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連載コラム「いまここを味わう」(第41回)いのち水――砂漠が美しいのはなぜ?

 45年ぶりに、ある小さい、かわいい、名の知れた本を読みかえしてみた。
 サン=テグジュベリ(1900〜44)の『星の王子さま』(河野万里子訳、新潮文庫、新訳のほうを読む、新訳といっても、もう14年たってるけど、以下本書ね)である。
 サハラ砂漠に飛行機で不時着した「僕」が不思議な男の子に出会う。その子は、小さな自分の星を後にし、いくつもの星を巡ってから七番目の星の地球にやっと辿り着いた王子だった——。
 このストーリー、多くのひとたちが知っているとおり。
 いま再読してみて、改めて心に沁みるのは、後半の後半(手元に本があるひとは見てみて)。初読するかのように、ドキドキする。
 ほんの少し書き写してみる。
 なんと美しい魂か。

 

 「『砂漠が美しいのは』王子さまが言った。『どこかに井戸を、ひとつかくしているからだね……』/このとき不意に、僕はなぜ砂漠が不思議な光を放つのかわかって、息をのんだ。』(本書P.116)
 「『そうだね』僕は王子さまに言った。『家や、星や、砂漠を美しくしているものは、目には見えないね!』(略)〈こうして今見ているものも、表面の部分でしかないんだ。いちばん大事なものは、目には見えない……〉」(同P.116〜117)
 続ける。
 「僕は桶を、王子さまの口もとまで持っていった。王子さまは、目をつぶって飲んだ。それは、まるで祝祭の喜びのように、心にしみるものだった。からだが必要とするものとは、またまったくべつの水だった。」(同P.121)

 

 そうして、「目では見えないんだ。心でさがさなきゃ」(同P.122)。

 なんと美しいリフレイン。
 心でさがし、ゴクゴクと飲むいのちの水。
 その水は特急列車に乗ってせかせかと探しても見つからない。ゼニを積んでもダメ。自我感情をふりかざし、太ららせたギラギラした心で捜索しても発見できない。
 どこにあるのか。
 ある日の朝方の、一瞬の夢。
 なんと星の王子さまが夢に出てくるではないか。
 といっても、私は出会ったことがないので、サン=テグジュベリの絵のような王子。しかも、顔が“馬子”さん(杉野真紀子さん、昨年3月例会「風から教えてもらった、馬の話」)。おもしろい。
 「私は『水って何?』って聞く。
 夢の王子は『生きとし生けるものが幸せでありますように』なんだと答えてくれる」。全身から馬の香りをさせながら——。
 いま、生命と無生命との間に在る微細ないのちが世界各地で蠢(うごめ)いている。
 あらゆるいのちにいのち水が見つかりますように。生きとし生けるものにいのち水が見つかりますように。
(4月9日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 13:21 | comments(0) | - | - | -









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