2010.07.07 Wednesday
苦しみは人生の庭を耕す――楢木祐司さんの6月例会レポート
6月例会について、FAXが2本入った。
蒔田直子さんとご本人の楢木祐司さんからである。読んでほしい。 まず、蒔田(まきた)さん。 6月例会が始まる前、論楽社の土間でドキドキしながら楢木さんの登場を待っていた。まるで「尋ね人」が、カーテンのむこうから現れるのを待つように。そうなんだ。ときどき言われる。「20代の虫賀さんって、厳しかった、コワかった」って。 いま思うと恥ずかしいくらいに、当時の私は「戦っていた」。私自身を肯定できず、自己変革しようと戦っていたし、社会も変革しようと志していた。「維新」をマジで考えていたのであった! つまり、当時の私は自分自身に確(しか)と出会っていないゆえに、自分自身の駄目なことを時代や社会のせいにしていたのだった。 当然、しっぺ返しを受けた。 他者に向かっていた刃(やいば)が、その後20年間にわたって、自分自身の内面に向かったのであった。 苦しかった。 でも、その苦しみは私が受けなければならないものであったのだ。 苦しみは人生の庭を深く耕す。 あの苦しみがなければ、現在(いま)の武装解除もなかったのだった。 そして、いまや、「ムッシー、オツムペンペン」ですもんね(笑)。 さて、次は楢木さんから。 6月26日、27日は論楽社の6月例会(ブログ5周年のお祝い)に招いていただき、ありがとうございました。白雲山荘の荒野一夫さんも交え、高橋和巳(かずみ、1931〜71)の『邪宗門』について語ることができたのは、たしかな収穫であった。 35年前になぜあれほどに高橋和巳に耽溺(たんでき)したのか? 私は何を求め、何と戦おうとしていたのか? 高橋和巳は私にとって、新たな起点となるのであろう。いまいちど、社会や国家を見据え、見定めてゆこうと思う6月26日(土)の夜であった。 それに、楢木さんが言うとおり、高橋和己との出会いがなければ、『いま、人間として』(径書房)を私は手にしていないし、だったら、楢木さんとも出会っていないんだな。 新居万太師匠の沖縄茶会も、よかった。 不殺生(アヒンサー)の世界が、あった。自己(スワ)統制(ラージ)の感触に満ちていた。――こんなマハトマ・ガンジーの言葉がしきりに思い出される茶会であったのだった。シャーンティ(心の平穏)が建立されていた。とってもよかった! 楢木さん、5年間、ありがとうございます。これからも、よろしく。まずは、こんどこそ、比良山系へ行こうね。 |