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連載コラム「いまここを味わう」(第45回)風の記憶――出雲という故郷

 ある祝日の日に自転車で、ある本屋へ行った。
 恵文社一乗寺店だ。たまに入ると、おもしろい出会いのある書店である。
 そこで宇沢弘文さん(1928〜2014)の『経済と人間の旅』(日経ビジネス文庫、以下本書とする)が平積みしてあった。「新刊か」と思ったら、2017年10月刊。自伝である。「おもろい本屋や」と思いながらも、求めた。
 社会全体の礎石をすえていくような学者に対して私は敬意を持ちつづけている。宇沢さんもそのひとり。
 宇沢さんはひとことで言えば、ひとの情愛、喜怒哀楽を経済の解析に入れたひとである。
 「経済学は人間を考えるところから始めなければいけない」(本書P.11)とわざわざ書かねばならないのは、いかに現実の経済学が幸せを生み出さないものかを示現している。
 教育、医療、農業、地球環境は宇沢さんの言う社会的共通資本のひとつだ。いまのコロナウイルス、医療削減をやってしまったところには医療崩壊が起きている。教育だって、同じ。教育を粗末に取り扱ったところは、社会の根幹が崩壊してしまっている。日本はどうか。
 「政治や経済の面ではあまり恵まれなかったものの、すぐれた文化と豊かな人間性をはぐくんできた山陰に生を受けたことと無縁ではない」(本書P.12)。
 宇沢さんは鳥取の米子の生まれ。鳥取県日野郡生山(しょうやま)の永福寺(曹洞宗)で育てられた。その住職との交流と豊かな自然が拠りどころであり、思想の基礎になっている、と振り返っている。
 宇沢さんの経済学、人間のほうに明確に力点が置かれる。政治経済はその内部のひとつになって含まれている感じ。《There is no wealth, but life》を「富を求めるのは、道を開くためである」と訳した宇沢さん。石橋湛山に似てるね。
 コロナ後の社会は、社会的共通資本を深め、広め、強くしていく方向に持っていかないと、もう、ほんとうに社会は崩壊してしまうではないか。
 その書店で、もうひとつ、出会いがあった。
 藤原辰史さん(1976年生まれ、歴史学)の「パンデミックを生きる指針——歴史研究のアプローチ」(8ページ、A4版)が「free」(著者の許諾を得ている:自由に印刷・複製していただいてかまいません、とある)で置いてあり、いただいてきた。
 どんどん読まれることを、広められることを望まれる。そんな「指針」だ。
 藤原さんは日々の食べもののことから社会の片寄り、不正義について考え始め、そのことによってつながっていくことの大切さを、示現してくれている貴重な学者だ。著作はまだ2冊半しか読んでいないけど。
 「歴史の女神クリオによって試されている。果たして日本はパンデミック後も生き残るに値する国家なのかどうかを。(略)皆が石を投げる人間に考えもせずに一緒になって石を投げる卑しさを、どこまで抑えることができるのか」(「指針」P.7〜8)。
 藤原さんは島根県の横田町(現・奥出雲町)出身。横田高校(ソフトテニス部)の卒業。エッセイに生活苦を生きている同級生のこと、よく登場してくる。たたら製鉄の地だ。
 出雲は古代に王朝があり、ヤマトに滅ぼされた。アイヌと琉球(沖縄)と出雲の3つが征服されたひとたちの文化の地だ。
 宇沢さんと藤原さん(に佐々井秀嶺さんを入れたい)の心の原形に、出雲のひとびとの暮らしがある。故郷だ。何十分の一だけども、忘れえない形を残している。その形がやさしさを生んでいる。
 樹木の形は風がつくる。強い北風が吹きつけるところの木の葉は南の方へ曲って、伸びる。揺らした風の記憶が樹木に刻み込まれる。それが故郷の風景を生んでいく。
 宇沢さん。藤原さん。それぞれの心には出雲の風があり、心の樹形をつくっている。
 コロナ後の日本には、出雲やアイヌ、琉球の風が吹きつけて欲しい。ひとにやさしい日本だ。夢に見る「やさしい日本」である。
(5月7日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 10:37 | comments(0) | - | - | -









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