論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを生きる」(第266回)27分間

 死刑について、少し、書く。
 何気なく、ある講演録を目にしたからだ(注)。
 話しているのは、ある刑法学者。死刑存置論者。「死刑は必要」というひとから見ても「日本のこの部分は良くない」「変えていくべき」とのことが示されている。
 初めて目にする話が多く、私はスクープと思った。
 順々に書いていく。次の2点だ。
 その1。日本の死刑は絞首刑。絞首の方法について、規定しているのが、「絞罪器械図式」というもので、これはなんと1873年(明治6年)の太政官布告。ちゃんとした法律ではないんだ。びっくり。
 当時の日本にまだ帝国議会はない。法律はつくれなかった。「そんな布告がズルズルと続き、そんなのは無効ではないか」という議論が、当然ずっとある。最高裁判決(1961年)で有効と決定し、いまに至っている。これでよいのか。
 しかも、東京拘置所の刑場が2010年に初公開されたとき、この「絞罪器械図式」の図面と違っていた。誰かがどんな権限によってか変更し、いつの間にか現在の地下絞下式になっているんだ。首に縄をかけ、下の階に落とされる――という現形に。もとの、階段を登って首に縄をかけて下に落とす――という形だったのに。
 殺人を禁止している国家がひとりの人間を殺害するのである。死刑と戦争、なんて言ったって要は殺人だ。それが140年前の太政官布告のまま、行われている。しかも、途中誰かが変更させ、現形状になっている。法の支配というものが非在。不在。暗黒の刑場なんだ。
 その2。死刑は合憲で、しかも残虐な刑罰には当たらない(1955年最高裁)、という。それは本当か、という点だ。
 死刑場のことについて、法務省は一切情報公開しない。たとえ公開請求しても、コピー機が傷むんじゃないかと思うほどに、まっ黒の黒塗りのが返ってくるだけ。
 そこで知恵を出し、GHQの占領期の資料を探す。米国にあった。102件の死刑執行の始末書(執行を告げた時間、最期の言葉、執行の様子などを記入させている文書)を見つける。これはスクープだ。
 うち執行の所要時間がわかったのは、79件。
 その平均が14分36秒。最短が10分45秒。最長が22分00秒。
 死亡確認後に縄をほどいて遺体を下ろすのは、ジャスト5分後と布告で決まっているので、15分から27分間に渡って、首を吊っていることになる。
「脳に酸素が残る5ないし8秒間は意識があり」、(場合によっては)「体に酸素が残る1、2分間は意識がある」(ある医学者の研究)という。
 断末魔の苦しみを経て、死去し、しかも体液などを垂らしながらも、最大27分間、首を吊られているのである。
 残虐か、どうか。判断するのは私たちだ。
 死刑は応報刑。「目には目を」だ。でも、ふつうに考えて、8人殺して死刑になったひとがアッという間に死に、1人殺して死刑になったひとが20分間を苦しむことはありうる。ケースバイケースでよいのか。「やってみなきゃわからない」ような処刑でよいのか。
 応報たりうるのかどうか。
 電気イス殺、薬(毒)殺ではなく、なんで絞首なのか。
 法務省はこれらの質問疑問に答える必要がある。ひとを殺すんだから。
 「こんなヒドイひとには人権がなくていい」という特区をつくってはいけないと思う。ひとつ例外をつくると、すべてが崩れる。刑務所の待遇は、だから、重要。その社会全体の人権のありようがわかるからだ。
 処刑をするならば、できるだけ、希望する被害者の親族、担当の裁判官、検察官、警官、ジャーナリストは直接見るべし。
 最大27分間の音、匂い、表情の色をダイレクトに眺めたほうがいい。遺体を具体的に扱う刑務官の表情を見つめたほうがいい。
 以下は私見。業縁(ごうえん)が満ち、ひとを殺してしまった囚人。その囚人はもっともっと自らのいのちをゆたかない生かしてほしい。自らのいのちの井戸水を掘って掘ってほしい。自らが殺した、帰らぬ断末魔のひとの願いを知って、生きぬいてほしい。
 戦争も死刑も何ら解決しない。あまりにも安易な方法手段。悪の連鎖はもう、止めたい。囚人には考えに考えさせ、その思いを記録していきたい。とてつもないマイナスをなんとかプラスに变化(げ)させていく、大切な人間の記録だ。
(注)永田憲史さん(関西大学法学部教授)の「死刑執行始末書の分析」(『死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90』152号、2017年4月発行)。
(7月27日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 07:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第265回)心の緑化(その2、完)

