2010.06.24 Thursday
透きとおった青い空――楢木祐司さんの6月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)
連載コラム「いまここを紡ぐ」が260回になった。5か年×52週=260回である。
まずは完走でき、ホッとしている。 そして、「もう1年だけ、トライしてみるので、見守ってください」。 もし途中で足がとまったら、そのときはどうか許してね。 ではでは、再出発にあたり、短い手紙を書く――。読んでほしい。 ――さん、その後、お元気ですか。お体はいかがでしょうか。 ――さん、「ほっとニュース」をいつも読んでいただき、励ましていただき、ありがたかったです。 5年間、毎週毎週作文をつづってみて、「ひととひととの出会い、それが持つとてつもない意味の深さに気づいていった」と私は思っています。 ――さん、改めて言うまでもなく、私は格別の能力に恵まれておりません。何かの才覚があるわけでも決してありません。 ただただ、ひとりの素人として、心がときめいたこと、前のめりになって惚れ込んでいったことを正直に紡いでいっただけです。ただし、素人の責任ということ、ちゃんと認識していることを、チラリと付言しておきますが……。 ――さん、5年間にいろいろなことがありました。たくさんの出会いがあって、いっぱいの別れがありました。そのたびごとに机にむかって、ボールペンをにぎってきました。書くということは、その都度、「空の下に小さな存在として、いまここに在る」という開かれた感覚を自らの内部に紡ぐことでした。紡ぐことによって、出会ったひととも、別れたひととも、いっそう深くつながってゆくのを感じたのでした。そう気づくと、よりいっそう深く、伸びやかに、空とつながってゆくことに感じ入るのでした。 そうです。空です。 いま、思い出します。22年前のことです。楢木祐司さんと2人で、奥穂高岳から槍ヶ岳まで縦走しようとしておりました。せっかくやって来たのに、雨でした。風も吹きあげ、しだいに雨も強くなります。それでも奥穂高岳から北穂高岳までは、なんとか登りました。でも、それ以上は無理。中止し、小屋に泊って、下山。ところが、横尾(涸沢と槍沢の分岐点)まで下りてきたら、輝く青空がなんと広がってくるではありませんか。私はすでに松本のそば屋でいっぱいやるつもりモードでしたが、なんと楢木さんは大胆にも「いまから槍ヶ岳へ登ろう!」と主張。私は大反対。だって、大盛の生そばを食べたいし、ランニング登山しないことには、日のあるうちに頂上の槍ヶ岳山荘に着けないからです。でも、結局、楢木さんの“静かな強さ”に負け、山行再開。槍沢の雪渓を駆け足でホイホイと登っていったのでした――。 ――さん、言うまでもなく、あのときも透(す)きとおった青空がかぎりなく広がっていました! この5年間も、「パソコンを私が持たないのにブログをやる」という楢木さんの“静かな大胆さ”によって、導いてもらってきたと思っています。すべてが楢木さんのおかげです。 ――さん、私には「いま、これから何かが始まる」という感覚が湧いています。自分自身が明るく感じる青空が少しずつ広がっていくのです。 ――さん、お大切に。美しい心をすくすくと育てていってくださいね。では、また。 さて、7月例会は7月25日(日)に、塩田敏夫さん(毎日新聞記者)。 丹後半島へ赴任して、1年9か月。丹後のひとと水になじんで、記事を書きまくって、地域面を“独占”しているらしい(笑)。でも、いったいどんな記事を書いているのか。京都版にも載らないので、読めないのだ! ベスト10の記事を自選してきてもらい、その取材生活の日常を語ってもらおう。楽しみだね――。 でも、その前に6月26日(土)の楢木さんをお忘れなく。わざわざ東京から来ていただく。どうか、よろしく。来てね――。 |