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連載コラム「いまここを生きる」(第350回)授業・足下の言葉を掘る(その3)

 (ひとりの大学生が前から3〜4列目に座って、じっと聞いてくれる、そのひとに向かってする授業の記録の3回目)島田等さんの詩、自我意識のみで意味を摑(つか)もうとすると失敗します。自我意識をそのままにし、心の根っこに落とし込んで、いのちを感じると、伝わりはじめてくる気がしますよ。
 ただし伝わって来なくても気にすることはありません。いまここにおいて、必要としていないだけ。心のどこかに保っておけば、いいんです。自我の壁にぶつかったときに、役に立つかもしれません。
 もう少しだけ、引用音読してみます。
 詩集『次の冬』(論楽社ブックレット)からです。

 

自分の空をもたない者に/花火は要らない(隣りの花火)
しかし 私が抱えこんだ淵を覗(のぞ)けるのは/私なのだ(鏡)
多くの壁は人々のくらしをささえている(壁)
丸さは原罪である(卵)
蝉たちは暑さとともにあって/存在の基本を鳴きやまない(蝉)
巡礼は顔(おもて)を見せず/鶏は自分の声をきく(鶏頭)
おのが光でしか存在しえない季節(とき)を/間近にさせている(日溜り)
死はみずからを忘れ/忘れさせるものを/どの芽吹きも持っている(芽吹く)
離れてこその/星が光る(離れる)
月明かり/声も出さずに生き長らえてきたものに/木屑の香りは過分だ(月明かり)

 

 わかると言えば、わかる。わからんと言えば、わからん。そんな言葉が紡がれているかと思います。
信じがたい「病みすて」(何度も言ってますように島田さんの言葉です)の状況に島田さんはどう立ち向かったでしょうか。
 島田さんは戦いました。
 55年も前の、1964年に「らい詩人集団宣言」を書きました。
 「対決するものの根づよさをようやく知りはじめたところである。それは日本の社会と歴史が背負いつづけた課題とひとしいものである。だから私たちはらいに固執するであろう。なぜなら私たちじしんの苦痛をはなれて対決の足場は組めないから」。
 対決するものとは何でしょうか。
 病みすててしまっているひとびとの心の闇です。ナショナリズム(自国民優位主義)と優生主義(いのちを劣生と優生に分別して平気な、残忍思想)を融合させている奇怪な闇です。私たちの社会全体の闇です。
 その社会の闇と戦うとはいったいどういうことを意味しているのでしょうか。
 もともと島田さんは初期のころから内省的です。それは「らい詩人集団宣言」のこんな所にも現れています。
 「私たちの詩がらいとの対決において不充分であり、無力であったことをみとめる。なぜそうであったかの根を洗いざらし、自己につながる病根を摘発することから、私たちは出発するであろう」。
 その「自己につながる病根」を内省することが島田さんの戦いのスタイルなんです。
 自我意識の真下へ、しだいに間違いなく、内観して降りていったと思います。手掘りしていったと感じます。
 そうして、確実に包摂(ほうせつ)される何かを感じていったんだと思います。
 島田さん自身の自我意識は悲苦のままです。ハンセン病者への差別はそのまま在ります。
 空を見上げ、星を見つめる。月明かりを感じる。萩、鶏頭、朝顔、さくらを味わい、蝉に耳をかたむける。——悲苦をかかえたままの島田さんがいて、感じたことに対して、それらの月や星、空は包容するかのように存在しています。包摂されて、深く生かされていくのを感じたと思います。内部と外部が相対化され始めます。外部が大きく広がることによって、内部の悲苦が相対化されます。
 「おまえはおまえの半生で/何を捨ててきたか」(捨てる)。「故郷も、職も、名前も、未来も、捨てたんだ。出家したんだ。失ったのではない、奪われたんでもない」という気づきが生まれていったんだと思います。
 島田さんは伊奈さんと違った方法で、日本政府のハンセン病政策(終生強制隔離政策)を無化しました。乗り越えてゆきました。
 三人目は近藤宏一さんです。このひともまた違う方法で乗り越えます(つづく、次回で完結)。
(3月7日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 07:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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