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スピリチュアル・アビュース――友人が教えてくれた本(その1)

 できることならば深い直観に満ちて、生きたい。
 できることならば一日いちにちを深い呼吸に恵まれて、ていねいに大切に生きてゆきたい。
 そう思っている。
 それぞれのひとに小さな神々が宿っている。じゃあ、友人とは何か。互いに無明(むみょう)が湧くことなく、その友人の言葉や記憶にその神々のありようが感じられ、心の生産力が高まり、私も自然と安らぐのである。
 その友人がふとしたことでことばにし、私の直観が「これだ」と思った本を紹介したい。
 計6冊になる。3回になる。その1、その2、その3だ。
 友人には先輩や先生も入る。
 名を出して、ごめん。匿名も考えたけど、「かえって変か」と思ったので。
 では、始める——。
 A. 藤田庄市『カルト宗教事件の深層——「スピリチュアル・アビュース」の論理』(春秋社、2017年)。
 塩田敏夫さんが「(この本の)書評を書いたので」と連絡してくれた。さっそく岩倉図書館へ直行。その場でリクエストした。
 スピリチュアル・アビュース。霊性(スピリチュアリティ)への虐待。カルト教の教祖が自らが勝手につくりあげた宗教システムによって、宗教的な絶対地位を濫用し、もともと魂の救済を願って入信している信者のスピリチュアリティに働きかけ、精神をムチャクチャに利用操作すること。オウム真理教は殺人まで犯している。
 信者は教祖の言葉をカンタンに内面化してしまう。「努力不足」「修業不足」と自分自身を責め、ますます呪縛から離脱できなくなる。いいひとすぎる。でも決して弱いわけではない。どんな強いひとでも引っかかるのが、スピリチュアル・アビュース。
 「宗教では救われない」と思うのは、こういう地平のことである。
 本書を読んで思ったことなので、書く。
 150年間の天皇制支配国家の日本がスピリチュアル・アビュース国家なのではないのか、という直観だ。
 前半の明治日本が特にそんなんだけど、理念として家族国家。宗教国家。
 天皇が大親(おおおや)さま。臣民のひとりひとりが赤子(せきし)。天皇は赤子を可愛がっているんだから、その天皇が命令したら、いのちを投げうつ——。そんな論理だよね。
 全部ウソだ。別の言いかたをすれば、ファンタジー。ありえない空想。奇妙な夢。
 権力を権力と思えない。支配を支配とも思えない。ふしぎな霊的支配。「なんでみんな信じているんだろうか」と思う宗教国家。
 現実には軍隊では「上司の命令は陛下の命令」として、すさまじい支配暴力が相次いでいるのに、なぜか、ふんわりとして家族国家論が流れていって、信仰されていったんだ。「みんな、同じ日本人だから、仲よくしてあたりまえだ」と現実の支配権力構造を否定してしまう。ウソなのに、みんな、信じてしまう。対立抗争ケンカがあっての人間社会。ひとって、そういう存在。論楽社内部だって、そうだった。少数者や反対者、文句言いのひとたちへ、スピリチュアル・アビュース。凄い差別侮蔑。排除、いじめ。
 とってもつらいマインド・コントロールがいまも続く。
 B. 保阪正康『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書、2018年)。
 これも塩田さんが教えてくれた。11月例会のとき、ふと東條英機のことで次の引用のところを言ったので、おもしろいと思った。
 「敵機を何で撃ち落とすのか、と問い、高射砲で撃墜するとの答えに、『違う。精神で撃墜するのだ』と訓示している」(本書P.37)。
 アハハハ。でも、首相という地位にいた東條だから、笑えない。カラッポの宗教家のような発言だ。
 東條は文学書なんて読まない。政治書も全く知らない。演説草稿にルビをふっていたよう。「政治家ではない」(同P.37)とも言っていた。首相していたのに。
 「精神論が好き」「妥協は敗北」「事実誤認は当たり前」(同P.13)というひと。「安倍晋三首相と似てい」(同P.14)て、「『自省がない』という点に尽きる」。
