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ポジティヴ・ニュースの営み――塩田敏夫さんの7月例会へ、ようこそ、ようこそ(その2)
 7月10日(土)の奥出雲における講演会(連載コラム第263回「社会的包み込み」)。
 その講演のあとに、いただいた御飯がうまかった。
 打ちたて、ゆでたてのそば(そば湯も妙なる味でっせ)!
 とりたての大豆。もぎたて、ゆでたてのとうもろこし。
 つみたてのブルーベリー(疲れた目に効くのだ! 実際に、そういう薬効があるんだそうだ)。
 それに、米粥が加わる(ひとつぶごとの米のうまさ!)。
 実は、私、こういうメシがいちばん好きだ。
 穀力(こくりょく)って在るんだ。私はそう思っている。
 五穀のいのち、その野生の力が胃におさまり、おのがいのちを整え、目覚(ざ)めさせ、下支(したざさ)えしてくれる感じである。
 私は、タイのターマファイン村のひとたちの顔を思い出していた。
 たしかに講演に呼んでいただき、出雲に来たのだが、穀力の接待を受けていると、「托鉢に来たのではないか」と思うのだった。
 7月11日(日)には、出雲の湯村温泉に宮森健次さんに連れていってもらった。
 大きくはない湯船が、室内と露天の2か所あるのみ。鏡もシャワーもシャンプーも置いていない。いたってシンプルである。
 無色無味無臭。さっぱりとして、かつ、滑らか。あったかい。包みこむような湯だ。
 雨である。増水した斐伊(ひい)川が音をたて、流れている。
 川の音をただ聞きながら、湯につかる。
 穀力の恵みと同じような、川湯の恵み。シンプルで、ディープ。腰や肩の痛みが柔らいでゆくのを感じる。
 ああ、ありがたい。
 奥出雲の小盆地。出会った「ポケット」のひとびと。豊かな地力に育(はぐ)まれた、穏やかな心力。
 「高校を出ても地元に勤め口がない」「農業では食えないどころか、“持ち出し”や」との声を私は聞いた。たしかに現実は厳しいのである。
 しかし、厳しい状況に立ち向かうひとがいる。「相互扶助の情報センターとしての図書館をつくってゆこう」と思うひとたちがいるということがスゴイのだ。これこそがpositive newsなのである。私はそう思った。
 塩田敏夫さん(毎日新聞記者)が、縁あって出会った丹後半島のひとびとも、きっと同じ。「丹後ちりめんはダメ」「農業はアカン」「林業なんてアホらしい」「漁業は不振や」という声々の中に、芽があるんだ。その芽をつぶしてはいけない。その芽が歴史の結び目。解決の糸口。その糸口は、隠れている。でも、必ず存在しているのだ。目の前に、足の下に。
 維新は、外様(とざま)から始まった。「変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから」(清水義晴)、生まれる。改革は「若者、バカ者、ヨソ者」がヨコに繋(つな)がったときに生じる。これが、歴史だ。そうだろう?
 7月25日(日)、塩田敏夫さんの7月例会。楽しみだ。具体的に話しあおう。どうか、来てね――。
 なお、8月例会は、8月29日(日)。前座として私が竹内好(よしみ)について話しながら、政治のありようについて、具体的な提言。そして、団野(だんの)光晴さんが夏目漱石の『こころ』について、新しい切り口で語る。
 夏の終わりに、日本の100年、150年を振り返ってみようではないか――。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) |









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