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連載コラム「いまここを生きる」(第302回)桜

 3月の終わりに桜を見に明子と出かけた。
 京都の八幡(やわた)の背割堤(せわりてい)である。初めて行ってみた。
 京阪電車で京都から大阪へ出るとき、いちばん気持ちのよい所がある。
 宇治川の鉄橋を渡り、再び木津川の鉄橋に橋が入るあたり。京都ではもはやなく、まだ大阪でもない。ただ川が流れているだけの所。
 空が広い。それだけで、どれだけ嬉しいことか。
 京都盆地(それも、その中の岩倉盆地)を離れた――と思うだけで、どれだけ嬉しいことか(それなりに少しは緊張して京都で暮らしているんだろうか)。
 岐阜の木曽三川の輪中で生まれ育ったからなんだろうか。
 その地は、宇治川(琵琶湖から流れ出る)、木津川(伊賀から流れ来る)に、桂川(鴨川も合流している)の三川が合流する所である。男山(石清水八幡宮)と天王山に挟まれた、昔は巨椋(おぐら)池(いまは干拓地)などの氾濫原であった所だ。
 その三川を分流しなおして、堤防を1.4キロ新しく築きなおし、そこに桜を250本植えた。その地が、背割堤。そこへ行った。
 京阪の「八幡市」駅で下り、木津川の御幸橋を渡る。歩いて10分。
 空が広い。広い。青い空が伸びやかに広がる。
 桜、満開。桜並木がふんわりと連なっている。うーん、いい気持ち。
 ひとびともけっこう集まっている。所々で弁当を広げている。中国語も聞こえている(3月の月末から2週間、「さくらマルシェ」として、出店や花見船が。桜の新名所なんだ。知らなかったな)。
 木津川が見渡せる石の上で、弁当。明子の手づくりいなり寿司。うまい。日本酒も少し持ってきたので、いただく。これまた、うまい。
 桜って、新しい春(新春)を体で味わうことができる。川原の土手で味わう初春のなのである。
 ひとは、つねに新しい時のいまを実感したくて、生きている(徳永進『三月を見る――死の中の生、生の中の死』論楽社ブックレット)。
 一月は見たか。
 二月は見たか。
 三月は見たか。
 今年の桜は見たか――。
 いのちあるものの小さくて、切実な願いは、そういう生まれ出(い)ずる新しい時を味わうことだ。たとえ病いを得ていようが、得てなかろうが。
 いまは暖衣飽食の時代(食の三分の一はなんとゴミにしているような時代)。
 でも、ずうっと、飢餓と戦う日々だった。桜は、田んぼの恵みへの切なる祈りと不可分(「サ」は穀物の精霊、「クラ」は倉、恵み。つまり「どうか豊作でありますように」「餓死者が出ませんように」である)。
 いまは百姓(百のいのちを育てる大切な仕事)でないひとも、みんな、もともとは大地の子。いまは不耕貪(どん)食で百姓をバカにしているひとも、もとのもとは、みんな大地の子。
 いまも厳しい時代。セシウム、ストロンチウムが飛び交いつづける「沈黙の春」のいまだからこその桜である。そう思う。
 ふと、なぜか、私は「クヌギ酒場」という言葉を思い出す。虫屋(昆虫愛好家)の言葉やけど。
 夏が来ると、クヌギの太い枝の木の皮の割れ目から、樹液が沁み出している所がある。クヌギの樹液は糖分が高く、甘い香りが漂っている。クワガタ、カブトムシ、ハチ、チョウ、ガが集まりつづける。ときには糖分が発酵し、アルコールの香りもすることから、「クヌギ酒場」と呼ばれている
 そうして、「まるでサクラ酒場やん、老若男女のみんな、私たちも、桜に引き付けられているね」と思うのだ。
 開いて散る10日間だけの、カウンターもイスもない、平和な酒場。
 古代人のように平和な実りを切に祈る。
(4月5日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 11:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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