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ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第50回)スポーツにかける

 ある小冊子が送られてきている。
 大切な記録と思うので、少し書き残す。
 『生きるための熱――スポーツにかける入所者たち』(国立ハンセン病資料館、2016年11月)である。
 まず写真がいいな。野球の打者がボールを打った瞬間。相撲の押し倒しが決まる瞬間。それらの決定的瞬間が記録されてある。
 次に、このコメント。この省察を忘れないようにしたい。
 「野球に悲しみも苦しみも忘れて打ち込んだものだ。野球の腕を上げるにつれて希望が生まれたし、多くの入所者が社会復帰を目指すようになったと思う。」
 「俺は卓球をしている時間が一番幸福なんだ。何事も忘れて熱中している時には云(い)い知れぬ慰安を求め与えられている事実を知覚しているのだ。だから親しみを持ち何時となく来て遊ぶのだよ。」
 なんという明晰な省察であることか。
 これはハンセン病を得て、終生強制隔離されたひとたちの内省。病者であることも許されず、人間以下に落とされたひとたちの記録。
 しかし、言うまでもなく、これらは私たちの生における希望や幸福が湧くポイントを言い得ているではないか。
 タイトルの『生きるための熱』も心に染み込む。
 私たちに「生のための熱」ありやいなやを問うている気がする。
(12月20日)

| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第49回)天の滝
 滝がある。
 滝である。
 水が滔々と流れ、ある所に段差があり、水が迸(ほどばし)って落下していく。
 ただそれだけなの絵なのに、すさまじい気を感じる。エネルギーが私の方まで飛んでくる。
 そんな滝の絵が目前にある――。
 岩澤重夫展を相国寺の美術館で見る。しかも、なぜか、いつも最終日(3月21日)にバタバタと見ることになってしまい、笑っちゃう。
 岩澤重夫という日本画家、それまで、全く知らなかった。
 どこか犬塚勉――このひとも全く知らなかったな――に似ていて、犬塚が縦走路の岩小石のひとつひとつをすさまじい時をかけて表出させるように、この岩澤重夫も、きっと滝の水の流れのひとつひとつを表出しようとしているんだ。
 そんなこと、できっこない。でも、そのできっこないことを、どこか淡々とやろうとしているのである。
 「静境」「春の渓」「天水悠々」と力作を書きつづけ、ついに「天水」へ。
 秋の紅葉の山野に滝がひとつ落ちている。きっと、音はない。風もない。無音で午後の秋の光が当たって、輝きながら、滔々と落ちていくのである。
 まるで、天から水がこの現世へ落下してくるかのように。
(4月4日)
| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 13:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第48回)幻の青い花ブルーポピー
 般若心経の「心訳」の書籍が何冊も刊行されている。
 とってもいいことだと思う。
 心経のニーズは、ますます高くなってきている。
 心経のメッセージは、きわめてシンプル。
 「ない」ものを「ある」ものにして、認知してしまう障害が、人間一般的にみんあるんだ。私もそうだ。気をつけなければならない。
 もう一度言おう。もともと「ない」ことを「ある」こととして認知してしまうから、苦が生じるのである。
 私の「心訳」本は、『生きて死ぬ智慧』(文・柳澤桂子、英訳・リービ英雄、小学館、2004年)。
 柳澤さんの「心訳」は心に沁みる。
 その画がなんともスゴイ。
 「堀文子」という画家の名前を、この本で初めて知った。
 堀文子さん(1918〜、97歳だあ)。
 堀さん、2000年、82歳にしてヒマラヤの5000メートルの高地にブルーポピーを訪ねている。
 「幻の花」と言われるブルーポピー。青い罌粟(けし)の花。全身を鋭いトゲトゲで武装した草丈20センチほどの青ーい花。
 堀さん、ボンベで酸素吸入しながら、登り、なんとか探し当てたという。
 「生きものの生存を拒絶されたような厳しい環境のなかで咲くこの花は、氷河期の生物か宇宙からの使者のように思え、易々と描く気になれませんでした」(堀文子『ひとりで生きる』求龍堂)。
 スゴイ。きっと1年に1ミリメートルの何分の1かずつでも根を伸ばし、成長したにちがいないポピー。
 堀さんのような花。
(12月31日)
| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 15:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第47回)親と子
 心に残る小冊子がある。パラパラと眺めてみる。
 『ちぎられた心を抱いて』(国立ハンセン病資料館、非売品、2008年)。
 「隔離の中で生きた子どもたち」というサブタイトルが添えてある。
 ハンセン病を得た子どもたち。
 「らい予防法」によって、親から引き裂かれた子どもたち。
 「1、2年で治ったら、故郷親元に帰ることができる」と言われたけど、親は来ない。
 「柳の青い芽がでたら、島へ面接に行きますと、桃の蕾がふくらんで白くなったら行きますと(略)。ああ母さまはなぜこない」(田島康子さん)。
 裂かれて、ちぎれる心。
 ひとりの女の子の写真がある。
 勝ち気そうな目に、どこかに「捨てられたんだ」という深い淋しさが同居している表情。着物に、おかっぱ髪。「1930年、多磨全生園」とある。
その後、彼女はどんな成長をしたんだろうか。いまも生きてあるのだろうか。
 親子の相互自己肯定。
 それがあって、子どもはこの世界に生まれさせられたという根源的な受動性、無実性を自ら解除して、このムチャクチャな世界を受け入れていくのである。
 それがあるのか。彼女に。
 こんな証言もある。心がなごむ、少しだけ。
 「ネムにさわるとすーっとこう葉が閉じる、それを見てもう親恋しくて。ええ。こう、ああ、お父さんお母さんにこうされたいなあ(葉が閉じるように抱かれたいなあ)、って気持ちでね。」(工藤昌敏さん)。
 ネムの木のうすい紅が東の空に飛んで砕けて、みんなの朝焼けになる気分。
(8月29日)
| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 17:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第46回)目には見えない「気」
 映画『あん』を見た。監督は河鹹照さん。
 原作については、貸本してくれたYさんのおかげで、2年前にすでに読んでいる(2013年9月8日付のコラム「いのち――その断章」)。
 映画の中心に、目には見えない「気」が在った。それが風になり、太陽になり、月になって、世界を彩っている。
 この監督は、その「気」の存在にちゃんと気づいている。世界の「気」が風や桜、紅葉、満月に変化(へんげ)し、穏やかに、無音のままに、人間たちを励ましていることに、気づいている。
 人間たちは、この世界の点景。水墨画の点景のよう。
 主人公の徳江(樹木希林)はハンセン病回復者。多磨全生園(ぜんしょう)園で生活。徳江は園内で結婚。妊娠したけど、強制堕胎の手術を受けた(子どもを持たせないことが園の規則)。パートナーとは死別。76歳。
 もうひとりの主人公は千太郎(永瀬正敏)。年40くらいか。独身。あることで背負った自らの借金返済のために、小さなどら焼屋を営んでいる。どら焼、千太郎は好きでもなく、やる気は湧かない。あんは、業務用を購入。手抜きの店主。
 散歩中に徳江がふと千太郎の店に出会う。千太郎の暗い、自分を卑下した目に出会ってしまう――。
 徳江は自分自身の目に出会ったかのように思う。全生園へ強制隔離され、完治しても一切の外出ができなかったときの自分自身の目にそっくり。
 「もし、あのときに男の子が生まれていたら、こんな年に育っているか」とも思って、千太郎を見る。
 徳江は「雇ってくれないか」「時給200円でもいいから」と声をかけてしまう。「えっ!?」と千太郎。
 押し問答があって、結局、見本に置いていった徳江の手作りの、あんのあまりもの旨さゆえに、雇うことに。そして、行列が出来るほどの繁盛店へ。
 毎朝、徳江はあんをつくる。小豆が育つのに受けた風や雨を思いながら、ゆっくりゆっくり5時間もかけて、つくる。つくりながら、徳江と千太郎との間に、まるで母子のような情愛がしっとりと育っていく。
 「あのオバチャン、ハンセン病や」とのウワサが立ち、広がり、店は潰れる。徳江とも死別。
 けれども、別れは出会い直し。千太郎は徳江の生涯も知り、「徳江さん、守ってやれなくて、ゴメン」という思いが、溢れている。千太郎の魂の年輪がぐーんと太くなり、新しい店づくりを始めるところで、終わる。
 世界が造化(ぞうげ)の気に、情の気に満ちていることに気づく。(6月23日)
| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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