論楽社ほっとニュース

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苦しみは人生の庭を耕す――楢木祐司さんの6月例会レポート
 6月例会について、FAXが2本入った。
 蒔田直子さんとご本人の楢木祐司さんからである。読んでほしい。
 まず、蒔田(まきた)さん。
 6月例会が始まる前、論楽社の土間でドキドキしながら楢木さんの登場を待っていた。まるで「尋ね人」が、カーテンのむこうから現れるのを待つように。
 思えば楢木さんは、まるで「黒子(くろこ)」のように論楽社の時の歩みに寄り添っていた。全ての論楽社ブックレットも、私が愛する『ワシらは鉱山で生きてきた』(丹波マンガン記念館)も、みんな楢木さんの手を経て産声を上げている。産婆さんみたいなものだ。
 そうしてこの5年! 木曜日、楽しみに“ほっとニュース”を開くたび、なんて奇特な人だろうと、楢木さんを思った。もとより一円のゼニとも無縁に、持続するエネルギー。
 あっ! 楢木さんがガラガラと勝手口を開けた! 20数年ぶりの対面は照れくさい……。
 「あの頃は虫賀さん、怖かった」
 「そう、体育会系サヨク、寄らば切るぞ!の志士だもん」
 「今はムッシ〜って頭ペンペンするの。地はこんなに陽性よ」
 この5年間、ムッシ〜は毎週のほっとニュースで風を送りながら自分を解き放っていたんだな、楢木さんとの友愛の中で安心して。
 思えば、静かなる黒子の楢木さんこそ「志士」にちがいない。送り届けるべき風のありかを嗅ぎ当てて、実際に送りつづけてきたのだ。
 楢木さん、またナマでこの辺りにたびたび現れてね。
 そうなんだ。ときどき言われる。「20代の虫賀さんって、厳しかった、コワかった」って。
 いま思うと恥ずかしいくらいに、当時の私は「戦っていた」。私自身を肯定できず、自己変革しようと戦っていたし、社会も変革しようと志していた。「維新」をマジで考えていたのであった!
 つまり、当時の私は自分自身に確(しか)と出会っていないゆえに、自分自身の駄目なことを時代や社会のせいにしていたのだった。
 当然、しっぺ返しを受けた。
 他者に向かっていた刃(やいば)が、その後20年間にわたって、自分自身の内面に向かったのであった。
 苦しかった。
 でも、その苦しみは私が受けなければならないものであったのだ。
 苦しみは人生の庭を深く耕す。
 あの苦しみがなければ、現在(いま)の武装解除もなかったのだった。
 そして、いまや、「ムッシー、オツムペンペン」ですもんね(笑)。
 さて、次は楢木さんから。
 6月26日、27日は論楽社の6月例会(ブログ5周年のお祝い)に招いていただき、ありがとうございました。
 久しぶりの京都、論楽社でしたが、変わらない佇まいにホッとするものがありました。
 この5年の間に論楽社、そして虫賀さんにとって多くのことがありましたが、私にとっても多難な5年間でした。そんな中、このブログの記事を毎週「最初の読者」として読むことは、私には大きなエネルギー源の一つになっていました。
 例会では懐かしい人との再会があり、お名前だけで会ったことのなかった方々との出会いもあり、さらにブログがどんな受けとめられ方をしているのかも聞くことができ、励みになりました。
 例会後に行った琵琶湖畔の白雲山荘は、民宿というより親しい友人の家に泊まったようにくつろげて、ビールも水も透き通った味わいで最高でした。翌日は楊梅の滝を眺めた後、京都に戻り、法然院で新居万太師匠の「沖縄茶会」にも参加できました。気持ちのよい茶会で、ここに来て本当によかったと思いました。
 ぜひ、そう遠くないうちに論楽社の講座か例会に一参加者として再び京都を訪れたいと思っています。果たせなかった比良山系ハイキングにも挑戦したいですね。京都、滋賀の皆さん、再びお会いする日まで、お元気で。
 白雲山荘の荒野一夫さんも交え、高橋和巳(かずみ、1931〜71)の『邪宗門』について語ることができたのは、たしかな収穫であった。
 35年前になぜあれほどに高橋和巳に耽溺(たんでき)したのか? 私は何を求め、何と戦おうとしていたのか?
 高橋和巳は私にとって、新たな起点となるのであろう。いまいちど、社会や国家を見据え、見定めてゆこうと思う6月26日(土)の夜であった。
 それに、楢木さんが言うとおり、高橋和己との出会いがなければ、『いま、人間として』(径書房)を私は手にしていないし、だったら、楢木さんとも出会っていないんだな。
 新居万太師匠の沖縄茶会も、よかった。
 不殺生(アヒンサー)の世界が、あった。自己(スワ)統制(ラージ)の感触に満ちていた。――こんなマハトマ・ガンジーの言葉がしきりに思い出される茶会であったのだった。シャーンティ(心の平穏)が建立されていた。とってもよかった!
 楢木さん、5年間、ありがとうございます。これからも、よろしく。まずは、こんどこそ、比良山系へ行こうね。
| 虫賀宗博 | いまここを紡ぐ | 08:47 | comments(0) | trackbacks(0) |









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