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連載コラム「いまここを紡ぐ」(第361回)詩をめぐる旅の日録――2012年4月・5月編
 4月があり、5月があった。私はちゃんと生きたのだろうか。別れがあり、出会いがあった。詩としか呼べないものに支えられる一日一日。それをめぐる日録だ。
  4月―日
 肥田舜太郎さん(医師、95歳)の姿をやっと見かける(東本願寺)。内部被曝、低線量被曝について、語っている。
 「もう、自分の体は自分で守る。早く寝て、早く起きて、まずトイレに行く。しっかり生活して、生きぬいていってください。」「政府や何かは、何もしてくれません。放射能汚染に立ち向かうには『生きるんだ!』という意志を持つことなんです。」
 肥田さんの全身から、声から、光が放っている。
  4月―日
 『夏子の酒』というマンガを20年ぶりに再読(尾瀬あきら、講談社、全12巻)。
 兄の遺志を引きつぎ、龍錦という酒米を育て、吟醸酒をつくる妹の夏子の物語。なぜか、ふと、何気なく、読みはじめ、止まらなくなってしまった。
 ああ、私は私のいのちの全体を愛しきることだ。オレはだいじょうぶか。
  4月―日
 『私たちの幸せな時間』(ソン・ヘソン監督、韓国、2006年)を見る。
 過去にいとこから暴行を受けたユジン。三度の自殺未遂を起こす。ある日、ある死刑囚の男に面会。互いに心魅かれ、週に一回面会を重ねていく。つかの間の希望を互いに紡ぐけど、刑の執行によって、すべてが切断される。
 社会の暗部に目を向ける誠実さと商業映画としての完成度。両者を兼ねるレベルの高さに、目を見張る。
  5月1日
 9年前のこの日、上島聖好さん(1955〜2007)たちと別れ、1人になった。私の独立記念日。1人で祝う。自由がいちばんだ。
 原真さん(共同通信)の2回目の取材を3時間受ける。連載記事「つながる」だ(いつかの京都新聞に載るだろう)。
  5月20日
 釜ヶ崎の「ふるさとの家」の労働者のミサに行く。田中愛子さんといっしょ。
 本田哲郎さん(フランシスコ会神父)の話を聞く。「イエスは新しい宗教をつくろうとしなかった。居場所がなく差別されているひとの痛みがわかるところに視点を移し、新しい生きかたを出発させようとした」。それがローマ帝国の国教(キリスト教)になったことから、変わりはじめる。
 愛子さんと別れ、中村哲さん(医師)に午後に会う。哲さん、腰と背中を痛めている。哲さんの日焼け顔、笑顔に再会。心が落ちつく。
  5月―日
 「あすを生きて、苦しんではいけない。」
 よーく、わかっている。
 なのに、肉体存在が誰かを求める。「きょうはいい天気だね」と言えば、「そうね」と返してくれるひとがいない。全くの1人暮らし。
 さみしい。自由だけど、ときどき、妙にさみしい。
 「あす」を生きてしまう。「きのう」に飛んでしまう。
 「いまここ」に戻るまでの、ちょっと苦しい5分。
  5月―日
 『世界』7月号(岩波書店、6月7日発売、よかったら、図書館で見てね)に、「ひとつの星座――自殺したくなったら、風景の中へ行こう」を書いた。
 近藤宏一さん。本田哲郎さん。入佐明美さん。徳永進さん。
 これらのひとのことを、つづってみた。「自殺したくなったら、図書館へ行こう」(『世界』2005年8月号)の続編だ。
 校正刷り見返してみる。
 「あれも書いていない」「これも言っていない」と思う。
 「加筆したい」という衝動にかられる。
 でも、このまま、送る。
 次作だ。論楽社の30年を次作に込めていこう。
 私が生きていた証(あかし)としてエッセイを残していこう。
(5月31日)
| 虫賀宗博 | いまここを紡ぐ | 05:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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