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連載コラム「いまここを紡ぐ」(第241回)その日、鳥取は雪だった(その2)――もしも人生が巡礼の旅ならば
 「徳永進さんはどうも名医らしい」と思った。
 それまでに疑っていたわけじゃないが(笑)、上海のTさんの父さんの表情を見ていると、進センセの腕の確かさが伝わってくるのだ。
 どのガンも末期はいたいんだろう? 肝臓ガンで「野の花診療所」に入院した彼はしみじみ語るんだ。
 「自宅治療のときはいたくていたくて、畳をツメでひっかきながら、ねていたのが、いまはウソのよう。末期のいたみをとってもらって、ありがたい。ここ『野の花』は、天国のようだ。」
 彼は風呂が好きだった。診療所の朝風呂にもよく入った。
 その風呂の湯船に、ときどき水仙やバラ、ランが入れられた。「バラ湯なんか、初めてですよ」と喜んでいた。
 「日の丸湯」という屋号だったっけ。鳥取駅前の銭湯なんだが、これが、なんと温泉だ。私もよく入ったが、彼もちょくちょく行ったようだ。雪見湯って、極楽だもんね。
 彼は大きな犬(ゴールデンレトリーバー)が好きで、散歩中に仲よしになったようだ。ちなみに、その犬、「竜」という名前。
 ところが、肺におびただしい転移が見つかった。肝破裂もおき、血性の腹水が増えた。
 車イスになった。彼は「竜」に会いたがった。
 進さん、飼主に「患者さん、大阪からのひとですけど、ワンちゃんに会いたいって……」と電話。
 「そうですか。竜に会いたい? 参ります」。車イスで玄関に降りた彼は久しぶりに「竜」に会う。
 「最高に幸せです。」
 彼は80キロの体重。恰幅(かっぷく)がいい。実業家のようであったが、サラリーマンだった。生涯を銀行マンとして生きてきた。
 私は「日本経済社会は再生しますか」と聞いてみた。
 ゆっくりとした口調で、彼はこう答えた。
 「必ず再生します。希望はあります。ただし、30年かけて、どの企業も、どの組織も、カネもうけのことしか考えない人物を重視し、重用してきました。その結果が、いまです。だから、これから30年かけて、社会全体のことや、人間社会のこれからのことを、考えることができる人物を大切にしていかねばなりません。もしそれができれば、必ず生きかえります。」
 言い残した彼のこの言葉は、私の丹田(たんでん)に入った。腹のまん中へ、入ってきた。「死にもへその緒があるのか」と思えたくらいだった。
 残念ながら、遺言として紡(つむ)いだ処方箋のように、日本経済は歩んでいない。「コストカッター男」が肩で風を切って歩いている。
 でも、でも、離ればなれになってしまったひとびと、いのちといのちを再び結びつけ、結(ゆ)いなおし、織りなおしてゆく人物が必要なことは間違いない。そうだろう?
 もしも人生が巡礼の旅であるならば、彼は最後の最後に鳥取の「野の花」という宿を選びとったのだ。
 異郷の地の旅人として、巡礼の最後の祈りをし、満天星という地酒を味わい、「竜」という犬を抱擁し、“旅先案内人”の私に「日本社会再生論」を伝え、息を引きとっていった。
 天を発(た)った雪片は、必ず大地に舞い降りる。
 どの雪片も、早いか遅いかのちがいがあれども、等しく大地に迎えられる。
 「救いの大地」にすっぽりと彼は迎えられていったではなかったのか。
 そう思いながら、いまここに降る雪を、私は見上げている。
(2月11日)
| 虫賀宗博 | いまここを紡ぐ | 14:58 | comments(0) | trackbacks(0) |









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