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連載コラム「いまここを生きる」(第268回)根っこ

 いま、8月7日の朝。
 台風5号が京都に近づいている。
 雨も風も強くなってきている。私、こういう感じ、嫌いでない。3000メートルの山小屋に籠っているよう。体の内部の微細な小動物性が目覚めてくる感じ。全くのところ、嫌いじゃない。
 きょうは、ちょうど62年前にこの世に来た日。私を生かしてくれている親兄弟先生親友友人に木草岩、風土水に、ありがとう。ありがとう、ありがとー。
 「よくこの世に来た、ありがたいな」という思いがいまある――。
 嵐の朝、ふと思い立つ。4年前に神奈川の友人が送ってくれた本を読んでみることにする。そうして読了。
 その友人は「回し本」と称し、ときどき本が届く。「よいと思った本をもう1冊買って回す」「感動した本を友人に回す」のではないかと思う。パスをしていくのである。
 「回し本」って、おもしろい。
 木村秋則さんの『リンゴが教えてくれたこと』(日経プレミアムシリーズ――日経新書とすればいいものの、なぜこんなカタカナで命名するのか、2009年)。
 『奇跡のリンゴ』(幻冬舎)が10年前に売れたり、映画化されたりしたと思うけど、私には縁がなかった。友人が「回し本」してくれないと、読まなかっただろう。
 いま、読めて、よかった。
 タイトル通り、リンゴの木が教えてくれたことを綴った、きわめて落ち着いた小著であった。
 農薬はたいへん。まず農民自らが害を被る。皮膚がひどく爛れ、目が腫れ、頭痛が激しい。毒なんである。害は社会全体へと広がっていく。
 赤いリンゴがまっ白に農薬がかけられているのを10代で信州で見て、びっくりしていたのを思い出す。
 木村さんは無農薬栽培を模索し始める。
 10年かけて結果的に成功するんだけど、その間、収穫ゼロ。農業収入ゼロ。
 ゼロはきつい。
 耐えぬいていたけれども、ある日、緊張の糸が風で飛んだのか、自死を考え、岩木山へ行く。
 その山中で、リンゴの木に木村さん、出会う。
 リンゴの木が月光の中に浮かぶのだ――。
 実は、これ、ドングリの木だったんだけど、自死を考える木村さんには、「リンゴ」だった。
 木村さんは直観。
 「これが答えだ」。
 雑草が生え放題、伸び放題、地面は足が沈むほどにふかふか。「この土をつくればいいんだあ」。
 「私は死に損ねたわけですが、死ぬ気持ちでいかないと自然は答えを教えてくれませんでした」(同書P.70)。
 なんと心に沁みる言葉か。
 誕生日の朝に、こういう言葉に出会えることを感謝する。
 「小麦の根は八十センチ張ります。ライ麦は一メートル六十センチ入って深く耕してくれます」(本書P.159)。
 他書によれば、そのライ麦の根っこの微細な根っこの端まですべてを計算すると、なんと300キロメートルに達するという。京都・広島間、福岡・釜山(プサン)間の距離。
 目に見えない土の世界でこれほど根を張っているからこそ、きょうのような嵐にも耐えられるのである。
 なんというリンゴ。なんという麦。なんという植物よ。
 人間は麦ひとつつくることができない。
 これも生きてあることの絶妙な明快を示現している。
 机の前の松が、モクレンが、嵐に揺れている。
(8月10日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 05:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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