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連載コラム「いまここを生きる」(第360回)チェーンソーの音

 わずか1週間前にアオバズクが鳴き始めたと書いた(連載コラムの「知識以前の何か」5月9日付参照)。
 隣のケヤキは10年前に上部の四分の三がすでに切断されている。残った四分の一から、ずいぶん新枝が出ている。まだ生きている。
 その隣の隣のケヤキが突然きょう(5月13日)切断され始めた。まだまだ1本しか切られていない。それも上部の五分の一で済んでいる。あと2本が残っているんだけど、どうなることか。
 ケヤキの所有権は隣家、隣の隣家にそれぞれにある。
 文句はもちろん誰にも言えない。
 しかし、ほんとうに私有権だけによって、その私有者の勝手都合だけによって、200年のケヤキが切断されてもよいものなのか。
 もっと私権は公権の部分をいっぱい含んでいるのではないのか。
 大木って、もっと聖なるものでもあるのではないのか。深い沈黙を抱えた、もっといとおしい存在ではなかったのか。
 これでいいのか、と思ってしまう。
 どこか自分の体の一部が切られたように感じる。
 いたくて、つらい。
 そういえば、大昔から、ものごころがついたころから、木を切られるのがとてもイヤだった。
 「木が殺されてる」と思ったからだ。
 ああ、降り積ってきた思いに風が吹く。いろんなことが思い出されていく。
 戦(いくさ)場の話を聞くのもイヤだった。首切り、ハラ切りの話も、体が震えた。
 アジア太平洋戦争の話も、ヒロシマとナガサキの話もつらいし、とにかく「これを機に戦(いくさ)は止めてほしい」と願った。
 ベトナム戦争なんかやる意味のカケラもないと思った(後のアフガン戦争もイラク戦争もみんな、「すぐ止めろ」と思ったのと同じ)。
 そう、自死を見るのも聞くのもイヤだ。
 とてもつらい。
 その後も戦争経済のしくみを一切変えずに、山野海川を破壊しつづけている。
 水俣病を知ったときも「ビニールなんていらんから、この戦争経済のシステムをいったん止めなきゃ」と思った(もちろん止めることなく、地球の海はいま「プラスティックスープの海」になってしまっている)。
 私はどうやって生きていくのか。どうやって暮らしていくのか——。
 どうしたら戦争経済や戦争に加担しないのか——。
 ひとつひとつの選択を自らの体の感覚で吟味しながら、生きざるを得なくなっていった。
 結局は論楽社をつくっていくという作業に集約させながら、たとえば「ゴミをどうするか」を「なるべく自炊する」「生ゴミはすべて埋める」「分別はしっかりやる」しかできないけど、やれることはやっていくことに落ち着いていった。
 効果があるないと考えずに、ただひとりで(いまは明子と)やるというのが性(しょう)に合っているので、やっている。しかし、しかし。
 そうして起きた原発事故。すさまじい過酷事故。戦争および戦争経済の継続で割れつづけてきている社会の基盤に決定的なハンマーが入ってしまった。
 しかも、壊れた原子炉は開いたままではないか。「どうすればよいか」と誰に聞いても返答はない。みんな、わからない、何をやっていけばよいのか——。
 以上、思わず、自分史をざあっと、書いてしまった。
 ケヤキを切るチェーンソーの音は「イヤだ」と思いつづけた歩みをどうしても想起しはじめてしまう。
 まるごと身体(からだ)ごと、「イヤだ」と思う。
 いま(5月13日夜8時)、アオバズクが少し鳴く。ホオーッ、ホオーッ(法、法)とちょっと鳴いて、あと止まってしまう(その後、鳴かなかった)。
 世界を信じきっている鳥をまた裏切っていく人間。傍観し、加担してしまう私。
(5月16日)

| 虫賀宗博 | - | 05:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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