論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
あるがままに――しん平ワールドへ、ようこそ、ようこそ(その2)

 8月3日(土曜日)、とりいしん平さん(ミュージシャン)の「あるがままに—絵本・詩・歌そして対話」
 しん平さんに会えるね。ようこそ、ようこそ。
 論楽社、クーラーがないので、汗ふきタオルを忘れないで。
 また、土曜日なので、ふだんの日曜日には来れないひと、ようこそ、ようこそ。
 しん平さんの小学校教師時代、若い教師たちに向けての「秘伝書」を編んだ。「さまざまな体験を伝え、若いひとの経験にしてほしい」との願いだったと思う。
 私家版で手作りされ、そんなに多くない部数が郵送された。
 その最終号が届けられた。
 その号に、あるひとりの同僚教師の自殺のことが書かれている。
 学校中がパニックになった事件である。
 しん平さんは早朝の学校、放課後の夜、誰もいない学校の中、まだ異様な空気感の漂う中、主の祈りを行(ぎょう)じたのである。

 

天にまします我らの父よ
ねがわくは御名(みな)をあがめさせたまえ
御国(みくに)を来らせたまえ
(すみませんが、以下略)

 

 主の祈りを行ずるとは、きっと主の祈りを生きるということ。
 礼拝の儀礼として主の祈りを単に唱えるだけでなく、きゅうりを刻みながら、歩きながら、休みながら、声を出しつづけ、主の祈りとともに生きていくこと。
 宗教は思想哲学と何が違うか、この行があるか、ないか、である。頭だけ思考するだけでなく、全身で実践してこそが宗教。
 しん平さんは、主の祈りの行の中で、自殺してしまったひとと私たちのいのちのつながりの意味に光を得て、平安が心に満ちはじめ、生きのびることができた——と書いている。
 人生を生きていくと、いろんな苦に出会う。
 いろんな苦をあるがままに受け入れ、天の窓を開き、苦以外の楽(らく)を大きく大きく伸ばす。
 苦と楽があるがままに、ほどけあって(つまり、ほとけになって)、煮込みあって、スープになる。
 苦が結局いい出(だ)しになっているんだ。
 しん平さんの歌と語りは、そんなスープのような味だ。
 8月3日(土)、しん平さんに出会ってほしい。
 もういちど、ようこそ、ようこそ。

   2019年8月例会
8月3日(土曜日)午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
とりいしん平さん(ミュージシャン)の「あるがままに—絵本・詩・歌そして対話」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なのでね)。
交流会5時〜7時。自由カンパ制。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 13:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
あるがままに――しん平ワールドへ、ようこそ、ようこそ(その1)

 8月3日(土)、しん平さんに、会える。
 きっと暑い土曜(土用?)。
 クーラーがないので、タオル、水をご持参で、ようこそ、ようこそ。
 鳥井新平さん(以下しん平さんとする)、1年半前に小学校教師を定年退職し、現在同志社大学神学部へ。おっちゃん学生、2年目へ。
 牧師を目指している。
 他の誰でもきっとそうなんだろうけど、しん平さんの小学校教師生活35年、山あり谷あり。つぶされないで、よくふんばったんだな。そう思う。
 つらいこと、しんどいことを体験するたび、心を開いていく。風を入れていく。祈っていく。それを繰り返していったんだと思う。
 その結果、いまのしん平ワールドが生まれていき、たとえば赤い帽子に黒い丸メガネ姿に変化(げ)し、柔らかい闘士になっていったのかな。
 とても教師には見えない感じが醸される。
 悲苦の地を耕し、喜楽の花を咲かせる。
 苦と楽がほどけあって、とけあって、縫い込まれてゆく。
 そんな精神の広場づくりに、なんとか辿り着いていったのではないのか。心の登攀があったのではないか。
 そんなしん平さん、8月3日(土)はあるがままに歌い、あるがままに詩をよみ、絵本の朗読をし、参加者といっしょに味わっていきたい。
 アーサー・ビナード(「朝美納豆」と自らの名を漢字表記、アーサーは納豆好きだ)の『ちっちゃいこえ』(紙芝居、童心社)を楽しもう。
 世界への信頼が破壊された後でさえ、いのちの声がある。そのいのちの声を聞きとっていこう。
 ヒロシマの日の3日前に、ようこそ、ようこそ。会おう。