 「日本には決して選んではならない首相」(同P.14)ということ。この東條によって、勝てるわけがない対米戦争に突入していった。
 ファンタジー宗教国家ということは、要するに「無責任の大系」国家ということ。70年前の戦争だって、7年前の原発だって、誰ひとり責任を取らない。
 国家設計の最初からが失敗ではなかったのか。土台から造り直さないと。それぞれのひとがわがままでいいんだ、ということから始めないと。
 塩田さん、ありがとう(この項、終わり、その2へつづく)。
(12月6日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
仏教以前のことから――中嶌哲演さんの「講座」へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 12月16日(日)は中嶌(なかじま)哲演さん。
 福井県小浜市の明通(みょうつう)寺の住職。空海の真言宗。1200年前に創建されている寺。
 「福井から原発を止める裁判の会」や「原発反対福井県民会議」の代表でもある。運動の中心に、哲演さんの姿がいつもある。
運動以前の哲演さんは「自閉的な灰色のニヒリズム」に取りつかれていた(いままで2回、論楽社に来ていただいているので)。ひょんなことかで、近所に原爆の被害者がいたことで、いろんなことに気づきはじめた(内部ヒバクのことなど)。55年前のことだ。
 そこから哲演さん、ヒバクシャ援護の托鉢を1968年から始める。26年間も続ける。
 そのころ関西電力は若狭(一帯)を狙い打ちにしはじめていた。さっそく「原発設置反対小浜市民の会」を哲演さんは立ち上げる。1971年のこと。
 「反原発」の声は出すけど、小浜以外に次々と原発が発生していった。
 哲演さん、反対運動に集中していく――。
 以上が、ここ2回の講座だ。
 3回目の講座だ。視点を少し変える。
 あえて「仏教以前」に光を当ててみよう。そう思って、哲演さんにお願いした。
 何かが形成されると、その何かの形にどうしてもこだわってしまう。執着してしまう。その何かの以前の姿にゆたかに気づくことで、その何かそのものに新しいエネルギーが加わっていく。
 運動以前に気づくことによって、運動そのものがより輝く。宗教以前に気づくことによって、宗教そのものがより光る。
 そういうことだ。
 みんながみんな知っているように、ブッダになる以前のゴータマ・シッダールタはシャカ族の王家の息子だった。人間存在の生老病死に苦悩した果てに出家した――と、言われている。
 それは間違いない。
 「王よ、あちらの雪山(ヒマーラヤ)の側に一つの正直な民族がいます。昔からコーサラ国の住民であり、富と勇気を具(そな)えています。」(422)
 「(略)《サーキャ族》(釈迦族)といいます。王よ、わたくしはその家から出家したのです。欲望をかなえるためではありません。」(423)
 「諸々の欲望には患(うれ)いのあることを見て、また出離こそ安穏(あんのん)であると見て、つとめはげむために進みましょう。わたくしの心はこれを楽しんでいるのです」(424――『ブッダのことば(スッタニパータ)』岩波文庫のP.74)。
たとえば、原テキストのこの部分だ。読んでほしい(もっともっと社会的・歴史的な内実を見きわめてゆきたいと願う)。
 何があったのか。
 戦(いくさ)だ。戦争だ。
 史実から言えば、シャカ族は滅亡するんだ。絶滅するんだ。
 これはスゴイ事実。
 戦争という、いまもなお私たちを苦しめているものに、ブッダは何を思い、何を考え、何を苦しみ、立ち向かっていったのか。それを、ともに考えたい。
 でなければ、次の言葉をどう読むのか。
 「生きものを(みずから)殺してはならぬ。また(他人をして)殺さしめてはならぬ。また他の人々が殺害するのを容認してはならぬ」(394、同書のP.69)。
 原発はすべてのいのちへ全体主義戦争をしかけているのではないか。いまを見つめよう。
 12月16日(日)、哲演さんの講座へ、ようこそ、ようこそ。
 心から、ようこそ、ようこそ。

