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連載コラム「いまここを味わう」(第11回)山吹と虹

 川の流れを眺めていると、いまも飽きない。川底にあるものが川面(かわも)から見えている。流れや光の具合によって、チラチラと屈折し、ゆらぎながら、見えている。
 川底はどこかの私の意識のよう。川面の明るさはどこか他者の励ましの言葉のよう。川面を見ているようで川底を見つめ、川底を見ているようで川面に見とれている。
 その2019年の夏の終わりの10日間の日録を綴る――。

 

  9月1日(日)
 山吹が庭にひとつだけ咲く。「なんで、いま?」と思いながらも、いま山吹色の花、いちりん。

 

  9月3日(火)
 コラム、書く。『主戦場』について。
 けれども、もっともっと(国家財政)緊縮のことを書きたいと思う。「財政が破綻」「金がない」ばかり、新聞、TV、役人が言いつづけているから、みんな緊縮を内面化してしまっている。
 おまけにデフレも放置されたまま、来月から増税が為され、緊縮がますます内面化され、心が物質化され、渇き、その結果、弱者いじめがもっと盛んになる。うーん。

 

  9月5日(木)
 宮沢賢治の言う心象スケッチを思う。心象とは無限の時間、無尽の宇宙につながっているので、ひとの心象を描くとは私個人を超え、普通につながっていくことのスケッチだ。
 実は、朝方に、この心象スケッチの夢を見た。

 

  9月6日(金)
 ラグビーをTVで見る。南アフリカ共和国の圧勝。南ア、徹底的にハイパントのキック攻撃。中途半端なパス攻撃を封印。
日本は大丈夫か。きっと同じように、アイルランドとスコットランドの、シンプルに徹底した強靭さにやられるのではないのか。

 

  9月7日(土)
 2018年4月に55歳で亡くなった榎本てる子さんの追悼集『愛の余韻』(いのちのことば社)の出版記念会。榎本さんが開いたバザールカフェ(同志社の西門前、保護観察所ヨコ)で行われた。
 『愛の余韻』、前半(第I部)がおもしろい。父と母との関係が率直に綴られている。両親から「愛されている」のに、「愛されていない」と思うてる子さんの素直さがいい。
 こういうねじれはいずれほぐれる。多くのひとびとが同じ問題を抱えており、うなずくはず。普遍的な『愛の余韻』。
 ねじれをほぐすために、出会いがある。
 ちなみにてる子さんの父は、「ちいろば牧師」の榎本保郎さん。アシュラムという祈りの運動をすすめたひと。

 

  9月8日(日)
 法然院へ行く。山下良道さん(一法庵)の話と瞑想に参加。3回目。
 念仏(南無阿弥陀仏)の意味が、やっとこさ、腑に落ちる。
 ありがたい。
 ヨーガもあって、1時間、体をほぐしていたら、疲れがドドドと出てきた。「この夏、無理してるな」と体が示現してくれる。

 

  9月10日(火)
 午後、雷。強い雨。スコールだ。10年前のタイの森林寺の雨の香りを思い出している。
 夕方、虹が空に架かる。
(9月12日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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