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連載コラム「いまここを生きる」(第299回)朝の光を浴びながら

 次のような算術(計算)瞑想をしてみるのも、おもしろいかも。
 私自身がどうやって生まれてきたか、についてだ。
 もちろん私だけの話じゃない。AさんもBさんも、あらゆるひとが同じだ。全く同じである。
 男と女が出会って、新しいいのちが生まれ、育まれていく。このことだ。
 私が出会う父母は2人。父母の父母つまり祖父母はそれぞれで、4人。同じようにその父母の曽祖父母が8人。
 このように先祖(祖先)を遡ってみるんだ。
 倍、倍……と掛けていく。
 16人、32人、64人、128人、256人……と行く。
 10世代遡ると、なんと1024人。小さな町のような人口。
 1世代を30年間とすると、300年だ。いまから300年前、江戸時代、新井白石のころだ。
 同じように、さらに遡る。
 10世代分さらに遡ると、その数が105万人となる。仙台市の人口に匹敵。
 いまから600年前は室町時代、世阿弥のころ。
 もう10世代分をさらに遡ってみれば、スゴイ。計算間違いでなければ、10.8億人。
 いまから900年前の平安時代、白河上皇のころだ。
 いまはもう、止めよう。
 (地球や宇宙の歩みからすれば)わずか900年でも、これだけの男女が生きて食べて恋をしたことによって、私という存在に至っていることになるではないか。
 そうして、次のような効果を内的に実感できる。

 A. それぞれのひとがそれぞれに万世一系であることが実感できるし、それぞれが水平で対等であることも実感できる。
 B. 日本のみならず、沖縄・台湾・朝鮮・中国の東アジアとすべてつながりあっているのが実感できる。みんな、兄弟姉妹同朋であることも実感できるのではないか。
 C. その同朋の中には立派でユーモアのあるひともいれば、他殺自殺戦争死者にドロボーうそつきもいるんだということも実感できる。

 心さみしいことがあると、この算術瞑想をしてみる。わずか5分間で、何かが実感できる。
 親子兄弟姉妹といっても心にすき間風は当然ながら吹く。バラバラだ。でも、どこか最終的には同朋なのだ。いっしょなのだ。たとえどんなひどいひとと思っても。
 朝日を浴びるひととき、いままで出会ってきたひとたちの顔(表情、声、姿)を思い起こす。
 およそ150人。半分はこの世にいない(でも私の中にはいる)。
 私がそのひとの顔を思えば、そにひとと改めてつながりあうことができる。
 その数がゆっくり増えていく。死者に限定したほうがいいかもしれないけど、瞑想中、生死を分別することもできない。あるがままにやっている。
 つながりあって支えていく「あみ目」の相互依存的連係生起の広大深化のありように、ただただ頭を下げる瞑想。
(3月15日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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