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連載コラム「いまここを味わう」(第30回)命水――哲さん(その7)

 1月13日に「哲さんを悼む」(2020年1月例会)を開く。27人ものひとたちの参加があった。よく来ていただいたと思う。
 その集いで私がいちばん感じたことは、「哲さんは亡くなっておられない」(櫛谷宗則さんからのメッセージ)、哲さんの実践は生きているということだった。
 中村哲さんが語ってきたことは、湧き水のように、すべてのひとびとに必要で、わかりやすく、そうして深い。実現的で、いまなお生きている。
 思い出す。いまもはっきり覚えている夢だ。哲さんが井戸を掘り、水路を掘り開き始めているころのこと。
 ――論楽社の門のところから水が湧くのである。突然湧いた水が路地を流れ、バス道を流れて、岩倉の地を潤し、上高野、山端、松ヶ崎……と滔々と満たしていく。命水が流れていく――。
 そんな夢だ。
 殺菌されたかのようなペットボトルの水ではない。いのちの深い、奥の底から湧き上がっていく水だ。何世代も前に戦死したひと、差別され殺されたひとたちが次世代のいまに託した命水でもある――。
 1月13日に、その夢のこと、しきりに思っていた。
 こんな夢を見るか見ないかはともかく、命水というのは哲さんを知ったひとみんなが味わったヴィジョンではないのか。
 日本社会を生きているひとびとの心はいま刈り込まれてしまっている。
 生きていく最低基盤となる精神までもいま刈り取られ、侵されてしまっている。
 その結果が、「お金さえあれば幸せになれる」「武力があれば、わが身を守ることができる」である。
 妄想である。
 事実でない。現実でない。
 こういう末法のような現代日本社会に哲さんが縁あって生まれ、そうしてアフガニスタンでの自らの実践を私たちに伝えたのである。
 難しいことを哲さんは言っていない。わかりやすくて、シンプル。深い。しかし、実行がけっこうできない。なかなか難しいことなんだけど。
 「倒れているひとがいたら助ける」と哲さんは言っているだけ。でも、刈り込まれた精神にとって難しい。
 難しいけど、やってみなきゃ、わからんじゃないか。
 哲さんがやって、未完で終わった事業は、夢のような水の流れを想起させ、刈り込まれてしまった精神のことまで気づかせ、励ましてくれたのである。
 哲さん。たいへんな小柄、ひげを生やし、現代日本には全く見かけない表情――不羈(ふき)なる面構えといえばよいか――の古武士。
 ところが、聞くと、若いころはなんと対人恐怖症(ノイローゼ)であったと言う。
 哲さん、日本に居場所がなかったのかもしれない(私にはそれがかえって、「心が健康だったのだ」ということを示現していると思う)。
 縁あって行ったアフガニスタン。その地は義理人情が厚い、情がある。哲さんが歩いて1週間の山地に診療に行ってたところに忘れた帽子を、1週間かけて届け、名告ることもせず、また1週間かけて、ただ帰っていく男がいるような地。
 「居場所がココにこそあったんだ」「このひとたちを裏切れない」と哲さんは感じる。ついに井戸、水路掘りまでやって、生涯を終えたのであった。
 哲さんは止まることを知らない軍事化・経済成長・温暖化の進む日本に、ほんとうは命水が湧くことを願っていた。アフガニスタンにも日本にも命水が流れることを求めていた。
 命水よ、流れろ。東京砂漠を。日本の荒野を。
(1月23日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 10:03 | comments(0) | - | - | -









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