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連載コラム「いまここを生きる」(第285回)ウラヤマ(その2)

 落ち葉を踏みたくなって、ウラヤマへ再び入る。
 V字型に削られた山道がときどきある。雨の日は水をためて急流となるけど、落ち葉のころは落ち葉をためてフカフカに積もっている。
 ラグビーボールを蹴るように散らすと、雪のように舞い上がる。
 落ち葉蹴り遊びは年がいくつになってもおもしろい。
 踏みしめる落ち葉の乾いて澄んだ音は耳に心地よい。
 記憶の深い所へ落ちていく音だ。
 その音に再び、2017年秋にも出会いたいと思う。
 12月2日にもウラヤマへ行ってみる。
 安曇川源流へ行く。
 信州では「あずみ」と読むけど、近江では「あど」と読む。水運に長(た)けたひとびとの名残り。
 皆子山(971メートル、京都府の最高峰)の麓あたりと思ってほしい。登山じゃない。ウラヤマの森歩きだ。
 京都バスが花折(はなおれ)峠を越える所で「気温0℃」の標示があった。
 「ひょっとして……」。
 雪だ。
 けさ、ほんの少しだけ、雪が天から下りたのだ。
 バスを平(「だいら」と読む)で下りる。
 東の空に比良山系の蓬莱山(1174メートル)を見上げるんだけども、見事にまっ白。
 息をのんだ。
 雪はほんに美しい。そして、雪は心に静かな気合を入れる。
 靴ひもを締め直し、安曇川の上流へ、源流へ向う。
 平(村)だから、V字型山道はない。
 けど、所々に落ち葉が吹き寄せられており、ほんの少しだけの雪をのっけて、お菓子のようにそこに在る。そこへ行って、ときどき「お菓子」を蹴散らす。湿気っていて、飛ばない。
 雨が最近ないけど、秋が深まって、朝霧、朝露、朝霜が繰り返されている。しっとりと落ち葉が水を保っている。それに朝雪も加わり、吹き寄せられた落ち葉が、水とともに音まで吸いとっている気がする。
 源流全体がV字型の谷。まだ夜明け前のように小暗い。渓谷の安曇川の急流の音だけが鳴り響いている。鳥もカワガラスだけ。
 雪を迎えた森はきわめて静か。ゆたかな沈黙。
 その谷へ朝日が入り始める。第二の夜明け。時刻は9時前。谷に直接光が差す。枯れ草から湯気が上がる。ほんの少し、白い湯気が上がるのが見える。スゴイ。目に見える姿でエネルギーを示現してくれる。
 ここで明子のつくってくれた弁当を食べることにする。おそい朝食だ。ゆっくりいただく。うまい。
 広葉樹の三分の二は落葉。葉が残っているひとつの何かのツルがハラハラと数枚の葉を落とす。葉は落ちているのに、川風に吹き上げられ、空中になんと留(とど)まってる。結局はみんな落ちていくんだけど、20秒間も留まるなんて、おもしろい。
 途中、安曇川を渡らなきゃならないところがある。川幅がある。石も岩もほとんど川に沈んでいる。もちろん橋も橋になるような枯木もない。
 そこで靴をぬいで、川に入った。冷たい。息がつまりそう。「ウ、ホ」と叫んで渡った。
 その後の足の気持ちいいこと。ポカポカしながら、歩きつづけ、百井(ももい)へ出て、大原に2時に下った。体力をほとんど使わない森歩き半日コース。
 私のウラヤマ(裏山)徘徊。ヒマラヤ逍遥なんかで決してない。
 ときどき徘徊するので、ときどき書く(では、また、いつか3回目を書くから)。
(12月7日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 11:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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