  講座・言葉を紡ぐ(第121回)
2018年12月16日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区中在地町148、TEL 075-711-0334)。
中嶌哲演さん(小浜の明通寺住職、福井から原発を止める裁判の会代表)の「仏教以前のことから」。
参加費1500円。要申し込み(私宅なので)。
交流会5時〜6時半(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
戦争をやれば、ひとが壊れる――三室勇さんの11月例会レポート

 10日もたった。11月18日の11月例会の三室勇さんの心に残るスピーチから、10日も過ぎた。三室さんや塩田敏夫さんから教えてもらった本をずっと4冊読んでいた(これらについてはいずれ書くね)。
 戦争のリアルさを改めて見つめ直そう、と思った。けれども、見つめ直せば直すほどに、凄惨さ陰惨さが極まっていく。そんな気がする。
 歴史は私たち生者のものだけではなく、死者たちのものでもある。
 その死の立ち位置を生者が身勝手に変えてはいけない。改竄(ざん)してはいけない。
 たとえどんなに無明(むみょう)が湧いたひとであろうとも、そのひとの死はひとつの図書館が消えたと言える。
 いま、戦争体験者が亡くなりつつあるけど、書き記されたモノを読むことが、戦死の現場にただ立って匂いをかいでみるとか、間接的ながらも、その立ち位置をよく見つめることだ、自分の全身で味わって考えぬくことだと思う。
 どのいのちにとっても、生きることはそれだけで希望だ。生が希望を湧き上げる。その生を戦死で断たれたひとたちに、「死んでも希望を紡いでいってください。見守っていってください。こんな平和な世をつくっていきますから」と言えるような社会をつくっていきたいと願う。
 そういう意味において、「なぜ戦死者を生んでいったのか」に、殺させたひとたちの責任を問うことが、たいへん大切なことと思う。根が残っていては、再び枝葉が生えてくるから。三室さんが「戦争責任をいまからでも問うべき」と言ったこと、首肯できる。三室さんや私のような人間が極少数としても——。
 結論をまず書いちゃったね(具体的には、別の所で書くので、待っていてね)。
 11月例会のポイントをメモしておく。次の5点だ。
 a. 日本人戦死者の90パーセントがアジア太平洋戦争の末期(1944年7月のサイパン島玉砕以降)。勝算が全くなくなっているのに(ゼロなのに)、なぜその後1年間も戦争を続けたのか。きわめて重要な、戦後のありようもふくめた大切な問いだ。どうしてなんだ。
 b. 戦死者の半分50パーセントが戦病死者(日中戦争において、アジア太平洋戦争では記録がない、これもなぜなんだ)。その戦病死者の61パーセントがなんと餓死者。
 c. 私的制裁(リンチというすさまじい暴行)が相次ぎ、自殺者が多い(実数は例のごとく記録がない)。硫黄島では43パーセントが自殺(戦闘死は30パーセントなので、それより多い)。
d. 傷病兵(動けない兵)は残置せず、「処置」された。つまり、殺害された(これも実数がわからない)。ガダルカナル島では撤収にあたって、動けない兵は猛毒で殺された。日本兵に。
 e. 戦争神経症のこと(これも実態がわからない、文書が焼却されているから、公文書を徹底的に廃棄している)。心の病を日本軍は侮蔑警戒し、臓躁(ぞうそう)病なんて呼んでいた。戦後も家には帰れず(ハンセン病といっしょ)、「未復員兵」と呼ばれ、入院生活が続いた。集団社会全体で戦(いくさ)をしておいて、心の病を発症すると、個人個人のせいにする。アイツの資質のためと言う。おかしくないか。「弱い」なんて言ったら、ダメだ。個人のせいではないのだ、と言いきりたいね——。
 以上だ。
 三室さん、ありがとう。きっと三室さんにとって、戦争は生涯のテーマのひとつ(私にとってもそう)。力のこもったスピーチ、ほんとうにありがとう。
 次は12月16日(日)、中嶌哲演さんの「仏教以前のことから」。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第336回)沈黙を聞く

 あんなにもおしゃべりだったのに。
 最近はしゃべらないことも好きになってきている。
 ちょっと考えればあたりまえのことだけど、沈黙を母体にして、詩や音楽……という子どもが生まれているんだと思うようになってきている。
 沈黙に耳をすましていると、「子ども」の声が聞こえてくる。
 そんな1か月の、小さな日録――。

 

