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水源の中村哲さん――2020年1月例会レポート

 1月13日に「中村哲さんを悼む」集いを開いた。
 1月例会である。
 遠く東京、広島からの参加者もあった。
 もっともっと参加者の哲さんへの思いを引き出さなきゃいかんと思うのだけども、結局は直接哲さんと対話していた2、3人が多くを話してしまい、「アッ」という間に2時間が経ってしまった。進行役の私も「呼び水になれ」と多くをしゃべったけど、引き出させなく、力量不足である。申し訳ない。
 ただ参加者27人全員で黙想することができ、哲さんに感謝し、悲の井戸水をそれぞれが汲み進み、自らに周りの友人たちに、供養回向することができた。
 そのことはよかった。
 哲さんの人生の最後の言葉、確認できた。
 「ザイヌッラーは大丈夫か」だ。
 戦乱で父を失ったザイヌッラーさん、哲さんを実父のように思い、慕っていた。ドライバーをやり、自らの体を盾にするかのようにし、ガードマンを務めていた。
 12月4日の朝、ザイヌッラーさんは哲さんとともに狙撃された(その犯人集団はまだ捕まっていない)。そして、同時に亡くなっていた。
 哲さんのラストの言葉も誰かを気づかったものであった。
 哲さん。あれだけ威厳があるのに、全く威張らない。どこか野生の動物が持つような深い気品あるひとだった。
 そういう哲さんが大好きだった。
 「鶴見俊輔さん→徳永進さん→島田等さん→中村哲さん」というハンセン病のつながりに感謝する。「癩(らい)はアジアを結ぶ」(大江満雄)は仮説ではなく、実在だと思う。その縁に感謝する。
 メッセージをいただいた。以下3人だけ、のっけるね(あとのかた、ごめんね)。
 「中村哲さんは本当の菩薩だと思います(略) 哲さんは亡くなっておられない その生き方はいろいろな人の生きる姿勢となって生きつづけるに違いないと思います」(新潟・櫛谷宗則さん)。
 「中村先生を想いつつ、暁の鶏鳴を聞いて泣き崩れるような気持ちにならなければ嘘です。目指すべきなのは、厳しい現実に屈して、不信と恐怖にまみれ武器を向けるような怯懦(きょうだ)ではない。夢の国がどんなに遠くとも、生きとし生けるものが違いを尊重しあう中で、それぞれのいのちを輝かせる理想に向け、力強く歩みを進めねばならない。そのように思うとき、中村先生の存在は、私たちの勇気の源として立ち現れてくるように感じます」(石川・団野光晴さん)。
 「(論楽社で出会ってから)三か月後のこと、2001年12月に(個人的支援活動で訪ねた)パキスタンの空港でばったりお会いした。アフガニスダン国内の状況をお聞きして、『哲さん、今月京都の――で講演会予定されてますよね?』とお尋ねすると、『えっ、アッ、そう? 私はそういうスケジュール管理ができない人間なんだよ、は、は、は』。ボソボソと、飄々と」(大阪の松本剛一さん)。
 「勇気の源」(団野さん)としての哲さん。そのとおり。
 心の支えとして、日常の暮らしの中でいっそうの慈悲心を湧き上がらせて、生きていこう。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 23:07 | comments(0) | - | - | -









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