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あきらめない――3月例会「沖縄のいま」レポート

 3月26日(日)、矢ヶ崎響さんの3月例会。
 心やさしい響さんがていねいに伝えてくれた沖縄のいまである。ありがとう、響さん。
 いちばん心に残ったシーン――。
 (沖縄・東村)高江のひとたち、支援しているひとたちを、700人、800人の機動隊員が叩いているではないか。
殴っているではないか。
 非暴力の抵抗市民に暴力をふるっているではないか。
 スゴイ光景だ。
 響さん自身はゴボウ抜きされただけだったけども、「高江を守れ」という看板を立てた車にいた不服従のひとびとは、ラグビーのFWのような機動隊員によって押されたり引っぱられたり叩かれたり殴られたりしているのである。
 行き止まりの暴力だ。(レベルは違うだろうけども)チベット、パレスティナにおいて行使されている暴力と同じだ。
 反対派のリーダーが「これでは死者が出る」と判断。「自主撤退だ」と引いたのはよかったかもしれない(しかしその後そのリーダーは逮捕され、代用監獄に5か月間も拘留された。起訴されるわけでもなく宙ぶらりんの状態にして「いじめる」のである。保釈金が700万円もスゴイ)。
 何の権利権限があって警察は非暴力のひとびとを叩くのか。
 「放置国家」(翁長県知事がそう言っているんだ、オヤジギャグではなく、切々たるギャグだ)。暴力放置国家。
 米国の植民地としての日本、その日本の植民地としての沖縄(「日本に主権があるというフィクションによる長期レンタル」1947年昭和天皇発言)。二重植民地として放置されながらも存立せざるを得ない沖縄。なめられる日本、なめきられている沖縄。
 何度も繰り返すけど、普天間基地の移設が辺野古新基地建設ではない。菅官房長官なんか「移設、移設」と言っているけど、違う。21年前の日米合意(これも米軍の命令だろう)は「返還移設ではなく、好条件付きの移動」でしかなかった。「米軍が軍港付きの基地を半世紀前からほしくてほしくてしかたがなかった」ので、辺野古だったのだ。移設はフィクション。
 高江がヤンバルの豊かな森ならば、辺野古はジュゴンのいる豊かな海だ。その海を米兵のためにわざわざ潰すのである。「なんでや」と思って、フツー。コモン・センス(共通感覚)。
 3月26日(日)に響さんが翁長知事の動画を見せてくれた(私のようにインターネットを知らない人間は「おお!」と感心)。知事はこう言う。
 「いくら必要と言われたところで、(日本のひとたちは)十和田湖や琵琶湖を潰してでも基地をつくりますか。松島湾を潰してでも基地をつくりますか」(なんで沖縄にだけ、唯一の解決法として押しつけるのか)。
 「大きな包容力をもって(この危機に)取り組んでいこう。
 (政治家の口から「大きな包容力」なんて聞くと、ドキッとするね、「イデオロギーじゃなく、アイデンティティだ」と言う保守政治家は立派だ)。
 響さんの話は「勝つ方法はあきらめないこと」(辺野古の海沿いのテント小屋に掲げてある書)ということで、終わった。
 そのとおりだ。あきらめないこと。それが負けないことだ。
 そのために次の問いかけを自らに投げかけてみよう。私たちは風をいまここで感じているのか。死んでいったひと(友であり、先生たち、両親ら……)と対話しているか。(子どももいてもいなくても)次の世代のひとたちへちゃんと精神のバトンをリレーしているか。首相や各大臣にハガキを書いているか(「非暴力の市民に暴力をふるうな」「辺野古や高江の基地つくるな」と、でないと賛成とカウンティングされてしまう)。
 大学生の参加者が言っていたね。「いま沖縄でおきていることが次は日本中に起きるんじゃないか」って。
 そのとおりだ。「ひとごとや」と思っているかぎり、次は日本中だ。
 響さん、ありがとう。いい話でした。ありがと――。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 18:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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