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連載コラム「いまここを味わう」(第42回)へこたれずに生きぬいていれば――『モンシル姉さん』のように

 Yさん、お元気ですか。手紙、届きました。ありがとうございます。
 あったかーい、Yさんらしい手紙ですね。
 でも、同時に少しイライラしている感じも伝わってきました。
 コロナウイルスそのものが醸し出す不安もきっとあるでしょう。Yさんの焦燥感は「ウイルスよりも恐ろしい」政治から由来しているのかもしれませんね。心の冷たい政治家は何を言っても何を為しても冷酷ですねえ。
 病を得たひとは、そのひと自身の内部の何かの要因によって、その病に罹(かか)ったんでしょうか。
 違います。
 すべてのことは縁起によって生じています。
 なのに、いまは病を得たひとのせいにしています。
 なぜ答えの出ない状況にもう少し耐えていかないのでしょうか。
 なんで社会防衛の論理、支配の論理なんかが出てきているんでしょうか——。
 ハンセン病の歴史、なかったのでしょうか。
 Yさんには、思い切ったことをあえて言ってみます。
 「たとえ悪魔で現れようがその姿はすべて私を済度(さいど)せるための方便(手立て)の姿」ってことをあえて言い切って、コロナ騒動にも対峙してゆきたいと思います。
 いま、ある友人から『モンシル姉さん』(てらいんく、2001年、以下本書とする)が送られてきました。
 書き手は韓国の児童文学者の権正生(クォン ジョンセン)さん(1937年東京生まれ)。訳者は卞記子(ピョン キジャ)さん(在日朝鮮人二世)。
 作者名も、出版社名も、韓国においてベストセラーになっていたことも、何にも知りませんでした。
 知らないことが幸いしたのか、最初からツルツルと読み始め、本書には「いとしい、美しい魂の世界」が流れ満ちおり、とても満たされて、読了しました。とってもいい本です。
 主人公のモンシルは光復(1945年)後の韓国に生を得ます。2人の父、2人の母がいて、貧困に耐えぬき、4人の親と死別してからも、妹を育てるために、乞食をしながらでも生き延びていく物語です。
 父の暴力の結果、モンシルの足は骨折し、曲ったままで、生涯を送っているのです。
 「母さんをうらんだりなんかしないわ。人はみんな、それぞれにその人なりの人生があるっていうもの」(本書P.161)。
 「どんなにつらくてもがまんして、一生懸命生きていく中でわかるようになるわ。どう生きるかは自分できめることなの」(同P.74)。
 まっすぐに、へこたれずに(忍辱して)生きぬいていれば、悲苦はその分だけ光明に変わっていきます。いのち世界によって支えられているから。
 もちろんフィクションです。『星の王子さま』だってそうですけど、本書もフィクションでしか表出できない祈りの世界です。作者の、あったかーい、骨太な祈り、と受け止めました。
 Yさん、不透明な時代だからこそ、たまには童話や詩文の持つ力に接し、世界をもういちど洗い直す心の作業が必要かもしれません。
 お元気でね。またね。コロナウイルスはまだまだこれからです。たいへんなことも起きてゆきます。でも、互いに励ましあっていきましょうね。
(4月16日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 09:03 | comments(0) | - | - | -









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