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戦争をやれば、ひとが壊れる――三室勇さんの11月例会レポート

 10日もたった。11月18日の11月例会の三室勇さんの心に残るスピーチから、10日も過ぎた。三室さんや塩田敏夫さんから教えてもらった本をずっと4冊読んでいた(これらについてはいずれ書くね)。
 戦争のリアルさを改めて見つめ直そう、と思った。けれども、見つめ直せば直すほどに、凄惨さ陰惨さが極まっていく。そんな気がする。
 歴史は私たち生者のものだけではなく、死者たちのものでもある。
 その死の立ち位置を生者が身勝手に変えてはいけない。改竄(ざん)してはいけない。
 たとえどんなに無明(むみょう)が湧いたひとであろうとも、そのひとの死はひとつの図書館が消えたと言える。
 いま、戦争体験者が亡くなりつつあるけど、書き記されたモノを読むことが、戦死の現場にただ立って匂いをかいでみるとか、間接的ながらも、その立ち位置をよく見つめることだ、自分の全身で味わって考えぬくことだと思う。
 どのいのちにとっても、生きることはそれだけで希望だ。生が希望を湧き上げる。その生を戦死で断たれたひとたちに、「死んでも希望を紡いでいってください。見守っていってください。こんな平和な世をつくっていきますから」と言えるような社会をつくっていきたいと願う。
 そういう意味において、「なぜ戦死者を生んでいったのか」に、殺させたひとたちの責任を問うことが、たいへん大切なことと思う。根が残っていては、再び枝葉が生えてくるから。三室さんが「戦争責任をいまからでも問うべき」と言ったこと、首肯できる。三室さんや私のような人間が極少数としても——。
 結論をまず書いちゃったね(具体的には、別の所で書くので、待っていてね)。
 11月例会のポイントをメモしておく。次の5点だ。
 a. 日本人戦死者の90パーセントがアジア太平洋戦争の末期(1944年7月のサイパン島玉砕以降)。勝算が全くなくなっているのに(ゼロなのに)、なぜその後1年間も戦争を続けたのか。きわめて重要な、戦後のありようもふくめた大切な問いだ。どうしてなんだ。
 b. 戦死者の半分50パーセントが戦病死者(日中戦争において、アジア太平洋戦争では記録がない、これもなぜなんだ)。その戦病死者の61パーセントがなんと餓死者。
 c. 私的制裁(リンチというすさまじい暴行)が相次ぎ、自殺者が多い(実数は例のごとく記録がない)。硫黄島では43パーセントが自殺(戦闘死は30パーセントなので、それより多い)。
d. 傷病兵(動けない兵)は残置せず、「処置」された。つまり、殺害された(これも実数がわからない)。ガダルカナル島では撤収にあたって、動けない兵は猛毒で殺された。日本兵に。
 e. 戦争神経症のこと(これも実態がわからない、文書が焼却されているから、公文書を徹底的に廃棄している)。心の病を日本軍は侮蔑警戒し、臓躁(ぞうそう)病なんて呼んでいた。戦後も家には帰れず(ハンセン病といっしょ)、「未復員兵」と呼ばれ、入院生活が続いた。集団社会全体で戦(いくさ)をしておいて、心の病を発症すると、個人個人のせいにする。アイツの資質のためと言う。おかしくないか。「弱い」なんて言ったら、ダメだ。個人のせいではないのだ、と言いきりたいね——。
 以上だ。
 三室さん、ありがとう。きっと三室さんにとって、戦争は生涯のテーマのひとつ(私にとってもそう)。力のこもったスピーチ、ほんとうにありがとう。
 次は12月16日(日)、中嶌哲演さんの「仏教以前のことから」。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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