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連載コラム「いまここを生きる」(第331回)1987年革命

 もう、ちょうど1か月たった。
 映画『1987、ある闘いの真実』(韓国、2017年)を見た。
 頭の芯からいろんなことを考えさせる韓国映画だ。
 デモの学生を殴打する。ふつうの市民を水責めで尋問する。
 その光景。その音。
 それらは、その7年前の光州の住民虐殺事件(あの映画『タクシー運転手』のとおり)の影響の深まりの中で起きた。
 1987年6月の民衆民主化抗争の姿。革命の姿。
 当時、月刊誌『世界』(岩波書店)に「韓国からの通信」という連載があった。1973年5月号から88年3月号にかけての15年間のこと。匿名の「T・K生」が報告するという地下秘密レポート。
 毎号毎号「T・K生」をまず読んだ。
 抗議ハガキを出すぐらいしかやれていなかったんだけど、殴打する音が聞こえるわけないのに、聞いていた気がしていた。水責めの音も同じように聞こえるわけないのに聞いていたような気になっていった。
 徐(ソ)兄弟事件をはじめ、京都からの在日の留学学生たちをスパイに仕立てる事件も多発。その獄中からの通信を、何度も何度も読んで、読み直し、わが人生を考えていた。間接的ながら、一日本人の私もほんの少し同時代を生きていた。あの時代、あのとき——。
 ちなみに2003年にその「T・K生」は池明観(チ・ミョンガン)さんとわかる。韓国の地下ルートを経て、欧米の韓国人ネットワークを潜り、東京の池さんへ。都内のどこか(毎回変える)で池さんから安江良介さん(当時の編集長)に手渡され、即座に書き写した(池さんの筆跡がわからないように、池さんの原稿も捨てる)。安江さん自身も安全を警戒しながら生き抜く。後で安江さんから聞いた。
 各国語訳が刊行され、国際世論が喚起されていった。これは1987年の民主化抗争の勝利の援護射撃になった。
 当時の韓国のひとたちの感じが伝わってくるマンガ『沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート』(作はチェ・ギュソク、訳・加藤直樹、ころから、2016年、以下本書とするね)を縁あって読むことができた。
 韓国のマンガを初めて読んだ。おもしろい。まるで映画『1987……』の原作のようなマンガなんだ。地域の図書館にリクエストして、実際に手にしてほしいな。
 朴正煕(パク・チョンヒ)から全斗煥(チョン。ドゥファン)への15年間、どれだけ韓国の民衆が苦しんだか。その理由のひとつに、権力の正統性のなさがある。朴政権もひどかったけど、クーデターによって奪ってしまう全政権の正統性は全くなかった。光州の民衆を虐殺し、恐怖政治を敷こうとしたけど、失敗。7年しか持たなかった(こういう全政権を、どの他国よりもはやく承認したのが日本政府だったことは決して忘れてはいけない)。民衆の底力からすれば、7年もよく持ったのかもしれない。結果は1987年6月の民衆の勝利。でもそれは結果。当時は、あと30年かかると思ったかもしれないし、あと50年かかると思ったかもしれないと思うひともいたはず。勝利は明日か。明後日か。わからなかったはず。
 マンガ中の獄中対話。逮捕されたもの同士の対話。
 「世の中も100度になればかならず沸騰する。そのことは歴史が証明している」(本書P.96)。
 「オレだって分からなくなる時があるよ」「だけどそのたびにこう思うのさ」「今が99度だ。そう信じなきゃ」「99度であきらめてしまったら、もったいないじゃないか。ハハハ……」(同P.97)。
 この「ハハハ」の底力だ。
 強い生命力だ。涙が出るほどの、とてつもない生命を信じる力だ。
 同じ民族が分断され、熱戦冷戦に苦しめられても、韓国民衆は乗り越えられたのである。
 深い敬意を持つ。人間社会、韓国だっていろんなことはあるだろう。でも、こういう民衆革命体験は死んでいない。凄いことだ。
 人生皆苦。苦は思いどおりに進まないことを言う。日本の場合、それに米国や天皇の支配圧力が加わり、助けあうべき共同体は壊れた。
 そういうときこそ、慈悲(じひ)だ。どんな宗教も学問も慈悲を生むためにこそある。人生は思いどおりには行かない。だからこそ、思いがけぬ慈悲を受けあうことによって、前へ進む。その慈悲の行為を繰り返すこと。それがいつの日か、「ハハハ」の底力とともに歩める。韓国ではない形で、ワシらの「ハハハ」も示したい。いまここから始めよう。いまは明日に続くのだから。
 もっともっとワシらは関わらねば。「かかわらなければ路傍の人」(塔和子)なのだ。そう、いま思う。
(10月25日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:10 | comments(1) | trackbacks(0) | - | -
「世界」がそのような働きをしていたとは、知りませんでした。

1962年生まれですので、80年代の韓国民主化運動はリアルタイムに知ることができたのに、知ろうとしませんでした。
そのコンプレックスがあるので、「タクシー運転手」も「1987〜」も見ることができませんでした。

沸点 ソウルオンザストリートは京都市図書館(久我の杜)にありました。読みます。
| あんず | 2018/10/31 11:40 AM |










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