  11月5日(月)
 松本剛一さんの招待によって、金徳洙(キム・ドクス)の韓国の打楽器ライブを楽しむ。明子もいっしょ(京都のライブハウスの磔磔にて)。
 チャンゴ。ケンガリ。チン。プク。これら4つの伝統打楽器が醸す音の波、波、波。それらが音の河になって、音の滝となっている。
 音の波は、ひととひととを結びつけている。死んでいったひととも、これから生まれてくるひととも、結びつけようとしている。自らの沈黙につながっていく。体や心が躍動しながらも、妙に静かに落ち着いていく。

 

  11月19日(金)
 レオ・レオニの『フレデリック』(好学社、訳・谷川俊太郎)を読む。
 とりいしん平さんから教えてもらった絵本。
 他のネズミが冬に備えて、せっせと働いているのに、フレデリックだけは「おひさまのひかりをあつめてるんだ」「いろをあつめてるのさ」「ことばをあつめてるんだ」。
 冬が来た。蓄えた木の実が減っていって、藁(わら)もなくなったとき、他のネズミはフレデリックを見つめる。
 フレデリックは冬の夜に春の光を、色を、言葉を奏でて見せる。光、色、言葉によって、他のネズミたちの心を養う。フレデリックは詩人。役者、芸者、易者。そうしてもっと向こうへ続く道があることを示す。

 

  11月18日(日)
 深夜0時からラグビーを見る。日本対イングランドのテストマッチ(対等な国どうしの試合)。ロンドンのトゥイッケナム競技場に8万人が見つめる。その8万人を前半は沈黙させてしまう日本のプレー。FW(フォワード)にリーチマイケル、BK(バックス)の福岡堅樹がよかった。
 何がよかったのか。勇気だ。本番の試合でなかなか湧かないのが勇気。頼るべきものがなにもないフィールドに防具ひとつ付けずに、フェファプレーに徹しながら、ぶつかりあう。自らの内部に紡ぐ勇気という気を唯一の頼みとして戦う。それがラグビー。代表チームであろうが、私が体験したクラブチーム(草ラグビー)であろうが、それがラグビー。
 日本代表、よくやったと思う。

 

  11月22日(木)
 岩倉川沿いのクヌギ、ケヤキが葉を紅(あか)く染ながら、風に散っている。冬の雲がやっと来た。
 急に時雨始めたと思ったら、こんどは急に晴れている。日が差してくる。めまぐるしく変わる空。
 あっ、虹だ。
 虹が空に大きくかかっている。
 以前から響いていた音。そう、人類がこの世界にやってくる以前に響かせていた音を虹が鳴らしている。そんな気がする天空。

 

  11月23日(金)
 木枯らしが吹き始める。
 昨年より23日も遅い。高温(温暖)化の日本列島にも、やっと木枯らしが吹き、私はあわててセーターを着る。
 中村哲さんから、「アフガニスタンのかんばつがますますの悪化」の週報(2018年10月15日受信報)が入る。「最後まで実質を重んじて力を尽くし、一人でも多くの村民が生きながらえるよう祈ります。終末の時こそ、いっそうの力を尽くしたいと思います」とある。
 哲さんの「終末の時こそ」の決意。耳をすませれば、決意の声が聞こえる。
(11月29日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第335回)明日が見える

