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連載コラム「いまここを生きる」(第283回)挽歌

 亡くなったもの、無くなったものによって、いまここが支えられている。
 いや、もっと言えば、ワシらのいまここをつくっているのは、膨大な亡(無)くなったものなんだ。
 改めて、そう、気づいた。
 そのことを痛感する秋の二日間の記録のメモ――。気づくと、二人の宮崎さんのこと――。

 

   11月10日(金)
 映画『となりのトトロ』(宮駿監督、1988年)を生まれて初めて見る。
 29年間、縁がなかった。
 やっと見ることができたのである。
 90分の上映時間なので、シンプル。実にシンプルなフィクション。
 内容の説明、不要だ。みんながみんな、知っているから。
 『となりのトトロ』、(きっと)もう死んでしまっている聖霊たちの物語だ。
 小さい神である。大文字の神、唯一神ではなく、小さく低くされている神だ。樹木、土間の台所、トイレ、庭の草むら、座敷などにいた小文字の神々。
 ワシらの祖先先輩たちは、小さな村のきわめて小さな世界を生きていた。(先祖の祖霊によって)この世にやってきて、家庭を新しく得て、子宝に恵まれ、五穀豊穣を願い、税金が高くなく、戦(いくさ)がないことを祈りつつ、死んで村の山へ帰っていく、(そうして先祖になる)――。そんな小さくとも、豊かな思いで生きてきたのである。
 それは、もう、すべて、ない。
 すべてが「逝きし世の面影」(渡辺京二)でしかない。
 そうして、ワシらは「過渡期」に沈潜してしまっている。
 心の中心軸を失い、不安と恐怖を生きることになった。
 来日した欧米の神父、牧師、外交官、知識人のすべてみんなから、小さな神たちがバカにされた。「アニミズム」と言われ、自信を失い、「過渡期」へ入った。もう、150年。まだまだ続くね。
 『となりのトトロ』の舞台は戦後日本が高度経済成長に突入する前の、私が生まれたころの農村。まだまだひとの手と足が入っていかない場所が当時の村にはあった。
 そんな腐葉土がすえたような香りのある所にいた聖霊たち。聖霊を求めている女の子がつらくて、さみしいとき、聖霊たちは無言でヨコにトナリにいてくれる。『となりのトトロ』は、そういう目に見えない、いとしいものたちへの挽歌。

 

   11月11日(土)
 大倭(おおやまと)という古神道が奈良にある。日本列島が欧米列強と出会って、その衝撃から国家神道(など)をにわかに建て始めた。
 そんなよりもはるかかなたの昔の神道(曰く古神道)が大倭。いまも共同体をつくって、病院や印刷所などを営んでいる。
 この大倭に半世紀前に交流(むすび)の家が建った。学生たちのワークキャンプによって、募金によって、ハンセン病の回復者が宿泊できる交流の家が建てられた(鶴見俊輔ほか『「むすびの家」物語』岩波書店)。画期的なことだ。
 その大倭において、宮崎賢さん(テレビ報道カメラマン)の講演会があったので、行った。
 35年以上に渡り、ハンセン病の現場を報道してきたひとが宮崎さん。
 ほとんど映像が残っていない、きわめて無口の島田等さん(1926〜95)が宮崎さんのカメラの前に立って、しゃべっている。まるでスクープの映像。
 よくぞ残してくれたあ。
 宮崎さん、いかにスゴイか。いかに信頼されていたか。
 これらの「動く絵」は貴重な遺産。
 優生主義とナショナリズム(自国民優位主義)が融合。それにカリスマの奇怪なリーダーの存在。この2点があって、ハンセン病の差別強制終生隔離政策が生まれたのである。
 まだまだ克服できていない。
 そのことを死者たちの映像が示現している。――島田さんの詩集『次の冬』(論楽社ブックレット)、まだ手にしたことのないひと、読んでみて。島田さんの言葉を知ってもらうのが私の晩年の仕事のひとつ。ぜひご注文を。
(11月23日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 08:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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