論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
再開――鈴木君代さんのホームコンサートへ、ようこそ、ようこそ(その1)

 7月19日(日)に鈴木君代さん(以下、君代さんとする)のホームコンサートが決定した。
 2月の行司千絵さん以来だ。5か月ぶりの論楽社の集いになる。
 喜びをもって、再開再出発のお知らせをする。
 うれしい。
 君代さんには何回も来ていただいているよね。
 自らの人生の歩みをありのままに語って、ありのままに歌っている。そういう僧侶歌手だ。
 君代さんにはコロナ禍の3月、4月、5月の日常を語ってほしいし、参加者の友人のひとたちもコロナウイルスの蔓延下の暮らしで感じたことを話してほしい。
 久しぶりに会って、わいわいとおしゃべりしたいと思う。
 7月19日、暑いけど、クーラーないけど、お越しくださいね。

    2020年7月例会
7月19日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
鈴木君代さん(浄土真宗僧侶+歌手)の再開ホームコンサート「いまここに在る」。
参加費1000円。
要申し込み(私宅なので、連絡は必要)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

 何度も書いたことだけど、私が坊主頭になって、タイの森の寺の修行のようなことをやりに行くとき、ちょうど空港の搭乗口で君代さんにバッタリ会った。君代さんは休暇旅行。ふしぎな縁で、同じ飛行機に乗ってタイへ向かった。塩田敏夫さんもいっしょだったね。11年前のこと。おもしろい友人だね。
 君代さんからギターをいま預かっている。2019年1月のホームコンサートの後で、「置いとくね」「次に来るときのために」と言われてね。そのギター、返さなきゃね。
 いいひとときを送ろう。
 お会いしよう。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 17:15 | comments(0) | - | - | -
再開のときに再会――それまではどうかお大切に

 論楽社の月例会、講座はいつ再開できるのか。
 わからない。いまのところ、見当がつかないね。
 コロナウイルスの動きしだいだ。
 いまはまだ第一波だ。
 これから第二波、第三波と地球を何周もするんだろう。
 100年前のスペイン風邪(インフルエンザ)だって、3年もかかっている。
 しばらくは待つことだ。
 じっと待っていこう。
 リトリート(瞑想に専念するために引きこもること)しよう。
 読書しよう。
 手料理をつくろう。
 そうして、気づいたことを日付を入れてメモしていってほしい。記録しておいてほしいな。
 再開した論楽社の月例会で、そのメモを基にして、話してほしい。
 とにもかくにも止まない雨はない。
 明けない夜もない。
 いまここを故郷(ふるさと)にし、希望を掟(おきて)とし、鼻歌でも呟(つぶや)いて、いのちを守っていこう。
 友人に手紙を久しぶりに書いてみよう。
 川の流れをのんびり見つめ、新緑のケヤキを見あげよう。光いっぱいの世界だから。
 お香を立て、部屋のぞうきんがけをしてみよう。
 自我感情(シンキングマインド)を盛り上げてしまい、妄想映画を見ないようにね。
 そうして声を出して、「イヤなことをイヤ」と言っていこう。でないと、「ウイルスよりも恐怖する」政治が、蔓延してしまうよ。
 再開のときに、再会しようね。
 じゃあ、またね。
 それまでくれぐれもお大切に。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 18:22 | comments(0) | - | - | -
歌をうたう――永井葵さんの卒業パーティーのレポート、コロナウイルスのこと

