2010.03.11 Thursday
連載コラム「いまここを紡ぐ」(第245回)わがままに、わがいのちのままに――鳥取と丹後への小さな旅(その1)
3月5日(金)から3月7日(日)まで、旅に出た。
鳥取から京都の丹後半島へかける、小さな旅をした。 以下は、その旅日記。その抄録である。 3月5日 午後1時 汽車が志戸坂峠のトンネルを抜ける。岡山(美作)から鳥取(因幡)へ入る。なのに、雪がない。全く、ない。雑煮餅のない元旦のようで、さみしい。 3月5日 午後1時40分 山本雅基(まさき)さんの『山谷(さんや)でホスピスやってます。――「きぼうのいえ」、涙と笑いの8年間』(じっぴコンパクト新書、実業之日本社)を車中にて読了。 「きぼうのいえ」は東京のドヤ街・山谷のホスピスである。 寄せ場の労働者として生きてきた古老をはじめとした、身寄りのないひと・行き場のないひとのためのホスピスだ。21床あり、ガンやHIV、心臓病や肝臓病、認知症を抱えているひとが21人入居している。 「奥歯をかみ締めるように孤独を抱えながら過ごしている」(同書)オッチャンたちを受認し、看取ってゆくドキュメントである。 映画『おとうと』(山田洋次監督)によって、「きぼうのいえ」を私は知った。 『おとうと』では、大阪のドヤ街・釜ヶ崎のホスピス「みどりのいえ」となっている。もちろんモデルは「きぼうのいえ」である。 愚かで、アカンタレで、愛すべき弟・鉄郎(笑福亭鶴瓶)は、末期ガンに侵され、路上で倒れる。「みどりのいえ」に拾われ、姉・吟子(吉永小百合)や姪・小春(蒼井優)が東京から駆けつけるのだった……。 3月5日 午後3時15分 「ただいま!」である。 鳥取のホスピスの「野の花診療所」に着く。「帰った」のだ。鳥取への旅はもう25回を数える。完全に、もうひとつの故郷だ。 徳永進さんに1年3か月ぶりに再会。 顔色がよくない。笑顔だが、どこか「笑っていない」。 「いやあ、どうも……。うーん、“分刻み、分刻み”」とつぶやいている。 こんなに疲れている進さんは、初めて。 3月8日に届いた進さんのFAXによると、「ゆっくりと時間がとれない日々ですが、一番は日常の診療です。先週は4名が大空へ」「いろいろな課題を目の前にして不しあわせな日常に暮れています」。 心配だ。でも、進さん、きっと大丈夫だ。 なぜならば、進さんは「わがまま」だからだ。無理をしちゃいかんが、それ以上にいのちによくないのは、遠慮して、ガマンして、意に沿わないことをすることだ。進さんは「わがいのちのまま」に、苦難をきっと、必ずや乗り越えてゆくだろう。 信じている。 事務長の山本和市郎さんにも会う。いつもの笑顔だ。ちょっと和(なご)む。 2階のラウンジで、コーヒーとクッキーを、ボランティアのおばちゃんからいただく。深呼吸して、「野の花」の香りを胸いっぱいに吸う。 すると、ラウンジの隣の19号室へ、進さんがバタバタ入っていく。容態が急変したのだろうか……。 3月5日 午後9時5分 合流した斉村康広さん(びわこ学園職員)、塩田敏夫さん(毎日新聞記者)といっしょに、立花隆さん(ジャーナリスト)の講演会「いま考えていること」を聞き終える。 野の花診療所8周年のイベントであった。とりぎん文化会館小ホールに700人がぎっしりとつまった。 ガン細胞の生成そのものをめぐる立花さんのレポートは、とっても魅惑的だった。でも、それ以上に、立花さんが野の花診療所に取材に来て、いろんな末期ガンのひとと出会い、「いのちの連環性」に気づいていくのが、おもしろかった。 「ひとにはちゃんと死んでゆくチカラが備わっているんだ」(立花さん)。 (3月11日) |