 少しでも粗国度を減らしたい――。
 (表現を変えれば)心の緑化を増したい――。
 そう思いつつ、暮らす、ある1週間(のその2)。こんな生かされる日々を続けたい。

 

   7月1日(土)成長する魂
 『あん』を読み返した。
 Yさんからあるとき「読んでみて」と貸してもらった(そのときのブログは「ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第34回)『あん』――ある魂の成長の物語」)。
 ポプラ社の単行本はもちろん返したので、手許にはない。
 その『あん』がポプラ文庫になっているのを知って、求め、再読。
 再読しても感銘は新ただ。
 ドリアン助川さんが『あん』で示現している境地。「ひとは存在しているままでいいんだ、世界はそこにある、たとえば星のささやきを聞くだけでもこの世に来て存在した価値がある」というものである。
 「私たちはこの世を観るために、聞くために生まれてきた。この世はただそれだけを望んでいた。(略、生まれてたった2年ぐらいでその生命を終えてしまう)子なりの感じ方で空や風や言葉をとらえるためです。その子が感じた世界は、そこに生まれる。だから、その子にもちゃんと生まれてきた意味があったのです。」(同P.236)
 これは『あん』の白眉。中心。
 このセリフのために『あん』は紡がれている。
 この地平から、すべてが始まるんだし、この境地にすべてが在る。私もそう思う。
 ハンセン病者という限られた条件のなかにおいてもひとの魂は成長し、こういう境地を得る。人間は条件を最終的に乗り越える。
 『あん』はフィクションとして示現されたが、私は島田等さん(1926〜95)を具体的に知っている。
 島田さんも魂を太らせ、世界のきらめきを開いて感じたひとだ。

 

ほかほかのキムチ・チゲのない冬がつづいた
たらい廻しの獄房の中で
それでも人間の魂は太る
冬を越えるたびに成長する魂にとって
春が待ちどおしくなるのは
ことわりだ
窓は小さくとも巡ってくる春は大きい
失うことで得るものと
捨てることで得るものとは
獄房の内と外のように ちがわないか
(略)
    ――「キムチ・チゲ」(『次の冬』
    論楽社ブックレットP.108〜109)

 

   7月4日(火)ピエロのガンジー
 ガンジー服が届く――。
 どういうことか。
 たまに私は「ガンジーに似てるね」と友人から言われる。
 ガンジーに敬意を持ってるので、うれしくないことはない。
 Cさんという友人がいる。4月末に会ったときにとっても元気がなかった。
 ちょっと励ましたいと思った。
 Cさん、洋服をつくるのが好きなので、直観が働き、ガンジーの評伝の中の写真を何枚かコピーして送り、「コレ、ツクッテネ」とお願いしてみた。
 Cさん、笑いながら、「やってみる!」という返事。
 2か月たって届いたガンジー服。
 白いリネンの貫頭衣のよう。リネンはベルギー製。ボタンが聖なるフンコロガシ(スカラベ)。
 おもしろい。短パンを着(は)き、ガンジー服を被(はお)る。丸メガネ。丸坊主頭。痩せ体。ちょっと歯が悪い。似てるといえば、少し似ている。長い杖(つえ)を手にすれば、もっとおもしろい。
 しかし、内的に心の緑化度がアップするんだけど、恥しくてしかたがない。理由は説明しなくていいだろう。
 ま、気づいてもらったらいいんだ。私はピエロ役になって、ガンジーがどういうひとだったか、友人たちに想起してもらったらいいんだ。
 歪(ゆが)みのある世界を拒否しながら、世界のひとりひとりが自分自身を取り戻していく処方箋を示現したのがガンジーだ。私は単にピエロのガンジー。
(7月20日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
私自身のための平和論――鳥井新平さんの8月例会へ、ようこそようこそ(その1)

 暑いね。元気ですか。
 8月例会は8月5日(土曜日)。暑いけど、クーラーもないけど、やるよ。忘れないで、来てね。
 鳥井新平さん(小学校教師)に来ていただく。
 7月例会に引き続き、《それでも後に続くひとたちのために》、語り合いたい。
 7月例会と同じように、詩「あとから来る者のために」をまず朗読してから始める。
 そうして、鳥井さんのことをもっともっと知りたいと私は思うので、最初の短い時間(たとえば、30分間)、対談したい。
 でも、そこは鳥井さんらしく、「私自身のための平和論――絵本・詩・歌そして平和」でいこう。
 後は場の感じに委せよう。
 きっと歌あり、絵本ありだ。
 鳥井さんはときどき「秘伝書」という名の通信を送ってくれる(秘伝書、っていいなあ)。
 そこにこんな言葉があった。
 「教師として避けられないことについては、背中を向けずにおへそを向けて、即効力にならずとも、じんわり関わり続ける粘りが必要やね。その日常が祈りやね。そうした中で親からも子どもからも大きなものを教えてもらえるよ」。
 ほんとうにそのとおりだ。
 「おへそを向けて、即効力にならずとも、じんわり関わり続ける粘り」なんだ。
 状況に腹を据え、粘り強く関わりつづけよう――。

