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連載コラム「いまここを味わう」(第54回)アイヌの古布絵

 宇梶(うかじ)静江さん。アイヌ文化の継承者である。1933年生まれだから、いま、87歳か。
 静江さんはちなみに俳優の宇梶剛士さんの実母でもある。
 友人に教えられ、静江さんの絵本『セミ神さまのお告げ』(福音館書店、2008年、以下本書とするね)を読むことができた。
 古布絵の制作・再話――とある。
 古い手織りの布によって河や山、雲、家、ひとびとの暮らしがザックリと表出され、そこに神経質ではない刺繍が施されている。静かで清らかな、ありうべき世界が創作されている。
 それが初めて知るアイヌ古布絵であり、いわば目で見るアイヌ叙事詩が静江さんによって紡がれている。もしも触れることができるならば、触れてみたいと思う古布絵の、暖かい世界だ。
 静江さんは北海道で生まれる。20代で上京。働きながら、苦学。
 次々に静江さんを頼って上京してくるアイヌ同胞たちの世話をする。
 そうして1972年に朝日新聞の声欄(投書コーナー)に「ウタリ(同胞)よ、手をつなごう」と呼びかけ、反響を呼ぶ。半世紀前のことだ。
 その呼びかけは、アイヌの意識の復権の草分けとなった。
 アイヌは明治以降日本政府から一方的に、土地(土地所有権という発想がそもそもなかった)、漁業権、狩猟権の一切を奪われた。文字も貨幣も持たず、ただの一度も自ら戦争をしかけたことのなかったアイヌの文化に、「劣等感を持つことはない」「ただならぬ豊かさにアイヌ自身が気づこう」と訴えたのだった。
 ただ「寝た子を起こすな」という反感反発もあり、静江さん、言うに言われぬ悲苦の日々を送ったようだ。
 その苦悩を汲みとり、拭ってくれたのが、62歳で習い始めたアイヌの刺繍、古布絵。
 物語はシンプルで、生命力に満ちる。
 大津波を預言し、実際に大津波がやってきて、自らが大波にもまれ死んでしまいそうになる老婆がなんと六つの地獄を通り生きぬけ、ついにセミ神さまになって歌いつづける、というもの。
 六という数字は、セミの幼虫が6年間地中で過ごして地上に出て、成虫となり、鳴き歌うように、あるとっても長い歳月が何事を成すにも必要ということの示現かもしれない。
 静江さん、こういう物語の古布絵を紡ぎ出すことによって、いまここを生き、明日につなげようとしている。希望が切々と伝わってくる。
 最近、島田等さんをしきりに想う。「何が欲しいとも/何か足りないとも思わずに暮らせる以上の/贅(ぜい)が/人間にあったか」(詩集『次の冬』の「シマフクロウ」)。
 いまにもセミの鳴き声が聞こえてくるようなラストの絵(本書P.31)。静江さんの内部の声であり、アイヌの生きる声だ。
 アイヌを初めとする先住民たちは、そう水俣病のひとも沖縄のひとも、すべてやさしい。殺(や)られても、殺(や)り返さない。「亡びゆくものの正当に/耳を貸そうとしない」(同書「シマフクロウ」)のはなぜか。気高さの声が聞こえないのは、いのちの脆(ぜい)弱さゆえではないのか。
(7月9日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 10:51 | comments(0) | - | - | -









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