2008.09.04 Thursday
連載コラム「いまここを紡ぐ」(第166回)回復する主語――頭が下がる、入佐明美さんの働き
大阪の釜ヶ崎には、ドヤがある。ドヤは、ヤド(宿)をひっくりかえした隠語である。
畳1枚分のスペースが、1泊1000円だったり、1500円だったりする。 ドヤの同じスペースに、たとえ10年間継続して居住していても、その労働者はふしぎなことに「住所不定」である。住所があるのに「不定」なのだ。なぜか。行政が、ドヤにおける住民票取得をかたくなに認めないからである。 住民票を得られないので、生活保護は受けられないし、選挙権はないし、就職や転職が不可能になる。 しかも、どの労働者もさまざまな理由でドヤに流れて来ているので、身元保証人を探すことが、困難をきわめる。 住民票がなく、保証人が見つからないと、いくらやる気があっても、いくら努力しても、職を得ることは100%できない。日雇い仕事がなくなり、あるいはケガをしてしまうと、野宿がしいられることになる。 野宿は、苛酷である。次の数字が、その苛酷さを明示している。 2001年に大阪市内において、路上・公園・河原で306人(うち女性6人)が亡くなった。結核や胃潰瘍などによる病死のほか、餓死18人、凍死19人、自殺52人(白骨・ミイラ化も33人)。平均年齢は56歳。最年少は20歳、最高齢は83歳である(以上、読売新聞2002年10月12日)。 大阪市内だけで306人である。京都、東京、名古屋、横浜を入れたら、どれくらいになるのか。 警察はちゃんと調査し、データを持っているのだろうか。 というのは、たとえば野宿労働者がしのぎ(強盗)にあい、警察署に行き、「犯人をつかまえろ」と訴えても、事件そのものを受理してくれない。ふしぎなことに、事件でないのだ。 北アルプスで登山者が1人墜落死したら、大きな記事がちゃんと載るのに、野宿のおっちゃんがたとえ1晩で10人路上で亡くなっていても、記事にならない。 野宿者は、警察特有の隠語で450(ヨゴレ)でしかないからである。 多くの市民も、「その対応でよし」と思っており、警察、新聞、行政の動きを下支えしている。 入佐明美さん(53)は、その釜ヶ崎の労働者たちの生活・医療の無料相談に1980年からのっている。 「アパートの1室になんとか入りたい」と望むおっちゃんがいたら、身元保証人になり、敷金など5万を貸し付ける。アパートだと行政は住民票を発行するので、生活保護の申請ができる。その給付金を受けられたら、どのおっちゃんも、必死に入佐さんに返済。「このオレを入佐さんは信用し、5万円も貸してくれたんや。この入佐さんだけは、裏切るわけにいかへん」と、どのおっちゃんも、完済。 希望がかなって、アパートの部屋に入ることができたおっちゃんは、たたみの香り味わいながら寝る。コンコンと眠る。1年ぶりの、2年ぶりのたたみの上である。なかには「ゆべはあ、うれしいてうれしいて、一睡もでけへんかったわ」(入佐明美『地下足袋の詩(うた)』東方出版)というおっちゃんもいるけどね(笑)。 しんぼうにしんぼうを重ねてきて、やっととりもどすことができた、わが人生である。再び手にすることができ、失いかかってしまっていた、わが主語である。 (9月4日) |