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ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第49回)天の滝
 滝がある。
 滝である。
 水が滔々と流れ、ある所に段差があり、水が迸(ほどばし)って落下していく。
 ただそれだけなの絵なのに、すさまじい気を感じる。エネルギーが私の方まで飛んでくる。
 そんな滝の絵が目前にある――。
 岩澤重夫展を相国寺の美術館で見る。しかも、なぜか、いつも最終日(3月21日)にバタバタと見ることになってしまい、笑っちゃう。
 岩澤重夫という日本画家、それまで、全く知らなかった。
 どこか犬塚勉――このひとも全く知らなかったな――に似ていて、犬塚が縦走路の岩小石のひとつひとつをすさまじい時をかけて表出させるように、この岩澤重夫も、きっと滝の水の流れのひとつひとつを表出しようとしているんだ。
 そんなこと、できっこない。でも、そのできっこないことを、どこか淡々とやろうとしているのである。
 「静境」「春の渓」「天水悠々」と力作を書きつづけ、ついに「天水」へ。
 秋の紅葉の山野に滝がひとつ落ちている。きっと、音はない。風もない。無音で午後の秋の光が当たって、輝きながら、滔々と落ちていくのである。
 まるで、天から水がこの現世へ落下してくるかのように。
(4月4日)
| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 13:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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