   2017年8月例会
8月5日(土曜日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
鳥井新平さん(小学校教師)と私(論楽社)との対談「私自身のための平和論――絵本・詩・歌そして平和」。
参加費1000円。
要申し込み(私宅なので、事前に必ず電話確認を)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
それでも後に続くひとたちのため――塩田敏夫さんの7月例会へ、ようこそようこそ(その2)

 NHKのTVニュースをたまに見ていると、司会者たちが体が喜んで放送しているのは、スポーツニュースだけだ。
 後の政治や経済ニュースにおいて、体が緊張しているのが伝わっている。ときの政府と米軍から絶対につっこまれないようにしているのがわかる。
 その結果、たとえば北朝鮮のミサイル発射のニュースにしても、毎回必ず同じ映像を連写させているというフシギなことがおきている。1回の発射映像じゃなくて、何日か前の映像を3回4回と連写させている。朝も昼も夜も、北朝鮮のニュースと言えば、決まって同じ映像を繰り返している。なんというフシギ。
 ふつうは同じ映像も4回も連続放映させるなんて、もったいなくて、できない。よっぽど、強い軍の意向が明確に反映されているんだ。
 何を目的とする報道か。
 説明省略しても、もう、明快な意志を感じるはず――。
 きっと北朝鮮の国内にしても、全く同じような報道されているんだろう。
 そんなプロパガンダ報道ではなく、私が知りたいのは、北朝鮮のふつうのひとびびとの心の思いだ。
 肝腎な、そういう声は互いに伝えあわなかったら、どういうことになるか、歴史の中に実例が富士山ほどあるではないか。
 塩田敏夫さんは現場の、生涯現役の地方記者。
 丹後半島の現場の風を味わいながら、話を聞きたい。かつ、視点を変えるためにも、ある本(ヨハン・ガルトゥング『日本人のための平和論』ダイヤモンド社)にある代案をたたき台としておしゃべりしたい。
 汗ふきタオルを持参して、7月17日(月曜日よ)、明日、来てね――。

  2017年7月例会
7月17日(月、海の日)午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
塩田敏夫さん(毎日新聞記者)と私(論楽社)との対談「それでも後に続くひとたちのため」。
参加費1000円(要申し込み、私宅なので事前に申し込みを)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制、ビールをのもう! 暑いね!)。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 11:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
それでも後に続くひとたちのため――塩田敏夫さんの7月例会へ、ようこそようこそ(その1)

 中嶌哲演さん(明通寺)、10年前から論楽社へ来てもらっている。
 哲演さん、坂村真民さんの詩「あとから来る者のために」を朗読して、毎回「講座」を終わっている。
 10年前、この詩を初めて知った。
 短詩だ。全文引用してみる。

 

あとから来る者のために
田畑を耕し
種を用意しておくのだ
山を
川を
海を
きれいにしておくのだ
ああ
あとから来る者のために
苦労をし
我慢をし
みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
みな それぞれ自分にできる
なにかをしてゆくのだ

 

 けれども、「あとから続く者のために」、私たちは核廃棄物を残していく。
 何百年、何千年、何万年もかからないと「ふつう」に戻れない人為的な破壊物を私たちの意思で残していく。
 いいんだろうか。
 いのちの根っこが傷つき、しだいに崩れさせてゆく感覚はないんだろうか。
 前世代先祖から土、水、風のすべてを無償で贈与されていま、生存できている私たちが単に物欲をみたすために原発(いまなおまだ再稼働させている)を使い、ほぼ永久に残る有害物を「あとから来る者」に「後はよろしく、ワシらは知らん」と残し去っていけるのであろうか。
 「日米原子力協定」があって米国から押し付けられているので拒否できない――といまでも言い訳をブツブツと言うのであろうか。
 いちど、ゆっくりと改めて考えてみよう。
 もしも「しかたない」「どうでもええやん」と思っているひとがいたら、そう思う要因を大切に考えてみよう。

