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連載コラム「いまここを味わう」(第55回)治せない、治したくない

 縁あって、精神医学の本を読んでいる。いま、心に深く刻まれる2冊について、少し綴ってみよう。次のAとBの2冊だ。
 Aは浜田晋さんの『病める心の臨床――手づくりの医療と看護への接近』(医学書院、1976年)。
 徳永進さんの友人の晋(すすむ)さん。2人は「すすむ・すすむフォーラム」をやっていた。
 晋さんは東京の下町に小さな診療所をつくり、「やぶ精神科医」を始めようとした。その記録である。45年も前の古典の1冊だ。
 「私のつかう薬はあまり効かない」「私の出した指示はおおむね間違う」「見立ても間違う」「私は患者を治せない」「私は何もすることがない、ポカンとしている」と自己定義しながら、開業しようとしてるんだから、おもしろい。
 こういうペーソス、ユーモアが晋さんにはあふれていて、読了することができたね。心が透明になり、ほほえみ始める。
 「すすむ・すすむフォーラム」を1回だけ私は司会をしたことがあった。そのとき、スピーチする前の晋さん、午前中から酒を飲んでいたねえ。「あっ、こういうひとなんだ」と思った。上がり症なんだ。忘れられない姿だ。
 Bは斉藤道雄さん(ジャーナリスト)の『治したくない――ひがし町診療所の日々』(みすず書房、2020年5月)。
 『悩む力――べてるの家の人びと』『治りませんように――べてるの家のいま』(ともにみすず書房)の斉藤さんの続編の第3作目。でもBは「べてるの家」ではなく、「ひがし町診療所」という新しい実践の記録である。
 ひがし町診療所を2014年に新しくつくったのは、川村敏明さん。精神科医。
 「半分治しておくから、あとの半分は仲間に治してもらえ」「『先生のおかげです』『先生が治してくれた』なんて感謝して退院したひとのほとんどが再発し、再入院し戻ってきたから、ひとは仲間やいろんなひととの人間の中で回復していくのだろうから」。
 川村さんが繰り返し、言っていることを短くまとめれば、こうなるかな。深くて、おもしろい。
 もともと浦河赤十字病院の精神科医だった川村さん。精神科病棟から入院患者をどんどん退院させ、地域で生活させていった。ほとんどを退院させてしまったとき、閉鎖するか、あるいは、認知症のひとを入院収容するかと迫られたとき、前者を選び、新規開業したものである。
 Bを読んでいくと、精神病って、治す術を最終的に精神科医も精神病院も持っていないことがわかる。薬は脳には作用するけれども、魂を治癒することはできない。つまり脳の薬だけでは精神病の全体を治すことは不可能。なのに「治せる」かのような幻覚幻想をふりまいて、かつ世間の差別偏見も深く、多くのひとびとを入院させている。日本の精神医学界は。
 ひとりぼっちではない生活の場で失敗を笑いながら、ツッコミながら、仲間とともに自らの症状の意味がわかり、どこか腑に落ちる物語を描けたときに、生きのびていく価値が生まれ、音を立てて生へ生へと転換していく。それが当事者意識の始まり。たとえどんなデコボコがあっても、「このデコボコが私やん」と仲間のほほえみの中で受認していくこと、そんな受認が生まれれば、きっと回復していくということだ。
 これは、私たちのひとりひとりのことであり、ひとりひとりが自らの魂の回復を希求している。
 川村敏明さんは北海道の魚屋の息子。過酷な海に生きながらも笑いを絶やさなかったひとたちから大事なものを受けとってきた。それは何か。機嫌がいいこと。それを意思力で選びとって、笑いとっていくこと。こういう笑いは仲間との対話の中でしか生まれない。この笑いは生の鉱脈。原石。
 浜田晋さんのさみしい目の表情、静かな笑い。川村さんの体中の細胞が笑っているような笑顔(会ったことはないけど)。これらは、日本社会にとって、宝だ。
(7月16日)

| 虫賀宗博 | いまここを味わう | 10:54 | comments(0) | - | - | -









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