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人生の意味――鈴木君代さんのホームコンサートへ、ようこそ、ようこそ(その1)

 新しい年の、新しい1月例会は、1月27日(日)、鈴木君代さん(僧侶+歌手)。
 何回目の論楽社か。友人の君代さんに、もういちど来ていただける。うれしい。
 何回も書いたけど、書くたびにふしぎさが改めて感じられるんだけども、ちょうど10年前にタイのスカトー寺へミニ修行(という生きるためのあそび)に行ったとき、なんと同じ飛行機に君代さんと乗り合わせたのだった。事前にTELしたわけでも全くないのに。大阪へ行く電車に乗り合わせということでもないのに。同道していた塩田敏夫さんともども、びっくりした。君代さん、おもしろいねえ。ゆかいだ——。
 2年ぶりに君代さんに来て歌っていただき、話していただき、交流し、語りあいたいと思う。それが友達だよね——。
 突然、話が変わる。
 三帰依文(さんきえもん)というブッディストが自らに呼びかける短文がある。こぞんじだろうか。クリスチャンのひとだって、読んでみて。

 

 《人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。この身(み)は今生(こんじょう)において度(ど)せずんば、さらにいずれの生(しょう)においてかこの身を度せん》。——「度す」は、「済度される、救済される、悟る」の意。

 

 以下、自由訳をして、1月例会のお知らせとする。
 「どこか向こうの世界から、この世へどかーんと放り投げられて、私はやって来た。気がつけば、この世、思い通りにならないこと(苦という)だらけ。生老病死に、『ほしいものが手に入らん』『好きなひととは別れねばならない』『イヤなひとには会わねばならん』。四苦八苦の峠道はきつい。いま生きているこの私は一体なぜ生まれてきたのだ。なんでここにいるのか。どうしてこんなきつい峠道を登らないといけないのか。その人生の意味をいまここで明らかにできなかったら、では、いつなのか。いまが大切。急げ」。
 「急げ!」と言われても、あせってはいけない。酒をのみすぎてもいけない。ごはんをしっかり食べて生きつづけなければならない。
 人生の意味は、この世へ放り込まれたときから、すでに在る。必要があるから、この世に来たのだ。
 わが心の底に焦点を定め、わが心のほんとうの声を聞くしかない。
 見つかる。必ずね。
 待つこと。
 問いに向かって、「言い訳もせず、ごまかしもせず、正当化もせず、開き直りもせず、あきらめもせず」(和田稠、君代さんの心の先生)、立つこと。
 ただ生きて往(い)きていこう。
 人生は思いのほか短い。いまここを故郷とし、希望を掟として、さあ、歌をうたおう。

  2019年1月例会
1月27日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
  鈴木君代さん(浄土真宗僧侶+歌手)のホームコンサート「人生の意味——希望を掟として」。
参加費1000円。
要・申し込み(私宅なので、ご連絡を)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制、新年会だね)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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