    2019年8月例会
8月3日(土曜日)午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
とりいしん平さん(ミュージシャン)の「あるがままに—絵本・詩・歌そして対話」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なのでね)。
交流会5時〜7時。自由カンパ制。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
自分にしか書けないことを書く――塩田敏夫さんの6月例会レポート

 10日もたってしまった。
 レポート、遅れた。ごめん。
 塩田敏夫さんの話、よかった。刺激を受ける。
 ところが、反応が生まれてくるのに10日間もかかったんだな。
 おもしろい。
 「その間(ま)がいい」と思うようにしている。
 無理にしない。急がない、間を待つ。
 でも、遅れて、ゴメン。
 準備はていねいに1か月かけた。61通の手紙、書いた。塩田さんの昔の新聞記事を含め、「来てほしい」と手紙にした、手紙が論楽社の原点。
 16人が参加してくれた。ありがとう。感謝感謝。
 内容だ。塩田さんの話に、久しぶりに、幕末に生きた漢(おとこ)たちの姿を想起していた。処士横議、浪士横行——なんて言葉を連想した(ちなみに民衆がヨコにつながりあっていくことを160年前も当時の政府もキライであった)。
 米国人米兵は特権を与えられている。たとえ交通事故を起こしても日本の法律で裁かれることはない。
 「どんな事故だったか」をしっかりと市民に伝えていくという基地建設当初の約束だった。その約束が昨年2月から1年5か月以上も守られていない。
 市民たちが抗議するけど、米軍は無視。市民を守る京丹後市役所も、特権者に気をつかって、フラフラ。
 「なんでなんだ」と塩田さんは問う。
 言ってみれば、そういう6月例会だったんだけど、塩田さんの気迫がいっそう増していた。深まっていた。心に沁みた。
 毎日新聞社が不振(新聞を読まない)。人員削減が続いている。厳しい。
 そういう状況の中でも「書くんだ」という意志が伝わっていた。
 「自分にしか書けないことを書くんだ」という記者魂を感じていた。
 その塩田さんしか書けないのが、山口洋子さんのこと。
 米軍基地のある宇川は過疎地。唯一のスーパーマーケットが閉鎖してしまった。買いものができなくなってしまった。
 山口さんは宇川の特産品づくりに勤(いそ)しんでいる。「孫子(まごこ)に生々とした故郷を残していきたい」という願いゆえ。
 タクシー会社も宇川から撤退したとき、山口さんは「支え合い交通」の運転手をかって出て、高齢者たちが買いものするのを乗せてきた。だから、そのスーパーが消えるということが「どれだけ大変か」を肌で知る。
 その山口さん、ある移動販売の会社の社長に「宇川に来てくれ」と直(じか)談判。
 問題は冬場の運転。日本海沿いの宇川だ。冬が厳しい。風が強い。道も凍る。男の運転者だって、躊躇(ちゅうちょ)。
 そこに、「私が運転します」と山口さん。62歳の気迫の女性だ。
 涙が出る。
 その山口さんも、もちろんのこと、米軍基地に立ち向かう。
 だって、「孫子に生々とした故郷を残していきたい」ゆえだから——。
 沖縄のひとだって、宇川のひとだって、みんながみんな、故郷の風景を残してゆきたい。あたりまえの生活に、米軍基地なんていう、いわば特権者(つまり人権破壊者)が相容れるわけがないんだ。
 塩田さんはそういうおばあ、おじいたちと交流し、塩田さんにしか書けないものをこれからも書いてゆく、ポジティヴ・ニュースのポジティヴさがいっそう深まっていく——。
 以下番外編。
 交流会で、なんかの拍子に永井葵さんが中島みゆきの「ヘッドライト」を歌い出した。すると、「もっともっと聞きたい」となり、ビギンの「島人(んちゅう)ぬ宝」「風(かじ)よ」「涙(なだ)そうそう」を次々と歌う。無伴奏のアカペラで。こんなおもしろい夜は、初めて。
 塩田さんも歌う。なんとユーミン(松任谷由実)の「卒業アルバム」。
 ちなみに今月6月は明子との生活、まるまる5年。「6年目へ」の月だね。みんな、ありがと、ありがとう——。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ポジティヴ・ニュースの行方――塩田敏夫さんの6月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 ポジティヴ・ニュースって、どういう造語なのか。何なんだろうか。
 世の中、森羅万象、さまざまな「耳に新しい知らせ」がいっぱいある。
 その中でグッド・ニュースを150年前に福音(ふくいん)と訳したセンスもまたスゴイ。私の言うポジティヴ・ニュースはグッド・ニュースに近いけど、何か特別の宗派や宗門なんかに執着することではない。もっと一般的なこと。
 「生きていくと、イヤなこと、信じられないこと、いっぱいあるけど、その気持ちを洗い流し、それでもすこやかに、ともに生き切っていこうよ」と思い、思わせる知らせに接していきたいと願っているから、ポジティヴ・ニュースという言葉が浮かんだと思う。
 逆に言えば現行のニュース産業の多くが、ネガティヴ・ニュース。警察役所官邸の発表ものに満ち、ひとびとの意識を治安維持、社会防衛の方へ、支配コントロールの方へと持っていく。
 殺人ひとつでも、現行のネガティヴ・ニュースだと犯行の異常性を強調し、「そんなヤツは社会から叩き出せ」となる。
 ポジティヴ・ニュースだと「なんでそこまで追い詰めたのか」「追い詰められたのか」と日常性がもっと強調され、人間の実存(自我感情が暴発しそうな思い、いつも妄想が爆発するかという日々)に気づき、「これからワシらはどうやって生きていくか」と内省しはじめる気がしている。こんなポジティヴ・ニュース、読みたい。
 ついでにちょっと言うね。ニュース産業の職場の日常でしっかりと「表現の自由」をもっともっと生み育てていかないといけない。「表現の自由」を消費してばかりしていてはいけない。もっともっと自由を生産しなきゃ。
 以上のことは、塩田敏夫さんに出会って、私が思ったこと。
 6月30日(日)は、塩田さんも参加者ももっと自在に語ってほしい。
 ようこそ、ようこそ。
 次の次は、とりいしん平さん。8月3日(土曜)だ。
 暑いけど、会いたいね。ちょうど1か月後だよ。

