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へこたれなかった小北英子さんの生命力――11月例会の小さなレポート
 11月27日(日)の小北(こきた)英子(ひでこ)さんの11月例会は、11人の参加者であった。
 こういうとき、私は無力感に襲われる。「やめたい」ほどの無力感である。
 結局のところ、わがままなんだな。「180も手紙やFax出したのに、なぜや」と思ってしまうのだ。年に1、2回こういう日が必ずあるのにね。
 ところが、12時半すぎに小北さんが登場すると、その無力感が消え去る。
 小北さん、全身からエナジーが溢れているのである。
 名古屋からわざわざ川口祐有子(ゆうこ)さん、見谷京子さんの2人が来てくれ、手術後の江本弘さんまでが来てくれた。うれしいではないか。
 泉谷龍くんが撮ってくれた9枚の写真(A〜I)で、ほんの一部だけど伝え、来られなかったひとたちとわかちあいたい。アリガトー、泉谷くん。
 さあ、始まる。ランプストーブが暖かい(写真A)。
 小北さん、12時半からずっと語りはじめ、1時の私のあいさつも省略し、熱心に話しつづける。
 しぐさが愛らしい(写真B)。目にしだいに力が入る(写真C、D、E)。

 ――1923年に沖縄の那覇に生まれ、沖縄第二高女を出る。好きな男のひとを追って、東京に出る。パラオ諸島にて、負傷兵の看護にあたるが、絶望的な戦(いくさ)。最後の民間人引揚船に乗る。東京に着くが、東京大空襲(1945年3月10日)を体験。火の粉、火の力がものすごく、丸焼けになる。好きな男の人(実さんという)が出征する2日前に皇居二重橋で生まれて初めて抱擁し、初めてキスをする(その実さん、敗戦後帰国するが結核で10年近く寝込み、死別。その後、13歳年下のいまの夫に出会い、37歳で結婚、二女に恵まれる)。焼け出された小北さんは両親がパラオから逃げてきた熊本県八代市へ移る。火の見櫓(やぐら)のうえで、ナガサキ(1945年8月9日)のプルトニウム爆弾の爆風を全身で受ける。被曝。敗戦。生きるために食料品卸をやる。天草にも渡り、5年間不知火海(八千代湾)のサカナを食う。いまも、手の指が曲がり、「水俣病じゃないかと思うけど、証人がもういない」と言う。京都に来る。57歳まで生保で生計をたてるが、「人間らしい暮らしがしたい」とスパッとやめる。そして、それまで黙していたことを一気に語りはじめるのであった――。

 ちょっとまとめると、こんなんか。3時半までの3時間、これらをノンストップで小北さん、語るんだ。
 パラオ。大空襲。ヒバク。水俣病。
 その1つでも重たい。でも、それが4つも重なる。
 20世紀のいくつかの悲劇を、まるで引き受けるがごとく、移住していった小北さん。あるいは、悲劇の創造神が「この小北ならええじゃろう」とばかりに連続して与えた4つの苦。
 実際、小北さん、へこたれなかった。
 小北さんの生命力。好きな男を追って東京へポンと出て、パラオへもポンと向かう。思ったら即行動。ポンポンポンと粋(いき)に、意気に生きる生命力なのだ。まるで「幸か不幸かなんて、他人(ひと)がかってに言うことでしかない」と言っているがごとくだ。
 3時半になって、やっと三線が始まる(写真F)。
 曲がった右手の指にゴムボールをはさみ、少し伸ばし(写真G)、三線を弾く。強い思いを感じる。それは「安里屋(あさとや)ユンタ」や「沖縄を返せ」の替え歌にも表出されている(写真H、I)。
 4時すぎに終わり、別れた。握手した。曲がった指が柔らかい。せつない存在感である。なんとも言えない充足感を残して、去っていった。
 《きょうの月例会は私のためにあったのではないか。小北さんは私のために来てくれたのではなかったか。》
 始まるときに感じていた無力感なんて、すでにあとかたもなかった。充実感だけだった。
 深大で小さな図書館のような小北さんが残していった言葉を最後に記す。
 ホントにアリガトー、小北さん。
 ――あのね、沖縄の大きさは私たちの体の手の小指ようなもの。でも、その小指がけがしたら、どうするんですか。切り捨てるんですか。ちがうでしょう。大切に治すでしょう? それと同じことです。
写真A
写真A

写真B
写真B

写真C
写真C

写真D
写真D

写真E
写真E

写真F
写真F

写真G
写真G

写真H
写真H

写真I
写真I
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:38 | comments(2) | trackbacks(0) | - | -
虫賀さん、お久しぶりです。今日、お便りをいただき、久しぶりにほっとニュースを拝見しました。小北さんお話聞きたかったです。森崎さんのお話の時もちょうど東京で約束があって伺えません。とても残念です。音声の録音したものを送っていただくなんて、お願いできませんよね。これからは、ニュースをフォローして、行ける時には、伺います。法然院も好きな場所です。泉谷さんによろしくお伝えください。どうぞご自愛くださいませ。小堀
| Ikue Kobori | 2011/12/07 12:05 AM |

小北さんのお話会があります!

2015年 10月12日(月・祝)19時から

場所沖縄料理 くぼちよ (木屋町三条上がるエンパイアビル1階)


91歳になる「小北英子」さんをゲストにお迎えして

自らの戦争体験をお話を聞かせていただいて

みんなで平和について考える時間をつくれたらいいなと思ってます

小北さんは三線も弾かれます!

一緒に少し演奏したいなと思っています

やっと実現できたこの企画を

たくさんの方々に見ていただけたらと思います


http://sanshinsakura.ti-da.net/e8003795.html
| あんず | 2015/10/03 10:27 PM |










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