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仏教以前のことから――中嶌哲演さんの「講座」へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 12月16日(日)は中嶌(なかじま)哲演さん。
 福井県小浜市の明通(みょうつう)寺の住職。空海の真言宗。1200年前に創建されている寺。
 「福井から原発を止める裁判の会」や「原発反対福井県民会議」の代表でもある。運動の中心に、哲演さんの姿がいつもある。
運動以前の哲演さんは「自閉的な灰色のニヒリズム」に取りつかれていた(いままで2回、論楽社に来ていただいているので)。ひょんなことかで、近所に原爆の被害者がいたことで、いろんなことに気づきはじめた(内部ヒバクのことなど)。55年前のことだ。
 そこから哲演さん、ヒバクシャ援護の托鉢を1968年から始める。26年間も続ける。
 そのころ関西電力は若狭(一帯)を狙い打ちにしはじめていた。さっそく「原発設置反対小浜市民の会」を哲演さんは立ち上げる。1971年のこと。
 「反原発」の声は出すけど、小浜以外に次々と原発が発生していった。
 哲演さん、反対運動に集中していく――。
 以上が、ここ2回の講座だ。
 3回目の講座だ。視点を少し変える。
 あえて「仏教以前」に光を当ててみよう。そう思って、哲演さんにお願いした。
 何かが形成されると、その何かの形にどうしてもこだわってしまう。執着してしまう。その何かの以前の姿にゆたかに気づくことで、その何かそのものに新しいエネルギーが加わっていく。
 運動以前に気づくことによって、運動そのものがより輝く。宗教以前に気づくことによって、宗教そのものがより光る。
 そういうことだ。
 みんながみんな知っているように、ブッダになる以前のゴータマ・シッダールタはシャカ族の王家の息子だった。人間存在の生老病死に苦悩した果てに出家した――と、言われている。
 それは間違いない。
 「王よ、あちらの雪山(ヒマーラヤ)の側に一つの正直な民族がいます。昔からコーサラ国の住民であり、富と勇気を具(そな)えています。」(422)
 「(略)《サーキャ族》(釈迦族)といいます。王よ、わたくしはその家から出家したのです。欲望をかなえるためではありません。」(423)
 「諸々の欲望には患(うれ)いのあることを見て、また出離こそ安穏(あんのん)であると見て、つとめはげむために進みましょう。わたくしの心はこれを楽しんでいるのです」(424――『ブッダのことば(スッタニパータ)』岩波文庫のP.74)。
たとえば、原テキストのこの部分だ。読んでほしい(もっともっと社会的・歴史的な内実を見きわめてゆきたいと願う)。
 何があったのか。
 戦(いくさ)だ。戦争だ。
 史実から言えば、シャカ族は滅亡するんだ。絶滅するんだ。
 これはスゴイ事実。
 戦争という、いまもなお私たちを苦しめているものに、ブッダは何を思い、何を考え、何を苦しみ、立ち向かっていったのか。それを、ともに考えたい。
 でなければ、次の言葉をどう読むのか。
 「生きものを(みずから)殺してはならぬ。また(他人をして)殺さしめてはならぬ。また他の人々が殺害するのを容認してはならぬ」(394、同書のP.69)。
 原発はすべてのいのちへ全体主義戦争をしかけているのではないか。いまを見つめよう。
 12月16日(日)、哲演さんの講座へ、ようこそ、ようこそ。
 心から、ようこそ、ようこそ。

  講座・言葉を紡ぐ(第121回)
2018年12月16日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区中在地町148、TEL 075-711-0334)。
中嶌哲演さん(小浜の明通寺住職、福井から原発を止める裁判の会代表)の「仏教以前のことから」。
参加費1500円。要申し込み(私宅なので)。
交流会5時〜6時半(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
戦争をやれば、ひとが壊れる――三室勇さんの11月例会レポート

