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連載コラム「いまここを紡ぐ」(第363回)詩人桜井哲夫――指を奪った「らい」に指のない手を合わせおじぎする
虫賀宗博
 もういちど桜井哲夫さん(1924〜2011)について、書きたい。
 生前に会う機会が私にはなかった。
 魅力的な金正美(キム・チョンミ)さんの『しがまっこ溶けた』(NHK出版、2002年)によって表出された、魅力的な桜井さんという存在に出会っただけである。
 『桜井哲夫詩集』(土曜美術社出版販売、新・日本現代詩文庫、2003年)を再読。
 私たちのために残された言葉を少しでも味わっておきたいと思う。
 改めて読んでみて、ナンバーワンと思ったのが、詩「おじぎ草」だ。

  夏空を震わせて
  白樺の幹に鳴く蝉に
  おじぎ草がおじぎする

  包帯を巻いた指で
  おじぎ草に触れると
  おじぎ草がおじぎする

  指を奪った「らい」に
  指のない手を合わせ
  おじぎ草のようにおじぎした

 わずか9行。シンプルで、やわらかく、美しい。
 国家の終生強制隔離政策を内部から乗り越えてしまっている。
 自らの精神を太らせ、清め、療養所の内部を飛び越えている。 
 「らいになってよかった」というひとを私は2人知っている。1人は桜井哲夫さんで、もう1人は長島愛生園の近藤宏一さん(1926〜2009)だ。近藤さんは重厚努力のひとだった。片や、桜井さんはきっともう少し天衣無縫か。
 いずれにせよ、ハンセン病になり、視力も失い、泣きながら心を耕しつづけた。すべてのひとびとから見捨てられてしまった場所の一隅において、当事者意識のカケラを2人は拾ったのである。そのときから、自分自身の物語を生きることになる。
 桜井さんは私の年齢(56歳)あたりから、詩を口述しはじめている。私と同じように、遅いデヴューだ。「きっと、必要があって私もこの世に来たのだ」という自覚が桜井さんにふつふつと湧いたのだ。
 桜井さんも近藤さんも、パイオニア植物だった。高山、砂漠に生きる場所を求め、前進する植物だ。光合成で得た栄養のすべてを根に送る。根をとにかく伸ばしに伸ばす。高山ならば、雪と氷と岩が前進を阻止。砂漠ならば、乾燥砂あらしが前進を阻止。けれども、なんとか根を何メートルも伸ばし、定着に成功すれば、その後がスゴイ。悪条件下に水を確保できたのである。水分が常にパイオニア植物の周囲に保たれ、さまざまな植物が育ちはじめる。植生が一気に豊かになるのである――。
 こう書きながら、いま、私は桜井さんや近藤さんの水源の〈いのち〉に出会っている。励まし、守られているといまここで感じる。桜井さん、会っていないのにね(笑)。
 ――そういえば、論楽社を私が1人でなんとか運営できているのも、安江良介さん、藤田省三さん、島田等さん、伊奈教勝さん、谷川雁さん、松下竜一さん、金在述さんたち……の〈いのち〉に日々出会い直し、励まされてきたからである。〈いのち〉の記憶は過去ではない。過ぎ去り得ない現在(いま)の記憶なのである。
 最後に、もうひとつ詩「消印のない手紙」を。
 桜井さんの姿や言葉、〈いのち〉を保ちながら、これからもすこやかに生きていこう。たとえ、病気になっても、ケンカしても、失恋しても、死んでしまっても(笑)、ね。

  宛先のない手紙には消印がない(中略)
  十本の指があったことも忘れていた
  おふくろさん、随分と苦しいこともあったけど
  やっぱり生きててよかったよ
  ありがとう、おふくろさん
  文盲のおふくろさんにも消印のない手紙は読めるよね
  遠い遠い空の彼方で
  消印のない封筒に封をし
  心のポストに投函したら
  ポストの底にコトンと音がしたよ

 死せる桜井さん、きょうも生ける私たちの根っこを励ます。
(6月14日)

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