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連載コラム「いまここを味わう」(第36回)殺すな

 驚異の作品である。
 稀有の記録である。
 小さくは決してない、とてつもなく太い作品である。
 『歌集 小さな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵』(岩波現代文庫、2011年)――。
 書き手は、渡部(わたべ)良三さん。
 1922年山形県生まれ。中央大学在学中、学徒出陣。戦場へ。
 1944年春、中国・河北省の駐屯部隊に配属される。
 そうして、なんと中国共産党の第八路軍の捕虜を虐殺することをいきなり命令される。
 当時の軍人勅諭は「上官の命令は天皇の命令(と心得よ)」と兵隊に命じていた。
 さて、22歳のキリスト者の新兵はどうするか。
 その日の朝食時に上官が「度胸をつけさせる」という目的で、命じたのである。
 実際に銃剣を手渡されようとするまでの7時間、渡部さん、考えぬく。悩む。
 後ろ手に杭に縛られている捕虜めがけ、刺突させられる直前、自らのいのちをかけ、殺戮(さつりく)を拒む。
 〈血と人膏(あぶら)混じり合いたる臭いする刺突銃はいま我が手に渡る〉
 〈鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ『虐殺こばめ生命を賭けよ』〉
 「大いなる者の声」の、「殺すな!」という声が聞こえたのである。
 けれども、抗命の渡部さん、徹底的に凄惨な拷問リンチを日本兵から受けることになる。
 よく生きのびた。
 生気(しょうき)を保つために、必死にハエの頭ほどの小さい字で五七五とトイレの中で綴って、生きのびたのである。
 〈三八銃両手(もろて)にかかげ営庭を這いずり廻るリンチに馴れ来〉
 「リンチに馴れ来」たとまで自己省察している。
 ゲートル・リンチ(ゲートル2つを1つにまとめ、両頬を無音で殴打、口の中がズタズタで血だらけ、飯も食えない)にも耐えきる。
 心の中に「召しのあるまで」という思いも溢れてあったのだろう。「召し」とは天なる神のお召し、つまり死を神に託していた。
 結果として二等兵のままに転々として生きのび、敗戦。700首の歌を衣服に縫い込めて、持ち帰った。
 非戦の父(逮捕されていて、父もよく生きのびた)と母と涙の再会し、戦後は公務員として生きのびていく。
 「殺すな」の教えを上官戦友にも説かなかったこと。日本軍の三光(略奪、強姦、殺人虐殺、放火)を制止しなかったこと。これらを悔いて苦しみつづけ、自らの倫理において何十年も沈黙を守ってきた。
 孫のひと言、「おじいちゃん、戦争って、何?!」と聞かれたことによって、「せめてこの孫にだけは実相を伝えたい」と綴ったのであった。私家版としてまず刊行され、岩波現代文庫にいまは収められた。
 いまだに日本軍の「やった」ことを「なかった」ことにしようとしているひとたちがいる。その軍隊の中で「小さな抵抗」があったんだ。「殺しません」と言いきった22歳がいたんだ。

 

 付記。
 本書は昨年11月に石原潔さん(ゴーバル)から聞いた。感謝したい。
 渡部良三さんは2014年に自然死を迎えた(戦死でなく)。92歳。
 その父は弥一郎さん。鈴木弼美さんともども山形の小国町叶水において信仰を守りつづける。
 鈴木さんはキリスト教独立学園高校の初代校長。
(3月5日)

 

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 12:59 | comments(0) | - | - | -









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