    2019年6月例会
6月30日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
塩田敏夫さん(毎日新聞記者、京丹後駐在)の「ポジティヴ・ニュースの行方——丹後半島の現場の豊かさ」。
参加費1000円。
要申し込み(私宅なもんで)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ポジティヴ・ニュースの行方――塩田敏夫さんの6月例会へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 6月30日(日)、塩田敏夫さんの6月例会。
 ようこそ、ようこそ。
 塩田さんとは16年前に滋賀の能登川図書館で出会った。才津原哲弘さんのおかげと思っている。
 それまで毎日新聞の大阪本社(略して大毎)の社会部にいて、調査報道をやっていた塩田さん。当時は大津支局長。
 塩田さんは塩田さんで、才津原さんと出会い、滋賀県版に「支局長からの手紙」を連載中。よく才津原さんのことを書いていた。
 私は私で、才津原さんを知り、深夜に長いFAXをよくいただき、「支局長からの手紙」を送っていただいていた。
 その「手紙」にこんな言葉がある。それぞれ引用なんだけど、ドキンとする。

 「両手はね、好きな人を抱くためにあるんだよ。本当に好きな人の体だけでなく、心を抱くためにね」(柳田邦男さんの言葉、2004年11月29日付)。
 「存在を存在たらしめよ」「アイヌの人が一人でも存在しているかぎり、アイヌ民族は存在している」(姫田忠義さんの言葉、2005年10月10日付)。

 こんな言葉を新聞の日常に見つけたら、光を感じる。風を感じる。
 ポジティヴ・ニュースという言葉(私の造語だけど)。そんな言葉が浮かび上がってきた記憶がある。
 その後、塩田さん、総合事業局企画開発部長へ。
 そうして、志願し、いち記者に戻り、京丹後へ行った。
 その土地の里山、里海(さとうみ)において生きてあるひとびとに出会い、ポジティヴ・ニュースを生みつづけていたところに、なんと米軍レーダー基地がやってきたんだ。
 米軍基地なんていうものが、丹後半島のひとたちのふつうの暮らし——この暮らしが何よりもゆたかなもの——と、相容れるわけがない。
 乗り越えられるのか。厳しい現実を乗り越えようとしているひとたちも含め、いまここの現場の話を聞きたい。
 繰り返すけど、ようこそ、ようこそ。

        2019年6月例会
6月30日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
塩田敏夫さん(毎日新聞記者、京丹後駐在)の「ポジティヴ・ニュースの行方——丹後半島の現場の豊かさ」。
参加費1000円。
要申し込み(私宅なもんで)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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