 Bさん、3月26日(木)、ありがとうございます。よく来ていただきましたねえ。
 Bさんが在てくださると、論楽社の座敷に精神の柱が立つ思いです。ありがとうございます。
 その日、ホームスクールに7年間も来てくれていた永井葵さんの「小さな卒業パーティー」でしたね。
 ビギンの「しまんちゅう ぬ たから」やラッド・ウィンプスのアニメ映画『君の名は』の主題歌などを、永井葵さん自らが歌ってくれました。
 とてもよかったです。
 きっかけは、昨秋のある日、ふと思って、「『卒論』のようなエッセイを書かないか」と提案してみたことです。すると、永井さん、「代わりに歌をうたいます」。そうしてにわかに日程を決め、声をかけ、BさんやHさんファミリーが参加してくれたわけです。
 歌はいい。とってもいい。
 たとえ「キライだ」という内容だとしてもそれが歌として成立していれば、その歌はいいのです。愛情があるからです。
 いまのコロナウイルスのことをどう思うのか、です。永井さんとも対話していますテーマです。
 Bさん、大昔読んだ古生物学の入門書のような本に「地球内部に潜むウイルスがもしも暴れたら1日か2日で人間なんて滅びる」なんて旨が書かれていたのを思い出します。
 温暖化のこと、前々から警告がされつづけていましたね。極地の永久凍土がとけ出して、氷の中のウイルスが露出してきた——という話も沁みます。
 熱帯雨林の伐採も森林火災も大きいでしょう。
 いわば危機です。
 政権担当者は危機を利用し、緊急事態宣言をつくっちゃいました。なんていう惨事便乗型政権でしょうか。
 ウイルスとの戦争なんてありえません。もっと冷静になって、シンプルな暮らしを取り戻してゆきたいと思います。
 愛情深い手紙を久しぶりに綴るのもいいでしょう。
 時間をかけて手料理をつくるのもいいでしょう。
 ぞうきんかけをしたり、ただ座してメディテーションするものいいでしょう。
 20年前の暮らしへ、30年前の生活へ、40年前の日常へ、自立的に戻していきたいものです。豆腐を買いに、なべをもって豆腐屋へ行く暮らし、悪くないと思います。
 何度も言ってますように「人間は地球の寄生虫」です。あくまでも主体は地球環境です。人間は吹けば飛ぶ寄生虫です。
 寄生虫のモラルもあります。誇りもあります。愛情もあります。
 ウイルスとは決して戦わぬように。
 そんなことをすれば、もっともっとウイルスが暴れるだけです。ウイルスそのものより、もっと恐ろしい政治がやってくるだけです。
 心落ちつけて、歌でもうたいながら、明日に向かって種子を蒔いたり、リンゴの木を植えたりしたいと思います。
 論楽社としても、永井さんのパーティーのような小さな集いをもっていこうと思っています。終息するまで1年間は最低でもかかるでしょう。手紙も出します。
 Bさん、また、お越しください。
 どうかお大切にね。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 10:34 | comments(0) | - | - | -
正直な服――行司千絵さん2月例会レポート

 2月24日の行司千絵さん(新聞記者)の話を聞いていて、思った。参加者は12人だった。
 きわめてあたりまえのことなんだけど、行司さんのいのちの大きさが新聞記者という仕事の大きさよりもでかいということである。
 いのちの器量が新聞記者を包み込んでいる——という感じ。
 行司さん、「私はAもダメ、Bもダメ」とか言いながらも、物語り、結局のところ自分自身のいのちの「お店を開いている」感じなのかもしれないね。
 正直に、誠実に自らのいのちを見つめていることが、「お店開き」を可能にしていっているんだと思う。
 ファッションって、どこかのデザイナー(メーカー)がどこか上から押しつけてくるところがある。そういう力にズレを敏感に感じて動く。そのセンサーは気持ち良さ、気楽さだ。
 そういう力が行司さんには確実にあって、2月例会の集いを実におもしろいものにしていってくれた。
 うれしいひとひときであった。
 とってもおもしろいものであった。
 同じ思いをいだいてくれたのは、大津の染織のHさん。
 要するに、「単にセンスがいいとかじゃなくて、わくわくする服やなァと思う行司さんの服。めざしたい」と。
 Hさんも言っていたけど、「肩紐(ひも)を赤色にするだけでどれほど気分が高まるか」っていうこと、あるんだ。
 色彩が苦を吸いとってくれることは自然にある。
 気持ち良さというセンサーをもっと、もっと太くして、生きぬいてゆきたいね。
 そのセンサーがギリギリの生命線になる。このファッショ(「ン」を取ると)の時代にはいのちの生命線である。
 行司さん、2月24日、感謝感謝。
 岩波書店のWeb連載中の「服のはなし」も同じように「行司さんのお店開いています」っていう感じ、よかった。この調子で、ぐんぐん続けていってね。
 人間、正直なのがいちばんだ——。

