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連載コラム「いまここを生きる」(第366回、最終回)死者子孫大地、そうして「いまここを味わう」へ

 私たちの体はおもしろい。「存在していない何か」を感じているか、いないかによって、結果がまるで違ってくること、知られている。
 たとえば斧で木片を割るにしても、ただ力任せに割るのと、「地球の中へ静かにストーン」と心で深くイメージして割るのとは、違ってくる。
 後者のほうがたしかに楽だし、割る音も違うし、安全でもある。
 後者のほうが、腕の筋力以外の体の各部分が少し動き、バランスが整っている実感があるんだ。
 なぜなんだろうか。
 その斧なら斧がきっと何か(依代のような何か)になって、大地青空の自然に存在している気(エネルギー)が体じゅうに流れてくるんだ。きっと。
 自然にコトンと流れが入っていくということがポイントだ。
 何を言いたいのか。次のことだ。
 崩れてしまった主権国家をどうやって再建再生するか。この問いも、その斧のように考えていけばよいのではないか。
 次の2つのことを意識し、解決を目指すことではないのかと思う。
 ひとつは死者たち。もうひとつは国土風土。この2つだ。
 戦死者たちも含めて、ぼう大な死者たちが私たちのクニで生まれ育っていった。ワシらの先祖先輩だ。そうして、未来将来の子孫たち。
 その両者は「見えない」のだけども、正規の私たちの社会のメンバーであること。確認したい。
 死者たちは何を願って死んでいったのか。そのことに想いを至らせたい。
 次にこれから続く子孫たち。5世代あと、10世代あとに続く子たちに何を残していくのか。いまいちど瞑想してゆきたい。まさか米軍基地と核の廃棄物ではないはず。
 そうして死者と子孫を包み込んで育んで育ててくれる風土山河である。正規のメンバーだ。土台だ。
 恵みの大地土壌樹林、山河海川はもちろん、日本語もあいさつなどの習慣文化も梅干味噌米など食文化も、宗教もすべて含んでの風土国土だ。大切な、大切な基盤。
 2011年の原発事故でいとしの故郷を去らざるを得なかったひとたちの心情はいかばかりか。セシウムは30年たって半分。100年たっても10分の1。100年200年……ひとが住むことができない土地にしてしまったことになぜもっと痛切なひとの態度が生まれていかないのか。
 いくらウソをついて、ウソを頭は信じたとしても、体はどこかでウソを気づいているはず。不自然なウソを信じる気持ち悪さがあるのではないか。
 いまのままでは核産業の餌食(えじき)になって、フクシマに「核のゴミ」を集められるのではないか。
 植民地属国でありつづけると、どうしても自分たちの国土と自分たちの夢の実現に自己資金を使えないことが多くなる。宗主国へ「思いやり予算」を上納しなければならないし、武器を買わされつづけ、牛肉もオレンジも押し売られても、文句も言えない。卑屈にウソをつきつづけなければ、「買弁」地位が守れない。
 これだって不自然な隷従がつづき、しまいに頽廃が生まれる。病気が生じていく。
 いのちが細く弱くなっていく。
 信じられるのは「いまだけ、金だけ、私だけ」。
 それでいいんだろうか。
 ほんとうにいいのだろうか。
 もう、やめようよ。
 できたらこの「いま、金、私」の中に「はっきりとは存在していない死者子孫と大地風土」を自然に入れて、味わって、感じてほしい。
 「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」(日本国憲法の前文)なんていう言葉が心に沁みるのは、この2つを依代にして体を保ったときだと思う。
 私の代ではムリ。しかし、ムリだけれど、いま私にやれる小さいこと(ケヤキの芽を植える、空カンやタバコの吸殻を拾うこととか)を先ずやっていこうと思うのである。
 どんな闇夜でも星を探したい。どの方角に歩くのか。それを示現する星である。
(6月27日)

 

 14年前の7月初めに本コラムが生まれ、毎週毎週欠かさずに木曜日にアップされつづけた。
 すべて楢木祐司さんのおかげである。制作者であり、毎回適切なメッセージを送ってくれる編集者である。
 「いまここを紡ぐ」で7年。「いまここを生きる」で7年。なぜか7年。7年で少し疲れの節目を感じている。
 もう潮時かもしれない。
 でも、ほんの少しだけ「伝えたい」「ともに味わいたい」という思いが湧く。願いが湧く。
 楢木さんにもういちどお願いし、互いの負担を少し減らし、4枚(800字)の再開へ。
 連載タイトルも少し変え「いまここを味わう」へ。
 1年で終わるかもしれないし、3年で終わるかもしれない。いまここの風に吹かれて、新しい時を見てゆきたい。味わいたい。甘いのか、辛いのか——。

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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