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連載コラム「いまここを味わう」(第38回)ぶ厚い民度を

 Wさん、手紙、ありがとうございます。
 Wさんもよくご存知のKさんと同日に手紙が届きました。
 おもしろい。
 持病はいかがですか。Wさんが言っていたとおりに一病息災ですね(一病という持病の存在によって体の営みにいろいろと気づいていく)。
 コロナウイルスそのものについてはKさんにも書いたとおり、何の感慨もありません。
 ただその病いそのものの被害よりも「病気感染が広がっている」という情報自体がひとびとの煩悩執着を強めています。よくわからない病いなんですから、不安なのは自然です。
 でも、心の中心部に「ひとは病いでは死なへん、(与えられている)寿命が尽きて死ぬんや」と思い定めているならば、もう少しは落ち着くことができるのではないかと思います。
 メディア情報産業の仕事は大切です。「感染と発病は違う」という基本情報を“伝染”させないといかんし、「発病したひとを“準・犯罪者”扱いしないようにする」ことも基本中の基本です。
 危機のときこそ、ふんばって、人権を守っていかないと、ディフェンスが大切です。
 そうして、Wさん、私はこう思います。
 「この社会の民度がぶ厚いものならば」と思うのです。権力が病気の力によって相対化されるときに、社会の民度が発揮されなきゃと思っています。
 民度、民衆の総合的なちからの度合いのことです。
 このちからがあるのか。ないのか。
 あの「しかたがない」の大合唱。
 学校一斉休校について、TVニュースで、なんと小学校の低学年の生徒までが「しかたがない」と言っていました。もう、びっくりぎょうてん。
 「しかたがない」なんて、腕や足に負傷し、矢が尽き、馬もヘロヘロ、背水の陣のときにこそ、「武運つたなく、仕方がなく」と言うべき。
 なんも為していないのに。いきなり「しかたがない」では、何たること。
 「しかたがない」は日本社会固有に“伝染”している特殊な言葉。権力強者に食われる栄養素でしかない言葉。社会のちからを劣化させていく用語です。
 いまここで劣化してしまっていると思います。
 病いの発生自体の原因究明はいずれ為されるでしょう。
 その二次被害を最小限に抑えていくのが、民力の知恵、努力です。民度の高さ、ぶ厚さ、深まりが必要です。ぶ厚い民度民力で持ちこたえていかん、と思っています。
 これから東京首都直下地震、南海トラフ地震が間違いなく起きます。「いつ」だけがわからないだけです。
 あえて政府政権の対応のこと、いまは書きません。現政府がどう向かうか、想像してみるだけで十分です——。
 社会の底が割れはじめています。崩れています。
 なぜなんでしょうか。
 私自身がなんとなく実感している、この50年間の経済だって、奇怪に生産しすぎています。ムダなもの、ゴミをつくだけのもの、いらないものをひとびとを犠牲にし、自然を破壊しています。実際にすぐに壊れる機械をつくり、食品だって大量に廃棄しています。
 労働自体も、生きること自体も、むなしい。無意味な、生の実感の喪失のため息を生んでいるだけです。
 それでも数字、数字……を追い求め、経済成長を追求しています。オリンピック、万博、カジノ、リニヤ……と狂ったように走ります。
 どうして止めないんでしょうか。すべて「しかたがない」のでしょうか。
 ストップをかけ、もう少し民度を上げる政策を為していく道があると思います。インフラの再整備、老人ホームや図書館をもっともっとつくり、農業自給率アップをかねた小農づくり……といっぱいあります。
 Wさん、そのための病いだったら、意義がありますね。
(3月19日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 06:13 | comments(0) | - | - | -









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