 

 ところで、以下は私からのお知らせ。
 行司さんの月例会をやっていて、改めて確認したほうがええと思ったしだい。行司さんの話や内容とは全く無関係のことだけど。
以下の2つだ。
 A.参加するとき、連絡ください。事前に、必ず。
 私は毎回毎回ゼロからキックオフし、手紙を出し、「ようこそ、ようこそ」と呼びかけていく。私宅自宅を開くのである(「米国ではありえない」と米国在住の友人は言い、「韓国でも、まあ、ない」と韓国の友人が言う)。緊張して、当時を私はいつも迎えている。だから、「今度行くよ」という電話連絡がいちばんの励ましになるのである(連載コラム「いまここを味わう」の第35回「冬の湯」参照)。
 B.発言は司会運営者を通してお願いします。小難しいことを言いたいのでなく、私のほうを見て、目で連絡してもらえればいいんです。
 論楽社の初志は何か。ひとりひとりの物語を聞きあうこと。それだけ。それがあって、初めて「ともに生きていく」が生まれ始める——。その生(なま)の実感はTVやインターネットには負けないもの。
 私は司会をしていて、いろんな参加者に目線を送って、発言を促す。ところが、多くのひとは「沈黙していたい」と目線で返す。それって、どこか「沈黙の布施」のような気がする。沈黙を大切にし、沈黙を聞く。そういう沈黙の布施の場所において、一方的に次々と発言してよいのかなと思いますので。司会者の方を見つめ、確かめ、発言していってほしいなあ。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:22 | comments(0) | - | - | -
受容の服――行司千絵さんの2月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 2月24日(月、振替休日)、行司千絵さんの2月例会へ、ようこそ、ようこそ。
 来てほしいな。
 行司さん、茨木のり子さんの装いについて、書いている(『暮しの手帖』第5世紀3号、2019年12月―2020年1月)。
 「理知的で品位と落ち着きのある装い」(同書)であったと書く。たしかに茨木さんのボタン、ハンカチ、アクセサリーの写真を見ると、「そんなんだったんだ」と思う。
 でも、「どうしてももうひと味、ほしい」と思う言葉は「茨木さんの野生」。
 野というと、みんな、粗や卑、雑を連想してしまうけど、私にとってプラス表現で「たっぷりしたいのち」を思い浮かべる。
 茨木さんにいちどだけ会ってる。そのときの直観が「野生動物!」。詩人の女性に失礼かもしれないけど。私が山野で出会ったシカを思った。野生のシカは高貴。凛として、「あなたは誰?」と骨太に問いかけてくる存在だった。そんな感じの茨木さんだった。黒縁メガネで低い声だったな。
 そういう意味で、茨木さんの「つばだけ残したデニムの帽子」(同書)なんて。ちょっと「野生」があってよかった。
ファッション。お洒落。都会的で、高価で、繊細で――とそれぞれのセンスを競い合い、意識産業化され、私のような「着たきり雀派」には全くのところ近寄りがたい。
 そういう現在(いま)に、行司さんは趣味の洋裁から少し切り込んで、小さな風を起こしているのかもしれない。
 手仕事としての、オリジナルな「おうち服」なんていいもんだ。
 詳しくは、行司千絵さん『おうちのふく――世界で1着の服』(フォイル、2015年)を見て。
 行司さん、気分のよさを尺度にして服をつくっている。
 その気分のよさ、気持ちのよさは人生すべての基本のキの出発。
 衣食住のすべてはそこから始まる。
 家庭生活だって、教育だって、すべての基本。
 行司さん、そういう意味で、おもしろい。
 2月24日、ようこそ、ようこそ。

    2020年2月例会
2月24日(月、振替休日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
行司千絵さん(新聞記者)の「気に入った服を着ると、なんで気分がいいのか」。
参加費1000円。
要申し込み(個人宅なので、事前に申し込みを)。
交流会5時〜7時。これは自由参加。会費は自由カンパ。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 16:15 | comments(0) | - | - | -
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