2012.05.17 Thursday
連載コラム「いまここを紡ぐ」(第359回)生きのびるための登山と文学――比良山系・蛇谷ヶ峰へ再び登る
5月12日(土)、比良山系の蛇谷ヶ峰(じゃたにがみね、902メートル)へ、登ってきた。 同道したのは、団野光晴さん。金沢の石川高専の国語の教員で、ワンダーフォーゲル部の顧問をしている。私と同じく、高校時代からの山岳部の山屋(やまや)である。 12日の朝、金沢からの夜行バスで団野さんは着き、12日の夜、同じく夜行バスで金沢へ帰る。「夜行バスよく使います。寝ることができ、何も問題はありません」(団野さん)。そうは言っても、ハードな旅であることは、間違いない。 12日の早朝の6時10分に京都駅で待ち合わせた。 団野さん、全身が古風な登山スタイルである。チロリアン・ハットに、羊毛のチェックの山シャツ。ニッカボッカの山ズボンに、二枚重ね靴下。ピカピカに磨いた革の登山靴。リュックは、茶色の山ボッカの荷上げ用の、特注品(署名が入っている)。 そのリュックが、やたらに重い。15キログラムはあるのではないか。非常用の水2リットル、ビバーク用のツェルト(簡易テント)、胃薬やカゼ薬などが入る救急薬品箱とかがどーんと完備しているのである。生きのびるための登山である。ひょいと担ぐ体力が団野さんにはあるんだ。でも、こんな重装備を見るのは初めて。日帰りでっせ。 日帰りの場合、キズテープ以外にランプ、ナイフ、ライターに磁石を私は持っていくだけである。これらのものは、もちろんすべて巨大なリュックの中に入っているのだろう。 ファッションも目を見張るけど、最悪事故に備える団野流も目を見張る。今後の参考にしていこう。 ちなみに、私は団野さんとニッカボッカの山ズボンなど下半身は全くいっしょ。上半身はラグビーシャツ。帽子はない(ハゲパツだ)。まあ、2人とも時代おくれのファッションだね。 6時31分発の湖西線に乗り、7時50分には畑(はた)の棚田を登り始める。2時間半後にカンタンに登頂した。 残念ながら、雨。少雨ななんだけど、風が強い。頂上の視界はゼロ。風によって体温が奪われる。小寒い。3月のような天気だ。 すぐ下山する。 下山はカツラ谷。出入口に「入山禁止」のロープが張ってある。団野さんには申し訳ないけど私の意見に従ってもらい、入山。この谷がいいんだ。 カツラ谷には何百年の樹齢のカツラの大木が何本も連なっている。ブナとミズナラ、サワグルミと美しい森を形成している。比良山系において、最もゆたかな森のひとつだ。私はカツラ谷が大好きだ。 カツラ滝で団野さんにコーヒーを立ててもらう。ガス缶にガスコンロが出て、ビンのインスタントコーヒーがまるごとドーンと出てくる。うーん。リュックが15キログラムになるわけだ。 ゆっくり、ゆっくり下山しながら、2時半には朽木(くつき)温泉に浸(つ)かる。雨で冷えた体を温める。やっぱり温泉はサイコーだね。 近江今津に出て、川魚(かわうお)料理の西友(にしとも)へ。鰻(うなぎ)どんぶりが1200円。安く、飯が多い。山屋にはピッタシ。団野さん、川魚料理が好物。鯉(こい)の洗い、煮ものをぱくぱく。 今津の造り酒屋の池本酒造に顔を出す。好人物の池本さんが醸(かも)す「琵琶の長寿」が私にとって、いまでもナンバーワン酒だ。やわらかい、深い味だ。 京都に戻り、東九条の朝鮮料理屋へ。団野さん、朝鮮料理も好物。豚足(とんそく)やチャプチェ(春雨)にキムチで、マッコリをぐびぐび。 「精がついた」と団野さん、笑う。なかなかの酒豪だ。 団野さんと私、互いにどこか時代から取り残された絶滅危惧(ぐ)種のような山屋だ。 初めて、それらが山行した。 大切な友人に出会った、小さな山旅だった。 団野さん、ありがと――。実にゆかいだった。また、行こうね。 最後に気づいたこと、思ったこと2つ、付け足す。 その1つ。1年半前に蛇谷ヶ峰へ友人の母娘と登った(連載コラム280回2010年11月11日の「森に帰る」)。今回改めて登ってみて、あの2人の体力にはキツイ山行だったのでは……と思った。思い切って、早朝に出発したほうがよかった。今回のように京都駅を6時31分に出て、近江高島を7時27分発のバスに乗る――というスケジュールを組んだほうがよかったね。スマヌ。ゴメンナサイ。それにカツラ谷が入山禁止になっていたよ。 その2つ。朝鮮料理屋で私が言っていたこと。日本はこの30年間“金利生活者”が多くなっていること。貧乏を知らないひとが多い。そのひとのための文学って、やっぱり存在していると思う。『ノルウェーの森』(村上春樹、講談社文庫)でも、なぜキスギとナオコは死んでいったのか、わからない。その「なぜ」を抱きながら、ワタナベは泣くのである。それはやっぱし、文学でしか表出できないシーンと思うよ。日本の30年、穴だらけ。穴の中から涙が落ちている。泣きながらも、ひとは生きていかねばならない。自殺しないで、ね。ひとは生きのびなければならないということ。 (5月17日) |




