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連載コラム「いまここを生きる」(第251回)下水道工事

 2017年4月、岩倉の現住所へ移舎して、ちょうど30年になる。1987年4月は国鉄の各労組を潰してJRが生まれたときであった。
 その節目にトイレを水洗に改修した。
 「アジア式ぼっとん便所」を大切に使ってきた。20日に1回のペースでていねいに汲み取っていただいたひとたちが、もう高齢。潮時だった。
 10日間の工事中の期間は30年間を振り返り、いろんなことを想起し、浄化する日々だった。
 凡夫の私の試行錯誤の日々。「こうすればよかった」と思いは残る。「水平への広がりが少しでも自らの内部にあったら、30年の歩みはあったのだ」と思いたい。
 その10日間の日録を綴ってみる――。

 

  3月―日
 下水道工事が始まる。いきなりコンクリートを切断する爆音から始まる。穴を掘って、管を通すのだけれども、凄い音が炸裂するんだ。
 おもしろいことが起きる。78歳の大将(工事会社社長)運転のフォークリフトが間違って、私の部屋の土壁をなぜかドーンと壊してしまう。アハハ。
 壁の修理をしてもらうために、部屋の片付け掃除をする。
 思わぬことによって、部屋の浄化ができるものだ。

 

  3月―日
 きょうも工事の爆音が響く。
 手紙を20通書く。30年間、ずっと手紙を書いてきた。「心を届けたい」との思いで投函してきた。それに「『もう手紙は不要』のときはそう言って下さい」という紙もそっと付加していく。
 30年が経った。互いに自然と年を重ねたのだから、「ありがとう、ありがとー」はちゃんと伝えて。

 

  4月―日
 きょうは裏庭に管を新しく埋める工事だ。裏庭の旧管に木々の根が入っていた。詰まってしまっていたのだ。道理で、排水がうまくいかなかったのだ。
 排水が機能しないと、どうしてもジメジメする。豪雨のあと、裏庭が大変だったので、原因がわかって、納得。
 入った、入れたものは出す。流す。その循環が何よりも大切。
 出会ったひとにはちゃんと別れる。また出会い直す。これだ。何よりも大切。

 

  4月5日 
 部屋の土壁を板壁に大工さんにつくりかえてもらう。
 きょう、李珍景(イジンギョン)さんの『無謀なるものたちの共同体――コミューン主義の方へ』(インパクト出版会、訳は今政肇さん)が届く。
 おもしろそう。コミューン主義(commune-ism)は共産主義(communism)の失敗から生まれてきたんだもんね。
 助けあう。支えあう。ひとびとはきのうも、きょうも、あすも求める。失敗しても失敗しても求めつづけるものだと思う。読んでいこう。
 けさ、夢でなぜか今政肇さんが出てきて、「大学教授になることは決まっているのに、講師や准教授になれないので、どうしたらいいか」という相談を受けていた(笑)。その日に届くなんて、おもしろいねえ。今政さんも新しく踏み出そうとしているんだ。よかったなあ。

 

  4月7日
 30年ぶりにジュディがニューヨークからやってくる。ジュディス・エイリーさんだが、ジュディと呼んでいた。ジュディは私の前住所の北白川のほんに近所に住んでいて、すぐ友人になった。
 妙なことを覚えていて、笑った。岐阜の鵜飼いの説明をするのに、私が鵜になり切ったパフォーマンス(のようなもの)をしたらしい。それを30年ぶりに説明してくれる。
 友人というのはいい。心を洗ってくれる。浄化された私自身に出会わせてくれる。

 

  4月―日
 水洗便器を付けられた。さあ、新しい論楽社をつくっていこう。31年目へ。
(4月13日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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