 10日もたった。11月18日の11月例会の三室勇さんの心に残るスピーチから、10日も過ぎた。三室さんや塩田敏夫さんから教えてもらった本をずっと4冊読んでいた(これらについてはいずれ書くね)。
 戦争のリアルさを改めて見つめ直そう、と思った。けれども、見つめ直せば直すほどに、凄惨さ陰惨さが極まっていく。そんな気がする。
 歴史は私たち生者のものだけではなく、死者たちのものでもある。
 その死の立ち位置を生者が身勝手に変えてはいけない。改竄(ざん)してはいけない。
 たとえどんなに無明(むみょう)が湧いたひとであろうとも、そのひとの死はひとつの図書館が消えたと言える。
 いま、戦争体験者が亡くなりつつあるけど、書き記されたモノを読むことが、戦死の現場にただ立って匂いをかいでみるとか、間接的ながらも、その立ち位置をよく見つめることだ、自分の全身で味わって考えぬくことだと思う。
 どのいのちにとっても、生きることはそれだけで希望だ。生が希望を湧き上げる。その生を戦死で断たれたひとたちに、「死んでも希望を紡いでいってください。見守っていってください。こんな平和な世をつくっていきますから」と言えるような社会をつくっていきたいと願う。
 そういう意味において、「なぜ戦死者を生んでいったのか」に、殺させたひとたちの責任を問うことが、たいへん大切なことと思う。根が残っていては、再び枝葉が生えてくるから。三室さんが「戦争責任をいまからでも問うべき」と言ったこと、首肯できる。三室さんや私のような人間が極少数としても——。
 結論をまず書いちゃったね(具体的には、別の所で書くので、待っていてね)。
 11月例会のポイントをメモしておく。次の5点だ。
 a. 日本人戦死者の90パーセントがアジア太平洋戦争の末期(1944年7月のサイパン島玉砕以降)。勝算が全くなくなっているのに(ゼロなのに)、なぜその後1年間も戦争を続けたのか。きわめて重要な、戦後のありようもふくめた大切な問いだ。どうしてなんだ。
 b. 戦死者の半分50パーセントが戦病死者(日中戦争において、アジア太平洋戦争では記録がない、これもなぜなんだ)。その戦病死者の61パーセントがなんと餓死者。
 c. 私的制裁(リンチというすさまじい暴行)が相次ぎ、自殺者が多い(実数は例のごとく記録がない)。硫黄島では43パーセントが自殺(戦闘死は30パーセントなので、それより多い)。
d. 傷病兵(動けない兵)は残置せず、「処置」された。つまり、殺害された(これも実数がわからない)。ガダルカナル島では撤収にあたって、動けない兵は猛毒で殺された。日本兵に。
 e. 戦争神経症のこと(これも実態がわからない、文書が焼却されているから、公文書を徹底的に廃棄している)。心の病を日本軍は侮蔑警戒し、臓躁(ぞうそう)病なんて呼んでいた。戦後も家には帰れず(ハンセン病といっしょ)、「未復員兵」と呼ばれ、入院生活が続いた。集団社会全体で戦(いくさ)をしておいて、心の病を発症すると、個人個人のせいにする。アイツの資質のためと言う。おかしくないか。「弱い」なんて言ったら、ダメだ。個人のせいではないのだ、と言いきりたいね——。
 以上だ。
 三室さん、ありがとう。きっと三室さんにとって、戦争は生涯のテーマのひとつ(私にとってもそう)。力のこもったスピーチ、ほんとうにありがとう。
 次は12月16日(日)、中嶌哲演さんの「仏教以前のことから」。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
戦争の現実を改めて見つめ直す――三室勇さんの11月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 戦争が終わった、とする。
 とてつもない異常な行為行動の結果を前にして、「どう考えていいのか」「どう生きていけばよいか」がにわかにはわからない。これが自然な反応ではなかったか。
 古典の誰かの、何かに呼応し、反応に生の指針となれば、それは幸いなこと。そうでない多くのひとびとは、自らの内部で自ら言葉を紡ぐこと以外に生の荒野を生きることはできなかったと、思う。戦後精神とはコレであったし、私は私でその精神のパスを受けとってきたつもりの人間である、もう次の戦争はない、と思っている。
 ところが、そうでは全くなく、「戦争が終わったとたん、次の戦争に備える」というひとがまた多い。第2次大戦中の調査をし、姿の見える敵に向かって、発砲した兵士がわずか15〜20パーセントなので、訓練していこうという考え方のひとがいて、着々とやってきている。発砲率が朝鮮戦争で50〜55パーセントへ、ベトナム戦争で95パーセント。着々、ちゃくちゃく、チャクチャクと音が聞こえてくる準備がすすんでいる。これが戦争のもういっぽうの現実だ。
 だからこそ、いろんなところで、いろんなひとが、あきらめずにへこたれずに、何やかやゴチャゴチャと「戦争って、こうでっせ」と言いつづける必要がある。
 まけちゃあ、いかん。
 それだからこその11月例会。
 ようこそ、ようこそ。
 来月は12月16日(日)の中嶌哲演さん(明通寺住職、福井から原発を止める裁判の会・代表)の「仏教以前のことから」。
こっちも、ようこそ、ようこそ。