 7月17日(月、祝日)の7月例会。
 縁のあるひと、少人数がいいので、集まって。車座になって、話そう。
 詩「あとから来る者のため」の思いを保って対話すれば、「米国から独立しよう」とか「まず、隣国との共同の両論併記の歴史教科書をつくろう」……と思いは広がっていくと思う。
 その思いを忘れないで、一日一日、一歩一歩生きていく――。
 まず7月17日(月、海の日)。塩田敏夫さん(毎日新聞記者)と私で30分対話。そして、参加者とワイワイ、ガヤガヤと。汗をふきながら、話そう。

   2017年7月例会
7月17日(月、海の日)午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
塩田敏夫さん(毎日新聞記者)と私(論楽社)との対談「それでも後に続くひとたちのため」。
参加費1000円(要申し込み、私宅なので事前に申し込みを)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制、ビールをのもう)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 10:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第264回)心の緑化(その1)

 私の35年前の、大昔のダジャレ。
 手紙で「ああ、わが粗国・日本」と書いた。
 祖国を粗国に変えただけ。
 一部のひとに受けた。
 さみしい笑いだったけど。
 私も日本国家のいち億分のいちの構成員。
 夢も願いもある。要求も改善希望もある。「ああ、わが祖国」と言ってみたい。
 しかし、現実はますます粗国度が増している。
 もはや「別物の日本という国家が生まれている」気すらしている。
 うーん。
 もちろん、あきらめない。やれることはやっていくけど。
 たとえば、国家戦略特区。「岩盤規制にドリルで突きあげて」なんて、全くのウソ。特区は租界だ。もともと米国の植民地の日本が明確に租界をつくるのである。国土国富を差し出し、外資の自由経済活動を許し、外資が利益のすべてを持ち去るのである。
 加計学園の獣医学部新設だって、租界につくるのだから、日本国憲法は適用されないので、とってもフシギな学園になるだろう。
首相が学園理事長と密議密談の結果決定したんだから、共謀し国土国富を私物化したわけなんだから、共謀罪適用第1号が首相だったりして(笑)。
 ああ、これも、実にさみしい笑い――。
 少しでも粗国度を減らしたい。
 減らすことに貢献してくれたこと、心が緑化したこと。それらをある1週間に限定し、メモしてみよう。

 

   6月29日(木)の英語
 私は英語がキライ。中学校の時から好きでない。せいぜい英語は読むだけ。
 キライだからこそ、ホームスクールで教えられるのだとも思ってる。
 その私に2月末にある友人から電話があった。「関西学院大学において、英語で15分間だけスピーチしてくれ、テーマは自由」。
 うーん。
 迷ったけど、やることにしてみた。人前で英語なんて、生まれて初めて。自分自身にチャレンジしてみようと思った。
 まず日本語(千字分)で下書きして、米国に住む友人に頼んで英訳していただく。
 テーマは長島愛生園の近藤宏一さん(1926〜2009 )。
 近藤さんのこと、考えると、心に緑が広がるのを感じる。
 「知ってほしい」との思いで、ヘタクソでムチャクチャな発音で、話した。
 結果、びっくり。
 伝わったんだ。途中私の話に頷くひとがいたことからしても、アンケートの内容からしても、確かに伝わっている。
 19世紀に英国が、20世紀に米国が世界を制覇支配したから英語なんかを日本の学校でも教えている。中学高校と出会った英語教師って、どのひともイヤだったな。そう、ずっと、思ってきた。反発もあった。
 でも、英語は英語でしかなく、それ以上でも以下でもないんだ。道具なんだ。
 60にして、ふっきれた。粗国度とは無関係だけども、私自身が楽になった。よかった。
 友人たち、ありがとう。

 

   6月30日(金)の遺言 
 中村哲さんの新著『アフガン・緑の大地計画――伝統に学ぶ灌漑工法と甦(よみがえ)る農業』(石風社、2017年6月20日)。
 「あまり面白くない技術中心の本ですが、写真が多いので暇にお楽しみ下さい」と哲さんの手紙が添えられていた。
 いやいや、この本、おもしろい。
 たしかに《どうやって水を川から取り入れるのか》に始まった技術書。水路工事の15年間をまとめながら、どこか遺言書を残すように、きちっとまとめ書かれたと思う。「こうやって柳を植えておけば、根が張って大丈夫だ」と記録し、記憶を他の地域でも役立つように書き残しておく意志を感じる。その迫力は伝わってくる。
 地球が傷んでいる。かんばつがますますひどくなり、雨がいままでの降りかたとは全く異なる降りかたを示す。日本の河川だって、川底を掘り上げなきゃいかん。山に根深い広葉樹を植えないかん。自衛隊は自衛隊法を改正しその半分を正式に災害救助隊に改組し、住民を守る任務についたほうがええ。
 本書は、私たちの心を緑化する。「干涸らびた心を緑の大地に」との声がする。(つづく)
(7月13日)

