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連載コラム「いまここを生きる」(第339回)器量――友人が教えてくれた本(その3、完結)

 前回、前々回から続く。友人が教えてくれた本との出会い。その3回目である。本はA〜Dと書いた。Eから始める。
 E. 吉田裕『日本軍兵士——アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書、2017年)。
 三室勇さんが教えてくれた(2018年11月例会レポート「ほっとニュース」12月2日号を参照。繰り返しを避けたいので、次のことを書く)。
 国家建設の目的は人権を守ることに尽きる。そう思わないか。けれども明治という国家の目的は富国。欧米諸国に打ち勝つための富国。ひとはその材料。道具。
 その目的の実現に、明らかに失敗した。対外暴力を積み重ね、本書のようにアジア太平洋戦争によって、決定的な敗北を喫した。
 具体的にはひとりひとりの日本兵の身体に決定的な敗北として立ち現れていた。それが太平洋戦争——。
 異様に高い餓死率(戦死の半分が餓死。でも具体的な飢え死にした兵の数が軍によって焼却されたりしていること、哀れだ)。現在も食料自給率は4割。米国の食料支配下。こんな危険なこと、他にない。
 戦場でのおびただしい自殺者(世界で一番の高率)。戦場で心を病んで壊す兵士たち。
 30万人も超えた海没死(兵士でもない船員たちが空爆を受け、死んでいった。兵士でないので、何の補償もない)。
 もう、繰り返しになる。
 でも、きわめて大切なことだ。
 なんでこんなアビュース(虐待)が可能だったのか。
 明治体制の国家神道、学校教育、民法の家システムというマインドコントロールがいまも解かれることなく、なんで残り続けているのか。国家の土台や太い柱をなんでつくり変えなかったのか。いまの日本社会に深い影を投げかけている。
 戦死者たちは沈黙していない。声を聞くことだ。靖国思想から離れ、数少ない、でも、残っている遺品や資料に耳を傾けることだ思う。
 F. 吉永春子『さすらいの〈未復員〉』(筑摩書房、1987年)。
 Eに喚起され、思い出し、書庫から出して来た32年前の本。久しぶりに再読。
 歩いて5分の所に鶴見俊輔さんがいた。そこに「引越して来ました」とあいさつに行った、32年前の春のこと。そのとき、精神病と岩倉の地の深い縁の話を鶴見さんから聞く。その対話中に、ふと耳にした本である。
 未復員兵。戦場で発病。心を壊す。入院治療している間に敗戦。日本が負けたことはその後に知っている。いまは平和でいいけど、天皇陛下の命令があれば、もう一度戦争に行く、と彼らはみんな言う。
 みんな、誠実でマジメ。何十年前には日本の各地に普通にいたひとたち。戦争に行かなければ、農民や職人としてすこやかに生きていったにちがいないひとびと。
 そのひとたちみんな、戦場に連行され、上官からの執拗なリンチ、すさまじい戦場での攻撃の爆音に接し、自殺するがごとく発病していったのである。
 未復員のひとたちは当然復員したい。故郷へ帰りたい。家へ戻りたい。でも、できない。
 ゆえに「未復員」。
 理由は経済的なことでない。
 「家」や「村」の器量が小さくなってしまったことを私は思う。引きとることを拒絶するのだ。その後「村」という共同体は死んだ。
 ある元兵士が帰郷したいと申し出た。弟の嫁からの返事。「親不孝者のごくつぶし。クシャ、クシャ言ってくるな。お前みたいな気狂いは、末代の恥。家庭が乱れてしまう」(本書P.244〜245)。
 戦争でアビュース。精神障害でアビュース。老人になってからまたこんなアビュース。それでもひとは生きねばならない。
 三室勇さん、ありがとう。鶴見俊輔さんもありがとうね。
(12月20日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 18:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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