2010.06.10 Thursday
連載コラム「いまここを紡ぐ」(第258回)ある夢の促し――原生命の声をもっと聞いて、生きてゆかないか
こんな夢を、昨夜見た。
《論楽社の近くの目無橋を渡ろうとしていた。 橋の真ん中に棟方志功(板画家;以下志功とする)がいた。バスの窓から転(ころ)げ落ちてきたのであった。 志功自身、「なぜ落ちたのか」が自覚できぬまま、茫然自失。佇(たたず)んでいる。 私は「うれしい」「生(なま)の志功に、やっと会えたね」と思った。なのになぜか鉄仮面の表情をつくって通り過ぎようとする……。 そのとき、女の子から声がかかった。 「志功が落ちていますよ」と。 「え!?」といま初めて気づくふりをし、甘い声のしたほうを見ると、長い髪の愛らしい女の子だったので、ドキドキ。フラフラと彼女に近づこうとした。 すると、志功が、突然、目の前でカエルに変化(へんげ)。 「世界へ帰る」とハスキーで荒々しい声で叫ぶやいなや、ぴょんぴょんと跳びまわりながら、手をパチパチとたたくのだった。 そして、岩倉川の中へ、橋の上から飛び込んでいった……。》 以上である。 夢の中でも、「世界へ帰る(カエル)」とダジャレているのには、苦笑。 目無(めなし)橋は、実相院のすぐ手前にいまもある。岩倉川にかかる朱塗りの橋だ。 目無橋を渡れば、曾(かつ)ては結界であり、異界であった。大雲寺の構内であった(現在、大雲寺は、ない)。1000年前から心や目を病んだひとびとが集(つど)い、治癒していった領域でもあったのだった――。 その橋の上から、志功がカエルとなって、岩倉川の中へ往還していったとき、思わず、「アッ!」と声を出しそうになった。 改めて言うまでもなく、夢の中の志功は、現実のアーティスト・棟方(むなかた)志功(1903〜75)では、ない。 私の中の何かだ。その投影である。 もちろん、その「何か」に、私は気づいている。 いつも、私が無理をしているときだ。きまって、夢に“志功”が出てくるからだ。 「何か」とは、ダイナミズムである。 原生命の躍動である。 その象徴が、“志功”なのだ。 私はそう思っている。 その原生命が、ダミ声で語ってくれるのだ。 《右顧(うこ)左眄(さべん)していて、どうする!? 何にそんなに気を使っているのか!? なんも気にしないでいい。 ただただ彫(ほ)っていればいいんだ。 体ごと燃えて、体の芯から妙になって、ねじれて、酔って、体あたりして、彫っていくのだ。 ゴッホのひまわりのように、ムナカタの拈華(ねんげ)微笑(みしょう)のように、グルグルして目がまわるような世界をどうしてつくらないのか。 もっと、君、狂えるよ――。 人生という板業(ばんぎょう)は板行であって、からだごとぶつかる行(ぎょう)なので、もっとよろこんで行に入ろう。》 毎週毎週、このコラムで、わかったようなことを5年間にわたって、私はつづっている。でも、実はまだまだわかっていないのだ。口先だけなのだ(笑)。 「驚イテモ、オドロキ限(キ)レナイ、歓コンデモ、ヨロコビ限(キ)レナイ、哭(カナ)シンデモ、カナシミ限(キ)レナイ」(棟方志功「板哭韻(ばんこくいん)」――これこそが、生きることなんだ。 原生命の声をもっともっと聞いてゆこう。でないと、生ききれないぞ。 (6月10日) |