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連載コラム「いまここを味わう」(第18回)鎮静化を、活性化ではなく

 ある本を求めに、宇治まで行った。
 どうも本屋にはないようだ。
 宇治橋通りに近い七雲(ななくも)というギャラリーに、その本があると聞いたから。
 何という本なのか。野津恵子さんの『忠吉語録』(DOOR BOOKS 、メールdoorst.2134@gmail.com、本体1800円、以下本書とする)という自立刊行の本である。全152ページ、写真43点なので、ミニ写真集かも。
 宇治はとってもいい気を発している。琵琶湖から流れ出た川(宇治川)が山岳を出て、平野へ抜け出る所。ちょうど嵐山に似ている。
 宇治橋に佇むと、いい気に洗われる思いだ。空が広い。
 本書も同じように、いい気を発している。
 主人公の佐藤忠吉さん(1920〜、以下忠吉さんとする)と書き手の野津さん、カメラマンの森善之さん(森さんの店が七雲だ)、作り手に、校正者。それぞれの思いがそれぞれにしっかり放たれていて、しかも調和がある。いい本だ。
 忠吉さん、島根県の木次(きすき)町の生まれ。木次乳業の創業者。同相談役も引退しているけど、現在99歳の現役、ひとりの無役の百姓(名刺の肩書きは「百姓」)。
 何度も書いているように、本来の百姓は単ある農民ではなく、さまざまな生を紡ぎ、生に形を整えていく。家を建て、糸を紡ぎ、詩を書き、パンを焼き、次世代を育てる——という百の生を育て上げる。
 忠吉さんは、そんなひとりの百姓。そういう意味において、本書の中の「忠吉翁」という表現、「忠吉さん」でもよかったかもしれない。敬愛の念は十分に伝わってくるので、過剰に意識しないほうがよいと思う。
 忠吉さん、どんなひとであるのか。やってきたことを書いてみよう。
 1955年に木次牛乳(後に乳業)を始める。
 1961年には乳牛に化学肥料による硝酸塩中毒を発見。山野草を中心の給餌に切り替える。有機農業、全面的に開始。
 1978年、京都の「使い捨て時代を考える会」へ63度30分殺菌パスチャライズ牛乳(低温殺菌牛乳)を販売開始(このころ私は「木次」を初めて知る)。
 1982年、ナチュラルチーズの販売開始。
 1992年、エメンタールチーズ(穴のあいたチーズ、マンガ映画『トムとジェリー』でネズミが食べているね)の製造に成功。
 同年、ワイン醸造販売開始。
 1993年、品位ある簡素な村ぶくり「食の杜(もり)」づくりを開始。
 1994年、有機農業のシンボル農園としての「食の杜」を開設。
 2006年、どぶろく酒の製造開始。
 忠吉さん、反近代農業の実践者だ。つまり、「農は産業ではない」「ゼニもうけではない」「いのちの営みなんだ」を体で示現してきた。
 戦後の農政はことごとく日本の農業を潰してきた。「潰そうとして、潰してきたんだ」と思っている。そうして米国の食糧支配戦略に従い、亡国の食糧自給率40パーセント。
 忠吉さんはそんな農政を無視しつづけ、農を人生の中心に置いて、いのちを育ててきた。農、医療、福祉、教育、育児のすべてが産業ではない。あるはずがない。その根本がズレると、小手先でいくらこねてもダメなんだ。
 だから、「地域は鎮静化すべきだ」「ここが活性化すれば、どこかが貧乏になるのでは(略)。争うことなく、我慢と持久力をもって時間をかけた仕事をしていけば、資源は増えもしなければ、減りもしないはずです」(本書P.100〜101)という言葉へ至るのは自然。
 忠吉さんの言葉は今日の、明日のひとりの実践者を生み出す。そういう起爆力が本書には内包されている。
 なお、本書は『山陰中央新報』(2017年7〜9月)をまとめたもの。
(注)本書はちょうど1年前に刊行されている。宇治の七雲以外に、恵文社一乗寺店(左京区)にもある。恵文社のすぐ近くのヘルプ(40年続く、有機農産物のスーパー)には「木次」の牛乳やチーズ、ヨーグルトがある。手にしてみてね、友人よ。
(10月31日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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