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連載コラム「いまここを生きる」(第305回)ニセモノの神

 もういちど、宇佐美治さん(1926〜2018)について、書く。
 以下、宇佐美さんのことを「彼」という代名詞を使ってみる。そのほうが、私の思いがより生々と流れ出る気がするから。
 思ったままを箇条書きにしてみる。メモを残すように綴ったほうが、同じく、私の思いがより自然に流れ落ちる気がするから。
 では、始める。
  その1。
 彼とは全く同じ風土で私は育っているのである。初対面で知って、おどろいた。
 互いに木曽川の対岸に生まれた。彼は愛知(尾張)の西端の木曽川沿いの村に。私は岐阜(美濃)の東端の羽島に、同じく木曽川沿いの村に。
 年は30も離れているのに、同じ言葉、同じ水や食べもので育ってきたことを知って、おどろく。
 彼に、長島愛生園にいたかもしれない、もうひとりの私を見た。
  その2。
 ひとは自己肯定した量に比例し、他者肯定ができる。ひとは愛された分しか、ひとを愛することができない。
 コレ、私を含めたすべてのひとにとっての生の鉄則。
 彼は愛生園に来た母によって、「この島で死ぬのです、二度と帰ってきてはなりません」と言われた。
 母は母で、村の中で「寺に参ること、許さぬ」と彼の発病によって差別される。彼の叔母も自死、彼の兄も結婚が破談……という惨劇のサバイバー。
 言う母もつらい。聞く彼もつらい。
 28年前の出会ったころの彼。終生強制隔離政策については滔々(とうとう)と述べ立てるのに、彼自身のこと、全く、無言。
 そのアンバランスさ。もっともっと自己肯定し、その結果、他者肯定したいのに、どうしていいか、わからない。わかんないので、他者にのめりこんでしまい、傷つく。「ワシはオマエが好かん」という表現でしか告白できない。そんな彼。
 彼は、もうひとりの私自身(当時)だった。
  その3
 自己肯定ができないとき、ひとは「もの」に支配される。あったかい心が消え、物質に支配される。「もの」に支配されたいとさえ思う。
 「もの」はニセモノの神。ニセモノだけど、神の顔して、ひとを支配し、ひとからほほえみを消す。
 差別は、その「もの」。そんな観念物質。ニセモノの神が恥でもなんでもないひとつの感染症を、国恥病と言い立てる。そんなプロパガンダを流し、患者狩りし、島に捨てさせた。
 見せしめの犠牲者をつくっただけで、捨てたひとたちはそのうちに忘れてしまった。利用しただけで、忘却。
 差別するひとたちも、差別されるひとも、同時に悲苦させる。ニセモノの神。
 彼はハンセン病国賠訴訟の原告団長になり、広く社会へ出ていった。身を晒し、交流した。
 そうして、ニセモノの神を捨てようとした。
 その結果、少しずつ自己肯定していった。どこか裸の自我をも受認していった。
 大きな丸印の人生。二重丸の生。
 出会って、ほんとうに、よかった。
 ありがとう。死んでも、どうかお元気で。
(4月26日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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