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第263回)人間になりたい(その2、完)

 樹木希林さんは60歳過ぎて、乳ガンが見つかる。「ガンは全身に広がっている」と言う。
 6月24日(土)のハンセン病フォーラムにおいて、樹木さんが率直に、語っていた。それが、際立っていた。
 きっと深い自己の闇と対話を繰り返したのであろう。
 樹木さん、「あちこちにガンが出てくる。ピンポイントで治療する。30回くらいやり、そこが消えても、また出てくる」。
 生まれながらの自らのほころびにまず気づくこと。いかに難しいか。自分自身のマイナス面をいかに見つめられるか。
 樹木さんの心の闇の内実、具体的にはわからない。でも、「ほころび」という言葉を自らが選んでいるところからして、その意味と勇気が十分に伝わってくる。
 ほころびに気づくことがいかに大切か。
 それに気づく勇気をいったい何人のひとが持っていることか。
 自分自身の心の闇は封印してしまっている未解決の問題である。
 闇は宝だ。私もそう気づいて、本コラムにおいて、必死のパッチで綴っているつもり。まだ十分じゃないかもしれないけど。少なくとも「人間になりたい」という願いの方向性はいちども忘れたことはないと思っている。まあ、私の話はいい。
 話を戻す――。
 闇は解決しないと、解決できなくとも少なくとも気づいていないと、身近な他者(わが子、パートナーなど)や、権力や金力という「幻のパワー」に肩代わりさせてしまう。肩代わりなんかできっこないのに。そんな気休めをしても、何の解決にもならない。闇の連鎖がどんどん広がってしまう。
 つまり、これは何を示すのか。いったい人生とは何なのか。
 ひとは愛されたようにしか、ひとを愛することができない。
 扱われたようにしか、ひとを扱うことも関わることもできない。
 自己受容した量しか、自分を知る量しか、ひとを理解できないし、他己受容もできない。いくら努力したって、最終的にダメなんだ。
 愛すること。思うこと。信じること。自尊感情を持つこと。これらのすべてのことは、教えることができない。いくら教えようと思っても成功しないことだ。
 これが人間の普遍の鉄則。教育はだからこそ人間になる必須条件。人間にぶつからなかったら、ひとは人間になれないんだ。人間になるためにこそ、乗り越えていかなければならないこと――。
 世界に恐怖せずにもしも心を開くことができたら、開いた心に光が当たりはじめ、何かが変容しはじめるのである。
 きっと真正面から立ち向かっている大人に出会うことが必要。その大人も「ほんとうのところ何を願っている人間なのか」と自問しているのである。そういう出会いがすべてを生み出す。
 その大人は親でなくてもいい。
 ただし「金や地位」を求めてガツガツして生きるひとはそういう大人では決してない。手立てと目的を見失っていないひとであることが条件。そのひとは、いまここの平安を得るためにあの悲苦があったのだ――という体験を潜り抜けている。マイナス百がプラス百に变化(げ)しうることは奇跡でない――ということをよく知っている大人に出会うことだ。
 これらはすべて、体の感覚。体の身ぶり、しぐさでしか伝わらない。たとえどんなにか科学技術が深まっていこうが、この「体の感覚」は太古からの人間のコミュニケーションを通じてしか伝わらないもの。機械なんかでは100パーセント伝わらない。すべて魂から魂へのこと。そんな内的ドラマの話――。
 長くなった。以上のような話(これは本ブログを書きながら考えつづけてきたこと)が、樹木さんの身近にも起きたのだろうと思う。
 だからこそ。「(差別反対と思っている参加者の前で)差別はなくならないんです」と樹木さんは言えたのだ。そう思って、私は聞いていた。
 「どうしようもない寂しさはみんなある。家族がいても、どの場所にいても。私だけ、あなただけじゃない」。
 「ちょっとした喜びを見つけて、気持ちが沈んだら、笑う。こういう生き方をしてきた、みなさんも見つけて」。
 こういう樹木さんを読むこと、知ることそのものが生きる意味につながり、誰か別のひとの生きる意味にもつながっていく。そういう可能性はゼロではない。そういうひとは差別があっても差別そのものを乗り越えていく。
 人間になりたい。そう願っていまここを生きようとしているひとはゼロではない。
 たとえ、明日に世界が滅んだとしても、そういうひとはほほえんで生きてる。
(7月6日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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