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ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第50回)スポーツにかける

 ある小冊子が送られてきている。
 大切な記録と思うので、少し書き残す。
 『生きるための熱――スポーツにかける入所者たち』(国立ハンセン病資料館、2016年11月)である。
 まず写真がいいな。野球の打者がボールを打った瞬間。相撲の押し倒しが決まる瞬間。それらの決定的瞬間が記録されてある。
 次に、このコメント。この省察を忘れないようにしたい。
 「野球に悲しみも苦しみも忘れて打ち込んだものだ。野球の腕を上げるにつれて希望が生まれたし、多くの入所者が社会復帰を目指すようになったと思う。」
 「俺は卓球をしている時間が一番幸福なんだ。何事も忘れて熱中している時には云(い)い知れぬ慰安を求め与えられている事実を知覚しているのだ。だから親しみを持ち何時となく来て遊ぶのだよ。」
 なんという明晰な省察であることか。
 これはハンセン病を得て、終生強制隔離されたひとたちの内省。病者であることも許されず、人間以下に落とされたひとたちの記録。
 しかし、言うまでもなく、これらは私たちの生における希望や幸福が湧くポイントを言い得ているではないか。
 タイトルの『生きるための熱』も心に染み込む。
 私たちに「生のための熱」ありやいなやを問うている気がする。
(12月20日)

| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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