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連載コラム「いまここを生きる」(第287回)いのちのふた

 冬至を迎える。岩倉は12月14日に初雪(2センチ)。きょう17日は青空。ときどき小さな雪片が飛んできて、寒い。
 「冬至の頃になると/島の朝焼けはことさら美しい」(島田等さん「朝焼け」、論楽社ブックレット)。
 長島じゃなくても、朝焼け、そうして夕焼けは、とりわけ冬至ごろが美しい。
 (何度も書いているように)夜と昼、光と闇とが和解しあうような美しさである。
 縁あって12月16日に送り届けられた石原繁野さん(滋賀のもみじ・あざみ寮)の『あざみ織』(サンブライト出版、33年前の古本を石原さんが手に入れ、送ってくださったよう、ありがたい)をいま味わっている。
 とってもおもしろい。
 よかれと思ってつくっているいまのワシらの社会システムの制度とは違う織物なんだ。
 アール・ブリュット(生のままの芸術)と言っていい織物だ。黄や赤の原色の糸をざっくりと織っていくのがおもしろい。
 とりわけ藍の深さの色あいに心が奪われた(同書P.64 〜66)。
 本書に倉敷民芸館の外村吉之介さんなどの名前が出てくる。献身的に手織り指導を外村さんはした(同書P.51)。
 (何度も書いているように)縁あって高校生のときに鶴見俊輔さんの「芸術の発展」(『限界芸術論』その他に入っている)を読んだ。柳宗悦を知った。柳の民芸(民衆の芸術)という考え方の中に、私の無名の父母が生きている、とそのとき直観した。父母に連なるひとびとの生がそこにある、と思ったのである。
 (これも何度も書いているように)京都にまず出て、河井寛次郎記念館に足を運ぶことからスタートさせたのである。
 柳が繰り返し書いている美のふしぎさ。
 全く無名の、無学の陶工がいち日に何百と製作する器。繰り返し、反復の作業労働の中でこそ、滋味深く、使いがってのいい、健康で美しい陶器が生まれてくるのである。
 ひとりの天才の作品をはるかに凌駕(りょうが)させるモノをひとりの職人がつくりうるというふしぎさを肯定することから、柳の運動は始まっている。
 このことは『あざみ織』の実践――これはこれでひと言では言えないような苦労の連続なんだろうけど――に通じることがある。外村さんたちの関与も考えてみれば、自然だったのである。
 ワシらという存在は、ワシらの予想を超え、自我は社会システムの制度にがんじがらめに縛られている。いのちが蓋されてしまっている。
 いのちの蓋が開けば、朝焼けのように、夕焼けのように美しいものがふつうに生まれるのだろう。
 いのちの蓋なんて、なかなか開くものではない。天才だったら、自らの身につけた方法で開かせるのであろうけど、ふつうは難しい。その地域の天地人が醸す祈りが腐葉土のように積もっていった中できっと生まれるのである。
 論楽社においても、実のところ、「感話」シリーズなんか、ひとりの市民が感じたことを言葉にしながら、互いに自らのいのちの蓋を感じあうということを、「いのちの蓋をとってもええか」と思えるようなことを私は考えていた。
 もちろん私の祈り不足、説明不足ゆえ、ただ心の中で感じていただけだけど。
 有名人無名人って、本来は無関係。みんな、基本的に家庭では有名人。その地平から祈り始める――という姿勢が民芸を生み、あざみ織を生んでいった。
(12月21日)

 

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 11:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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