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ボルト――ホームスクールへ、ようこそ、ようこそ(その9)

 学校の成績って、そのひとの人格人柄いのちと全く無関係。なのでそのひとの能力に関連づけてしまい、「できる、できない」と言うひとが多いのは悲しい。
 日本では義務教育(小学校)というものが軍隊のそれを真似てつくられた。日本以外の欧米の近代国家の多くもそうだ。
 とくに日本において、たとえば歩き方からして訓練させられた。江戸時代まではワシらはナンバ歩き(右手と右足を同時に出す歩き方、コレ、なかなかいいんだ)。それを無理やりに、いまの歩行(右足が出るときに左手が出る、という)へ、と変更させられた。なんで歩き方まで干渉したんだろうか。欧米式軍隊をつくろうとしたからだ。
 欧米では学校の入学式なんてない。日本ではまるで軍隊の入隊式のような入学式が挙行されつづけている。端から、日本の学校はヘン。
 「起立」「礼」「着席」も、「回れ右」「なおれ」も、言うまでもなく、すべてが軍隊式だ。いまだにやってる。意味の全くないことをやらされ、「意味を求めてはいけない」と訓練させられるんだ。
 小学校で何よりも重視されたのは、一定の時間、着席していることだ。読み書きそろばんよりも、農民を工員(工場労働者)へ変えるため、教師の指示どおりに「じいっとしていること」を求められた。
 軍隊や工場の組織の部品として生きることがいまだにひたすら求められたのである。
 将来役に立たなくてもいいのである。それが数(算)、理、社、英、国の五教科なんだ。他の料理、演劇、農業、映画、宗教……といった役に立つ教科はない。言ってみれば、つまらんことをつまらんと思いながらも、やることを要求される。日本の学校はそうなんだ。
 以上が学校についての基本の説明。
 つらいけど、わかって。
 でもねえ、私自身の体験でも、イヤだったな。つらかった。いくらボルト扱いされても、オレたちは人間なんだ。抜け落ちたボルトとしても、ワシらは熱いいのちなんだ。そうして、いまここを生きているではないか。
 いのちを耕して、学校へも立ち向かっていってほしい。「イヤだなあ」と思う心を忘れないで、抵抗していってほしい。
 イヤな気分を手放して、いのちをもっと耕して、ニコニコとほほえんで生きていってほしい。
 軍隊方式がいまだに変革できない。変革したかったけど、できてない。ゴメン。まだ、こんな学校はつづくだろう。でも、めげないで生きていってほしい。つらいけど生きのびてほしい。劣等感なんて、絶対に持たないで。不要よ。耐えて。私はヨコにいる。

| 虫賀宗博 | ホームスクール | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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