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連載コラム「いまここを生きる」(第349回)授業・足下の言葉を掘る(その2)

 (ある大学において、たったひとりの学生に向かった授業の記録、そのつづき)まず「あなたがいて、私がいる」って、伊奈教勝さん、言います。生身のハンセン病者を社会が捨てることは——島田等さんが「病みすて」といいましたよね——、ハンセン病にとって大変なことのみならず、ハンセン病者でない社会全体にとっても重大な問題を背負っていることになります。
 小指がイヤだからと言って、切り捨てていいんですか。左耳が不快だからと言って、切り取ってしまっていいですか。
 体はひとつ。ひのちはひとつ。たとえ盲腸だとしても無駄な部位なんでしょうか。不要な部位が体の中にあるんでしょうか。
 そういう伊奈さんの問いかけです。
 伊奈さんは病気になって「家族を苦しめた」と思い、自らを責めていました。故郷の父、母、長兄のことを思いつづけます。家族もまた、伊奈さんを病みすてた、と苦しみます。
 どうすればよいのか。
 伊奈さんは考え、祈ります。誰にでもある足下の底を手掘りしていったのだと思います。
 その結果が「あなたがいて、私がいる」。
 「私たちハンセン病者の人間性の回復は、ハンセン病者でないあなたたちの人間性の回復と同時に行わねばなりません」と考えてゆきます。
 病みすてられたひとが病みすてたひとの人間性の回復のことを思っています。
 このやさしさ、スゴイことではありませんか。
 これだけではありません。足下をもっと掘ります。
 状況へ向かって、伊奈さん。働きかけます。
 そのためには、「ほんとうのことを言って、伝えねばならない」と決意します。
 そういう発言するんだから、本名宣言して、実名で話します。仮名(園名)を捨てます。
 実名でハンセン病政策の実相をわかってほしいと発言をするんです。ひょっとして故郷の家族に迷惑がかかり、解体するかもしれません。
 けれども、「動けば、動くんです」。「私」が内発的に動かねば、何も動き始めない。誰かが何かをやってくれるだろうと思っていても、何も変化しない。ぼた餅は落ちてきません。だからこそ、「私」が動けば、なんらかの状況のひとつが動き出すんです」。
 厳しい現実を前にどうするのか。その現実に向かって、「あなたがいて、私がいる」『動けば、動くんです」というふたつの短文を呟いてみてください。私は呟いていますよ。
 人生の難問にぶつかったとき、内部を掘ってみる。内観してみる。足下へ、足下へ、掘り進めてみる。——とすると、ダメだと思っていても、それは自我だけの話で、いのちは知恵を蓄えているのです。
 その知恵を使って、ハンセン病の政策を乗り越え、40年ぶりに家族たちと再会を果たし、里帰りを実現させていきました——。
 次に島田等(1926〜95)さんです。伊奈さんのスポーツマンの明快な走り——実際、50メートルを6秒で走った選手でしたね——のような感じではありません。寡黙なひと。静かなひと。野の小さな花を大切にしていたひとです。
 山の森に湧き水がありますね。何年前に、何十年前に降った雨が沁み出しています。その湧き水のように、島田さんは言葉を静かに紡いでいます。精神をよっぽど直立させないと、こんな言葉は出てきません。少し、音読してみましょう。

 

豊かさの闇を知っていた(朝顔)
最後まで 私に/姿をみせようとしないものは何か(花)
おまえは おまえの半生で/何を捨ててきたか(捨てる)
くぐれるものをくぐって/私もいまでは/さくらの下に立っていられそうな気がする(さくら さくら)
自分の影をみつめるのを恐れるものよ(短い夏)
よみがえりをくり返しながら/人は歳をとる/よみがえりのないものに花はない(萩)

 

 どうでしょうか。
 具体的に何かを示現しているのか、わかりません。しかし、心の根っこのありかを示現してくれる気がします。(つづく)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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