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すっぽんぽんのいのち――森崎和江さんと才津原哲弘さんの100回目の「講座」へ、ようこそ、ようこそ(その3)
 森崎和江さん(84)の生涯を少し振り返りたい。
 すっぽんぽんのいのちを生きざるを得なかった森崎さんである。世間のバラやユズの茨(いばら)が刺さったことである。耐えて、寝込み、書いて、ひとつひとつ乗りこえてきたのであった。
 以下は、あえてシンプルに、思いきってまとめてみる。
 底本は、「森崎和江自撰年譜」(『森崎和江コレクション 精神史の旅』藤原書店の第5巻の巻末)。
 カッコの中の質問は、インタヴュアーの才津原哲弘さん(自然農法家)か、司会の私が直接聞いてみたいと考えていることである。12月18日(日)の当日に、このように聞けるかどうかは、「生きもの」なので、わからないけど。以下のA〜Hの8点のポイントである。
 
 A、森崎さんは1927年4月に韓国の大邱(テグ)に生まれる。朝鮮民族にきわめて敬意をもって接している両親に育てられる。しかし、植民者であることはまちがいない。「ぼくは前と後からピストルでねらわれている」と父は言っていた。
 ――質問A「育んでくれた朝鮮の大地。歴史的民族的に日本が負わねばならない原罪と責任。いま、朝鮮をどう感じておられますか? どう思っておられますか?」
 B、「帰国子女」として17歳(1944年)で日本に帰った。けれども、文化がわからない。言葉がわからない。女性へのすさまじい差別がある。「私は顔がなかった」。居場所がなかったのである。
 ――質問B「“かわった人間”を日本社会は排除しますよね。いじめますよね。森崎さんはどう対抗しようとされましたか?」
 C、25歳(1952年)で結婚。26歳で出産。しかし、弟が自死。「甲羅を干させてくれないか」「ぼくにはふるさとがない。女はいい。産むことを手がかりに生きられる。男は汚れているよ」と語っていた。「お願い、生きてみよう、生きて探そう、お願い」と森崎さんは弟に言いつづけたのに。
 ――質問C「同じ帰国子女としていっしょに生きてきたのに、なぜ……。いま、どう思っておられますか? もしよかったら……。」
 D、27歳のとき(1954年)、谷川雁さんが突然やってきて、「弟の仇を討とう」と夜明けまで説得を重ね、帰らない。
 ――質問D「雁さんって、やっぱり、おもしろいですね。森崎さん、結婚もしているのに。そのときどんな感じだったですか?」
 E、31歳(1958年)のとき、『サークル村』が創刊された。2年間つづいた。「労働者と農民、知識人と民衆、中央と地方、男と女、アジアと日本の断層を乗り越えたい」と願った文化運動だった。
 ――質問E「雁さんの構想力、磁力って、圧倒的だったと思うのですが、どうでしょうか。そして、その欠落していたことって、ズバリ何でしたか?」
 F、32歳(1959年)のとき、『無名通信』を創刊。「女にかぶせられている呼び名を返上します」「無名に帰りたい」という女性交流誌。33歳(1960年)のとき、雁さんの大正行動隊も生まれ、参加。まるで10年後の全共闘運動のように、「規約すらなく、会議も行動も参加自由」。未払い賃金闘争をする。ところが、大正行動隊員の妹で『無名通信』を手伝ったいたひとが犯され、殺されてしまう。レイプ犯は大正行動隊員だった。ああ!
 ――質問F「森崎さんは起床不能に陥ってしまう。それでも、結局、雁さんは運動を優先させた。いま、どう考えておられますか? あのー、のちの連合赤軍事件について、『階級的権利の優先という大義名分で性を(その人間において最も人間的でありたいと念ずる人間性を)非人間的行為におとしいれたままでどうする力もなかったことの、延長線上での悲劇』(「性のやさしさ」)と書いておられますよね。」
 G、雁さんと別れ、炭鉱で働いたひとびととの人間性に支えられつつ、「朝鮮体験を客観する心のバネが回復してゆくまでの長い時間をすごすことになる」(年譜)のであった。旅をゆっくりと重ねる。「日本さがし」「自分さがし」をする。国家に回収されない民衆の豊かさを知っていくことになる。「私」の解放が「あなた」の解放につながっていく――という民衆の相互の連帯をずうっと模索していくことになる。これは『サークル村』でやろうとしたことだ。『サークル村』を森崎さんはひとりでやってきたのだ。その模索が『からゆきさん』(49歳、1976年、朝日新聞)や『慶州は母の呼び声』(58歳、1985年、新潮社)へと結実してゆくのを、目にすることになる。
 ――質問G「『からゆきさん』はひとつの結節点ですね。どこか両親に恩返しをし、亡くなった弟をなぐさめるという感じがします。日本のほんとうの姿をやっと知り、示すことになっていったのだ。そう考えてよいでしょうか?」
 H、実りゆたかな後半生の著作は1冊1冊を手にしてほしいと、願う。『森崎和江コレクション 精神史の旅』(全5巻、藤原書店)はいつもあなたの前に開かれている。未来性に満ちている。「この日本社会で生きるのが、なぜこんなにも息苦しいのか」という森崎さんの問いかけは多くのひとびとの傷ついた心、冷えた心をいまもあたためている。
 ――質問H「日本社会は自死者3万人が13年間もつづいています。3・11以降もますます日本社会が崩れ落ちていく気分があります。森崎さん、何かひとこと、お願いします。『どうか生きのびてください』と。」
 以上、8点だ。

 もういちど、呼びかける。
 12月18日(日)、来てほしい。
  講座・言葉を紡ぐ(第100回)
 2011年12月18日(日)の午後4時半〜6時半(開場は4時)。
 法然院本堂(左京区鹿ヶ谷御所ノ段町40、市バス5、17、203、204のバス停「浄土寺」下車し、東山に向かって徒歩10分)。
 森崎和江さん(詩人・作家)の「すっぽんぽんのいのちを生きる――生きのびてくださいね」。
 インタヴュアーは、才津原哲弘さん(自然農法家)。
 参加費1,500円。要・申し込み(FAX 075-711-0334 論楽社)。
 注意。――法然院の都合で夕刻から始まる。4時に山門が閉まるので、山門西の車道を入って。ちょっと暗いけど、大丈夫。受付がすぐ見つかるよ。
| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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