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連載コラム「いまここを生きる」(第274回)木を植える

 3年前のことか。はっきり覚えてはいない。
 何気なく、NHK教育の「きょうの料理」を眺めていたときのこと。
 ちょっといない夫婦が映っていた。
 場所は名古屋の郊外のニュータウンの一区画。とても柔らかな感じの老夫婦がそこにいて、家のキッチンガーデンでじゃがいもを収穫しているんだ。
 じゃがいもがコロコロ掘り上げられ、夫婦は互いに微笑。穏やかな作業風景。
 料理が始まる。そのじゃがいもを妻のほうが茹でる。ほこほこに茹で上がったじゃがいもを次に擂(す)り鉢で潰すんだけど、潰し方がザックリ。潰し切らない。悪く言えば、テキトー。それがおもしろい。
 玉ねぎを刻んで交ぜる。その交ぜ方もザックリ。これも実におもしろい。
 これらを丸め、油でさあっと揚げる。
 それだけで、香り立つポテトコロッケができあがり。うまそう。
 私はじゃがいもが大好物。
 掘りたて、茹でたて、揚げたての、微笑いっぱいうけたポテトコロッケ。
 うまくないわけがないではないか(さっそく明子につくってもらったけど、これまたうまい)。
 格別にあたたかい風がTVから吹いてきて、もう、忘れがたい2人になったのである――。
 その夫婦の名前は、津端(つばた)修一さん(1925〜2015、ひるね中に90歳で亡くなる)と英子さん(1928〜)。
 その2人が映画『人生フルーツ』(2016年、東海テレビ)になったと聞き、東京や近所の友人もみんながみんな、「おもしろい」と言っている。
 「見たい、見たい」と思ってきた。
 9月11日、やっと『人生フルーツ』を見た。
 とってもよかった。
 もちろん英子さんがあっての修一さんなんだけど、その修一さんの静かな抵抗の精神が示現されていて、とってもよかった。
 木を植えることが抵抗だったんだ。
 修一さんはニュータウンの設計者。日本住宅公団の当時のエース。
 雑木林の地形を残し、風の道を得て、広い道路をつくり、ザックリと設計。
 その人間らしい町づくりを、当時の住宅公団は全否定。尾根は潰し、ブルドーザーで均(なら)し、無機的なコンクリートの箱詰め住宅をつくっていったのである。質より数、何よりも経済性が必要とされたのだ。
 修一さんはきっと言挙げもしないで早期退職し、ニュータウンの一画に土地(300坪)を求め、山小屋風の自宅を建て、クヌギやケヤキの木を植え、その落葉を拾い集め、キッチンガーデンに入れつづけ、70種の野菜と50種の果実を育てつづけたのであった。
 そんな暮らしを50年つづけたのである。
 心を耕しつづけた50年間でもある。
 サラリーマン時代の修一さんの顔と全く違う顔が生まれていった。しだいに受容の修一さんになっていった。
 外食しない。食事や暮らしの小道具は手づくり。必要以上にガス電気を使わない。夫婦家族がニコニコして慈しみあう。友人子ども孫を大切にする。日常が宝石のように光輝く。金は次の世代に残さず、生き方そして豊かな恵みの畑を残す。
 こんな抵抗はない。戦争経済グローバル資本主義がもっとも嫌う生き方である。
 どんな時代になってもあきらめない。どんなことがあってもリンゴの木を植えるんだ。
 私はまず、うどんを自分で打ってみることにする。
 いろんなこと自分でやってみよう。テキトーにザックリと。
(9月21日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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