 ふだんは夜10時半には寝入るのに、「今晩はラグビーをリアルタイムで見るのだ」と張り切って、起きていた。自分自身が試合に出るわけでないのに、なんかソワソワしていたのである。
 その試合、夜中の12時からキックオフとなった日本代表対イングランド代表の戦いのもようは、またいつか書く。
 今書きたいのはことはラグビーではない。
 その30分前に何気なく、TVを点け、「長すぎた入院」(2018年11月17日のETV特集選の再放送)を途中から見た。
 偶然なことで途中から見ただけなんだけど、日本社会が「背負いつづけた課題」(島田等さんの「らい詩人集団宣言」)の示現の映像に、心が奪われた。
 30年、40年。いちばん長いケースが59年。
 こんなにも長い期間、家族の受け入れがないとかの理由で精神病院に入院させられているのである。
 すっかり治っているのに、だらだらと入院させているのである。ハンセン病と全くのところ同じ。
 その国家の人権状況のチェックは、その国の刑務所や精神病院、収容所に行ってみれば、すぐにわかる。日本の人権レベルがどんなんか、言う必要もないだろう。
 その59年も入院生活していた男性(おじいちゃんだ)、虚空の一点を見つめ、無表情だった。それがやっとこさ、退院して、グループホームで暮らし始める。
 退院1か月後の映像にびっくりぎょうてん。
 なんと柔らかいことか。生々としている。無表情は長期拘禁が生成していたのだ。
 そうして発せられる言葉に、再びびっくりぎょうてん。
 「自由がいい」(金在述さんといっしょ)って。
 「(ここホームにいると)明日が見える」って。
 なんていう美しい言葉だ。
 いまここが充足していて生きてあるからこそ、きっと心豊かな明日(おじいちゃんは「あした」と言った)があるのである。明日が楽しみだ、なんだ。
 その番組では他に興味深い映像があった。「入院治療する必要の全くない知的障害のひとびとを30パーセント精神病院に収容している」とか、「3・11の原発事故で閉鎖せざるをえない精神病院から追い出されたひとが『なんでオレは30年間も入院しなきゃならなかったんだ」と思い、元看護婦さん、元院長のもとを訪ねていく」とか。それぞれ心をひきつけられた。
 人間存在をその社会の都合で役に立つヤツと、役に立たないヤツ(ゼニのかかりすぎて、付き合うのに大変、おまけにゼニをつくることができそうにないヤツ)に分別。そうして後者を切り捨てる。これを優生思想と言う(何度も言っているけどね)。
 ナチスドイツにおいて、ユダヤ人、障害者、同性愛者、ロマ(ジプシー)、共産主義者らがガス室へ入れられた。
 日本において、ハンセン病や精神病者が「病みすて」(島田等さん)にあった。遺棄されたのである。
 戦後日本社会でも優生思想は能力主義とラベルを変えただけで、生々として生きのびている。
 障害者らへの強制不妊手術のことも生きのびの一例。
 「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」目的のためには必要な手術であって、「憲法の精神に背くものではない」(1949年10月、当時の厚生省公衆衛生局長通達)のである。
 「不良な子孫」って、なんと冷酷さに満ちるか。
 「明日(あした)が見える」「立てよ歩めよ、わが子よ」といういのちの向日性が全くない。
 戦場に立って、見知らぬ異国のひとを撃てず、気が触れていった男たちの自然さ、純真さ、気高さがない(きのう11月18日の三室勇さんの11月例会においては戦争神経症と言われていた。このレポートはまた)。
 学校教育の点数主義だって、優生主義。これに疑問をもたず、放置させたままで社会を運営し、いまに至っている。
 気づいてほしいな。
 「長すぎた入院」。いい番組。
 気づいていこうよ。
(11月22日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第334回)ウラヤマ(その6)

