2010.07.08 Thursday
連載コラム「いまここを紡ぐ」(第262回)常田健――白い雪と紅いリンゴの下で、ただただ絵を描いていた
8年前のことだ。あるひとに、『土から生まれた』(平凡社、2002年)という詩画集を送っていただいた。
作者は、常田健(つねだけん、1910〜2000)。画家だ。 初めて目にする名前であり、初めて接する絵であった。 次のような詩をつづってきたひとだったのだ。胸中に1本のローソクの灯が点(とも)される思いで、味読することができたのであった。 よき暇と「冬、春、夏、秋」と、まず冬がくるのが常田健(以下、常田とする)らしい。素の心のままにつづっているからだろう。 常田は、89年の生涯のほとんどをリンゴ農民として送っている。雪深い青森の津軽平野において、黙々とリンゴを育てていたのであった(実際、極端な無口だったらしい)。 一方、土蔵を改造したアトリエに、「よき暇」があったら、とにかく引きこもり、絵筆を持った。 絵を描くことは、常田にとって、生活そのものであった。 自己内対話をくりかえし、自己の根っこに戻っていく行為であった。 売り絵を描くつもりは端(はな)からなく、サインもなく、制作年も記されていない。「いつか、続きをやろうと思って……」と言いながら、一見完成したと思える絵もイーゼルに立てかけてあり、筆を加えつづけていた。 結局よい絵は生活に根ざしていること。畏友ブリューゲルとあるが、常田の「水引人」(1940年)、「ひるね」(1939年)「飲む男」(1939年)「稲刈り」(1950年)という作品は、ブリューゲルよりもはるかに百姓労働の本質をとらえていると私には思えた。 その本質って、“汗の共同体”。 もちろん、常田は劇画のように汗を描いているわけではないが(笑)。百姓たちは腰を使って、田を掘りあげ、田に水を引く。大汗をかく。一升びんから水をゴックンゴックンと、らっぱ飲み――。 その汗は、どこか性交しあう男女の背中に流れるいのち水かのようでもある。エロスに満ちている。 機械化以前の農業は、たしかに厳しかった。しかし、ひとびとがヨコに確かにつながっていて、ともにいのちの汗をかいていたんだ。その共同性を、クローズアップさせているのが、常田のスゴサだ。 一転、「母子」(1939年、70年、72年と3枚描く)や「親子」(1950年)「肩車」(1945年)においては、いのちのタテへのつながりを感じさせる。 常田は、いのちの地下茎がよほど太いらしく、タテヨコにしっかりと張っていたのではないか。 その地下茎の張りの出発点のひとつが、1933年の検挙拘留である。軍事教練反対の農民青年の争議への支援が、その理由であった――。 それ以来、描きつづけてきた絵はほんの何点か以外は発表して来なかった。リンゴ畑とアトリエから、外出もしなかった。このまま、無名性に徹し、生涯を終わるかと思われた1999年に東京のある画廊主によって、“発見”され、突如としてフットライトを浴びたが、「やめよ」とばかりに2000年に常田は死去。 白い雪と紅いリンゴの下で、ただただ絵を描いていた常田健に、きょうもローソク1本献じるのだった。だって今年は没後10年、生誕100年なんだから。 (7月8日) |