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連載コラム「いまここを生きる」(第353回)弱い者が集まったほうが真実に近い

 3月に2回、小さなスピーチをさせていただいた。
 ひとつは「徳永進さんから始まって」(彦根のサークル「スミス礼拝堂 ぶどうの会 読書会)。
 もうひとつは「包摂——本田哲郎さんによって」(伏見の世光教会 あなたの居場所 スカサ)。
 気づくと、この2か所において同じ言葉の引用をしている。
 いま、心から見つめている言葉と思う。
 無尽の光をこの言葉から味わっている気がする。
 何か。引用してみる。

 

「喜びが集まったよりも哀しみが集まったほうが幸せに近い気がする。幸せが集まったよりも不幸せが集まったほうが愛に近いような気がする。強い者が集まったよりも弱い者が集まったほうが真実に近い気がする」(これを以下Aとする)。
 「いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり」(これを以下Bとする)。

 

 Aは鳥取の久利(くり)渓子さんによる。
 久利さんは徳永進さんの故郷治療共同体づくりの活動を支えたひと。その姿、心に深く刻まれる。
 「こぶし館」ではいつもいつもチケットのもぎりをしながら、参加者の靴をさばいていた。
 「野の花診療所」では毎日毎日野の花を19床の各部屋や玄関、受付、ナースステーションなどに生けていた。
 過去形で言わざるを得ないのは、久利さんが100歳で亡くなっていたから。
 私は知らなかった。「野の花通信」によって「ホームホスピスくりさんのいえ」がすでに稼働していることが知らされた。「アッ」と思ったのである。電化製品のひとつも持たなかった久利さんの家が「ホームホスピス」なんて。これもまたスゴイと思ったのである。
 久利さんは戦後中国から引き揚げ、再婚し、ダウン症の則夫さんに恵まれ、則夫さんとともに歩いて県内各地を最晩年まで講演していた。「(鳥取から)倉吉までも歩いたよ」と言っていたな。
 障害を持って、この世に来た子どものお母さんたちと自然と友だちになり、互いに励ましあっていた。「天のお方はあなたを信じてこのお子を下さったのね。あなたならこの子が幸せに生きられると、信じて下さったのよね」。久利さんは語りつづけていた。優生思想が入る余地を無くしているひとだった。「天のお方」って、いい言い方。
 そうしてAの言葉が生まれた。コレが「真実に近い気がする」。人生の臨床の言葉だ。私も、そう思う。無量光が湧く。久利さん、ありがとう。出会って、ほんとに、ありがたかった。
 Bは親鸞。85歳のときに綴った『唯信鈔文意』(ゆいしんしょうもんい)にある言葉。
 親鸞の直接の門弟は悪人。被差別民。
 狩人、漁民、商人、女性、らい者、非人、犬神(いぬじ)人、屠児(とに)、山伏、武士だ。
 悪人往生とは、「悪人なのに救われる」のではなく、「悪人であるこそ往生するんだ」「悪人であるからこそ、ひとえに阿弥陀仏をたのみたてまつる」なのである。
 親鸞自らも悪人の自覚を持ち、「われらなり」と言い切っている。明快だ。
 それはイエスの姿でもある。痛みへの共感共有である。イエス自らも家畜がいる洞窟で生まれ落ち、石工として働かざるを得ず(大工ではない、じん肺になる石工だった)、門弟たちは羊飼い、漁師、石切り、テント職人たちであった。被差別民だった。
 こういう弱く、小さくされ、苦しんでいるひとたちにこそ、人生の臨床において、神からの励ましがあり、力が与えられる。
 AもBもイエスも間違いないこととしていまここに在り、しきりに思い出される。わがこととして。
(3月28日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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