 ウラヤマへの紀行。その6回目。
 11月の初めの休日に、再び比良山系の白滝山(1022メートル)と白滝谷へ行った。
 2018年のいまここの紅葉に出会いたかったからである。
 ブナ、ミズナラの紅黄葉にスバリ出会えることができた。ありがたい。
 気品のある姿でそれぞれの木々は最期を鮮やかに染め、散っていた。
 落葉は死では全くない。死も生もない「大いなるいのち」に続く。来春の芽吹きに備えているのである。
 白滝谷の紅黄葉は見事。下山するとき、まだ昼の1時半なのに、すでに谷は日陰が始まり、木枯らしが吹き始めた。
 カエデもブナ、サワグルミも、すべての紅黄葉が巻き上がり、吹き上がっていった。
 昔々のこと。火山活動で比良山系が生まれた。その後に凄まじい断層が生まれ、琵琶湖側が陥没(その結果、川が塞き止められ、いまの琵琶湖が生まれる)。同じような断層(花折断層といって、いまも活断層、若狭の原発のほうに連なっている)によって、安曇(あど)川側も陥没滑落しているのが、たとえばいまここの白滝谷。傾斜20度を超える急斜面の谷。
 花崗岩に覆われているから、白っぽい。白い滝が次々と現れ、紅黄葉がしきりに回り、飛んで、舞っている。
 言葉を失う。ただ見ていた。美しい――。
 山行コースの説明、忘れていたね。朝8時に岩倉の花園橋から京都バスに乗る。花折峠を越え、坊村に1時間後に着く。
 バスを下りるほとんどの人は主峰の武奈ヶ岳(1214メートル)へ向かう。私ひとりは明王谷を登り歩く。
 伊藤新道から直登。30分でワサビ大滝(落差20メートル)、いくつかに流れが枝岐れし、流れている。
 トチノキの大木がどかーんと立っている。見事だ。
 そこからがきつい。体力的にヒーヒー。スギの植林地を傾斜20度〜25度の急山道を登ることになる。
 大滝から1時間で白滝山の頂上に立てたから良かったけど、「あれがもう30分、40分も続いたら……」と思った。63歳のいまの体力の限界かもしれない。いままでは「路傍の小さな花を傷つける」と思っていた杖(トレッキング・ポール)の使用を考えようか、と思ったほどだった。
 白滝山も頂上らしい展望はない。冬木立のブナが立っているだけ。それはそれで美しい。音羽池などに下り、夫婦(めおと)滝へ、急斜面を下りていく。
 ここで「武奈ヶ岳はこの道でいいのですか」と実に奇妙なことを聞くおじさんに会った。びっくりぎょうてん。これって、八坂神社で「上賀茂神社はもうすぐか」と聞くようなもの。「決定的な間違いを4回はしている」「どうして大橋小屋からココに来てるんだ」と思ったけど。もちろん、そんなことは言わない。言えない。「ココから白滝山へすぐ登ることができますから、そこから下山し、坊村へ下りることを、心から勧めます」と言ってみた。あのおじさん、ちゃんと家に帰っただろうか。
 そういえば、伊藤新道で大津市消防局のお兄さんに会った。新人の隊員の訓練を兼ねた見回りをしている、と言う。地図も持たないで(もちろん磁石なんてない)、比良山系にやってきて、「私はいまどこにいるのでしょうか」と109番電話していくひとが年間20人はいる、と言う。109番のヘリコプターはタクシーじゃないのに、ね。うーん。
 夫婦滝(落差25メートル)の清楚な、立派な姿を眺め、白滝谷を下っていった。橋のない丸岩だらけの“流れ橋”が3か所もあり、なんとか渡り、3時半に坊村に戻った。
 忘れられない白滝山、白滝谷。ブナの紅黄葉の別天地。
(11月15日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
戦争の現実を改めて見つめ直す――三室勇さんの11月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 戦争が終わった、とする。
 とてつもない異常な行為行動の結果を前にして、「どう考えていいのか」「どう生きていけばよいか」がにわかにはわからない。これが自然な反応ではなかったか。
 古典の誰かの、何かに呼応し、反応に生の指針となれば、それは幸いなこと。そうでない多くのひとびとは、自らの内部で自ら言葉を紡ぐこと以外に生の荒野を生きることはできなかったと、思う。戦後精神とはコレであったし、私は私でその精神のパスを受けとってきたつもりの人間である、もう次の戦争はない、と思っている。
 ところが、そうでは全くなく、「戦争が終わったとたん、次の戦争に備える」というひとがまた多い。第2次大戦中の調査をし、姿の見える敵に向かって、発砲した兵士がわずか15〜20パーセントなので、訓練していこうという考え方のひとがいて、着々とやってきている。発砲率が朝鮮戦争で50〜55パーセントへ、ベトナム戦争で95パーセント。着々、ちゃくちゃく、チャクチャクと音が聞こえてくる準備がすすんでいる。これが戦争のもういっぽうの現実だ。
 だからこそ、いろんなところで、いろんなひとが、あきらめずにへこたれずに、何やかやゴチャゴチャと「戦争って、こうでっせ」と言いつづける必要がある。
 まけちゃあ、いかん。
 それだからこその11月例会。
 ようこそ、ようこそ。
 来月は12月16日(日)の中嶌哲演さん(明通寺住職、福井から原発を止める裁判の会・代表)の「仏教以前のことから」。
こっちも、ようこそ、ようこそ。

   2018年11月例会
11月18日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
三室 勇さん(エディター兼ライター)の「戦争の現実を改めて見つめ直す」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので、事前に必ず)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制、参加は自由)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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