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連載コラム「いまここを生きる」(第357回)山本太郎さん

 本屋へ久しぶりに行く。
 登山やラグビーの雑誌を1年ぶりに立ち読みする。
 新刊本のコーナーにおいて、次の本を見つける。「アッ」と思う。
 山本太郎さん(参議院議員)の『僕にもできた! 国会議員」(筑摩書房、2019年4月、以下本書とする)である。
 「なんや、このタイトルは」「けったいな名の新党(れいわ新選組)のこともあるし」と最初思ったけど、取材・構成が雨宮処凛(かりん)さんで、とにもかくにも政治なんか大嫌いなひとにも「この本を手にしてくれ」「ともに考えよう」という思いに溢れていると、すぐに思い直した。
 帰宅して、すぐに読了して思ったことをいま綴る。
 とにかく、まず、山本太郎さん、再選してほしい、である。1期6年だけで終わってはいけない。
 できたら、もう1人、2人と増え、10人の仲間の議員がいたら、かなりのことができる。日本をまともな国にしていく方向性が生まれゆく。
 「誰もが不安なく生きられる社会を作ることとは難しくなんてない。だってその逆を全力実験してきたのがこれまでの政治なのだから」(本書P.188、山本さん自身の「あとがき」)。
 このように言い切ることができるのが山本さんの魅力。
 「今の仕事(国会議員)について、死にたいという気持ちが現れるようになった。(長い中略)/死にたい理由の50パーセント。/ その半分は、ひどい現状を知った自分の痛みであり、半分は政治の場にいながらそれを動かせない無力感。(また中略)/死にたいと普通に考える社会を変えたいという思いがある。/あなたの税金で食わせている国会議員の一人が、どのような6年を過ごしたのか、チェックしてください。/この本を読めば、私が『死にたい』と思った気持ちの半分くらいは理解してもらえるかもしれない」(本書P.8〜10、山本さん自身の「まえがき「)。
 こんな告白を誠実にできるのも山本さんの魅力。
 高校中退の芸能人・俳優の山本さんが3・11の原発事故によって政治に目覚めていく。ヒバク者を日本社会が見捨てていくことにガマンができなかったから。
 そうして、山本さんは政治家になった。
 その政治家って、じゃあ、何なのか。
 いま、思いつく定義は「政治家の存在自体が公の言語になっていくこと」ではないか。
 「官」と「私」の間に、さまざまな組合、教会、クラブ、寺院教会などの集団領域が多層多種存在している。そのほうが心ゆたか。
 ところが、日本ではなぜか「公」が「官」になってしまう。「公」の言語も「官」の官僚用語になり、とにかく人間味を欠くことになる。ひとびとを遠ざけてしまっている。
 山本さんは「公」のままに、「私」も「共」も引き込み、共存させる。それは「私」の感情表現を十全にしているからだ。その表現に共感すれば、しだいに「私」の居場所が生まれ、「私」と「私」が互いにつながり、「共」に居場所が生まれていく。
 本書の白眉は、きっと経済政策のところ(第4章だ、読んでみて)。ゼニのことをちゃんと押えていかないと、単なる進歩派。
 現政権がやらなかったことをやっていくこと。そうして、みんなが等しくメシが食えること。これを実現するためにも、山本さん、トップ当選してほしい(東京選挙区)。
 米国米軍の植民地からも独立を果たしたい。みんなの願いという居場所を保ち、ひとつひとつ実現。そう願う。いま、はっきり、そう思う。
(4月25日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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