが自覚し、受忍していくことは辛いことです。でも、「辛いんだ」と受け入れ、かつ「しんどがっている」自我感情をエイッと放っていくことが、negative capabilityの本義だと思います。自我を放てば、自我を包み込む自己のいのちに気づきます。相対化が生まれます。仏法の本義でもあります。キーツが仏法には出会ってはいないと思います。けれども、自力で独力で自らの病いに向かい合って、自得したんだと思います。欧米人としてはきわめて珍しいですね。いのちが深いねえ。
 『荘子』の内篇の「大宗師篇」にこんな言葉があるじゃないですか。思い出してください。
 主語の「わし」とは造化(ぞうげ)者です。万物の生死(しょうじ)を無限に繰り返させている自然の働きの主(ぬし)です。その主の「わし」が、私たち人間ひとりひとりに向かって語っています。引用してみますね。

 

 「わしをのせるために身体を与え、わしをはたらかせるために生を与え、わしを楽しませるために老年を与え、わしを休息させるために死を与えてくれるのだ。もしわしの労役である生をよしとするならば、当然わしの休息である死をよしとしなければなるまい。(略)造化が偉大な鋳物師であるとするならば、その鋳るがままにまかせておけばよく、何にされようとかまわないではないか。もし死を与えられたら、安らかに眠りにつき、生を与えられたらふと目をさますまでのことだ」(森三樹三郎の訳)。

 

 「わし」はキリスト教、ユダヤ教のような人格神というよりも人格神をも包み込むいのちの動きなんでしょう。
 その「わし」を働かせ、楽しませるために私たちのいまここの生があるのです。これが生の目的です。生の必要です。
 だからこそ、「ようこそ、ようこそ」(源左)なんです。すべてが「お与(あた)え」「授かりもん」なんです。贈与です。
 手紙にあった白馬岳の大雪渓が「あまりにも小さく痩せ細っていたことに愕然とした」ことについて、心痛めます。北極の氷が消え、ヒマラヤの氷河が消えつつあるようないまの高温化です。アフガニスタンの干ばつと同じく、とっても厳しい。
 私たちは雪渓、氷河をつくることはできません。
 でも、やれることがいっぱいあります。経済成長政策をストップさせることです。経済をストップさせるのではありません。その成長のスピードをストップさせることです。スウェーデンの少女のように、声を出して言うことです。「『ゴミしかつくらない現代経済』(藤田省三)をやめろ、社会の発展が幸福をそこなうものであってはならん」と言っちゃうことです。
 それが造花の主への、せいいっぱいの返礼ですね。主(ぬし)をもっと喜ばせようではありませんか。
(11月14日)

| 虫賀宗博 | - | 06:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
不思議さの中を生きる――石原潔さんの11月例会へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 11月23日(土、祝日)に、石原潔さん(岐阜のハム工房「ゴーバル」)。
 11月例会である。
 半年前に来てもらった桝本(ますもと)進さんたちといっしょに、石原さんは「ゴーバル」を創業した。1980年のことである。
 「その39年間を振り返って、どう?」と自問して、石原さんに浮かぶ言葉がnegative capability(ネガティヴ・ケイパビリティ)という。
 私はその言葉を初めて知った。聞き慣れない、しかもイギリス語なんだけど、その意を知ると、「生きるということの本質」を言い当てていると思う。
 生きていくことの困難さにぶつかったとき、ラグビーのFWのようなパワーを求めがちだ(その力をpositive powerと言うんだろう)。その力が有効のときもたしかにある。
 でも、一過性に終わったり、破壊的になりすぎて、次の難問を生んだりすることだって、ある。「前へ、前へ」だけでは突破できないことがある。
 生きてあることに答えは出ない。その難問がいつ終わるかもわからない。受身で晒され、中ぶらりんの状況が続く。ただ保って、ただ耐えていく。その負の力、悲の力がnegative capabiity(待つ力と私は訳す;連載コラム「いまここを味わうの「待つこと」10月24日付)。
 いま、「ゴーバル」には豚コレラの嵐が吹いている。何百頭の豚を殺処分せざるを得なかった。
 石原さんも病いをかかえていた。
 私たちひとりひとりもさまざまな悲苦をかかえている。日本社会も地球環境も大きな問題をかかえている。
 話せないときは話さなくてもいい。たまに集って、知恵をみんなで出しあい、感じとって、自分自身の場所に戻って、取り組んで生きていく。みんなで考え、自分自身の場所に戻って、目の前の問題に取り組んで生きていく。みんなで考え、ひとりになって生きていく。
 そんな場である。論楽社は。
 石原さんを場の中心に、参加者で感じあおう。

   2019年11月例会
11月23日(土曜日、勤労感謝の日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
石原潔さん(岐阜のハム工房「ゴーバル」代表)の「不思議さの中で生きる」。
参加費1000円(要申し込み、私宅なので人数確認のため)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 20:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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