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正直な服――行司千絵さん2月例会レポート

 2月24日の行司千絵さん(新聞記者)の話を聞いていて、思った。参加者は12人だった。
 きわめてあたりまえのことなんだけど、行司さんのいのちの大きさが新聞記者という仕事の大きさよりもでかいということである。
 いのちの器量が新聞記者を包み込んでいる——という感じ。
 行司さん、「私はAもダメ、Bもダメ」とか言いながらも、物語り、結局のところ自分自身のいのちの「お店を開いている」感じなのかもしれないね。
 正直に、誠実に自らのいのちを見つめていることが、「お店開き」を可能にしていっているんだと思う。
 ファッションって、どこかのデザイナー(メーカー)がどこか上から押しつけてくるところがある。そういう力にズレを敏感に感じて動く。そのセンサーは気持ち良さ、気楽さだ。
 そういう力が行司さんには確実にあって、2月例会の集いを実におもしろいものにしていってくれた。
 うれしいひとひときであった。
 とってもおもしろいものであった。
 同じ思いをいだいてくれたのは、大津の染織のHさん。
 要するに、「単にセンスがいいとかじゃなくて、わくわくする服やなァと思う行司さんの服。めざしたい」と。
 Hさんも言っていたけど、「肩紐(ひも)を赤色にするだけでどれほど気分が高まるか」っていうこと、あるんだ。
 色彩が苦を吸いとってくれることは自然にある。
 気持ち良さというセンサーをもっと、もっと太くして、生きぬいてゆきたいね。
 そのセンサーがギリギリの生命線になる。このファッショ(「ン」を取ると)の時代にはいのちの生命線である。
 行司さん、2月24日、感謝感謝。
 岩波書店のWeb連載中の「服のはなし」も同じように「行司さんのお店開いています」っていう感じ、よかった。この調子で、ぐんぐん続けていってね。
 人間、正直なのがいちばんだ——。

 

 ところで、以下は私からのお知らせ。
 行司さんの月例会をやっていて、改めて確認したほうがええと思ったしだい。行司さんの話や内容とは全く無関係のことだけど。
以下の2つだ。
 A.参加するとき、連絡ください。事前に、必ず。
 私は毎回毎回ゼロからキックオフし、手紙を出し、「ようこそ、ようこそ」と呼びかけていく。私宅自宅を開くのである(「米国ではありえない」と米国在住の友人は言い、「韓国でも、まあ、ない」と韓国の友人が言う)。緊張して、当時を私はいつも迎えている。だから、「今度行くよ」という電話連絡がいちばんの励ましになるのである(連載コラム「いまここを味わう」の第35回「冬の湯」参照)。
 B.発言は司会運営者を通してお願いします。小難しいことを言いたいのでなく、私のほうを見て、目で連絡してもらえればいいんです。
 論楽社の初志は何か。ひとりひとりの物語を聞きあうこと。それだけ。それがあって、初めて「ともに生きていく」が生まれ始める——。その生(なま)の実感はTVやインターネットには負けないもの。
 私は司会をしていて、いろんな参加者に目線を送って、発言を促す。ところが、多くのひとは「沈黙していたい」と目線で返す。それって、どこか「沈黙の布施」のような気がする。沈黙を大切にし、沈黙を聞く。そういう沈黙の布施の場所において、一方的に次々と発言してよいのかなと思いますので。司会者の方を見つめ、確かめ、発言していってほしいなあ。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:22 | comments(0) | - | - | -









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