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連載コラム「いまここを味わう」(第16回)待つこと(その1)

 中塚智彦さんの「暮らしのわざ」(10月例会)は心に多くの種子を蒔いてくれるものであった(そのレポートはニュースに書く)。
 司会進行運営をしていて、いろんなことがさかんに湧き上がる集(つど)いであった。
 参加者の発言も相次いでいた。
 考えてみれば、私、いちばん言いたかったことが言えていない。そんな思いになっているので、少し書いてみる。
 以下、その呟(つぶや)きである。その呟きは中塚さんへの手紙にもなる――。

 中塚さん、「生々と生きることが抵抗なんだ」と直観で案内チラシに書いたのですけど、10月例会に参加しながら、改めて、元気に生々と生ききっていくことが時代への抵抗なんだといま思います。
 そうです。時代と社会を覆っている戦争経済の、顔のないシステムに対する抵抗です。
 人間をモノとする時代精神です。モノとするということは、手前勝手に使って、捨てる――ひとをドレイとして扱う――ということです。
 思わずドレイと言いましたけど。、現在ラテン・アメリカにおいて先住民をことごとく殺し、金銀財宝を奪うとか、アフリカからドレイ船(3分の2のひとびとが船中で死んだ)で米国に運ばれるとか、そんなこと、いまはないにしても、ありとあらゆるところで優生思想によって、ひとびとが選別され、モノ(ドレイ)として、こき使われ、不要になったら、ゴミのように捨てられるのです。ナチスは現代にドレイ制を復活させました。ヨーロッパの内奥から育ってきました。いまも死んでいません。天皇制軍国主義は日本のドレイ制。日本の内奥から生まれつづけているものです。これも全く死んでいません。
 現代の化学メーカーは化学肥料から火薬をつくり、毒ガスを農薬に变化(げ)させています。「沈黙の春」の世界がますます深まっています。
 ナノ技術(10億分の1に小さくする技)。最初は化粧品に使って、ひとの皮膚に直接に薬品を侵入させ、「すべすべ感」をでっちあげるのに「成功」。
 そうして今度は洗剤へ。家庭洗剤のほうが儲けは桁外れにでかい。柔軟剤・消臭剤……とやたら複合させていって、CMで洗脳し、ぼろ儲け。
 香害の指摘を経て、中塚さんの言っていたように、化学メーカーは「無臭」の柔軟剤消臭剤まで販売しはじめています。
 無臭。透明。無音。無味。
 こうなると放射能と全く同じですね。まるで「寄生獣」(岩明均のマンガ)のように、近づいて、パックリ。バサリ。
 中塚さんも私もみんなもすべて例外なく、晒(さら)されています。無抵抗です。
 私は、百の生(百生、百姓、しゃくしょう)として展開し、生々と生きることによって、「なんとか打開しよう」と言いました。
 でも、それはあまりにもpositive capability(正の能力)。ラグビーのFWのように体力気力にものを言わせて前へ前へと行くことを求めたことになるのだといま思います。それでは酷になるかもしれません。力(りき)みすぎ、気合の入れすぎかもしれません。
 そうじゃない。いま、私たちに必要なのは、negative capability(負の能力)。
 ゴーバルの石原潔さんに教えられた英国のジョン・キーツ(1795〜1821)がある手紙に残していたnegative capability。
 25歳で死んでしまった詩人。母親はアルコール中毒。両親は若くして死ぬ。自らも弱かった。性病にもおかされていた。
 「不確かさの中に事態を持ちこたえ、事実や理由をせっかちに求めず保ち、不思議さや疑いの中に居る能力」がnegative capability。
 あせらないこと。あわてないこと。ガマンしながら、待つこと。忍辱(にんにく)しながら、保つこと(帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日選書、2018年)。(この項つづく)
(10月17日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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