   2018年11月例会
11月18日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
三室 勇さん(エディター兼ライター)の「戦争の現実を改めて見つめ直す」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので、事前に必ず)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制、参加は自由)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
戦争の現実を改めて見つめ直す――三室勇さんの11月例会へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 11月18日(日)の11月例会は、三室(みむろ)勇さん。
 新日本文学、せりか書房を経て、独立。医療ライター兼エディター。
 鶴見俊輔さんの「家の会」メンバー。低音の声での詩の朗読がいい(交流会でお願いしようか)。
 その三室さんに「現実の戦争」について、話していただく。
 現実の戦場にひとが立つ、ということは実際にどういうことなのか。
 たとえば、夜のTVニュースで「太平洋戦争の日本軍人(軍属)230万人の死者のうち61%が餓死」(栄養失調で死んでいく日本兵の表情がアップ)を見たらどうか。
 たとえば、「硫黄島の戦闘死者のうち、米軍に殺されたのは3割、残り7割のうち、自殺がなんと6割、捕虜になるくらいならと日本兵からの他殺が1割」(日本兵が日本兵から殺されていく表情のアップ)を眺めたらどうか。
 こういう現実をリアルに知るだけで、ワシらの心には「戦争って、何や」「イヤだな」「つらいね」という感情が自然と湧く。
 戦争には戦死と別れしかないこと、——それ以上でもそれ以下でもないことがわかる。
 戦争のリアルな現実を知ることは、すべてのひとびとを反戦非戦者に育てていく。
 そう思っている。
 そうすれば、戦死者たちの思い——オレたちは犬死していく、こんな戦争、もう、やらないでほしい——が伝承されていく。9条を守って、米国にも9条を広めて、軍隊を地上から消していくことが可能になっていく。そう思う。
 もちろん、そうなっていない。全く、違う。
 逆だ。
 隠蔽が繰り返されている。情報の操作も70年続けられている。実相が知られないように、実体に触れられないように、やってきている。
 それでも戦争を少しは知っているひとが生存していたときまでは、まだ社会がなんとか平和に傾いていた。
 そういうひとも亡くなっていった。
 そうなったら、間接的ながらも戦争体験の事実のリアルに叙述された本を読み込んでいく作業が必須ではないか。
 隠蔽されていることを積極的に読んでいくことが必要ではないか。
 そんな11月例会。三室さんにお願いする。いまいちど戦争の現実のリアルさを、ともに見つめよう——。
 ようこそ、ようこそ。

   2018年11月例会
11月18日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
三室 勇さん(エディター兼ライター)の「戦争の現実を改めて見つめ直す」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので、事前に必ず)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制、参加は自由)。

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| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 09:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
運動以前が運動自体を育てる――スワロウカフェの10月例会レポート

 こんなこと、論楽社の歩みで、初めて。
 台所でスワロウ カフェのひとたちが昼ごはんをつくってくれている。いい光景。
 10月14日(日)の10月例会のことである。
 メニューは、シンプル。丹後の宇川の米軍基地近くの田んぼで、スワロウ カフェのひとたちが育てたお米のおむすび(にぎりめし)がメイン。
 この新米が実にうまい。ありがたい。
 あとはみそ汁(トマトにしょうがを擂って、これが出しになって、全体を味つける、うまい)、サラダに米糠(ぬか)ケーキ(黄粉をかける)。そうして漬けもの(差し入れだ、ありがとう)。
 それぞれがおいしい。
 いきなりの交流会って、初めてだけど、おもしろくて、おいしいんだ。
 なぜなんだろうか。つまり、運動以前のゆたかさやおいしさが、運動そのもののゆたかさ、意義深さを育(はぐく)んでいくんだ。
 そう思った。
 昼ごはんの後は、スピーチ。
 まず、大野光明さん(スワロウ カフェ)が宇川のことをごく短くレポートしてくれる。私が心に残ったのは、ある住民のひとの声だ。「(国家が決めたことには従え——という態度に)虫けら同然の扱いだ」という心の声だ。
 塩田敏夫さん(毎日新聞記者)のレポートも同じだ。塩田さんの現場レポートは熱い。そうして、ますますシンプルになっている。とってもいい。
 どこのどいつかもわからん米軍人と部下のような日本政府高官とが勝手に決めたこと、それになんで従わなきゃならんのか。なんで操られなきゃいかんのか。テキトーな約束ごとを口先だけで言っておいて、自らどんどん破っていくなんて、許されるのか。——そんな地元のひとの声を伝えてくれる。
 そんな扱いは、沖縄のひとだって、宇川のひとだって、イヤだ。イヤに決まっている。原発も米軍基地も、具体的な地元の生活の日常の姿とは、全く相容れない。
 日本政府には当事者能力があるんだろうか。
 自分の国土の安全保障のことを自分の能力判断で決定していくことができるんだろうか。
 難しい話じゃない。
 左翼であることも、お勉強しなきゃならんことも、全く必要ない話だ。
 自分たちのことを自分たちで決めていくというシンプルな話。スワラジ自治の話だ。
 (既成)の政党なんて、かえって邪魔するだけかもしれない。影響力なんて、最初は無視していって、歩めばいいんだ。そう、思う。
 いつの日か沸点が100度になる。
 運動以前の深さを蓄えていく。そうすれば、運動そのものも元気で、すこやかになっていく。
 10月14日(日)は、おもしろい気づきの日。
 スワロウ カフェ。感謝感謝。ありがとうね。
 ありがとうございました。
 次は三室勇さん(ライター兼エディター)、11月18日(日)。
 次の次(ことしのラスト)は中嶌哲演さん(小浜の明通寺住職)、12月16日(日)。
 詳しくは、またのニュースで。では、では。会いたいね。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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